槍使い野郎勘違い野郎ヤスピア
槍は、古くから使われてきた武器だ。
遡れば旧石器時代から人類が使い始め、そして人類を模倣するようにモンスターもまた槍への関心を深め、今や人類以上に様々な種類の槍を開発している。
そんな槍を掲げ、とある大いなる任務に挑もうとするモンスター戦士が、ここにいた。
闇の国の山岳地帯。
今にも崩れそうな岩の足場に、乱暴に体重をかける大柄な戦士が一人。
人間と酷似しているものの、肌は漆黒、所々に鱗がある。闇の世界ではよく見られる種族のヒューマイド型モンスターである。
それなりに地位は高いようで、彼の背後には何人か、似たような姿のモンスターが膝をついている。
彼等は共通し、槍を持っていた。
リーダーの個体は片手を額に添え、何とも自信に満ちた表情で遠方に見える漆黒の城を眺めている。
「へっへっへ。あそこに闇姫がいるんだな」
「そうだ、ヤスピア」
ヤスピアと呼ばれたリーダーに、周囲の部下よりも堂々とした様子の個体が歩み寄る。
彼の姿は、ヤスピアの黒の体をそのまま紫にしただけだ。
「お前の言う通り、あそこには最強の悪魔、闇姫がいる。やつを倒せば、我々の闇の国での天下は確定だ」
ヤスピアは槍を後ろに回し、肩で抱え持つ。
彼等は闇の国にごまんといる、野心に溢れた戦闘集団。打倒闇姫を掲げ、闇の国を手中に収めんとする団体。何とも分かりやすく、そして単純に危険な存在。
「ヤーリヤリヤリヤリ!天下確定…か。良い響きだぜ!じゃあサシヤリ。俺の忠実な副官として、お前には特別な命令を下す!」
ヤスピアは、副官サシヤリの目の前に指を突き出す。
「お前は先に部下と共にあの城へ突撃しろ!警備が手薄になったところで、俺が闇姫を直接叩く!」
はいはい、とばかりにサシヤリは崖を降りる準備を始めていた。その仕草、その塩辛い対応、彼が日々ヤスピアに振り回されている事がよく分かる。
サシヤリの心情など知る由もなく、ヤスピアは城へ槍を向け、声高らかに、そしてどこか孤独な宣戦布告を発する。
「闇姫よ!!貴様の心臓を貫く槍の名を教えてやろう…その名は…闇より出でし槍、ヤスピアだ!!ヤーリヤリヤリヤリ!!」
(その笑い方何とかならんのか)
一人盛り上がるヤスピアを背に、サシヤリは器用に崖を滑り降りていく。
闇姫の城の防衛は極めて硬い。
一体で軍隊相手に無双できるような悪魔が、雑兵のごとく何体も配置されているのだ。闇姫や四玉将だけでなく、彼等が飼いならしている凶暴なモンスターに、城に仕掛けられた巧妙な罠、ドクターガンデルの発明品により、自然の力すら味方につけているという噂さえある。
そんな組織に立ち向かうのに、槍一本では到底足りない。そんな事は理解に遠くない。
なのに彼等は、槍をやたら信仰していた。というより、リーダーであるヤスピアの趣向により、「槍以外使うのは許さん」という独自のルールが形成されていたのだ。
闇姫の城へと続く城門。
長い橋の上を最前線で見張るのは、二体の牛頭悪魔。
彼等は石像のごとく、視線も足元も一切揺らぎない完璧な立ち姿で、近づく相手を威圧しているようだった。
大半の侵入者はこの門番を見るだけでも逃げていくだろう。存在そのものが、この城の防衛だった。
サシヤリと5人の部下達はその悪魔達の前方に堂々と降り立った。
「あーあ…槍が弱いって訳じゃないが、たったこれだけで勝てる訳ないだろうが」
