髪の毛もぎ取れ!下山中の戦い
「あーっ、疲れたわね〜」
葵が伸びをする。
ガタゴトと、全身を振動が駆け抜ける。
とある山脈の周囲に複雑に架けられた線路上のトロッコ。彼女は今、そこに乗って帰路についていた。
つい先程、彼女は山頂で盗賊たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。
結果は葵の勝利。付近の採掘作業の邪魔をしていた盗賊たちは一人残らず拘束され、山に平和を取り戻したところだった。
帰り道、飛行してテクニカルシティまで帰ろうと考えていたのだが、依頼主の作業員達がトロッコを貸してくれたおかげで、こうして戦いに疲れた身体を休ませつつ、山脈入り口を目指す事ができていた。
「今日のご飯何にしようかしら」
標高の高さ故の冷たい風を浴びながら、彼女は頬杖をつく。人間であれば車体にしがみつかなければ振動で振り落とされるリスクが高まるが、彼女はアンドロイド。ここでくつろぐくらい何のリスクにもならない。
敵さえ現れなければ。
そう、敵さえ…。
線路上に、何かが直撃した。
硬質で、それでいて妙な軽さ、そして鋭さを放つ…心臓を跳ね上げさせるような、けれどもとっくに慣れた音が。
「…」
葵は、無言でライフルを構える。
スクロールしていく岩壁達。
岩の柱が通過し、妙に静かな空気が風に揺れる。
岩の柱は人が隠れられるくらいの高さだった。
葵は、一つの柱に向かって迷いなく発砲する。
ライフル弾が硬い岩を難なく砕き、裏側の世界が露わになる。
そこに立っていたのは…。
「バ、バレたぞー!!!」
葵と同じくライフルを構えた…いや、腕そのものがライフルになっている人造人間だった!
彼が姿を見せると同時に、付近の高所に隠れていた人造人間達も次々へと姿を現す。
「馬鹿野郎!何やってんだ3022号!」
「だから俺は隠密射撃苦手だって言ったじゃんかぁ!!!」
何やら勝手に揉めだした。
襲ってくる動機が分からぬまま、遠ざかっていく人造人間達。言葉なくライフルを構え続ける葵。
人造人間達は、葵が乗っているトロッコが遠ざかっていくのにようやく気づいたのか、揉め合いをやめ、追いかけてくる。
何かを叫んでるが、風の音とトロッコのやかましい稼働音にかき消されて何も聞こえない。
葵はのんびりと肘をつき、必死に走り抜ける彼らを眺めていた。
「撃て!撃てー!!」
人造人間達はライフルの腕で発砲してくるが、葵は軽く首を左右に動かして回避する。
更にこの時、彼女の特徴的なサイドアップヘアーが飛んでくる弾丸を柔らかく受け止め、トロッコの上に柔らかく落とすという離れ業までやってのける。銃を極めた彼女にとって、弾丸による攻撃は止まった槍のようなものだ。
しかし、その髪の毛による独特な防御を見た時、人造人間達の表情が一瞬歪む。
それを、葵は見逃さなかった。
遠ざかっていく人造人間達、戦いはまだ続きそうだ。
「…おい、見たか、あの女の髪さばきを」
一人の人造人間が、隣の個体をライフルで軽く叩く。
「ああ、間違いない。あの髪さえあれば、次の戦地での戦いが楽になるぞ」
「髪の毛もぎ取り作戦…必ず成功させるぞ」
トロッコは洞窟に突入し、薄暗い空間が続く。
冷たい空気が、充満したその場所は決して快適な場所ではないが、同時に身を潜めるにはうってつけの場所だ。
葵の銃口が付近を睨む。
暗がりと同化しつつある岩達。この暗さでは敵もこちらを容易に狙えないだろうが、油断はできない。
敵にとって不利になるであろう環境では、その不利をも超えた戦術で来る事を予測する。
それが、葵のガンナーとしての心構えの一つ。
…岩陰から、複数の影が現れる。
出てきたのは先程の人造人間、そして何体かは、人造人間とはまた異なるモンスター達だった。
彼等は一見すると中世の鎧に見えるが、その表面にはエメラルド色に輝くライン模様…いわゆるサイバー模様が張り巡らされている。
「サイバーナイトね」
鎧に近未来的技術を加えて強化した、ロボットに近いモンスター、サイバーナイトだ。
彼らは発光する剣を手に飛びかかり、一直線に襲いかかる。剣がトロッコを破壊しようと迫りくるが…。
葵は瞬時にサイバーナイト達の首元を狙い、発砲。重い鎧が衝撃に打ちのめされ、あっけなく岩の地面に叩き落とされていく。
「ばいばーい」
トロッコ上で呑気に手を振る葵。
この調子なら、特に苦労もせずに帰れるだろう。
…そんな調子で、一瞬だけ油断してしまった。
洞窟の出口、太陽の光が視界を乱暴に叩きつける眩しい一瞬。
その一瞬で、彼女はある物を目撃したのだ。
「うっ!」
反射的に身を屈める。
…洞窟から抜け、後ろを振り返る。
…出口に引っ掛けられた鋼線が輝いていた。
恐らくやつらが事前に仕掛けたものだろう。
「それ!!やれー!!!」
威勢の良い声に、視線を戻す。
次に目に飛び込んできたのは…進行方向から転がってくる無数の岩石だった!
