闇姫の部下の皆さんのお菓子の計画の話の物語
闇姫は、部下からの信頼が厚い。
その強さ、支配力、悪としてのカリスマ性。
同じ悪として、闇姫の部下達は自然と彼女の背中を追い、従い、膝をつく。
その日、闇姫軍四玉将の科学者、ガンデルは、城のホールエリアの壇上に立ち、一面に立ち並ぶ部下達に、とある作戦を熱弁していた。
「お前達!!我らが主、世界一素晴らしい闇姫様への恩返し作戦、実行の時は来た!!」
多種多様なモンスター達が揃って歓声をあげる。百体は下らぬその軍勢、これでも闇姫ファンクラブの中では氷山の一角に過ぎない。
強豪たちを言葉一つで従えながら、ガンデルは舞台端の黒い球体型の生物…同じ四玉将のバッディーにジェスチャーで指示をする。
普段バッディーは、傲慢なガンデルに指示されるのを露骨に嫌がるが、今回は闇姫関連の案件だからだろうか、普段より素直に従う。
彼の四本の手全てに小型のキューブ状装置をのせており、これらから光を放たれる。
光は一点に集中し、空間を歪めていく。ガンデル開発の、空間接続装置…今いる空間と別の空間を繋ぐワームホールを作り上げる装置だ。
空間が切り開かれ、穴が開く。
穴の向こうから、妙な空間が顔を見せた。
ワームホール自体が大きい為、かなり鮮明にその世界は見える。
平たく言えば…そこは、菓子の世界だった。
茶色いチョコの地面に、遠方に見える山のようなホイップクリームの塊。柱のごとくチュロスが聳え、そして何より…。
積み重なるドーナツの塔が、幾つも存在していた。
「どうだ!これこそが甘党の闇姫様にはたまらないであろう暗黒菓子空間!!僕が長年設計を組み立てて、ようやく完成させたのだ!闇姫様への日頃の恩返しにはこれ以上ないサプライズだろう!」
拍手と歓声が入り交じる。バッディーは、ガンデルに手柄を取られる事こそ不服ではあるものの、それでも主への感謝の為に空間を一つ作り上げてしまうその行動力と技術には賞賛の意を向けていた。
(ガンデルの野郎、闇姫様への忠誠だけは認めざるを得ねえな)
兵士達が騒ぎ立てるなか、ガンデルは右手を振り上げて彼等を静める。
「しかし、この空間はまだ作ったばかりでな。地面が沈んだりしたら文字通り台無しだ。今回は安全チェックの為にお前らを呼び出したのだ」
単なる報告ではなく、しっかりと今日のタスクを組んでいたのだ。ガンデルの指示に兵士達は嫌な顔一つせず、ワームホールに一斉に目を向ける。
「善は急げ…早速安全チェックを始めるぞ。前列から順番にワームホールへ飛び込むのだ!」
前代未聞の空間の安全チェックが始まった。
ワームホールを潜り抜けた先に広がるのは、しつこいくらいに甘ったるい匂いの数々。
クリームにチョコに飴に…ずっといたら嗅覚が狂いそうだが、一定時間いる分には最高だ。これ以上子供心をくすぐられる場所も珍しい。
柔らかいスポンジの地面が広がる地点に、ガンデル一行は集まった。
ガンデルは反発力ある地面を指先で押すと、その蛙面を僅かに歪める。
「このあたりはまだ安全が確認できていなくてな。お前達にチェックを頼みたい」
まさか日々口にしている菓子が崩れないか、大掛かりな安全確認に勤しむ事になろうとは。長年闇姫軍に勤めている兵士達でもここまで珍妙な任務も珍しかった。
それ故、全員はこの新鮮な任務に一気に夢中になる。
「おい、そこのチョコ足場溶けてね?」
「キャンディタワーが崩落しかけてるぞ!!」
「アイスの洞窟があったはずなのに!!」
大騒ぎだった。視界の端から端まで物珍しい物で埋め尽くされて、彼等は子供心を露わにしながらはしゃぎまわっている。
それを見守るガンデルとバッディーの目は、まるで子を見守る父親のそれだ。
「ガンデル様!!こちら異常ありません!」
「ついでに何個か食って安全性にも異常がないか確認済みです!」
ガンデルは腰の後ろで手を組み、「そうかそうか」と満足げに頷く。