サシヤリは既に、諦めていた。
サシヤリもまた、槍を好み、昔から大半の戦闘は槍で乗り越えてきた。だからといって槍一本で大組織相手に特攻していくような真似は、ヤスピアのもとにつくまでは一度たりとも行わなかった。
悪魔達は視線だけをこちらに向け、しばらく様子を伺っていたが…。
サシヤリ達が槍を構えると同時に、肩をあげた。
「…侵入者だー!!」
「迎え撃て!!」
二つの巨躯が、あまりにも軽やかに向かってくる。その熟練された動き、軍の訓練が行き届いている何よりの証拠だ。
だがサシヤリと部下達も怯まない。
こうなれば、やれるところまでとことんやってやる。
悪魔達の分厚い筋肉へその穂先を突き立てんと、闘志を細胞中に巡らせる。
「やるぞお前ら!串刺しにしてやれ!!」
…城の最上部。
闇姫は、赤い玉座に腰掛け、城に現れた愚かな侵入者の気配を感じ持っていた。
頬杖をつく腕は動かず、その赤い左目は天井を見つめている。
すぐ横には、闇姫軍四玉将の中でもトップの実力を誇り、昔から闇姫のそばに仕え続けてきた、軍勤務歴に関しても最高峰の兵、ダイガルが。
「今日も侵入者のようですね、まあ門番に任せとけば大丈夫でしょう」
ダイヤモンドから短い手足が生えたような、迫力などとは程遠い姿でありながら、その声は低く、威圧的だ。
闇姫は虚空から視線を逸らさぬまま答える。
「毎日毎日色々な侵入者が現れる。どいつもこいつもアホばかりだ。よく飽きねえな」
「それだけ我々の名声が高いのですよ。好きにやらせておきましょう」
二人の、たったこれだけの会話が終わった頃。
「何だったんだこいつら?」
門番二人は、橋の上に突っ伏すサシヤリ達を見下ろして首を傾げていた。
まさしく瞬殺。
槍兵達の突きは全て外れ、それぞれの門番の片腕一本に叩きつけられる…いわばラリアットの一撃で吹き飛ばされ、橋の手すりに衝突し、失神した。
サシヤリは、一発だけ槍を門番の腕に突き刺す事に成功したものの、すぐに筋肉の硬度に負け、押し返されて橋に叩きつけられ、あっさりと沈黙。
(だ、駄目だ…門番の時点でこの強さ…。ヤスピアが闇姫に勝てる訳が…)
サシヤリの脳裏には、既に未来予知とも言うべき光景…。ヤスピアが闇姫によって完璧なまでに打ちのめされ、城の天井を突き抜けて吹き飛ばされる光景が映っていた。
そして、当のヤスピアは…。
「ヤーリヤリヤヤリリリリヤリリリリ!!侵入成功!」
城の裏手側から、侵入していた。
豪華なテーブルや観葉植物が置かれているくらいで、これといった特徴のない部屋だ。
しかし、敵兵の姿は今のところは見当たらない。
ヤスピアの片手の平にはキューブ型の小型装置が乗っている。
これは小規模の空間転移装置だ。壁をすり抜ける事ができるが、一度使うとその魔力を失ってしまうという使い捨ての道具である。
これを使い、城に損傷を与えずに忍び込む事には成功した。事前に城の兵士の巡回ルートを調べ、それを最も避けられる場所から侵入したのだ。
とはいえ、全く見回りがいない場所を選べる訳では無い。
「なんだお前は!?」
この部屋に見回りはいないと思っていた。だが、正確には隠れていたのだ。
…壁に掛けられていた黒い騎士の絵画が、突如動き出す。
そして…絵の中の騎士が絵画を跨ぎ、外へ飛び出してきた!
絵が実体化するという時点で予想外だが、その騎士は手に持った剣を振り被り、ヤスピアに向かってくる!
