第三章 10
カメラ小僧気分の真希が次に足を向けた先……
研究・開発セクションとリンクされた奥のドッグでは、阪田と美貴がシゲルと力を合わせ、Δとの戦いで損傷した大蛇、草薙の修復へ取り組んでいた。
声を掛けようとして、止める。一応、胸のわだかまりは捨てた筈だが、まだ阪田とは普通に会話ができない。
「……真希君、許せとは言わない。せめて、気が済むまで俺を殴ってくれ」
傷が癒えた後、昭和の青春ドラマ風のセリフを恥ずかしげも無く言う阪田に当惑し、
「仕事だったんだろ、アンタも?」
と、それだけ言ってトンヅラ、後は顔を合わすのも避けている。
何か、きっかけがあれば仲直りできると思うんだけどなぁ……
浮かない気持ちで、美貴と寄り添う阪田の横顔を一枚、撮る。
さ~て、次は何処へ行こうか?
居住棟へ繋がる通路を移動中、真希は人の気配が、リラクゼーション・ホールから漏れているのに気付いた。
ドアの隙間へ頭を突っ込み、中を覗く。
壁際の八割を占める植物栽培用スペースの端に花壇があり、来宮七海がその前に立っていた。手にジョウロを持ち、黄色い小さな花に水をやっている。
時々、花壇へ話しかけているようだ。
彼女の頬に笑みが浮んだのも見て、真希はカメラを向けた。
五か月前の戦いで自分の正体を知ってから、七海は一人でいるのを好むようになり、真希とも距離を取っている。
笑顔を見たのは久しぶりだった。何枚か続けて写真を撮り、側まで近づいて、振向いた七海と目が合う。
口を開くまで、二人は互いに少々の時間を要した。
「……珍しいね、12月なのに、そんな花、咲いてんだ」
「ウィンターコスモス……昔、叔父様がナナさんと一緒に買った種が、この花の御先祖様なの」
「へえ」
秋に咲くコスモスより一回り小振りな花弁へ真希がシャッターを切ると、フィルム切れの表示が出た。
慣れない手付きで取り替える真希を見て、七海が首を傾げる。
「……カメラ小僧、やってるの?」
「ああ」
「古いカメラね」
「母さんの愛用品。銀座でナナさんとオヤジが記念写真撮ったのも、コレだよ」
「……そう」
七海が少し複雑な表情になった。
その写真を見たのがきっかけで、自分が何者か悟らされたのだから、無理も無い。真希は意識して明るい声を出し、強引に話題を変える。
「俺、一応、取材中なンよ」
「取材?」
「本気で小説を書いてみようと思ってさ。家族に起きた事、題材に」
フィルム交換を終え、真希は気取った身振りで、ファインダーを覗いた。
「ここの資料室を見たら、大鋼人事件にまつわる資料が山ほど保管されているんだ。柘植 壮介って人が作った書類を見つけた。オヤジや母さんのインタビューが入ってて、事件の全貌がわかったよ。世間へ公表されない資料だけど、大鋼人は史実で悪役扱いされてるから、隠す必要があったんだと思う」
「……真希君の小説が真相を暴くのね」
「そんな大層なモンじゃない。他にできる事が何~んにも無いだけ」
「うらやましい、真希君、一つでもできる事があって」
「え?」
ファインダー越しに見る七海が、寂しげにこちらを見返す。
「本当は、この花も水をあげなくて良いの。機械に任せておけば良い。ただ、私、話し相手が欲しかったから」
「……俺じゃダメかな?」
真希がその台詞を言うには、相当の勇気が必要だった。
何事も早々に諦め、知らぬ顔するのが真希の性分、長年培ったスタイルだ。でも、彼女に関しては、あっさり白旗を挙げたくない。
「良かったら、聞くよ。何時間だって構わない」
「それ、オフレコ?」
「う~ん、オイシイとこだけど、七海ちゃんの為なら自粛する」
ファインダー越しに見る七海から、翳りが失せ、少しだけ明るい表情が浮かんだ。
「ねぇ、ナナさんに聞いたらね、私、ハチなんだって」
「……ハチ? それ、どういう意味? ミツバチ? ガラっパチ? 忠犬ハチ公?」
「ブ~、全部不正解」
「じゃ、何さ?」
「GAN―8……GANシリーズの八番目。それが研究所で作られた時の、私のコード名なの」
真希は、自分が息を呑む音を聞く。
「普通の人間じゃない事は、私、もう受け入れた。それはもう辛くない」
「……本当に?」
答えられない沈黙の間が、真希の前で強くあろうとする七海の、気持ちの揺れを表していた。
「何より辛いのは、皆の役に立てない事。私、ナナさんと同じ力を持っている筈なのに、うまく使えない。偽物の記憶を書き込まれたからかな? それとも、初めから私、出来損ないだったのかも……」
七海は俯き、肩を落とす。
真希はどう慰めて良いのか、全くわからなかった。
「七海ちゃんの記憶は偽物じゃないよ」
辛うじて口から出たのは、慰めと言うより、真希の願いだ。
「来宮七海って女の子と一緒にいた時間は俺の宝物。全部覚えてる。これから先も、一生忘れない」
ふわり、と暖かな体の感触が、ファインダーの向うから、真希の胸へ飛び込んできた。長い髪を撫でると、涙に潤んだ瞳が、彼を見上げる。
「自分が誰か忘れそうになったら、いつでも俺ンとこ、来て」
「……真希君」
「全部、思い出させるから」
「うん」
「俺の中にある七海ちゃんの思い出……俺達の本物の記憶、片っ端から繋ぎ合わせて」
七海が目をつぶり、真希は全身を強張らせながら、唇を重ねた。
前歯がぶつかる不器用なファーストキスは、35年前の父親と大差無い。そして肩を寄せ合い、リラクゼーション・ホールを出て行く二人は、最後まで気付かなかった。
ウインターコスモスが咲き誇る花壇の後ろ、淡いナナのホログラムが立っていた事。
今や有機AIの虚像でしかない彼女に残された唯一の宝物、轍冶と過ごした日々の記憶を、そっと噛み締めていた事に。
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