ファッティと怪しい薬
山に囲まれた、とある村。
そのモンスター、ファッティは、通りすがりの悪鬼狩人によって殴り倒されていた。
「流石火竜、今日も良い拳ね」
「へへ、このくらいはイチコロだ」
屋台の椅子に腰掛ける赤い着物の女が、今まさにファッティを殴り倒したオレンジの髪の青年に拍手を送る。
ファッティは太った人間の姿をしている。
一見すると普通の人間に見えるので、モンスター騒動ではなく、単に人間同士のトラブルなのかと周りの通行人は割り切っている。
しかしこのファッティ、この村を制圧しに現れた荒くれ者モンスターなのである。腹ごしらえをと団子屋台の店主に襲いかかったところを、この青年に殴り倒されたのだ。
「く、くそっ…」
体が重く、上手く立ち上がれない。
贅肉の鎧に覆われた体は頑丈だが、倒れてしまうと人一倍体勢の確保に時間がかかる。
握りしめた拳は震えるばかり、目の前の青年はわざと手を出さず、ファッティにターンを譲っている。
もうこの時点で、ファッティの負けだった。
「くそーー!!」
ようやく立ち上がるなり、彼は駆け出した。
…村の出口に向かって。
「はあはあ…何だよあいつは!」
息を切らしながら、見慣れぬ森林を駆け抜ける。
襲撃した村に偶然あんな手慣れがいるとは、敗因の一つに不運も加えるべきであった。
いや…考えてみれば不運などではない。
敗因はこの体だ。
力士のように力強く、いわば端正な太り方をしている訳でもない。
贅肉が重力に抗うこともせず垂れ下がった、この酷く情けない体型。これのせいでバランスを崩しても満足に立ち上がる事もできず、ただ見下されるがままに敗北を下された。
もっと脂肪を落とす鍛錬…ダイエットを積んでから実戦に挑むべきなのだ。
しかし、そんな事に時間を割くほど、彼は落ち着いた性格ではない。むしろせっかちだ。
今回だって、早いところ村を潰せばあの団子屋台の団子も食べ放題だと考え、さっさと潰してしまおうと乗り込んだのだ。
結果を急ぐ彼にとって、悠長なダイエットなど苦痛そのものだ。
そんな時だった。
「おや、そこのあんた、お困りか」
しわがれた声に、顔を上げる。
向かいの林道から歩いてくるのは、紫のローブを羽織った人物だった。
声からして、恐らく老婆。しかしその顔には鬼を模した仮面が張り付いており、完全に顔を隠してしまってる。
「ん…何だよ婆さん」
老婆はゆっくりとファッティの前に立つと、その細長い手を腰元のバッグに添える。
そして…怪しげな薬を取り出した。
「こいつを使えば、お前の理想の姿が誕生するぞえ…」
普通ならば、ここまで怪しげな老婆に怪しげな薬を勧められるなど、最早拒否、という選択すら甘く見えるだろう。背中を向けて一目散に逃げ出すのが妥当だ。
しかし、ファッティは違った。
「えっ!?まじで!?痩せられるのか!?」
「…あんたの理想の姿が現れるさ…」
ファッティの太い手が、老婆の細い手の上から、半ば乱暴に薬を取り上げる。
「お代はいくらだ!?」
老婆は、一際高い声で笑う…。
山の西方向の、雑草が生い茂る大広場。
そこでは今日この日、ラオンとショウ、二人のワンダーズが歩いていた。
「ラオンさん、こんな所で何をするんですか?」
「へへ、見てろ」
彼女はいつもの愛用ナイフをポケットから取り出すと、得意げなウインクを見せた。
そして…その銀の刃を回転させるようにして振るう。
銀の閃光が輪を描き、背の高い雑草が一斉に切り裂かれる。
舞い散る緑の雨の中、ショウは拍手を送った。
「…つー事で、今日のアタシらの任務はこの辺の雑草をむしる草むしりだ。つまんねえな」
目的を語った途端に、ラオンの表情が明らかに曇る。
先程の得意げな様子も、戦闘とは無縁のこの依頼の退屈さを誤魔化す為のものだったのだ。
ただ地面に生えてる草をむしり取るだけ。単調で、まさしく〔作業〕と言うべき作業は、彼女が最も苦手とするものだ。
それでも事務所で受けた依頼は絶対だ。
風呂に入ってようとトイレにいようと、依頼を優先せよ、とワンダーズの掟書に刻まれているのだから。
