第三章 4
ベクター達の目的は何処にあったのか?
侵略者が語り始めます。
亜紀の戦闘テストが終了した後、ベクターβ(ベータ)は笠井を引きつれて中央エレベーターへ乗り込み、地上1200メートルを超えるコンプライアント・タワーの展望室から下界を見下ろした。
緩慢に打ち寄せる太平洋の波濤、複雑な東北地方の海岸線を一望できる、その眺めは真に絶景。そして、同時にβの自尊心を最もくすぐる光景でもある。
物量、人員を惜しみなく投入した増設工事で、Jガイアは強化されていた。Δが連れてきた異世界の艦艇30隻に加え、自衛隊、海上保安庁、在日米軍の第七艦隊まで居並ぶ陣容は見る者の目を圧倒せずにはおかない。
地球最強の軍事要塞と言って良いだろう。少なくとも、これに対抗しうる国家は存在しない。にも拘らず、ベクター達は尚も執拗に戦力を強化し続けている。
「道楽だとしたら、悪趣味だ」
笠井は、自軍の大戦力へ妙に淡々とした眼差しを向けるβへ言い放った。
「どれだけ力を誇示したら気が済む? 亜紀まで手駒にしおって」
「必要に迫られ、手を打っているだけさ。一応、敵の襲撃にそなえないとね」
好きな景色を堪能している筈なのに、先程の観戦時と比べ、βの言葉には熱が感じられない。
「……貴様らの敵? 今更、この星の何処にそんなものが存在するんだ?」
「繭、だよ」
βは視線を上げ、太平洋の彼方を見た。
「内部から爆破され、海の底に沈んだ繭が、捜索を繰り返しても見つからない。
唯一、単独で大光輪を閉ざし得る宿敵……奴が炎に包まれる光景を見た時は、ようやく戦いも終わったと感慨に耽ったものだがね」
「そうか、彼らに生存の可能性が」
安堵の吐息を笠井が漏らすと、同時にβは唇を歪めて笑う。
「本音を言うと私も嬉しい」
笠井は目を見張った。
傲慢と自己顕示欲の権化とも言うべきβが、その時は幼児にも似た、屈託のない表情を浮かべている。
「近頃、この時代の人間を弄んでも、左程、楽しく感じられない。定められた期限までガンテツを倒す……その使命を一応果たし、気持ちに張りが無くなった。何せ、35年もの長きに渡り、三人だけで異郷を彷徨ってきたんだからね」
「三人? 援軍のΔ(デルタ)を数に入れないのなら、お前と、阪田由久を名乗っていた男、後は誰だ?」
「ベクターα(アルファ)、我々のリーダーさ。だが、GANベクターが致命的なダメージを負った時、αは自分の肉体を与え、同化する事で巨獣を救った。そして再生の活力を取り戻す為に、日本海溝の最新部へ潜り、深い眠りについた」
「では、大鋼獣……ベクラも死んでいないと!?」
「私が面倒な小細工を積み重ね、Jガイアを手に入れたのは何の為だと思う? いるんだよ、この掘削用コンプライアント・タワーの真下に豊富なアビシュームを得て、成長を果たしたGANベクターが!」
展望スクリーンのコンソールへβが触れると、日本海溝の最深部8キロメートル付近が熱源探知画像となって映し出された。そこには確かに膝を抱え、体を丸めた巨体の輪郭がある。
以前、柘植壮介が作成した資料の中には、モグラに似た姿でベクラが消えた旨の未確認情報も含まれていたが、今のGANベクターは装甲に包まれた『人』の姿をしている。
一見、大鋼人とよく似ていた。
「……もう一度、地上へ上がってくるというんだな、こいつが」
「だと良いんだがねぇ、αは眠ったまま、交信を試みても答えない。私は寂しかったよ。阪田こと、ベクターγ(ガンマ)とはどうもソリが合わない。奴は俺達と違い、こちらの世界に興味を持ち、自ら志願して生体改造を受けた口だ。黒岩美貴に拘る点も理解できんし、何より考えがオタクっぽくてな」
「オタク?」
βは苦笑し、言葉を継いだ。
「こちらへ来たばかりのΔとも、違う意味で話が噛み合わない。笠井君、来宮七海という娘について、何か聞いているか?」
「……いや」
「ナナと同じ素体から生まれたGANシリーズの一体だ。向う側の世界で同志が製造者から奪い、今年の春、再び光輪が開いた時点でΔがこちらへ届けた。黒岩家を攪乱する小道具に使ったんだが、受け渡しの際にΔと言葉を交わし、埋め難い認識のギャップを感じたよ」
