2−33:風精の腕輪
「それで、明日は第17階層まで一気に行くってことっすか?」
「……道中、少し面倒ですよ?」
ベーレント公爵様との打ち合わせを終えて屋敷に帰ると、まだゼルマとフランクが訓練をしていた。結構遅い時間なのに熱心だなぁ……。
ちょうどよかったので、第17階層まで行きたいと早速相談を持ち掛けてみた。それで返ってきたのが、冒頭の言葉だった。
「面倒というのは……もしかして、毒持ちのレムレースが出てくるから?」
「そうっす。第13階層から出てくるフォレストスパイダーはともかくとして……第16階層から出てくるホーネットは、本当に面倒くさいっすね」
「あ〜、空を飛ぶもんね。しかも速いらしいし……」
フォレストスパイダーは、名前の通りクモ型のレムレースだ。モンスターとしても出現し、こちらは名前通り森林地帯に生息している。
ランクはEの中位程度だけど、木の幹や枝に張り付いて待ち伏せし……通りがかった哀れな獲物に、死角から毒牙の一撃を加える。糸を吐いたりはしないものの、ランク以上に恐れられているモンスターでもあるね。
……ただ、レムレースとしてはそこまで恐ろしくない。ダンジョンでは壁や天井に張り付くことができないようで、得意の奇襲攻撃を仕掛けてこなくなる。牙に毒があるのは変わらないので、確かに厄介ではあるけれど……"フォレスト"と名前に付く通り、森でないと実力を発揮できないのかもしれないね。
そして、ホーネットはEランク上位のモンスターだ。針に毒を持ち、モンスターとしてもレムレースとしても出現する。
こちらもモンスターとして出現した時の方が危険度が高く、なんと100匹以上の大集団で襲い掛かってくることもあるのだとか。ダンジョン内ではよくて2〜3匹しか同時に出現しないので、幾分戦いやすくはあるけど……それでも、危険なことに変わりはない。できれば直接戦いたくはない相手だ。
だからと言って、ゴーレムに全ての戦闘を任せるのも危険だろう。確かにゴーレムに毒は効かないし、牙や針の攻撃も簡単には通らないけど……敏捷力は、フォレストスパイダーやホーネットの方が上だ。ゴーレムを飛び越えてこちらに攻撃を仕掛けてくる可能性は十分にある。
せめて毒対策くらいはしておかないとね。キュアポーションⅠも安くはないし、レムレースは何度でも出現して毒攻撃を仕掛けてくる。万が一ということもあるから用心するに越したことはない。
「……アンチポイズンバングルを装備すれば、少しはマシになるかな?」
「あ、そう言えばあったっすね」
「……忘れてました」
「しかし、エリオス様お1人ならばともかく、4人全員が装備しているところを他の探索者に見られてしまうと、良くないのではありませんか?」
ティアナがおずおずと進言してくれたけど、まさしくその通りだと思う。
アンチポイズンバングルは貴重な品ではあるけれど、同時にそれなりの数が出回っているアーティファクトでもある。ソリス男爵家にも、僕が入手に関わっていないアンチポイズンバングルが1つだけあって、普段は父上が身に着けている。男爵家でさえそうなのだから、各貴族家が1個くらいは持っていても不思議じゃない。
……ただ、それを複数個入手している貴族家はほとんど無い。貴族家間の暗黙の了解というもので、特定の貴族家がアーティファクトを独占することの無いように監視し合っているわけだ。例外は公爵家や王家くらいのもので、当主以外にも嫡男や長女に身に着けさせているという。
「……確かに、4人全員っていうのはさすがに悪目立ちしそうだね。身分の貴賤を問わず、タチが悪い奴らを呼び寄せてしまいそうだ。うまくバングルを隠せたらいいんだけど……」
アンチポイズンバングル、意外と厚みがあるんだよね。緊急時に籠手の代わりとしても使えそうなほどに。横幅があまり無いから、これで攻撃を受け止めるのは至難の業だけどね。
「……それでしたら、バングルに色を塗ってみるのはいかがでしょうか?」
「「「!!!」」」
スッと、音も無く執事服の男性が現れてそう言う。それに反応して、ティアナとゼルマとフランクがとっさに武器を構えた。
……ただ、僕はその男性に見覚えがあった。
「大丈夫だよ、みんな。この人はソリス家の執事さんだ」
「……本当っすか? ただの執事が音も無く忍び寄るなんて……あ」