渋々、適当に目についた雑草から取り掛かろうとする。
だが…ここでラオンにとっては嬉しいアクシデントが入った。
何者かの、騒がしい声が耳を叩きつけたのだ。
「うおおおお!!これで俺は最強だぁー!!」
やかましい声、やかましい足音。
思わず肩を震わせ、木々の間を見ると…。
太った男が小走りで駆け抜けていた。
速くはない。そして走りの姿勢もよろしくない。息もあがってるのに大声をあげており、見るからに計画性が無さそうだ。
「ん?なんだあいつ」
「ランニングしてるんでしょうか…?」
その男…先程老婆から妙な薬を貰ったばかりのファッティ。
彼は突如足を止めると、何やら奇妙な行動に出た。
腰を深く落とし、背中を丸めて何かを集中し始める。
ランニングの動作の一つ、ではなさそうだ。早速草むしりなど忘れたラオンと彼女に合わせるショウは、茂みからその様子を伺っていた。
「うおおおおお………」
拳を握りしめ、身を震わせるファッティ。
すると、その背中あたりが震え始め…。
真っ二つに裂けた。
『え!?』
二人揃って声を上げる。
しかし驚くのはここからだ。
ファッティの背中の中から、何かが羽ばたきながら現れたのだ。
それは…もう一人のファッティだった。
しかし、その体は全く太っていない。細くしなやかな体型をしていた。
背中からは緑の羽根が生えており、頭からは二本の黒い触角…まるで蝶のような姿の怪人が現れたのだ。
「はあはあ…よし!!成功したぞ!あの婆さんの言う通り、これが俺の理想の姿!」
黙ってこちらを見下ろしてくるもう一人のファッティ…言うならば〔蝶ファッティ〕に拳を掲げ、歓喜の声をあげた。
老婆から貰った魔の薬による効果で、彼は自分の理想の姿…ダイエットに成功した姿を体現したのだ。
「よし!!今ここに俺の痩せた姿がある!という事はダイエットは成功したも同然…!!あの村の団子屋台も俺のものだー!!」
「ちょっと待てーー!!」
いくらなんでも情報量が多すぎる。
ラオンはショウの制止を振り切り、思わず茂みを跨いでファッティの前に走り出る。
ファッティは「げっ」と声を上げ、後ずさり、反射的にラオンから距離を離す。
ファッティの顔の前に突き出されるラオンの指。鼻先を突かんばかりの指は震え、ラオンの興奮を物語っている。
「お前、何者だよ!?いきなり背中裂けて分身出すとか…どんな技なんだ!?教えてくれよその気色悪い技!!」
ファッティは…大人しく説明した。
老婆から薬を貰った事。
その薬を飲み、力を集めれば理想の姿を召喚できる事。
勿論村を襲う為の下準備とは言ってない。一応彼も悪のモンスターだ。世間一般で悪と見なされる行為を他人に下手に言いふらす程、馬鹿ではない。
一通り話を聞くと、ラオンの隣に立っていたショウが手を挙げて発言した。
「待ってください。貴方はダイエットに成功したと思ってるんですよね?でも結果は、単に痩せた姿の分身が登場しただけ…。あなた自身が変わってなければダイエット成功とは言えないのではないですか?」
「は?うるせえなガキ!本人に満足いく結果が出たらそれでいいんだよ!」
折角いい気分だったところを邪魔され、ファッティは明らかに苛立っていた。これ以上の問い詰めは危ういかもしれない。
「大体ダイエットなんて面倒くせえんだ!本人が良いならそれで良い、ってよく言うだろ。いちいち口出しすんな!」
言い終わった後、ファッティは息を切らしていた。
「あなた痩せないと病気になりますよ」
「うっ…余計な御世話だ!」
病気、という言葉には弱いようで、一瞬明らかに言葉がどもる。
単にダイエットが面倒なだけなのだ。
その時。
今まで一同の会話を優しく(?)見守っていた分身が、突如動きを見せた。
分身は羽を羽ばたかせ、低空飛行しながら一定の方向へと飛んでいく。
「おい、分身動いてんぞ」
ファッティは振り返る。
分身はどこかを目指しているらしい。
もしこの分身が、本体の意志をも受け継いだ存在なのであれば、向かう先は…。
あの村だ。
(まさか!俺の代わりに何かしてくれる機能まで備わってるのか?)
