第一章 24
ドッグファイトで村正を連続撃破。多彩な火器を搭載する正宗の猛攻をも凌ぎ切り、敵機総数が10機を切ったとレーダーで確認して、美貴は小さな吐息を漏らした。
ふぅ、これで一山越えたかな?
既に『繭』は浦賀水道の湾口を通過し、太平洋に達している。東京都民の巻き添えを出す事無く、どうにか撃墜は免れそうだ。
「ねぇ、アカネさん……一応聞いとくけど、無事なの、ウチの家族?」
「勿論、ここの地下でピンピンしてる」
「ま、あのしぶといオヤジが、これ位で死ぬ訳ないよね?」
「違ぇねぇ!」
通信機からトクさん達の笑い声が聞こえる。美貴の口元にも笑みが浮かんだ時、ふと背後に風を感じた。
上から下へ機体を揺らす衝撃……
僅かなタイムラグを経て、虎鉄の機体後部が斜めに切り裂かれ、そこから噴き出す炎が振り向いた美貴の視界に入る。
これは機銃のダメージじゃない!?
上空から降下する敵VCの近接戦闘用兵器を喰らったと気付き、美貴はフライト・ユニットから小鉄を切り離した。
「緊急セパ、よろしく」
無意識に口走った言葉は、失った相棒への空しいメッセージだ。そして、その元相棒は漆黒のVC・村雨で繭の岩盤へ舞い降りていた。虎鉄のフライト・ユニットが炎上する炎を背に受け、袈裟に構えた武器は日本刀の形をしている。
高周波をまとい、力の源であるハイ・スチームの液化水滴を散らして赤いニコニコ号へ接近。逃げる所か、アカネさんには反応さえ出来なかった。
白刃から水飛沫が上がった刹那、機体の四肢を雑作なく切り飛ばした様は古の魔剣そのものだ。
「この野郎、よくも!」
トクさんとタケちゃんが怒号を上げ、VC仕様の150ミリ・ガトリング砲を村雨へ向ける。
「駄目だっ、そいつとやり合っちゃ!」
美貴の声は、二つの銃口が放つ秒間120発の銃声に打ち消された。
夥しい弾丸が宙を舞う。だが、ハイ・スチームのホバー機能を活かしたサイドステップですり抜け、黒い機体は無傷のまま滑走……
衝撃音が二つ響いた。
トクさんの機体は肩口から頭部を断たれ、タケちゃんはコクピットを深く抉られて、開いた装甲の隙間から辛うじて生き残った痩せっぽちの体が覗く。
残ったツネタさんのニコニコ号は、突っ立ったまま、動かなかった。いや、動けなかったのだ。蛇に睨まれた蛙のように。
あいつ、速い。私の小鉄より……
美貴の瞳に青い炎が宿り、すぐさま56ミリ・アサルトカービンを銃剣モードにして突進。赤く灼けたヒートソードの切っ先を村雨めがけて突き出す。
「三佐! 乗ってるのは三佐だろっ?」
「ニ尉……何故、出て来た?」
美貴に応えた阪田の声は、冷たく、突き放すようだった。
「Jガイアの監房にいれば良かったんだ。これから起きる事を、君には見せたくなかったのに」
小鉄が繰り出す銃剣を、村雨の高周波剣が滑らかに左右へさばく。
あしらわれてる、この私が……
美貴はそう感じ、屈辱に奥歯を噛んだ。どうしても機体の反応が遅れてしまう。小鉄では、村雨を駆る阪田には勝てない。
「どうした、三佐……殺せよ! 撃てるんだろ、任務の為なら」
村雨の返信は、もう帰ってこなかった。
その間、戦う二機の背後で、ツネタさんのニコニコ号がトクさんの壊れた機体を担ぎ、岩盤の中央へ向っている。
辿り着くと同時に「ガンテツ工房」と呼ばれていた大型ドック跡地のゲートが左右にオープン、VCごと『繭』内部へ行ける広い通路が生じた。
