そんな事子供に教えんな
ある日のテクニカルシティ。
しょっちゅう事件が発生するこの街の中では珍しく、その日は青空が広がる平和な日であった。
葵はスーパーでの買い物を済ませ、森に建てた自宅…ログハウスへの帰路を辿る。
一応ハンドガンをバッグに備えているが、今日のような日であればセーフティを外す事もなさそうだ。
沢山の人が互いにひしめき合って歩いていくなか、彼等の足元に見覚えのある小さな人影が一つ見えた。
「あっ、あれは…」
桃色の柔らかい髪に、ハートとクローバーの髪飾り、陽光を浴びたように黄色く輝く着物。
クローバー族の四葉だ。
普段は森で暮らしてる彼女だが、珍しく今日は人間の街で過ごしてるらしい。
人混みまみれの中、彼女は周囲の人に蹴飛ばされながらゴム毬のごとく飛び交ってる。
「あっ!葵さん!」
転んだ拍子に葵が目に入り、あどけない足取りで歩み寄ってきた。
こういった人混みの中で知り合いを見つけた時の喜びは、アンドロイドもクローバー族も共通だ。
四葉は葵の前で止まり、満面の笑みで…。
中指を立てた。
「え」
四葉の中指が。
あの礼儀正しく、歳不相応なまでに整った態度の四葉の中指が。
天を指している。
「四葉ぁぁ!?!?」
周囲の喧騒の中でも一際異彩な、裏返った声が葵からあがる。彼女は四葉の右手を押さえ、その指を折り曲げて元に戻す。
「四葉!?え…私の事嫌いになったの?それともグレたの!?」
四葉は首を傾げる。
まるで、この動作の意味がよく分かっていないように。
彼女は語る。
彼女が暮らしてる森に、ある時突如、知識に愛された男と自称するモンスターが現れたらしい。
彼は子供達を集め、この中指をたてる事は親愛なる相手への挨拶であると教えてきたのだとか。
純粋な子供を騙し、不適切な振る舞いを教えるとは、相当悪質な相手と見える。
「四葉、そいつの場所まで案内してちょうだい。そいつを蜂の巣にしてやるわ」
結局、今日も穏やかではなさそうだ。
四葉の暮らす森に、そいつはまだいるという。
四葉はつい先程まで授業を受けてたらしく、そして今は2時間目が始まる時間帯だ。
授業自体は自由参加、故に子供に与えられる自由度も高く、子供からの評判は言いようだ。
中指を始めとした不適切な教育を施し、世間からの悪評が集まれば、さっさと逃げてしまうのだろう。それくらいのところまで、もう読めていた。
森の憩いの広場。
そこに…そいつはいた。
「…じゃあ次の授業に移りますよ」
穏やかな声が聞こえてきた。
葵は木陰に身を潜める。警戒の為、ハンドガンのセーフティを解除し、忍ばせていた弾を装填する。
そこに立っていたのは…緑色の大きな本から手足を生やしたようなモンスターだった。
そのモンスターは顔がないにも関わらず、爽やかな声を発している。
切り株の椅子に生徒を座らせ、あたかも熱心な教師であるかのようにこんな事を言っていた。
「次は悪い大人達に意見をする場合、どのように言えば良いかをお教え致します。そういう時は、[己等なにふざけた事抜かしてんねん!!]と、思い切り自分の意見をぶつけるのです。さあ、復唱をお願いします」
『己等なにふざけた事抜かしてんねん!!』
素直で純粋な子供達は、何の疑いも持たずに元気よく復唱する。
「ちょっと待ったぁー!!!」
もう見てられないとばかりに葵が飛び出し、モンスターの前へ堂々と降り立った。
モンスターは本の体を一瞬開き、授業の乱入者を前に一歩引く。
モンスターがここまで驚いているのだ。子供達は後ろに転げ落ちんばかりの良い反応を見せていた。
葵はモンスターにハンドガンを向け、怒りのままにまくし立てる。
「無垢な子達に何て汚い言葉遣いを教えるのよ!!それでもあんた人間!?」
「いや、人間じゃないけど…」
その静かで冷静な返しに反して、モンスターの行動は荒かった。
彼は背後にあった黒板を掴み、葵目掛けて振るってきた!