三人は分身についていく。
分身は、三人など眼中にないかのように、ただ前だけを見て飛び進んでいく。
そして…辿り着いた先は、やはり村だった。
分身は人々で賑わう様子を観察してるようで、表情を見せない顔をただ左右に動かしている。機械のようで不気味だった。
茂みに隠れた三人は、分身の次の行動を見守る…。
一分ほど、分身はただ観察を続けていたが、やがて右手を上げ…。
「…うおっ!?!?」
ファッティ本体の悲鳴と同時に、指先から白い光線を発射した!!
その破壊力は凄まじく、村を瞬時に大爆発が襲う。
家々が崩壊し、瓦礫が炎に消えてチリと化す。
大地は抉れ、平和な村は、砂の城を崩すように消え去った。
「ぎゃああー!!俺達の畑がー!!」
「いてえよおおおお!!!」
「何が起きたんだー!?!?」
負傷した村人達が地面に突っ伏すなか、建物が跡形もなく崩壊し、焼け焦げ、巨大なクレーターと化した元村が視界に飛び込んできた。
爆発の熱の残滓で目が痛む。それでもラオンとショウは、あの分身の思わぬ破壊力に目を見開くしかない。
そして、ファッティは…。
「うおおお!!つえーじゃんこいつ!こんな心強い部下が味方になったなら、もうコソコソする必要はないな!」
ファッティは大袈裟に両手を広げ、破壊された村を背に熱く語る。
「もう正体を隠す必要はないな!!俺は悪のモンスター、ファッティ!このあたり一帯を支配し、美味いもんを食いまくる為に日々戦ってきたんだ!ようやく目的が現実味を帯びてきたぜー!!」
ショウは、露骨なまでに驚いた顔を見せているが、ラオンは大して反応しない。
元から怪しいやつだと思っていたのだ。
「そうか…。なら放っておけねえな。お前の余計な肉を全部そぎ落としてやるよ」
「やれるものならむしろやってほしいねえ!この分身がそばについてる俺に近づけると思ってんのか…ん?」
ファッティは気づく。自分のそばに分身がいない事に。
慌てて周囲を見渡す。細い煙が視界を阻むが、遠くの崩れた瓦礫のそばに、その分身は佇んでいた。
分身は瓦礫に腰掛け、何かを上品に口に運んでいた。
それは…真っ白な団子だった。
近くには、身を挺して団子を守ったのであろう店主と男が、黒い地面を這って手を震わせている。
「だ、団子…返せ…」
分身は見向きもせず、団子に夢中だ。
それを見て、ラオンとショウが行くより前に、ファッティ本体が動き出した。
「ちょ!!おーーい!!なに本体より先に食べてるんだぁ!!」
ドスドスと地響きを鳴らしながら走り寄り、分身の顔面を一発殴る。
「そんな事するなら、俺の中に戻ってもらうぞ!」
どうやら分身の制御ができていないらしい。
分身は、自分の主人であり、何より本体であるファッティに、指を向けたのだ。
そして…爪の先に白い光が灯される。
「え…」
「危ない!」
ショウがファッティを突き飛ばし、離れさせる。
その瞬間に、この村を破壊したあの光線が発射される!