それは思わぬ告白だった。見せかけではなく、掛け値なしに浮かない表情をβは浮かべている。
「榎の姿を借り、私は長く君の側にいた。柘植統弥に擬態した時は黒岩亜紀が最も身近な存在だった。そんな日々を重ね過ぎ、むしろ君達の方が故郷の奴らより身近に思えてしまう」
昔、笠井の部下がこんな表情をしていた。
その男の場合、家族を事故で失い、軽い鬱に陥っていたのだが、銃弾でも殺せない不死身の怪物が心を病むなんて、ありえるものだろうか。
「笠井君、君、浦島太郎の話は知っているよね?」
唐突なβの問いに、笠井は目を丸くした。
「自分の故郷とは別次元の、竜宮と呼ばれる世界へ紛れ込む漁師の物語だよ。二つの世界では時間の流れ方が違っており、僅かな滞在のつもりが、故郷へ戻ると何十年も過ぎていたというオチがつく」
「ああ、日本人なら誰もが知っている、良くできたお伽噺だ」
「しかし、古代の実話がベースになっている可能性もある」
「浦島太郎が実話?」
「私の現在の立場と状況が似ているのさ。光輪のこちら側と向う側では、やはり時間の流れ方が違う。但し、時の流れが速いのは光輪のこちら側で、1964年から1999年までの35年間に、光輪の向う側の世界では僅か10日間しか時間が経過しない」
「タイム・パラドックス、だな」
「浦島太郎の場合、玉手箱の煙で老人になり、自分と故郷の間にある時間差を埋める事ができた。だが、私は……」
海の彼方を眺めるβの眼は、相変わらず気力を欠いていた。
彼の35年は故郷の10日。
ジェネレーション・ギャップにも等しい時間差で同胞と隔てられた孤独の重さを感じ、一瞬、怪物に対する同情の念が湧く。
そんな笠井の気持ちを察したか、ベクターβは虚勢を張り、普段以上にシニカルな冷笑を浮かべた。
「では、もし浦島太郎が、光輪を通じて二つの世界を移動したとしたら、彼は何故生きていられたのか? まともに光輪を潜ろうとすれば、体内の組成が変化して通常の生物は即死する。だから、我々はこちらへ来る際、生体改造を受けねばならなかったが、他に手段が有るのではないか?」
「方法を見つけたんだな」
「そう、人が光輪を潜るのではなく、人が存在する空間を、別の世界の空間と丸ごと入れ替えれば良い。我々がGANコアと呼ぶ転移の媒介物を使い、同体積の空間を正確に相互転移させれば、中の生物には影響が生じないのだ」
GANコアという言葉に、笠井は聞き覚えがある。
35年前、ナナの操るガンテツが、虎型のGANベクターを小光輪で移動させた時、根黒島の地下へ埋めて目印にした物体を、そう呼んでいた筈だ。
「αと一体化したGANベクターが、日本海溝の奥でコアの役割を果たし、最終計画を導いてくれる」
「では、君達の最終計画とは何だ?」
「12月31日、この世界が2000年代に到達する前日、計測によれば大光輪の内部で時空の歪みが最小となり、空間転移に最も適した状況ができあがる」
「……つまり、二つの世界の空間を入れ替えて、お前達の仲間を大量にこちらへ送り込む作戦か?」
「哀しいな、笠井君、それが君の創造力の限界かね?」
βは首を左右に振って見せた。
「我々の故郷である星と、君達が住むこの星をね、周囲の広大な宙域ごと全て入れ替えるんだよ」
「……何だと!?」
「我々の故郷は、今、極めて劣悪な環境に置かれている。生き延びる為にはこちらの宇宙へ星ごと移住するのが一番なのさ」
笠井には、βの言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「劣悪な環境……では、光輪の向う側へ移された我々人類はどうなる?」
「それを話すのは辛いな。言ったろ? 私は君達に深い親しみを感じていると」
「……滅ぶのか、こちら側の人間は、一人残らず!?」
βは、もう一度、哀しげに首を振った。
そして笠井を独房に戻すまで、どんなに訊ねても、もう何一つ語ろうとしなかった。
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