ツネタさんのVC、機体を降りたアカネさん、タケちゃんが通路へ足を踏み入れ、再びゆっくり入口が閉じ始める。
その様子をモニターで見やり、阪田は口元に微笑を浮かべた。
「お前は、ここで大人しくしてろ」
言うや否や、村雨は小鉄を蹴倒し、一直線に繭内部への侵入を果たす。ニコニコ号の搭乗者を殺さず撃破したのは、これが狙いだったのだろう。
「三佐、待て!」
機体を立て直す間が、追う小鉄の僅かな遅れに繋がる。『繭』の入口ゲートが眼前で閉じると、美貴は通信機へ叫んだ。
「シゲル、早く開けてくれ!」
「駄目です、美貴さん、後ろを見て下さい」
振向くと、村正、正宗の残機が一斉に反転、総力戦を仕掛けようとしている。今、ゲートを開けたが最後、更なる敵機侵入を招くだろう。
「……てやんでぇ、ベラボウめ」
ニコニコ号が落としたガトリング砲を取り、美貴は迫るVC編隊へ目がけ、雄叫びを上げて小鉄のトリガーを引いた。
× × × ×
Jガイアの至る所で銃声が聞こえる。
施設北側にあるコントロール・タワーの手前まで来て、黒岩亜紀は、突破してきた後方の区画を見返した。
幾つも火の手が上がっているものの、大破した部分は無い。
ウン、思ってたより、いい感じ……
笠井の部下が蜂起してから一時間余りが経過、状況は味方の優位に傾いている。榎陣営が若手のエリート中心だったお蔭で経験不足が目立ち、笠井達の老練極まる攻勢に対応できていないのだ。
記者会見を中断した榎将補、三橋長官はタワー最上階にある統合司令室に潜んでいるが、最早、非常階段前を守る衛兵の数は多くなかった。
高射砲台と船着き場をこちらが押さえている為、榎側の増援は施設に近づく事もできない。
唯一不利なのは、こちらが兵の命を極力奪うまいとしているのに対し、向うは容赦ない手が打てるという事。
例えば、死角からの狙撃である。
衛兵を退け、非常階段を上る亜紀と笠井を、この時、狙撃兵のライフルが狙っていた。気付かない亜紀の頭部を照準の中央に捉え、銃の引き金に指先が掛かる。
しかし、寸前に銃声が響き、狙撃兵は声も上げずに即死した。
倒したのは笠井の部下ではない。反射的に銃を向ける亜紀の視線の先に、拳銃を握った柘植統弥が立っている。
「……統弥!? あなた、洗脳されたんじゃなかったの?」
「自主的に協力する態度を示し、奴らの裏をかくチャンスを待っていた」
笠井は怪訝そうに統弥を見たが、姿勢を正して敬礼する者を捕える訳にもいかず、敬礼を返して先へ進んで行く。
「すまなかったな、亜紀」
笠井が遠ざかった途端、統弥は亜紀の体を抱き寄せた。
「危険な目に合わせた上、テレビで君達をモンスターだなんて、随分、ひどい事を言ってしまった」
「家族まで言われたのはムカついた。か~な~りムカついたけど、仕事でしょ。許して差し上げます」
「そりゃ助かる」
「後で一発、殴らせてくれたら、ね」
「……君のパンチは、少々キツイんだが」
「ん~、運が悪けりゃ死ぬだけよ」
「フフ……これを預ける。榎の始末を手伝わせてくれ」
統弥は、握っていた銃を亜紀へ手渡す。
「まだ、信用する気はないんだろ……俺の可愛い怪物さん」
いつものノリ、いつもの胡散臭さ。統弥との戦いを覚悟していた亜紀は、階段を昇りつつ、内心で胸を撫で下ろしていた。
でも、若干の違和感が残る。
自分から素直に謝るトウヤを、これまで見た事あったっけ……?
読んで頂き、ありがとうございます。




