第三章 9
1999年12月31日……長き戦いの終着点となるであろう運命の朝が来た。
ガンテツの移動基地・コクーンベース、通称『繭』の内部には、太陽と同じ波長の光を出す照明器具が随所に設置されている。
特に植物を育てるプラントを兼ねた広大なリラクゼーション・ホールには太陽を模す光源ガジェットまで浮遊しており、四季とりどりの景色が再現されていて、密閉された場所に閉じこもっているという感覚は薄い。
それが無ければ、黒岩製作所の面々は精神的に耐えられなかったかもしれない。何しろ如何なる探知も及ばない深海に繭は潜んでおり、彼らはもう五か月以上そこで暮らしているのだから。
雌伏の時は、もうすぐ終わる。破損した部分の修復を終え、戦力を整えて、繭は宮城沖のJガイアへ向っていた。
大光輪による宙域転移を目前に控え、今、敵は拠点防衛のみに集中できない。
そのタイミングを狙い、二つの時空の未来を賭けて、総力戦を挑もうとしているのである。
その頃、黒岩真希は、母が娘の頃から愛用している古いカメラのファインダーを覗き、出撃前の準備で慌ただしい格納庫の様子を眺めていた。
射出式のカタパルトに載っているのは機甲自衛隊の村正で、周囲を奔走しているのは、そのパイロット達だ。
一枚、撮る。続けて、もう一枚。
皆、気合の入った良い顔をしているが、五か月前の戦いでβに操られ、美貴に撃墜された連中である。
人を使い捨てにする『彼岸』のやり口からして助けなければ全員溺死する、と美貴が轍冶へ進言。ガンテツの小光輪で密かに移動を繰り返し、海面を漂う彼らを繭へ無事収容した後、村正、正宗の機体も修理可能な物は回収している。
勿論、始めから、こちらの戦力にしようと考えていた訳ではない。
助けた直後、彼らは洗脳の呪縛に囚われており、禁断症状が現れている奴もいて、危険な状態だった。
繭の高度な医療技術をもってしても、回復まで一か月を要し、何とか立ち直った彼らの方から共に戦いたいと申し出てきたのだが、未来から来た有機AI内蔵の敵機は優れた性能を有し、村正や正宗を元通り修理したところで歯が立たない。
ここはもう、改造でしょう?
そう言い出したのは、黒岩製作所の生き字引・アカネさんと、職場の良心ことツネタさんだ。
戦術の要となるであろう最新型VC『大蛇』、『草薙』の開発・製造も進んでいて、轍冶はそちらへ掛かりっきりだった為、少ない人手の突貫作業を強いられたのだが、何とか間に合った。
Jガイア攻略戦では航空優勢を一早く確保する事が重要であり、戦略爆撃機の機能を持つ正宗より空対空に強い村正を優先。正宗のパーツを村正へ流用できた事がプラスに働いたと言えるだろう。
今もアカネさんとツネタさんは、汗だくで機体の最終チェックに余念が無い。
日本が世界に誇る中小企業の花、ここにあり!
