ソフトクリーム
テクニカルシティのコンクリートに差し込める陽光も激しさを増し、コンクリートの地面には燃えるような熱を加えている。
夏の暑さだった。
心地よい暑さなどではない。ただただ強く、過剰なまでの日照りだ。
「ああ〜…暑い…」
髪が長い故に頭上に熱がこもりやすいれなは、両腕をだらりと下げて、全身を重力に任せるように力を抜ききっていた。
ここ最近の異常な暑さ、ワンダーズがモンスターの悪事を疑った程であるが、実際は単なる自然の猛威のようだった。
世界の顔色に自分達が口出しする訳にはいかない。れなだけでなく、今街の各地で過ごしてる仲間達もまた、この暑さに文句一つ言わずに耐え続けている。
ふと遠くのビルに目を向けると、紫色の髪の毛がうっすら見える。
あれは恐らくパープルGの頭だろう。今日も何かしらの作業に勤しんでいるようだ。
「可哀想に」
それだけではない。
周囲を歩く人々もまた、仕事に向かって足早に歩を進めているようだ。ハンカチで汗を拭い、時には分厚いスーツ姿の若者まで。
厳しいのは自然だけではない。社会もまた、容赦の一つもしてくれない世の中だ。
しかし、れなはポジティブである。
こういう暑さの中だからこそ、冷たい食べ物の恩恵がより身に染みるというものだ。
先程研究所で、れみとのジャンケンに負け、近場のコンビニまでアイスを買いに行く予定だったのだ。
「ああ〜早く食べたい〜〜新作の醤油味アイス、もう売り切れちゃってるかな…」
…歩道を進む足取りが、ふと止まる。
れなの目の前に、何かの影が現れたのだ。
呑気な笑顔を一気に引きしめ、戦闘の意識を研ぎ澄ます。
影の主は…上から降ってきた。
「暑い中お疲れさんです!!皆大好きソフトクリームの味方!ソフトクリー厶・プレゼント・ヒーロー参上!」
目の前のコンクリートに、少々体幹が乱れた着地で降り立つ謎の人物。
頭にはソフトクリームを模したような被り物、着ている服もコーンのような異様な模様と質感だ。
「わー、なんかかっこいいのが出てきたどー!」
唐突な不審者の登場を前にしても、そこはやはりれな。驚く事も叫び声をあげる事もなく、純粋に拍手を送る。
現れたソフトクリーム・プレゼント・ヒーロー…略してヒーローの手には、コーンが軽く握られている。クリームはのっていない。
「私は、暑い中で日々頑張っている皆の為にソフトクリームを配って回っている正義の味方だ。暑くてフラフラなお嬢さんにも、新鮮なソフトクリームをプレゼントしよう!」
ハキハキと、今の気温も相まって暑苦しい口調で話すヒーロー。
れなは返事をする余裕もなく、ただ相手のノリに任せている。
ヒーローは手元のコーンを何やら下に向けると、口を開く。
そして…。
「おおおおおべええええええ!!!!」
大口から、大量の雪を吐き出した!
美しい純白の色合いの雪の塊。それはヒーロー自身の手をも埋め尽くし、猛暑の街の気温を数度下げるような冷気を放つ。
…いや、それはよく見ると雪ではない。
ソフトクリームだ。
ヒーローはソフトクリームの山から手を引っこ抜く。
あれほどの勢いでクリームをぶつけられたとは思えぬ、綺麗に整った形のコーン、そしてその上に乗せられたソフトクリーム。
「さあ、これをあげよう」
得意げにそれを突き出すヒーロー。
こんな製造過程を見せつけられては躊躇どころか一方的に拒否するところだが…。
そこはやっぱり、れなだ。
「本当!?嬉しいー!!」
彼女は万歳まで挟みながらそのソフトクリームをぶんどり、てっぺんから食べ始める。
ヒーローは誇らしげに胸を張り、自分が吐き出したソフトクリームの山に寄りかかる。
恐らくソフトクリームを作るモンスターなのだろう。この街へやってきたのは単なる気まぐれか、それともこのソフトクリームで人々を少しでも癒す為?