「「? ……!」」
ゼルマが先にピンときたようだ。少し遅れて、ティアナとフランクも気付いたらしい。
……そう、彼はソリス家お抱えの武装執事メイド隊の1人だ。王家の影に勝るとも劣らぬ実力を持つ隠密部隊であり、彼のこの顔は魔法で変えた仮の姿であるらしい。本名は父上と母上しか知らず、僕も教えられていないけれど……それでは呼ぶ時に不便だということで、彼は便宜上"ロナ"と呼ばれている。
「エリオス様は、私の存在に気付いてらっしゃいましたね?」
「うん。少しだけ、黒い魔力の流れが見えたから」
僕の【魔眼】は、索敵という観点から見ればかなりズルい能力だと言える。どんな人でも微少な魔力くらいは持っている以上、【魔眼】で視ればそこに居ることが分かってしまうのだ。
それをかいくぐれるのは、より大きな魔力の陰に身を隠した時か……あるいは、魔力を完全に隠蔽する術を身に付けた人だけ。そして後者のような人は、ドライ殿――古アルカディア語で"3"の名を冠する、王家の影と思われる人しか見たことがない。前世の僕が見た分を含めても、ね。
つまり、僕の目から逃れられる人はほぼ居ないと言っていいのだ。
「……私もまだまだ鍛錬が足りぬようです。もっと精進しなければ」
「あはは……」
ロナの魔力量は、ドライ殿よりも遥かに多い。それを完璧に隠蔽し切るのは、例えるなら大河の水を1滴も溢れさせないようにしながら、流れをせき止めるようなものだ。
……小川程度ならどうにかなっても、大河をせき止めるのは非常に困難なことだ。ロナがやろうとしていることは、つまりはそういうことになる。果たして努力でどうにかなるものなのか……。
「……おっと、話が逸れちゃったね。ところで、バングルに色を塗るというのはどういうことなんだい?」
確かに、アンチポイズンバングルはパッと見普通の木の腕輪に見える。実際はミスリルよりも固くて軽くて頑丈な、解析不能の謎の材質でできてるんだけどね。
……そのシンプルさが逆に目立つのだと、ロナは言いたいのだろう。木の腕輪をわざわざダンジョンで身に付ける意味は薄く、ならばそれはアーティファクトに他ならない……と、目ざとくて悪い奴らは考えるわけだ。
ならば、価値は低くともそれなりに有用な別の何かに見せかければいい。
「マジックツールに見せかけるためです。それが一番早いかと存じます」
「なるほど……腕に巻く手頃なマジックツールと言えば、やっぱり"風精の腕輪"かな? 大きさとかも似てるしちょうど良いかも」
「それがよろしいかと存じます」
風精の腕輪とは、スピードリングⅠとほぼ同じ効果を持つマジックツールだ。違いはその大きさと重量で、風精の腕輪はスピードリングⅠよりもサイズが大きくて重量があり、たくさん装備するのは現実的じゃない。よくて各腕に1個ずつ、計2個を装備するのが限界だろう。
その分お値段は控えめで、1個2万ペルナとかなりお手頃だ。鉄とFランク風属性魔石をメインに使用しているらしく、駆け出し探索者も手を出せなくはない絶妙な価格となっている。それにバングルを擬態させれば、目立たなくなるというわけだ。
……ちなみに、風精の腕輪は緑色をしている。これは風属性魔石を細かく砕いて鉄に混ぜ込んでいるからで、何やら特殊な技術を用いて腕輪全体に魔法陣を刻んでいるらしい。できれば詳細を知りたいところだけど、絶対に教えてくれないだろうね……リバースマージニアリング (魔法陣を解析し、そこに込められた技術を学び取る行為)対策もされていて、魔法陣が全く見れないようになってるみたいだしさ。
「さて、早速お屋敷で緑色の塗料を貰ってこないとね。明日までに準備しておくから、ゼルマとフランクは訓練に戻ってくれるかい?」
「分かったっす。エリオス様に準備を任せきりなのは、心苦しいっすけど……」
「3人には、仕事で僕と一緒にダンジョンへ来てもらってるんだからさ。探索に必要な物は僕が用意するのが筋ってものだよ」
私兵団員の食事や通常装備品にかかる費用は、基本的にソリス家で負担してるからね。それに倣って、僕も探索に必要な物は適宜無償貸与していくつもりだ。
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