「もうなんなのよー!!」
ライフルを連射し、岩の脆い部分を撃ち抜き、まとめて破壊する。瓦礫が風で飛び交うなか、葵は遠方を注意深く観察する。
そこは、断崖絶壁に囲まれた、非常に不安定な場所だった。自然にできたものであろう、整った形の岩石道の上に線路が張られている。
設計士はガサツだったのだろうか。線路を支える地面から小さな石が転がり落ち、その構造の脆さを嫌でも物語る。
ここで襲われれば、ひとたまりもない。少なくとも、襲い来る相手を全員撃ち倒すくらいの覚悟は必要だ。
そんな絶好のチャンスを、敵は逃すはずがない。
葵の周囲から飛び交う無数の発砲音。
目の前を十字状に弾丸が飛び交い、顔面スレスレの位置をなぞる。
付近の岩の柱の上から、あの人造人間達がライフルの腕を向けていた。
やつらの狙いは葵の髪。サイドアップヘアーを根こそぎもぎ取る気だ。そうとも知らずに葵は、頭部を狙ってくる弾丸は単純に急所を狙っているものだと思っていた。
「最低限の心得はあるようね。でも」
葵は冷静に付近の岩石…人造人間達の足場を撃ち抜いていく。
次々に破壊されていく岩石、転落していく人造人間達。
「くそっ、怯むな!サイバーナイトと一緒に攻め込め!」
転落しながらも岩壁を蹴り、トロッコの高さまで舞い上がってくる人造人間達。小物臭いが、この程度では流石に倒れないらしい。
そして、谷底に潜んでいたサイバーナイト達も一緒に襲ってくる。葵は変わらぬ姿勢で彼らに発砲するが…。
「今だサイバーナイト!反射モード!!」
サイバー模様がより強く輝いたと思うと、鎧に当たった弾丸は反射され、葵の顔に戻って来る!
「うぐっ…」
何とかかわすが、この隙に人造人間達は線路下の岩の足場に集中砲火を仕掛ける。
案の定、この岩達は面積に反して密度が薄かったらしい。弾丸がいくつか当たると簡単に崩壊し、線路もトロッコも、そして葵も容赦なく谷底へと引き込まれ始める。
葵は飛行しようと、トロッコの縁に足をのせるが…。
(いや、飛んだら逆に狙われるわね。ここは落ちるのが最善だわ)
彼女は瓦礫と共に暗黒の底へと落ちていく。
暗がりが続く奈落が少し続き…そして唐突に、岩の地面が現れる。
葵は受け身をとり、体への衝撃を最小限に抑える。
すぐさま体勢を立て直し、ライフルを構えて付近を警戒。
何もかも想定内の流れだ。
「…」
敵はいない。しかし、やつらはまだこちらを狙ってるだろう。
いつ弾丸が来ても対応できるように、肩を上げつつ慎重に進む…。
そして、あるものを発見した。
自然物の岩石の中ではあまりに場違いな…鉄製のテーブルを。
その上には何枚かのメモ用紙がのせられており、何者かがここで作業をしていた事が見て取れる。
そこには、お世辞にも綺麗とは言えない字で、こう書かれていた。
〔我らの次の戦場、パイウマ大陸。あそこで待ち受けるのはベルゼー隊だ。やつらの銃撃は侮れないが、勝機はある〕
ここで、どこか勿体ぶったような改行が挟まれていた。下に視線を動かすと、そこには…目を疑うような情報が書き記されていた。
〔結論から述べると、髪の毛が我々の盾となる。長い髪は銃弾を受け止める力があることが我々の研究で判明した。女の髪は象をもつなぐ、ということわざがあるのも多分髪の毛の頑丈さを示してるからだろう。パイウマ上陸前に、髪の長い女を見つけ、その髪を頂く。これをパイウマ前線へ繋ぐ作戦…髪の毛もぎとり作戦、と命名する〕
「何こいつら馬鹿なのかしら」
メモ用紙をはらりと投げ捨てる。
とりあえずこれでやつらが狙って来る理由は読めた。葵ご自慢のサイドアップヘアーを狙っているのだ。
確かにこの髪は銃弾を弾く程の硬度。やつらの目の前で、銃撃を髪で受けてしまったのが間違いだった。