先程の口ぶりから察するに、恐らく後者だ。善良(?)なモンスターに出会えたようだ。
しばらく、れなはソフトクリームを舐め、地獄から這い上がった天国の気分を謳歌していた。
辺りの人間達は二人の異様な光景に気付かないふりをしながら前へ歩いていく。
山盛りのソフトクリームという、暑さを瞬時に解く特効薬。それに対する期待よりも、その隣に佇む怪人への警戒の方が勝っていたのだ。
そして、その場に自ら声をかける物好きが現れた。
「おい、れな。何してんだよ?そいつ何だ」
ラオンだ。白昼堂々、白銀のナイフを片手で回しながらぶっきらぼうに歩いてくる。
流石ワンダーズ。暑さにも変質者にも耐性がある。
「あ、ラオン!見てー、いい奴に会えたよ!こんな風にソフトクリームくれるんだ!!」
れながヒーローにコーンを差し出すと、ヒーローは迷いなく口を開き、更にソフトクリームの山を雪崩のごとく吐き出す。
「おええ、正気かよ、それ」
ラオンが呆れの声をあげたのはすぐだった。ヒーローの絵面もそうだが、こんな得体の知れない野郎の吐いたソフトクリームを躊躇無く食べられるれなにもドン引きだ。
「いくら暑いからって、人が吐いたもんを食うなよ。しかもそんな怪しいやつの吐いたやつを」
「え?でも美味いし冷たいし最高だぞーん。ラオンも食べなよ」
ソフトクリームをラオンの顔の前まで突き出すれな。ラオンは心底嫌そうに目を細め、視線を思い切り逸らす。
「アホか。大体私はソフトクリームがそんな好きじゃねえんだ。近づくな」
「な ん だ と お!!??」
怒号をあげたのは、ヒーローだった。
その声には明確な怒りが、重りのごとく、深く強く根付いている。
ヒーローは拳をワナワナと震わせながらラオンを睨む。先程の正義の味方としての自負を投げ捨てたように、大人げないまでの怒りをその顔に浮かべていた。
「ソ、ソ、ソフトクリームが…嫌い!?」
その目は血走り、やがて拳だけでなく、全身が震え出す。
ソフトクリームは彼にとっては自分の生きる理由も同然。それを嫌い、と否定されるのは、存在理由を否定されるのと同じなのだろう…。
…と、ラオンは勝手に解釈した。
が、だからと言って自分の好みを無視して相手を気遣える程、彼女は優しくない。
「じゃあな、せいぜい二人で仲良くやってろ」
片手を振りながらさっさとその場を去ろうとしたラオン。
が、ヒーローの怒りは彼女の想像以上だったようだ。
「待ちやがれええええ!!!食えやあああ!!」
気品のかけらもない声と同時に、ヒーローはソフトクリームを吐き出す!!
今までで一番の雪崩だ。そのあまりの勢いでコンクリートにヒビが入り、何人かの通行人が巻き込まれる。ラオンは一瞬で飲み込まれ、沈黙する。
「あっ!ラオン!」
慌てて駆け寄るれな。ソフトクリームの山の上に這い登ると、残像が生じる程の速度で舌を振り回し、世界一、文字通り甘美な発掘を開始した。
舐めて、舐めて、舐めて…。
「見つけた!」
ようやく、紫色の髪が顔を出した。
ラオンを引きずりだし、乱雑に地面に落とすと、ヒーローに頭を下げる。
「この度はうちの仲間が不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
ヒーローはしばらく息を切らしていたが、やがて、あの穏やかな声で返答した。
「…いや、良いんだ。私も大人げなかったよ。すまなかったね」
それから。
れなとヒーローは公園のベンチに隣り合って座っていた。
昼間の猛暑とは違う、優しい夕日が大地ごと二人を照らす。
ソフトクリーム片手に遊具で遊ぶ子供達。公園の隅には、また新たなソフトクリームの山が出来上がっていた。
「れな。私には、一つ夢があるんだ」
「夢?」
二本目のソフトクリーム片手に、れなは視線だけをヒーローへ向けた。
「…ソフトクリームの美味しさを世界中に広める事だ。まだソフトクリームの味は世界に十分に浸透しているとは言えない。このままでは他のアイスクリームによって覇権を奪われてしまうだろう…」
ヒーローは立ち上がり、れなの前に立つ。
その佇まい、その目、その声。何もかもが、大きな決意を固めた人間(人間ではないが)のものだった。
「私は…起業する。ソフトクリームの楽園を、この大地に刻み込むのだ」
れなは、真剣に彼の話を聞いていた。
冷たさ、そして甘さが均等に混じり合った究極のおやつ、ソフトクリーム。
この素晴らしさを世間に広める。その活動の一環で、彼はここまでやってきたようだった。
好きな物を世間に広める。それは簡単に見えて、案外難しい。
そんな難しい事を、彼はこうして堂々と行い、日々努力を重ね、ソフトクリームを吐いている。れなのヒーローを見る目が、先程までとは少し変わっていた。
「そして、もう一つ、伝えておく事がある」
「なに?」
れなは首を傾げる。
「実はな、ソフトクリームを吐きすぎて、でなくなってしまった」
「え」
あのソフトクリーム、どうやら有限式だったらしい。
ヒーローの微笑みが、途端に虚しいものに感じられた。寂しげな夕日の差し込みも相まって、悲壮感が場を囲い、包む。
返答が遅れてるれなに、ヒーローは片手を振り、そして背を向けた。
「なので私は、もうソフトクリームプレゼントヒーローじゃなくてただのヒーローになる」
「そうか…」




