第一章 11
くだんの狂犬はこの時、虎鉄のフロントコクピットでギリギリ軋むほど奥歯を噛み締めている。
房総半島から東京湾へ追う途上、敵の撃墜を果たせず、遂に品川への到達を許してしまったのだ。
何度か攻撃を仕掛けてはいる。
でも、敵機のステルス性能は相当に高く、ロックオン・レーダーに電子的なジャミングを行う装置さえ積んでいるようだ。
何とか照準が合う位置まで近づいたとしても、機体への負荷を度外視した直線的加速で引き離され、虎鉄の運動性能が生かせない。
最早、都市上空でのドッグファイトは避けられなかった。後は如何にカンイチ・タワーの倒壊を防ぎ、被害者の数を減らすか、だけである。
「くそっ! このままじゃ……」
後部座席で阪田が呻いた。こうも苛立ちをむき出しにした声を、美貴が耳にするのは初めてだ。
既に敵の目的地、黒煙を噴く巨塔が目視できる所まで到達。目を凝らすとカンイチ・タワーの真ん中より少し下、壁面のガラス越しに、天井が一際高い造りの25階が見える。
吹き抜けの大ホール、作業用と思しきVFが誰かを捕えているようだ。一秒にも満たない刹那、美貴は確信する。
あれは亜紀だ。
敵機が俄かに速度を落とし、爆薬付きのVFを狙って攻撃位置を調整する隙に、美貴は叫んだ。
「三佐、緊急セパ、宜しく!」
阪田はその意図を質さない。彼のパートナーが緊急時に下した判断を疑わない。
只、そのまま加速し、ビルと敵機の間に搭載VC=小鉄を打ち出す形で分離を果たす。敵機が搭載するミサイル四発を全弾発射したのは、その直後だった。
「来やがれっ、コンチクショウ!」
大声で怒鳴った時には、美貴はもう小鉄が装備する56ミリ・アサルトカービンのトリガーを引いている。
電子機器を使わない目視による狙撃……通常なら到底不可能な精度で小鉄はミサイルを残らず撃ち落とし、体を反転させて背中のブースターを噴かした。
はじけるように前方へ加速。
小鉄は壁面のガラスを突き破って、タワーのドテッ腹へ侵入を果たす。
「イィィィィィィャッホウ!!」
小鉄のコクピット前方を占める大型モニターに、砕けたガラスの破片が煌めき、周囲へ降り注ぐのが映った。
その煌めきに負けない位、揺らめく青い炎の輝きで瞳を満たし、美貴はハイ・スチームのホバー機能を発動させる。
足元のスラスターから床へ噴出、アビシュームの機体を浮かせ、滑空させる白い蒸気。片手に亜紀の体をつかみ、もう片方の腕で重火器を撃ちまくる敵VFへ向け、小鉄は突進していく。
亜紀姉を盾にはさせない!
十八番のサイドステップで銃撃をかわし、瞬時に敵へ肉薄した美貴の小鉄は、VFの腕を根元からヘシ折って亜紀を取り戻し、同時にホバーの出力を上げた。
「ちょっと、美貴!? 止めなさいよ!」
敵VFの腕ごと小鉄に抱え込まれた亜紀が大声を出す。流石にポーカーフェイスではいられないらしい。
美貴は構わず、敵VFを押して更に加速。侵入した壁面の反対側まで駆け抜け、もう一度、分厚いガラスを突き破った。
即ち、ビルの外へ飛び出し、25階から真っ逆さまだ。自由落下の途中、テロリストのリーダーと亜紀の甲高い悲鳴が響き渡る。
「フフッ、姉貴のこんな声、滅多に聞けねぇよなぁ……」
ブースターで落下速度を調整し、亜紀と敵VFを支えながら、小鉄は無事ランディングを成功させた。
亜紀は放心状態で空を仰いでいるが、『彼岸』のリーダーは口から泡を吹き、意識が飛んでしまっている。
一方、VCと分離した虎鉄のフライト・ユニットはタワー壁面すれすれで急上昇し、辺りに漂う黒煙を裂いて、上空へ舞上っていた。
僅かなタイムラグで敵も上がってくる。
ミサイルを撃ち尽し、ビルを倒壊させうる威力の武器は無くなった筈……しかし、そう踏んだ阪田の判断は甘かった。
敵機もVCを切り離し、ビル屋上へ降下させる。或いはVCの動力炉を暴走させ、自爆する事で当初の目的を果たそうとしているのかもしれない。
