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ガンテツ 滅亡のパラドクス  作者: ちみあくた


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第三章 3



 水の音が聞こえる。


 静かに、しかし絶え間無く、終わる事無く……






 長く安らかな微睡の中、黒岩亜紀は耳孔を満たす液体の緩慢な循環を感じていた。


 今、彼女がいる場所は、Jガイア内の多目的ラボに設置された、全長3メートルの生体実験用カプセルの中である。


 羊水の代用としての遊離アミノ酸溶液で満ちた、金属の子宮に浮かんでいるのだ。

 

 形状だけなら柘植統弥が拘禁されていたヒーリング・カプセルに似ているが、技術のレベルは比べものにならない。

 

 二か月前、Jガイアで勃発した武装テロ事件で、首謀者の彼女は瀕死の重傷を負い、高度な治療を必要としていた。


 頭蓋骨陥没を含めた全身の骨折箇所は19ヶ所にも及び、通常の体力ならとうに死亡していた筈だ。


 にも拘らず、全裸でカプセルの羊水に漂う亜紀には、傷一つ無い。


 むしろ以前以上に発達した筋肉の盛り上がりが、本来の女性的なボディラインにマッチし、際立たせている。

 

 その秘密は、亜紀の後頭部と目の周りを覆い、細いメタルリングで頭皮へ強く固定されたヘッドセットにある。彼女が高校生だった頃、無理矢理付けられたグロテスクな形状の器具と酷似し、それを一回り大きくしたような代物だ。


 ヘッドセットの主な機能は二つ。


 一つは脳髄に脳波と同じ波形のパルス信号を絶え間なく流し込み、洗脳に耐性がある亜紀の意思を奪ってコントロールする事。


 そしてもう一つは、ベクターβの髄液を高濃度で投与、早期回復を促すと共に過去の突然変異で生じた異能を更に高める事にある。


 総じて、黒岩亜紀と言う女性を一つの生体兵器として完成させるシステムと言い換えても良い。






「俺の可愛い怪物さん……」


 水の音に混じり、カプセルの外部から、おどける誰かの声がした。


 違和感のある声。彼女が聞きたい本当の声とは、似て異なる作り物の声音だ。


 しかし、ヘッドセットから脳髄に食い込む金属針のパルスが、亜紀の違和感を消し、受け入れるべきオーダーと認識させる。


「さぁ、出たまえ。最終テストの時間だよ」


 実験用カプセルのキャノピーが開き、亜紀は立ち上がって、研究室の床へ降りた。


 長い髪から羊水がしたたり、豊かな乳房から股間の黒い茂みを伝わって、足元に小さな水たまりを作る。


 頭の異様な被り物さえ無ければ、ルネッサンスの巨匠ボッティチェリが描く所の、貝殻より誕生したビーナスさながらだ。


 正面に立つベクターβは、今は漆黒の異形を晒したまま、誰にも擬態していない。権力を完全掌握し、逆らう者が身近に存在しない以上、最早、小細工する必要を感じていないのだろう。


 彼から見ても亜紀の裸身は美しかった。とっくに捨て去った筈の、男性としての欲望が微かに疼く。


 試しに抱いてみようか?


 光輪の向う側にある故郷で使命に殉ずるべく生体改造を受けた時、俗世の欲と決別したが、彼とて元は普通の人間、只の男。


 同じGANシリーズに属するヒューマノイドと言えど、素体となる人体の細胞を初期化、遺伝子レベルで手を加えた後、クローン培養で『製造』されたナナ=GAN―7とは根本的に違う。

 

 『繭』の爆破に成功して以来、行方不明のベクターγは、黒岩美貴と恋に落ち、一夜を共にしたと言うではないか。

 

 なら、俺だって或いは?


「……ん~、ドコ見てンのよ、タコ」


 突っ立ったままの亜紀が肉体へ注ぐ視線に反応し、冷笑を浮かべたのに気づいて、βは狼狽した。


 まさか、正気に戻ったか!?


 後ろへ飛び退り、用心深く亜紀を観察するβだが、反抗の色は消え失せ、従順に命令を待ち受けていた。


 ヘッドセットのバグか、それとも、体に染みついた一癖も二癖もある彼女の本性が突発的に発現したのか?


 何にせよ、玩具にするには、まだまだ調整する必要がありそうだが……

 

 

 

 

 

 兵器としてなら、黒岩亜紀の完成度は既に申し分無かった。

 

 Jガイア甲板に設置した試験場で模擬戦闘を行った結果、射撃の精度、反応スピード等、自衛隊歴代ナンバーワンの記録を持つ黒岩美貴を全ての面で凌駕する。

 

 一通りの試験を突破した後、過剰に素肌を露出する黒革の戦闘服を着た亜紀は息も乱さず、仁王立ちしていた。『女王様』と言う彼女の高校時代のあだ名を、ある意味、彷彿させる姿である。

 

「さぁて、前座はこれまで。ショータイムはこれからだ」


 試験場間近にある特設ブース貴賓席で、ベクターβは隣席に座す白髪の小柄な男へ親しげに語りかけた。機甲自衛隊の前幕僚長・笠井宗明が憮然とβを睨み返す。


「……彼女に何をさせる気だ?」


「君達の極秘プロジェクトの中に、VC技術を応用したAI搭載型ロボット兵の開発があっただろう。あれを若干アレンジし、衛兵用に量産を計画しているんだ。ついでに、そちらの性能も試したい」