持ち前の反射神経でそれを回避、ついでに弾の入ってないハンドガンを取り出し、座ってる子供達に向ける。
「早くここから去らないと撃つわよ!!」
『ひいいいい!?』
恐怖のまま逃げ出す子供達。何と荒っぽい救出作戦だ。
「お前も大概じゃねーの」
モンスターの声はいつの間にやら、穏やかさが消えていた。
恐らくこれこそがこのモンスターの本当の声…つまり、邪悪なモンスターとしての本性を表した何よりの証。
葵はモンスターにハンドガンを向けたまま問う。
「あんた、こんな事をして何が目的?子供に恥をかかせたいの?」
ジリジリと距離を詰める葵に物怖じせず、堂々と胸(どこだか分からないが)を張るモンスター。自分のやってる事は正しい、という信念がよく伝わってくる。
「そりゃ勿論、大人に抗う術を教える為だよ!」
モンスターは自ら葵へと歩み寄っていく。大股歩きで、やかましい足音を鳴らしながら。
「俺は昔、とある子供が大切にしていたギャグ漫画だったんだ!彼…ご主人様は俺をとても大切にし、くっだらない下ネタで大爆笑してくれたさ!だがある日、ご主人様の親が現れ、〔そんな下らないの読んでないで勉強しなさい!〕とかほざき散らして俺を捨てたんだ!ご主人様は何も言えず、ただゴミ箱に捨てられた俺を見つめている事しかできなかった…。二度とご主人様のような子供を出さない為、そして俺のような本を出さない為にも、子供達を教育し直していたんだよ!」
自身の過去を明かすモンスター。
人間の都合で一方的に捨てられ、ゴミ扱いされた過去…。
人間からしてみれば単なるものであっても、このモンスターからしてみれば存在価値を否定されたも同然。歪んでしまっても無理はないだろう。
「…だからって、子供にあんな事を教えて良い訳…」
葵の言葉が止まる。
「んっ?」と目を細め、モンスターの体をよく見る。
モンスターの本の体が、少し開いている…。
日頃銃弾を視認しながら戦ってる葵の目は見逃さない。その隙間…つまり一枚のページに、黒い文字が書かれてる事を。
書かれている一文はこうだ。
〔敵に狙われ、やばくなった時。それっぽい悲しい過去を考えて見逃してもらいましょう〕
「あんた!!!」
一気に踏み込み、銃口を密着させる。
モンスターは尻餅ならぬ裏表紙餅をつき、両手を上げる。
「今の過去、絶対オリジナルでしょ!フィクションでしょ!!」
「す、すまん!あんまり銃が怖いものだからつい…!本当に反省してるんだ許してくれ!」
涙声のモンスターの体の隙間に、こんな文字が。
〔嘘を見抜かれたら、涙声で話しましょう。相手の心理を突くのです〕
「丸見えじゃ!!」
ついに、発砲…ではなく、一発蹴りを浴びせてみせる。
体をはためかせながら転倒するモンスター。足を振り上げたまま、葵は「よし」と、控えめに勝利を謳う。
「く、くそ…だが、俺の授業はまだ終わってない…見ろ!」
モンスターは倒れた不格好な体勢のまま、辺りを指さす。
そこには、先程追い返したはずの子供達が、こちらを覗き込んでいた。
「俺の可愛い教え子達は、まだ俺を見捨ててない!さあお前ら!!こいつを始末しろ!」
モンスターは穏やかな声を出すのも忘れて、荒っぽく指示を出す。
「先生」
眼鏡をかけた少年が歩み出る。
「先生の授業は楽しかったですが…なんかやっぱり、普通の授業の方が良いような気がしてきました。なんだか荒っぽいですし、先生に学んだことをお母さんやお父さんに言ったら、嫌な顔をされて…」
「な…なんだと!?」
完全に本性を表し、握り拳を振り上げるモンスター。
葵がハンドガンを構え、モンスターの手を狙う。だが少年は、拳が振り下ろされるよりも早く、気をつけを見せる。
「せ、先生!僕たちはこの教室を卒業しようと思います!その前に先生への感謝の気持ちを伝えるため…教わった事を今この場で実践致します!」
少年は、周囲のクラスメート達に一通り目線を通すと…。
「先生!!ありがとうございました!!ということで…かかれぇー!!!!」
彼らは一斉に飛び出し、モンスターへと殴りかかる!!
表紙部分を殴られ、ページを引っ張られ、押し倒され、足を掴まれて引きずり回される。
モンスターは何かを言ってるが、子供特有の甲高い掛け声にかき消されて何も聞こえない。
「先生に教わった事です!!感謝の気持ちを伝える時は、相手に殴りかかり、ボコボコにしろと!!!」
結局彼らは、モンスターが気絶するまで殴り続けた…。
気絶したモンスターを横目に、子供達は頭を下げた。
彼等の前には、未だ置いてけぼりにされ、コメントが見つからない葵が立っている。
「実は僕達、あの先生が間違ってると、途中から気づき始めてたんです。でも意見しようとすると殴られそうになって…仕方なく授業に参加してたんです。お姉さんが助けに来てくれたおかげで勇気が出て、反撃できました。本当にありがとうございました…」
「あ、いやいや…頭下げないでちょうだい」
ともあれ、子供達にあらぬ教育を施す悪魔は倒すことができた。
変わった形で平和に貢献できたのだ。
「ではお姉さん…これから誰かを助けて、逃がして上げる時は…銃を向けて脅すようにします!」
「いやいや!ダメダメーー!!」
ハンドガンを落とし、風を切るように両手を振るう葵だった…。