「ちょ!?なんだよお前は!?」
たまらずヤスピアは槍を頭上に構える。
一応、一つの組織を率いるだけの力量はあるのだ。彼は騎士の剣の角度を瞬時に見切り、攻撃を受け止めてみせた。
細くも頑丈な素材でできた槍が刃を受け止め、火花が散る。
不意打ちを読まれた騎士はバランスを崩し、その隙にヤスピアは素早く槍を持ち替え、騎士の身体に突き立てる。
鎧を通じて強い衝撃が走り、後方へと吹き飛ばされる騎士。重みがそのまま全身に跳ね返り、動かなくなる。
「へっ、なんて事ない相手だ。ただの絵じゃねえか!」
自慢の槍を床に突き立て、彼は部屋から出ようとする。
が、ここで思わぬ事が起きた。
「城門でくたばったザコ野郎どもよりは、腕が立つようだな」
冷ややかな声が、殺気を纏いながらヤスピアの背後に降り立つ。
「…!現れたな!!」
振り返りざまに槍を振るう。
だが、手応えはない。
どうやら咄嗟の攻撃も虚しく回避されたようだ。
背後に現れたのは…誰あろう、彼の目的である闇姫本人だった。
完全に背後をとられていた。いつの間に現れたのだろうか。
彼女はつい今の今まで直立不動であったかのように全身の力を抜き、頭上にはあのダイヤモンド…ダイガルを浮遊させている。
「私の城にきたねえ足とツラで忍び込むだけに飽き足らず、兵士を痛めつけるとは。脳の無い馬鹿はこれだから困る」
「な、何だとクソ姫!!」
ヤスピアは槍を向け、いつでも踏み込めるように戦闘姿勢をとる。
ヤスピアは闇姫に会うまでに、多くの罠や闇姫軍の強豪と戦う事を想定していた。
しかし、まさか彼女が自分から来てくれるとは。いい意味で、予定が全て崩れ去っていく。
「…へへへ、無駄話は嫌いだ。闇姫様よ!!今日であんたの天下は終わりだ!」
ヤスピアは槍を床に突き立てると、その先端に魔力を集め始める。
白い刃先に青い光が集まり…やがて、魔力によって更に強化された槍へと変貌する。
闇姫を倒すべく練り続けてきた技だ。槍の威力が更に倍増し、先端に青い火花を散らす。
「これを一発突き刺せば、てめえの内臓は瞬時に焼き尽くされる…!そして俺の鍛え抜いた槍さばき!受けられるかー!!」
瞬時に、ヤスピアの両腕が超高速で動き出した!
あまりの速度で部屋の物が風圧で揺れる。兵士達がせっかく並べた黄金の人形が床に落ちていく中、ヤスピアの槍が闇姫の胴体を連続で突き刺していく。
青い稲妻が飛び散り、周囲に散っては壁や天井を焦がしていく。
闇姫は避けようともせず、ただその場に立ち続け、その攻撃を身一つで受け続ける。
ヤスピアは口元を歪めて笑い、更に突く勢いを増していく。下品に笑いながら、手を休めない。
「ぎゃはははは!!…あ、ヤーリヤリヤリ!!」
より力を込めた一撃を闇姫の胸元へと叩き込み、先端の魔力を一気に爆発させ、光線が彼女を貫く。
背後の壁を貫通し、壁は焼け焦げ、部屋は大惨事。闇姫の背中からは血が噴き出し、そして激しい熱ですぐに消失する。
「なんて無様な姿だ!!その風穴の位置は間違いなく心臓!!いくらなんでも生存は不可能だ!闇姫ここに敗れたり、ヤスピア様の天下だぁー!!!」
両手を挙げて狂喜し、天井にまで槍が突き刺さる。目の前で表情一つ動かさない闇姫とダイガルを見ても、自分の勝利を疑わない様は…最早微笑ましさすらある。
そして、案の定。
「これだけか」
「…え?」
闇姫の胸の傷が、塞がっていた。
瞬き一つ挟んだ間に、彼女の胸の傷は完全に消え、そして…服までもが再生していた。
魔力、そして悪魔特有の脅威の生命力による再生だ。
心臓をぶち抜かれる程度、何て事はない。
「ち、畜生!!」