部下達があちこちに動き回るおかげで何個かの穴が空いてしまったが、これくらいの損傷であれば金の力で何とかなる。菓子店で買ってくればいいのだ。
「よーし、これで完璧だな。では三日後に闇姫様にこの空間をお見せする!それまでは決して口外するでないぞ!」
その日、一同は名残惜しそうに空間を後にした。
あの空間はただ甘い香りと味が漂うだけではない。日頃戦いに明け暮れ、彼等の筋肉を刺々しく突き刺すような闘争心を安らげ、昔に戻ったような不思議な気持ちにさせるのだ。
これもガンデルが仕組んだあの空間特有の魔力催眠なのかもしれない…そう考えても、あそこの居心地の良さは言葉にできないものがあった。
それから三日間。
兵士達は皆、あの空間を忘れたかのように過ごしているように見えた。
しかしその内心はむしろ逆。あの空間の事が忘れられなかったのだ。
(あのチョコ、故郷を思い出した…)
(あのキャンディ、故郷を思い出した…)
(あのポテチ、故郷を思い出した…)
彼等はあの空間を望んでいた。
あの甘味にとろけ、仲間と喜びを分かちあい、それぞれの思いを懐かしむ。そんな時間が、戦士には必要なのだ。
しかし…誰一人、勝手にあの空間に入ろうとする者、探ろうとする者は現れなかった。
あれは闇姫の為に作られた物なのだ。自分達は本来、足を踏み入れる事すら許されない。
重々承知していた彼等は、明日の戦闘における立ち回りや作戦を事前によぎらせ、甘えた思考を塗りつぶして眠りにつく。
そして、訪れた三日後の朝。
「闇姫様!!」
例のホールにて、ガンデルはバッディーをこき使い、あの装置を使ってワームホールを開かせていた。
ホールの向こうに広がる妙な空間。そこに向けられた闇姫の目はいつも通り冷ややかではあるものの、口からはこんな言葉が漏れた。
「なかなか頑張ったみたいじゃねえか」
それを聞くだけで、横に控えていたガンデルは大袈裟なまでに頭を振り下ろす。
「ありがたきお言葉!!!!」
一方の部下達の目は複雑だ。
闇姫にあの空間を献上し、好きにしてもらうというのが当初の目的だ。しかし、こうしてあの空間を目の当たりにすると、やはり自分達の物欲が意地悪く這い上がってくる。
(あのチョコ、故郷を思い出した…)
(あのキャンディ、故郷を思い出した…)
(あのポテチ、故郷を思い出した…)
じっ、と空間を見つめる闇姫と、その背中を見守る部下一同。
ガンデルとバッディーは生唾を飲み、主の次の言葉を待ち続ける。
闇姫はワームホールだけを見ているように見えた。
…だが注意深い部下は既に気づいている。
時折部下一同の方向にも、チラチラと目を向けているのだ。
そして、動きを見せた。
彼女はそのワームホールに足を踏み入れる…のではなく、右腕だけを突っ込んだ。
「えっ?闇姫様、何を…」
ガンデルが目を丸くするなか、彼女は空間そのものからとある物を取り出した。
それは…見るからに甘そうな、チョコドーナツだった。
彼女はそれを一口齧り、味を確認する。
「この味、ワクチタウンのドーナツ店のものか。センスはいいな」
それだけ言い残し…彼女は壇上から降りると、部下達をかき分けるようにして歩いていく。
空間には一歩も足を踏み入れる事なく。
「や、闇姫様!?お気に召しませんでしたか!?」
ガンデルの叫びに、闇姫は歩みを止めずに告げた。
「私よりこの空間を必要としてる欲の張った野郎どもがいるだろう。そいつらにくれてやれ」
心が読める訳ではないが、彼女は全て分かっていたのだ。
自分一人でこの広大な空間を独占するより、無数の部下達に所有させる方が割に合う。
それが彼女の考えだった。
「…闇姫様、万歳!!!闇姫様ばんざーい!!!」
左右から叩きつける、部下達の歓声。
闇姫の意を理解せず、「何がいけなかったんだ…?」と表情を歪ませ続けているガンデル。
城は賑やかだった。




