第一章 27
今回は少し長くなってしまいましたが、このパートだけは途中で切りたくなくて……
美貴と阪田、二人の闘いの決着を、どうか見届けてやって下さい。
太平洋上を飛ぶ『繭』の内側、黒岩製作所の敷地だった岩盤から500メートル下方に、半径200メートル程の空洞がある。
その中心、繭を卵に例えるなら黄身にあたる部分で、両手を十字に組み、異形の巨体が長い眠りについていた。
大鋼人=ガンテツだ。
分厚い装甲、逞しい上半身にハイスチームを噴く排出口が開いた外観は35年前と同じだが、サイズは全く違う。40メートル程だった身長が、今や150メートルに達している。
繭が巨大化したのに合わせ、徐々に成長したのだろう。
内壁の四方から無数のケーブルが伸び、ガンテツに連結されて、成長の素材やエネルギーを運ぶ流動体が絶え間なく循環している。
それは、冷たく、硬質な機械のイメージと根本的に異なっていた。脈打つケーブルは生物の血管と酷似しており、そもそも成長する事自体、機械の本質を超越している。
床から鋼人の胸部付近へは長い鉄橋が伸びていて、先端の制御用と思われる機器の前に黒岩轍冶の姿があった。
「起きろ、デカブツ! 早ぅ目ェ覚ませ!」
同じ言葉を反復し、明滅するゲージを睨んで、轍冶は操作に悪戦苦闘している。
その甲斐あってか、ケーブルが数本切り離され、地響きに似た唸り声が巨人の口から漏れ始めた。
目を輝かせ、轍冶は作業に没頭する。
だが、少々夢中になり過ぎた。鉄橋を上って背後へ近づく小さな人影に、彼は気づかない。
「叔父様」
振り向くと、来宮七海が愛くるしい笑顔を浮かべていた。
「……来宮さん、ここは危ない。早く、シェルターへ戻らないと」
轍治の当惑を余所に、七海は足を止めず、大鋼人を見上げる。
「叔父様、私……品川で起きた事を、やっと思い出したんです。私が、本当は誰なのかという事も」
七海が近づくにつれ、大鋼人の唸りは大きくなり、巨大な青い瞳が見開かれた。
自分の操作ではなく、彼女の存在を感じとった結果、巨人が眠りから目覚めたのだと轍冶は改めて気づく。
「あの時、鋼色に変わった叔父様の向う側に私、ずっと探していたガンテツを見たの」
七海が巨人を見上げる。
巨人も七海を見下ろす。
目が合うと、その胸部の扉が開き、操縦用コクピットらしきスペースが晒される。
「……やっぱり、君はナナなのか?」
七海は軽やかに巨人へ乗り込もうとした。その寸前、空洞にもう一つの声が響く。
「ダメっ、その娘を乗せては!」
見回しても声の主は見つからないが、声質が七海と同じなのは明らかだった。
「ナナ……これは、ナナの声だ」
轍冶が呟く。
そして、七海の正面、ガンテツへの道を塞ぐ形で、彼女と同じ顔をした女が現れた。光り輝くその姿は、内壁のある一点から投射された3次元映像らしい。
「だって、あなたは私じゃないから」
本物のナナに語りかけられ、七海はその場で立ち竦む。
「私と同じ顔をし、同じ力を持っていたとしても、やっぱりあなたは私じゃない」
光り輝く双眸は、敵意を浮かべる所か、むしろ哀しげに七海を見つめた。
すぐ横に立つ轍冶には、合わせ鏡を見ているようで、二人とも幻としか思えない。
「誰に作られて、何を命じられたとしても、あなたの意思はあなただけのもの。抗いなさい。あなたは、あなたの思うままに生きて良い」
「……ナナさん」
「私は、それをあの人に教わった」
ナナは七海から目を逸らし、熱い眼差しを轍冶へ注いだ。
「……あんた、何処かへ行ったとばかり」
「ここにいました。35年間、あなたとあなたの家族のそばで」
思わず指先を伸ばし、轍冶はナナに触れようとするが、唐突に彼女の姿は消えた。
空洞フロアの入り口付近に身を潜めていた阪田由久が、内壁の3D投映機を自動小銃で狙撃し、破壊したのだ。
「七海、何をしている!」
「阪田さん!?」
「乗り込め! 今すぐコクピットへ」
深く刷り込まれた服従の本能が感情を封殺し、無意識に七海は巨人へ向う。
咄嗟に轍冶は走った。
七海より一足先にガンテツのコクピットへ飛び込み、胸部のハッチを固く閉じる。
「しまった!」
鉄橋を駆け上り、阪田はガンテツへ銃を掃射した。
反応は無い。轍冶を呑み込み、巨人は再び深い眠りへ落ちてしまったのだろうか?