「戦わせるつもりか!?」


 βは鷹揚に頷いた。


「人を玩具にしおって……大体、あの悪趣味な恰好は何だ!」


「ショーアップしたのさ。折角だから、君にも楽しんでもらいたくてね」


 笠井は、年齢以上に老けた皺だらけの顔を歪め、βの挑発に耐える。


 二か月前の戦闘中に意識を失い、捕虜の身の上になってから、彼はずっとこんな扱いを受けていた。

 

 普段は独房に繋がれ、気まぐれなβの命令一つで呼び出されて、Jガイア内の業務やイベントに同行する。

 

 その際、抗えるならどうぞ、と言わんばかりに手錠その他の拘束具は使わない。一見、自由に、古い友達か何かの如く、βは笠井へ接しているのだ。

 

「あ、君、珈琲を頼む。笠井君も同じで良いかな?」


 βの侍従を務める若者が、怯えの滲む笑顔を作り、震える指で二人の前に湯気の立つ珈琲カップを運んできた。


「うん、従順で良いね。この時代の日本人は一度屈服すると極めて扱いやすくなる」


 βは、満足気にお茶を啜った。


 現在のJガイアに洗脳を受けている者は殆どいない。以前、深いレベルの洗脳を受けた連中は、禁断症状で知性を失い、とうに施設から放逐されている。


 元々、洗脳はベクター達にとっても奥の手だった。自身の髄液を一定量、継続的に与えねばならない以上、操れる数、継続できる期間が自ずと限られているのだ。


 だが洗脳を行わずとも、彼ら自身の肉体が備える不死性・戦闘力とJガイアの周囲を固める艦艇の存在だけで、最早、誰も逆らえない。

 

 大気圏外から降下してきた援軍・ベクターΔ(デルタ)は地球制圧を完了した後、三割程度の艦艇のみβへ委ね、再び宇宙へ戻っていた。最早、自ら駐留するまでもないと判断し、月の裏側に浮かぶ大光輪の地球への誘導作業と警備に専念しているようだ。

 

 その為、地球の権力はβが独占する形で、何かと被征服者の反感や恐怖を刺激、挑発して楽しんでいる。おそらく、笠井を引き回す目的もそこにあるのだろう。

 

 やり切れない苛立ちを燻らせる老兵の目前で、亜紀とVC機械兵の戦闘が始まった。


 肩に格納された機銃を引き出し、機械兵は銃弾の嵐を見舞う。対応した亜紀は、試験場に配置された障害物へ隠れ、標的の接近を待ち受ける。


 一度、接触すれば勝負はついたも同然。亜紀は機械兵の背後に回って腰部へ腕を回し、バネを利かせて反り投げを見舞った。


「……どうかしら、ルー・テーズばりのバックドロップ」


 更に両足を抱えて振り回し、逆エビ固めで金属製の背骨を真っ二つにへし折る。


「……VC相手じゃ分が悪い? まともにやれば、楽勝……よ」


 亜紀の呟きが、マイクを通して特設ブースへ伝わった。虚ろな意識を抱えていながら、時々、彼女らしい言動が垣間見える。


 凝視する笠井からすれば、半端に残った人間性が却って残酷に感じられた。






 彼には血を分けた子供がいない。


 長年、妻と一緒に不妊治療に励んだが功を奏せず、その分、家族ぐるみでつきあってきた亜紀、美貴、真希には特別な思い入れがある。


 35年前、大鋼人の『繭』が根黒島の地下へ消えてから、黒岩家は、柘植壮介の後ろ盾である政財界フィクサーの密かな支援を受けてきた。


 徳田寛一が事業を大成功させ、世界進出を機に社名をギャロップ・エレクトロニクスへ変更。自身が日本の産業を引っ張る顔役となってからは、根黒島の町工場を黒岩轍冶が引き継ぎ、人知れず守り続けている。

 

 ナナを失う心の痛手から立ち直った轍冶は、1968年に徳田光代と結婚。


 その際のいざこざで勘当されたという名目を作り、徳田寛一と距離を取ったのは、世紀末に訪れると言う危機に備え、大鋼人に関する秘密を保つ為だ。

 

 バックアップ体制を整えるべく、自衛隊からは笠井が指名を受け、定期的に黒岩家を訪ねている。

 

 当初、義務だった訪問は、良くも悪くも個性的な子供達に懐かれる内、大きな楽しみへ変わった。何時しか、自分の子に対するのと等しい愛情を、黒岩家の姉弟へ注いでいる自分に気づく。

 

 12年前の誘拐事件が解決した後、異能に目覚めた亜紀と美貴を、柘植が影響力を持つ警察庁のインテリジェンス・セクション、笠井が指揮下に置く自衛隊・特務予備科(機甲自衛隊の前身)の監視下へ置いたのも、二人を守るのが本来の目的だ。


 亜紀と美貴が自発的に組織の一員となり、実績を積んで貴重な戦力へ成長したのは笠井と柘植にとって嬉しい誤算であった。


 だが、今や美貴は『繭』もろとも太平洋の海底へ没し、洗脳された亜紀は侵略者の玩具と成り果てている。

 

 忸怩たる思いを噛み締める内、亜紀の戦闘実験は呆気なく終了した。

 

 破壊した機械兵の頭部をしなやかな足で踏みにじり、再起動不能に追い込むまで、合計所要時間は三分にも満たなかったのである。


読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
これは…… 物凄い脅威ですよね……(-_-;)
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