ヤスピアは再び槍を突き出すが、闇姫はそれを片手で掴み、腕力一つでへし折る。
唯一の武器が破壊された事で、それまで燃え盛っていたヤスピアの自信と闘志が、絵が切り替わるかのごとく、冷たい恐怖へと瞬時に変化する。
「ダイガル、来い」
闇姫はすかさずダイガルに手招きをし、彼を手元に寄せ付ける。
ダイガルは闇姫の手の上で身体を震わせ…ひし形だった身体をみるみる変形させていき、やがて全く異なる姿へ変形した。
細長い柄、鋭い穂…。
今の彼は槍そのものだった。
槍と化したダイガルを遠慮なく振り回し、ヤスピアに向ける。
どうせ滅茶苦茶にされた部屋だとばかりに遠慮なく床を踏みしめ、亀裂を刻む。
「ま、待て!!俺が悪かった、許してくれええ!!!」
膝を震わせ、壁に背中を擦り付けながら両手を突きだすヤスピア。
「そ、そうだ!!面白い芸を見せてやるから見逃してくれ!ケツの穴に槍を突き刺して、柄の部分を地面に突き立ててホッピングするっていう芸が…」
「芸?今までのてめえの動きが愉快な芸だ」
容赦なく、ダイガル槍を突き出す。
「…!」
ここで、ヤスピアは最後の抵抗に出た。
とはいえ、万策尽きた中での悪足搔き、派手な動きを見せるでもなく、彼は背中に力を込め…背後の壁に押し付ける。
鍛えた背筋の力のみで壁を砕き、自身の体勢をあえて崩す事で、ダイガル槍から離れる。
穂が自身の鼻先に当たるか当たらないか…ぎりぎりの感覚でかわし肝が冷えたが、避ける事には成功した。
(逃げるなら今だ…!今日のところは立て直すしかない!)
腰を捻り、岩の地面に痛々しく膝をぶつけると、彼は空中へ飛び出した。
飛行し、城周りの庭園の木々を追い越し、赤い空へ向かっていく。その手には、へし折られて無残な姿と化した元槍。
「さらばだ闇姫!今回は負けたが次は…」
鈍痛が走る。
「えっ…」
痛みで悲鳴を上げるより、脳が驚愕を処理しようと過度に荒ぶり、不可解によるストレスが全身に駆け抜ける。
ダイガル槍は…地上から遥か上空のヤスピアの場所まで伸びていた。
その先端はヤスピアの腹部を突き刺している。
「っ!!ぎゃああああっ!!」
ねじ込まれるような痛みに、流石に声を上げる。
だが…その痛みが、無謀な怒りを呼び覚ました。
撤退は中断だ。遥か真下の忌まわしい敵の横頬を、一発でも殴ってやりたい。
「ちくしょおお!!闇姫っ!!」
全身の魔力を活性化させ、紫の光を纏いながら急降下していくヤスピア。
今、ダイガル槍は闇姫の右手側に向かって突き出されている。それを避けるように左手側に回り込み、風を切ってまっすぐに迫る。
だが、その考えも甘かった。
闇姫は何も言わずにただ左手を胸の高さまで上げ、ヤスピアに狙いを定める。
そして…。
闇姫の腕が、伸びた。
「はっ!?」
上腕の付け根から一気に伸びたその左腕が、まだ距離があったヤスピアのもとへと突っ込んでいく。指がヤスピアの体を突きあげていき、そのオーラを風で消し飛ばす。
壮観なまでの光景だったが、その締めはあまりに呆気なく、そして間抜けだった。
ある程度の高さまで伸ばされた闇姫の手は、軽く指を曲げ、力を抜く事でヤスピアの体を引き離す。
重なるダメージですっかり力も威勢も抜けていたヤスピアは抵抗を微塵も見せず、地上へと落下していく。
天高く昇る砂煙、そして大気を騒がす墜落音。
遠方に落ちたヤスピアを見届け、元に戻る闇姫とダイガル。
「あそこらへんに落ちりゃあ、兵が適当に捕らえるだろう」
「面白いやつでしたね」
槍を担いだ無謀な侵入者。正直、暇つぶしにもならない。
今日も闇の世界は、退屈だった。