「……最早、ガンテツは奪えない」
失意の声が空洞に響いた。
「何らかの形でナナの意識が生き残っているとわかった以上、村雨を呼び寄せ、ここで自爆させるしか……」
腕時計型の発信機を使い、阪田は、村雨のオートパイロット機能を発動させる。
ある程度自律的に動く性能を村雨は有しており、外壁近くのハッチで乗り捨ててきた機体を『繭』の空洞へ誘導する事は、さして難しくない。
到着すれば、内蔵したサーモバリック爆弾のタイマーを作動させる。
この時代の通常兵器の内、トップクラスの破壊力を持つ燃料気化爆弾は、強烈な熱と爆鳴気を発し、爆心地に与える衝撃の大きさは小型戦術核に迫る。ガンテツも、繭も、耐え切れない筈だ。
間もなく空洞天頂部の排気口から、分厚い隔壁を手当たり次第に破壊し、迫る轟音が聞こえた。
「……来たか」
阪田が見上げた直後、最後の隔壁を破った一機のVCが舞い降りる。
だが、それは村雨ではない。
機甲自衛隊の残機を全て撃墜し、満身創痍となった小鉄だ。シゲルやアカネ達の協力で外殻のハッチを開け、最短距離で空洞へ駆け下りてきたのだ。
「阪田ぁ!!!」
自由落下の加速を得、美貴は雄叫びを上げて、リコイルレス・ナックルを撃った。
真上からの直撃。生身の人間なら、原型も留めず四散する威力だが、
「言っただろ、二尉? 君にだけは見せたくないと」
言葉を発した阪田の体は、軟体生物の如く鉄拳で潰されたまま蠢き、端っこにぶら下がる顔が苦い笑みを浮かべた。
異様に変形した肉体と黒い皮膚に、美貴は微かな見覚えがある。
「……あんた、12年前、真希を誘拐した一味の中に?」
「ああ、君とも闘った」
「じゃ、自衛隊で出会った時、何もかも承知で、私に近づいたのか?」
小鉄の指の間をすり抜け、元の姿に戻った阪田は首を横に振る。
「知らない訳無いよな。笑ってたんだろ、尻尾ふって懐く、バカな狂犬を?」
「違う」
「利用価値が無くなったら捨てる……いや、殺すつもりだったんだろ?」
「違うっ!」
距離を取って見守る七海が後ずさる程、この時の阪田の声は激しく、悲痛だった。
「俺は以前の記憶を消し、自衛隊に入った。君の側で過ごしていた間、気持ちを偽った事は無い」
「……信じられっか!」
小鉄のスピーカーを通した美貴の声も又、悲痛だった。
「でも、今思えば、俺が自衛隊に潜入するきっかけは、あの時の君に魅せられたからだ。目覚める力に戸惑い、怯え、それでも弟を守り抜いた。君はまだ幼かったが、しなやかで凶暴で健気な姿は、俺の記憶に強く刻まれた」
「あん時、あんたを殺しときゃ良かったよ」
「俺の方も最初は単なる興味でしか無かったんだ。だが、君達の監視を続け、以前の輝きをそのままに成長した君を見て……敵として向き合うのではなく、ごく自然な形で話してみたいと思った。
日増しに強く惹かれていく自分が止められなかった。
おかしいよな、もうとっくの昔に……俺は男でも何でもない、只の化け物になっていたのに、それでも……」
その阪田の言葉を、美貴はどんな気持ちで聞いたのだろうか?
ゆっくり小鉄が拳を握り直す。
「……俺の気持ちに、嘘は無かった」
呟く阪田の目に、その時、天頂の排気口から降下する村雨の機体が映った。
振り下ろされる鉄拳をすり抜け、阪田は小鉄の肩を飛び越して、村雨のコクピットへ飛び込む。刹那、高周波の刃が唸った。
損傷し、燃料も切れ掛けた小鉄に抗い得る力など無い。片腕を切断され、真後ろに倒れる機体を村雨は足で踏みつけて動きを封じた。
「正体を知られ、化け物と蔑まれても、君だけは殺したくなかった。でも、こうなった以上……」
剣を袈裟に構えたまま、躊躇うVCの背後で、突然、眠れる巨人が吠えた。
耳をつんざく大音響は、娘を思う父の怒号か? 破壊を欲する魔神の雄叫びか?
目覚めたばかりで、ぎこちなくしか動かないガンテツの掌が極めて無造作に、だが規格外の威力で村雨を薙ぎ払い、大きく跳ね飛ばす。
その隙に小鉄も動いた。最後の力を振り絞り、膝のサスペンションを利かせて、宙に舞った村雨を真下から襲う。
「行けぇっ、リコイルレス・アッパー!」
突き上げる鉄拳の衝撃も又、規格外だった。技の名前を言うと威力は二倍……その恐ろしくいい加減なルールが、ここでは現実になる。
動力部に痛打を浴びた村雨は空洞の床に倒れ、微動だにしない。
装甲が剥がれて半ば開いた敵機のコクピットを、美貴も小鉄のハッチを開き、上から覗き込んだ。
「なぁ、三佐」
荒っぽく航空ヘルメットを脱ぎ捨てる美貴。その頬を一筋の泪が伝い、村雨のシートへ落ちていく。
「あのさ、私が今、怒ってるのは……三佐を絶対許せないのは、あんたが化け物だからじゃないよ」
損壊したコクピット内の阪田は、流石に深いダメージを受けていた。ゲル状に変化する肉体の許容限界さえ超えてしまったのだろう。
もう戦えない。
黒く変色した肌とは裏腹に、潰れて裂けたスーツから人と同じ赤い血液が流れ落ち、したたる美貴の泪と混じり合う。
「そんなの関係無い! あ~、クソッ、うまく言えね~! わかンだろ、私の事? 誰より、三佐が一番わかってる癖に」
決して豊かとは言えないその胸の奥で、この時、どんな思い出がよぎったのか?
嗚咽をこらえて歯を食いしばり、アチコチ引きつる美貴の面持ちが、阪田の秘めた思いを心の奥底から引きずり出す。
「……美貴、子供みたいな顔、するな」
堪えきれず、盛大に泣き出す美貴の声に、瀕死の阪田は微笑み、耳を澄ました。
そして、気付く。
ガンテツの攻撃を受け、機能停止に陥った村雨の自爆装置がフルオートで起動、カウントダウンを進めている事に……
読んで頂き、ありがとうございます。