撮影した写真に、心の中で真希がそんな見出しをつけていると、パイロットの一人が声を掛けてきた。
「よう、取材かね、未来の小説家?」
「……俺を見る度、何かとイジるの止めてくンない、森崎さん?」
「な~に、ちょっとしたリベンジさ」
まだ20才そこそこで、VC4機編成の小隊長を務める森崎克己は、馴れ馴れしく真希の肩を叩く。
「俺もVCの教習を受けた時、君の姉貴に散々イジられ、指先がめり込む凄いデコピンを食らったモンだ」
「あ、黒岩家の御手伝いさん直伝って奴?」
「良く知ってるね」
「俺、オリジナルの犠牲者なんで」
「キツイよなぁ、あれ」
しみじみと頷き、真希は美貴の教え子である自衛隊員に親近感を抱いた。
「ま、それだけならば、まだ良いが」
「他にも何か?」
「覚えてくれないんだよ、黒岩教官、何時まで経っても俺の名前を」
「……え?」
「印象薄いンかな? 洗脳されてた時さ、俺、一騎打ちしてんだぜ。それが、未だにデコピンとか言う」
「悪気は無いと思いよ、森崎さん。とにかく、親譲りで大ざっぱだから、美貴姉は」
「ウン、君は良い奴だ。同じDNAを持ちながら、一発で名前を覚えた」
あまり嬉しくないお褒めの言葉を頂戴し、真希は村正の格納庫を離れて、隣接するドックを覗いた。
そこにはフライトユニットを取り付けたニコニコ号が収容されている。
繭の中で独自開発された機体は元来、機甲自衛隊機より高い基本スペックを有しており、今回、出撃予定の機体は4機。
後方支援に回ったアカネさん、ツネタさんに代り、柘植統弥、米倉匠の二名が、トクさん、タケちゃんと行動を共にする。
彼らは、柘植壮介がかつて緊急用に使用していた旧日本軍の暗号電波で、繭へ連絡してきた。
完成したばかりの『大蛇』で潜伏場所まで瞬間移動。光輪を潜れない統弥達の為に美貴が降機し、陸路で海沿いまで連れて来たのだが、その顔を見て真希は仰天した。
こいつ、テレビでオヤジ達を怪物扱いした張本人じゃん!?
間も無く、記者会見したのが偽物だとわかったものの、顔を見ていると落ち着かない。姉の不倫相手と言うだけで、少なからず反感が湧いてくる。
真希は好奇心を奮い立たせ、メモを片手にインタビューを試みた。
何故、兵士でも無いのに最前線へ乗り込まねばならないのか?
統弥はしばらく考え込み、俯いたまま、答えた。
「亜紀や笠井さんを助けたいのは勿論だが、父の弔い合戦ってのもある。せめて、死に際の遺言くらい果たさなきゃ」
「遺言?」
「何と言うか……父がずっと守り続けてきたルールを、俺にも守れって言うんだ」
「それ、何です?」
「ふられろって言う」
「え?」
「本当にカッコいい男は、本気で惚れた女には思いっきりカッコ悪くふられるもんだって、子供の頃、父に教わったんだよ」
「……それ、遺言?」
「多分、亜紀との関係にけじめをつけろと、言いたかったんじゃないかな。父は、君ら黒岩家の子供達も凄く大事にしていたからさ。不倫がばれた時、殴られたんだ。もう思いっきり、手加減抜きで」
傍らで話を聞く米倉が懐かしそうな顔をし、トクさんとタケちゃんも微笑を交わす。
「あの……二人も知ってるの? 柘植壮介という人を」
「あ~、俺達、大学中退して、しばらく海外放浪したって言ったよな」
真希が頷くと、トクさんとタケちゃんはTシャツを胸まで捲り上げた。銃傷を含む凄い傷跡が幾つか、ある。
「実は傭兵やってたンよ」
「はぁ!?」
「三流大学を辞めた理由も、メチャクチャ学生運動にのめりこんだせいでさ」
「いわゆる、過激派って奴。知ってる、そういうの?」
「……いえ」
「色々あって仲間が海外へ逃げた時、俺達も御一緒したんだ。で、食ってく為にゲリラの片棒を担いでよぉ。散々バカやった挙句、あっさり敵に捕まって……処刑される寸前、潜入捜査中の柘植さんが助けてくれた」
「実際、あの人には頭が上がらねぇ。向うでしばらくエス(スパイの隠語)やってたんだが、日本に帰ってからも仕事、世話してもらってよ」
「黒岩製作所の従業員になり、もし事あらば、家族の皆さんを命懸けで守るってぇ楽しいお仕事を、な」
二人は真希が構えるカメラの前で、統弥、米倉の肩を抱き、一緒にマッチョポーズをして見せた。
人の本質なんて見た目じゃわからない。
東大卒のエリート官僚で、出世の鬼だと聞く統弥にせよ、今はその片鱗も感じられなかった。
何の欲目も邪心も無く、仲間を救出する事だけに専念している。或いは、この事件を経て、そういう心境に変わっただけかもしれないが……
読んで頂き、ありがとうございます。
悪い風邪が流行っている様で、私も少々……
皆様、くれぐれも御自愛下さい。




