第一章 8
品川事変、突入です。
「本日午後5時、品川区二丁目の高層ビル、カンイチ・タワーに乱入した正体不明の武装集団は、25階の多目的イベントホールを最初に占拠、ギャロップ社営業部、経理部のフロアも制圧し、社員を人質に立て籠もりを続けています」
女子アナの背後に、包囲網を敷く警官隊が見えた。だが、入口近くに控えた一団から威嚇射撃され、接近を阻まれている。
警官隊の警告を受け、ビルから遠ざかりながら、女子アナは放送を続けた。
「武装集団は多量の爆発物を持ち込んだ模様で、先程、50階付近で大きな爆発がありました。被害の詳細は不明ですが……
あ! 只今、武装集団の犯行声明が、多目的イベントホールの放送設備を利用する形で、各テレビ局へ送られてきたそうです」
まもなく映像は犯行声明のビデオへ切り替わり、見た目は普通のサラリーマンにしか見えない二人組が大きく映し出される。
「親愛なる日本国の皆さん、我々が所属する組織の名は『彼岸』。歪んだこの国の歴史を正し、本道へ戻す使命を抱くものです」
二人の背後には、3メートル級の作業用VFが数台見えた。
人体を包み、その関節の動きに連動して荷物の搬入等を行う機動外骨格タイプの量産型だが、重火器を固定武装とする改造が施されている。しかも、うち一体にはダイナマイトと思しき筒が無数に括り付けられているようだ。
「35年前、忌まわしき巨人から得た知識で日本海溝に眠る新元素・アビシュームの発掘が可能となり、我が国は変わった。
アビシューム合金を素材とする巨人の構造を解析、VFを商品化したのみならず、水素とアビシュームの混合燃焼により無尽蔵に近い電気エネルギーを生むハイ・スチームを開発、その利益を独占する事で世界経済の支配を企てたのです」
男は大仰に両手を広げ、ビデオカメラへ向けて、悲しげな表情を作って見せた。
「今や日本が世界でどう呼ばれているか、ご存じですよね。エコノミック・アニマル……正に傲慢の極み。我々は、粛清の志を共有する世界の同志と共に立ち上がりました」
彼らが占拠するカンイチ・タワーの25階はビル北側から南側までを貫く前後吹き抜けの大ホールとして設計されており、全面ガラス張りの外壁から、鮮烈な夏の夕日が差し込んでいる。
両手を広げた男の姿は、赤い陽光を背景にいびつな十字架のようにも見えた。おそらく殉教者でも気取っているのだろう。
「先程、屋上付近を爆破したのは、我々の意思と実力を満天下に示す為です。そして、これから名を挙げる同志達を、拘束された世界各国の刑務所より悉く釈放しない限り、今度は人質もろともビル内部を爆破する事になるでしょう」
男は用意したリストを広げ、アラブ系、アイルランド系……様々な国の著名なテロリストの名を淡々と読み上げていく。
「亜紀、大丈夫かしら? 今、品川駅の近くでお仕事してるそうだけど」
テレビ画面に釘付けの光代が呟き、縁側から戻ってきたばかりの真希が、ダイヤル式の黒電話へ飛びついた。
「亜紀姉、今、流行りのケータイ持ってンだろ。何処にいても、無事なら連絡つく筈だよ」
しかめ面の轍冶が無言で見つめる中、三度目の呼び出し音で亜紀は電話に出る。
どういうシチュエーションなのか、やたら耳障りなノイズが飛び交う中、声音だけはいつも通りの呑気な調子で、
「あ、真希? 丁度良かったわ。こっちも家へ連絡しようと思ってた所なの」
「亜紀姉、そっち、大丈夫?」
「ん~、あんまり大丈夫ではない」
電話の向こうから銃声がし、真希の顔色が変わった。
「……い、今の、鉄砲の音だよね!?」
鉄砲と聞き、光代と轍次の表情も一気に蒼ざめる。
「正確にはサブマシンガン二丁分の発砲音。私には馴染みのBGMよ。それより、美貴いる? いたら、ちょっと代わって」
「美貴姉に? 何で?」
答えが返ってくる前に、美貴が横から受話器をむしり取った。
「私に用事って、よ~するに仕事絡みでしょ」
「ええ。至急、あなたの所のトップに話をつけて欲しい。千葉の勝浦沖から品川へ向かう所属不明機を阻止して欲しいって」
「笠井幕僚長に、直接?」
「ウチの上司には報告したけど、テロリストの釈放なんて戯言よ。奴らの本当の狙いはカンイチ・タワーの完全破壊。それも恐ろしく派手な手段で、自分達の脅威を見せつけようとしている」
「派手ってどんな風に?」
「勝浦沖の洋上を航行する貨物船の甲板から空戦用VCを発進させて、ビル内の連中が25階に仕掛けた爆薬めがけ、ミサイルを撃ち込む気よ」
「都会の真ん中でミサイルを!?」
「ビルは二つに折れて周囲を下敷きにする。多分、街一帯が壊滅するでしょうね」
受話器から漏れる亜紀の言葉を聞き、阪田は息を呑んだ。もし事実なら、日本の歴史上かつてない最悪の自爆テロだ。
「ウチの上司の話によると、百里、木更津、横田等の基地は管制用コンピューターへサイバー攻撃を受けていて、スクランブル発進はできない。それに陸戦にも空戦にも対応できるVC相手じゃ、陸自のヘリは歯が立たないし……」
「テスト用に市ヶ谷へ持ち込まれたVCしか、今は動けないって訳か」
「無茶振りなのは承知の上。でも、私の潜入捜査も敵にバレててね。今は身内が一番信用できるから」
「……やるだけ、やってみる」
叩きつける勢いで受話器を置き、美貴は真希の方を睨んだ。
「高校の時、私が乗ってたバイク、何処?」
「車庫の奥にある。すぐ走れるよ」
美貴の視線は、次に阪田へ向く。
先程までの弱気な婚約者の面影は消え去り、不敵な笑みが彼の目尻に三つ精悍な皺を刻んでいた。
「行くよ、三佐。ちょい無謀なミッションになりそうだけど……」
「無謀な悪あがき、俺は嫌いじゃない」
玄関へ向う二人の背に最早、迷いは無い。だが、見送る真希の顔には戸惑いの表情が浮かんでいた。今の阪田の言葉に、微かな聞き覚えがある。
繰り返し見る悪夢の中で、不気味な黒い影が発した囁きと、声音まで似ていたような気がする。
「ハハッ、まさかね」
真希がささやかな疑惑を笑い飛ばす横で、光代も普段と大差ない姉妹の豪胆な口調に、少しホッとしたようだ。
「あなた……亜紀と美貴、後で戻ってくるかしら? ヒジキのお土産、渡さないと」
彼女の問いに夫からの返事は無い。側にいた筈の轍冶は、いつの間にか居間から姿を消していた。
「あ、ガンテツ、もしかして!?」
真希も又、慌てて玄関へ駈け出して行く。
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