第一章 10
品川駅周辺と千葉勝浦沖を結ぶライン上、房総半島の上総丘陵は400メートル級の山々が連なり、入り組んだ複雑な地形が豊かな緑と相俟って、鮮やかなモザイク状の模様を形作っている。
VCW―11=虎鉄でその上空を飛行しつつ、阪田由久は、穏やかな平常心を保っていた。
彼にとって、これから行う迎撃は初の実戦である上、僚機無しの単独行と言う極めて異常なミッションなのだが……
まぁ、さっきまでの状況よりマシだ。
そう開き直れるだけの修羅場が、阪田の脳裏に刻まれている。黒岩家の食卓で食らったガンコ親父のプレッシャーは、今も思い出すと胃が痛い。
それに大田区から市ヶ谷駐屯地まで、美貴が操るバイクのバックシートに跨った記憶は、あまりの恐怖に何度か途切れていた。
フルスロットルのまま、通過する全ての交通信号を無視。ダメッ、絶対!と叫びたい阪田の気持ちもトコトン無視して、まさに傍若無人の大爆走だ。
近道を求めて障害物を飛び越え、邪魔な階段を駆け上がった挙句、警笛を鳴らすドライバーがいたらキッチリ人差し指を立てて挑発してみせる。
「おととい来やがれ、コンチクショウ!」
時代劇マニアならではの表現で楽しげに叫ぶ美貴の瞳は、微かに澄んだ青い光を放ったように見え、極限のスリルの中でも阪田は見とれた。
まさに金浜の狂犬、ここにあり!
あっという間に目的地へ至った時、無事辿り着いた幸運を謝し、思わず天を仰いだのを覚えている。
それから秘書官の制止を振り切って笠井幕僚長に面会。緊急出撃の許可を得るまでに僅かな時間しか掛からなかった。
黒岩家と古い馴染みだという幕僚長は、亜紀の事も良く知っており、その要請だと知るや躊躇なくGOサインを出したのである。
「ねぇ、そろそろ……だよね?」
複座式の二つのコクピットの内、虎鉄のフライトユニットとVCユニット(小鉄)が分離した場合、VC専用となる前方座席から高ぶった美貴の声がする。
「敵の出撃時が不明だから遭遇点は予測できないが、目的地への最短距離となる、このコースを取るのは間違いないと思う」
「でも、レーダーにはまだ映らない。まさかステルスなんて事は?」
「それは無いだろ。テロリストがVCを持っている事自体、本来ありえないのに……」
阪田の言葉は途中で凍りついた。
前方に敵が見える。レーダーは微かにしか反応していないが、確かにVC収納型と思われる戦闘機が二機接近してくる。
識別情報はUNKNOWN。しかも、
「あの形、シミュレーターの中で戦った仮想敵機とそっくりだ!」
「つまり、こいつらの存在を自衛隊の上層部は知っていたという事か!?」
呑気に驚いている暇は無かった。
虎鉄の無線通告を無視して二手に分かれた敵機の内、一機はこちらへロックオンを仕掛け、一機は品川を目指して東京湾へ抜けようとしている。
「二尉、攻撃は任せる」
阪田は虎鉄を急降下させ、敵機がついて来れない間に、一気に背後へ回り込んだ。やはり敵機は虎鉄の運動性に及ばないようだ。
「いただきっ!」
美貴が近距離から放ったサイドワインダー型ミサイルは敵機のエンジン部分を直撃、VC分離の隙も与えず完全に撃破した。
残骸が山間部へ落ちていく。だが、それに構ってはいられない。東京湾へ向う敵機の追撃に移らねばならない。
東京湾を抜ければ、品川はもう目と鼻の先だ。都市上空のドッグファイトだけは何としても避けなければ……
こみ上げる焦りを抑え込み、阪田は虎鉄のアフターバーナーが吠える轟音を聞く。
× × × ×
カンイチ・タワーの25階、多目的イベントホールへ亜紀が忍び込んだ時、『彼岸』のメンバーは、壁一面を覆うガラスを通して東の空を見つめていた。
背中から夕陽を浴び、前方に長く影を落としつつ、ひたすら待ち侘びている。味方機の到着を。爆薬を巻いた作業用VFへミサイルを撃ち、彼らごとタワーを砕く瞬間を……
亜紀は肩に掛けていた軽機関銃を構え、背広姿のリーダー二人を取り巻く警護役に狙いを定めた。29階の営業部、28階の経理部で人質を解放した時と違い、今度は音を立てないよう配慮する必要は無い。
ここを処理すれば終わり。ビル入口で粘っている連中は警官隊に任せれば良い。
亜紀は容赦なく急所を狙い、まず警護役三名を撃った。背広姿の男達は素早く物陰に隠れ、ゴツい方が仲間の死体から銃を奪って応射してくる。
「……さっきの警察の女か」
「悪いけど、上の階にいた連中は始末させてもらったわよ」
「お前一人で!?」
「そ~っと近づいて首絞めたら、ビックリした顔で伸びちゃった」
「馬鹿な……大体、ロープであれだけ強く縛ったのに、どうやって抜け出した?」
「ん~、引きちぎった」
「もっとマシな嘘をつけ!」
男は苛立ち紛れに銃を乱射した。
敵のVC到着まで時間稼ぎをさせる訳にはいかない。強引に弾幕を張り、接近を試みる亜紀だが、あと一息の所で弾切れだ。
弾倉交換の暇を与えず、男の銃弾が亜紀のサブマシンガンを弾き飛ばす。
「ホラ吹き女、今度はコレで遊んでやる」
ゴツい男が小銃を捨て、足首に仕込んだサバイバルナイフを抜く。その踏み込む速度は尋常では無かった。
敢えて接近戦を挑む辺り、闘技に自信があるのだろう。熟練を感じさせる身のこなしで亜紀の上着を、シャツの布地を瞬時に切り裂いていく。
「へへ、良い眺めだ」
嬲るつもりか、豊かな胸元を露出する亜紀へ向けて男は唇を歪めて笑うが、すぐその笑みは凍りついた。
ナイフを突き出す手首が鷲掴みにされ、握力だけで瞬時に尺骨を押し潰す鈍い音が響いたのだ。
「ねぇ、坊や……女を見かけで判断しちゃ、ダメよ」
今度は亜紀が、瞳の奥に微かな青い光を湛え、艶やかな笑みを浮かべる。
そのまま痛みに悶える男は投げ飛ばされ、軽く10メートルは離れた放送用カメラに激突して気を失った。
残るは、あと一人。
しかし、リーダー格の男は想定外の行動に出た。爆薬を巻きつけた作業用VFに乗り込み、金属製の腕で亜紀の胸倉を掴んで、頭上高く持ち上げる。
「いやはや、驚きましたよ。その優し気な容姿に反し、ゴリラ並みの腕力ですね、あなたは」
「……もう少し、可愛い動物に例えてくれないかしら?」
胸骨を締め上げられ、苦しい息をしながらも亜紀のポーカーフェイスと減らず口は健在だ。
「フフッ、流石に重機が相手では分が悪いと見える。さぁて、どうしますかねぇ? このまま捻り潰すか、それとも?」
東の空を見やる男の目がハッと見開かれた。まだ夕焼けの奥の小さな点に過ぎないが、確かに何かが高速でこちらへ接近している。
「待ち人来たれり……幸運ですよ、あなた。我々と共に炎で浄化され、歴史を正す記念碑の一部になれる」
陶酔を露わにする男から目を逸らし、亜紀は胸の奥で妹に毒づいた。
何やってんのよ、金浜の狂犬! オトコができて、ヤキが回った?
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