「見つけたぞ!まさか我々のアジトに潜入していたとは、侮れない女だな!」
メモを読み終えたタイミングで、丁度やつらが現れる。
天井が崩れ、真上から人造人間達が降りてきた。一斉にライフルを向け、葵の髪に発砲してくる。
今更髪による受けを勿体ぶっても仕方ない。葵は頭を振るい、飛んでくる銃弾を受け流していく。
攻撃を受け流されているにも関わらず、人造人間達は歓喜する。
「な、何と素晴らしい髪だ!」
「データ以上の髪質だ!毛量も丁度いいし、ツヤもある!」
最早武器としてではなく、髪そのものを見ているのだろうか。葵は何度目になるか分からないツッコミを内心で入れようとしたのだが…。
とあるアイデアに、心の声すら止まる。
(あっ…もしかして、あれを使えば…)
彼女はポケットの中の重量に気づく。
常日頃、何かしらのアクシデントに備えて用意している弾薬…その中に、この状況を打破できそうな物が入っていたのだ。
「その髪の毛、根っこからもぎ取ってくれる!覚悟しろ!!」
人造人間は一斉に飛び込んでくる!
葵は持ち前の手先の速さで瞬時にとある弾丸をライフルに込める。
人造人間達が重力に従い、下降してきたまさにそのタイミングで、重い発砲音が響き渡る!
「ぐへっ」
一人が撃たれて空中でバランスを崩し、他の個体にも衝突する。面白いように落ちてくる彼等に、一人、また一人と銃弾を叩き込んでいく。
「いっっってぇ!!!!」
「畜生…何しやがる!!マジで痛えじゃねえか!」
彼等の怒りを買ってしまったようだ。
しかし、その怒りはやがて、真逆の感情へと変化する。
「んおっ!?」
一人が間の抜けた声を発する。
バサリ…そんな音が冷たい大気の中を浸透する。
最初に撃たれた人造人間のスキンヘッドから、無数の黒い塊が飛び出してきたのだ。
いや、塊などではない。それは束のように無数に分かれ、淡々と揺れ動く。
肩まで垂れるそれは…。
『か、髪の毛!?』
連鎖して次々に髪が生えてくる人造人間達、水道から勢いよく水が噴き出してくるかのごとく、毛根の髄まで頑丈な髪が飛び出してきた。
突如頭を覆い尽くす黒の森。人造人間達は両手で頭を撫で回し、あまりに慣れない毛の質感に、ここが戦場である事を忘れてしばし呆然としていた。
今撃ち込んだのは頭髪を生やす育毛弾。痛みが生じる代わりに、育毛剤の数倍の効果、かつ即効性のアイテムだ。
人造人間達が求めていた、弾丸を防ぐ最大の防具…髪の毛が出来上がったのだ。
「私の髪をもぐより、あんたらのそのフサフサの髪を利用した方が良いわよ。毛量的にもそっちの方が多いでしょ」
葵の、淡々とした提案。
偶然ポケットに入っていた、偶然使える弾丸を消費したのだ。これで納得してもらわなければ困る…。
「…これだけの髪がありゃ勝てるぞおおお!!」
狭い空間にやかましく響き渡る、人造人間達の歓声。思った以上に単純で助かった…。
その後、葵は無事に下山し、ワンダーズに無事の姿を見せた。
下山途中に襲ってきた盗賊達、線路上の死闘。
聞こえは壮絶なその戦いのきっかけが、まさかの髪の毛だということは皆には黙っておく事にした。
そして…その出来事からしばしの日々が経ち。
葵は、パイウマ大陸に関するネットニュースを少し漁ってみる事にした。
あの人造人間達は、髪の毛だけで本当に戦乱大陸であるパイウマでの戦闘に臨めたのか…気になっていたのだ。
液晶に映り込んだ一つの記事が目に入る。
〔「髪の毛こそ正義!」身の程知らずの人造人間軍団パイウマ大陸海岸で返り討ち。目的のベルゼー隊とは一切顔合わせられず、沿岸警備隊によって全員の身柄拘束、髪の毛を狂信した団体、あっけなく散る〕
彼等は髪の毛の何にそんなに惹かれたのだろうか?