阪田は再びビルへ近づき、VCの撃破を狙うが、黒煙が邪魔で狙いにくい。おまけに敵のフライト・ユニットが、虎鉄へ機銃掃射を始めた。
相変わらずロックオン・レーダーは頼りにならず、体当たりも辞さぬ無謀な接近を繰り返す敵機は、いつ墜落してもおかしくない危うさを秘めている。
ビル周辺には、まだ避難していない人々が、蟻の群れさながらに小さく見えた。この状況では墜とせない。それ以外の手段による敵フライト・ユニットへの対処を、最優先しなければならない。
「……二尉、VCは任せた」
阪田は敵機を敢えて限界まで引き付け、巧みに機銃をかわし続ける。
亜紀が放心状態を脱し、胸元を掴むVFの指から身をよじって抜け出した時、小鉄の胸部シャッターが開き、コクピットから美貴が顔を覗かせた。
「亜紀姉、無事?」
「……あのねぇ、あなた、あんな無茶して、無事も何も」
「文句より、助けてもらってアリガトウ、が先でしょ?」
憤懣やる方ない様子の亜紀に、フライトヘルメットを脱いだ美貴は屈託のない笑顔を向けた。
「ま、ヤバかったけど、結果オーライという事で」
「その安易な結論で何度デタラメな成り行きを正当化してきたのかしら、あなたは?」
「それを言うなら、姉貴だって」
今度は亜紀がクスリと笑う。そして、半ば破壊された敵の作業用VFを見下ろし、ふと遠い眼差しで妹を見返した。
「……美貴、あなたと一緒に戦ったのは、あの時以来だね」
「え?」
「12年前、真希が誘拐された日よ」
「ああ、私達が、このろくでもない力に目覚めて」
「人として生きる幸せを、一度は諦めた日」
頷く美貴の瞳に青い輝きは無く、代りに柄でもない淡い哀しみの色が滲む。
「……本当に良かった。あなたが愛し合える人を見つけて」
亜紀の言葉にもう一度、深く頷く美貴。
しかし、屋上から降下してくる敵VCの影が、黒岩姉妹の安らぎを台無しにした。
「亜紀姉、隠れて!」
VCは空中で機銃型の携行兵器を構え、作業用VFの爆薬を狙ってくる。美貴も咄嗟にアサルトカービンで反撃、機銃を持つ敵の右肩を撃ち抜いた。
狙撃不能となった敵VCは、左マニュピレーターで近接戦闘用のスタンロッドを抜き、高圧電流をまとう打撃を小鉄へみまうべく、更に高度を落とす。
厄介な敵は上空以外にもいた。
テロリストのリーダーがいつの間にか意識を取り戻し、自前の高級ライターでVFの爆薬へ点火を狙っている。
「あなたを超える、我らの為に!」
嬉々として詠唱する男の声に気づき、亜紀はおもむろにVFの脚部を両腕で抱え込むと、1トン前後の巨体をブンブン振り回した。
亜紀が密かに愛好するプロレス流に言えば、ジャイアント・スイングの要領だ。派手に投げ飛ばされ、地面へ激突した時、今度こそテロリストは完全にノビている。
「VF相手じゃ分が悪い? まともにやれば楽勝よ」
余裕の笑みを浮かべる亜紀をチラリと見て、美貴は高校時代の姉のあだ名を思い出した。
金浜の女王……いや、金浜の破壊王!
美貴が素手のケンカで敵わなかった唯一の女が亜紀だ。でも、VCに乗れば誰にも負ける気はしない。
頭上に迫り、スタンロッドを振り上げる敵機へ向け、美貴は小鉄のスチーム・ホバーとブースターを全開にして、大きくジャンプした。
「おらっ、リコイルレス・アッパー!」
突き上げた小鉄の鉄拳が、動力炉を爆破させる事無くVCの頭部をブチ抜き、制御系を完全に撃破する。
会心の笑みを浮かべて着地した美貴は、ビル上空で、敵機の機銃をかわす虎鉄のフライト・ユニットを見上げた。
「あれっ? 三佐、あんなの相手に何、苦戦してんだろ?」
言うや否やアサルト・カービンを長距離狙撃モードにし、照準用スコープを覗き込む。
「あ、待って、美貴!? あれ多分、わざと敵を誘導……」
わずかに亜紀の言葉は遅かった。
小鉄が放った一撃は、正確に敵フライトユニットの主翼を貫いて、飛行不能へ追い込んでしまったのだ。
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