光線が放たれる先は…森林地帯だ。このままでは森林までもが破壊されてしまう。
だが心配はいらない。
ここには今、ワンダーズがいるのだ。
「させるか!」
ラオンが飛び出し、ナイフで光線を弾く!
弾かれた光線は青空に叩き出され、爆発した。
熱の雨が降り注ぐなか、戦いが始まる。
分身は羽を使って左右に飛び交い、こちらを惑わすような動きを見せる。
ラオンがナイフを突き出して攻撃していくが、分身はナイフをそれをかわし、反撃の蹴りを打ち込んでくる。
蹴りを刃で防ぎ、時々蹴り返すラオン。分身を空中に押し出して一瞬動きを止めると、すぐさま飛び出し、ナイフを振り上げる!
分身の動きは、明らかに戦闘慣れしていた。
「やるじゃねーか。単なるアホの分身という訳でもなさそうだ。こりゃあ楽しめるぜえ!!」
ラオンは回転し、ナイフに紫電を纏わせ、威力を倍増させる。
これで一気に押し切れば、分身もただでは済まないはずだ。
「くらえ!!」
ラオンが駆け出すと、分身もまた急接近してくる!
分身は右手に緑色の魔力を集め、魔球を生成、そこから小型の魔弾を撒き散らしながら、同時に自分自身も迫ってくる!
しかし、ラオンの対策の準備は万端だ。
紫電のおかげでナイフの刃が伸び、範囲が増えた斬撃を繰り返し、光弾を切り落としていく。互いの身があと僅かのところまで近づき…一気に決着にかかる。
先に攻撃が当たったのは…ラオンだった。
刃が体を切り裂き、その傷口から火花を散らせる。
分身は…背中の羽がもぎ取れ、膝をつき、やがてうつ伏せに倒れる。
そして、その体は無数の緑の粒子へと姿を変え、消えてしまった。
この消え方…魔力で構成された存在だったようだ。生物でもなく、ただファッティの意志を反映して動くだけの、リモコンの無いラジコンだったのだろう。
こんなやつを作った薬…その全容を知るには至らなかった。
村の修復作業が始まり、村人達は重い体を引きずりながら瓦礫をどかしていく。
ラオンはファッティに正座させ、彼に説教を食らわせていた。
「これにこりたら怪しい薬に手を出すんじゃねえ!!」
この村の荒れよう、流石に事の大きさが分かったのか、ファッティは俯き、重々しい表情を見せていた。
「すまん…まさかダイエットがここまで大変で壮絶な事だったとは」
「はじめからダイエットなんかしてねえだろ!」
ナイフ片手に怒鳴り散らすラオン。こういう努力を吐き違えてるやつは異常に腹立たしい。
が、ここで歩み出たのはショウだった。
「あのー…すみません、ファッティさん。良いダイエット方法があるんですが」
「え、良いダイエット…?」
ショウが提案した良いダイエット方法。
それは…。
「ひーっ!こんなにやらないといけないのか!?」
そもそも、この山まで足を運んだきっかけである、草むしりだった。
先程ラオンが切り裂いたのはあくまで草の上半部分、根っこはまだまだ残っている。
偶然遭遇した事件も解決し、最初の目的であった事件も器用に解決。
腰を落として草をむしりだすファッティを横目に、二人は山を立ち去ったのだった。
…山の一角、岩盤が並ぶ地帯。
そこで、怪しげな儀式を執り行う老婆には気づく由もなく。
「くくく…あの阿呆のエネルギーはあまり役には立たなかったな。次の計画を練らねば…」




