2−28:研究成果発表会 (前編)
そして迎えた、研究成果発表会当日。十分に睡眠を取って体調は万全、発表内容の最終確認もバッチリだ。
「いよいよだね」
「はい、ヨハネス教授」
ヨハネス教授と言葉を交わす。この研究室に来て、1ヶ月と少し……ダンジョンに潜る時間も惜しんで、ひたすら準備と発表練習に明け暮れた。全てはこの日のために。
王国から期待されてるし、ヨハネス教授も僕なら大丈夫だと研究成果発表会に推薦してくれた。その顔に泥を塗るわけにはいかない。
「エリオス様なら絶対に大丈夫です! 私は応援することしかできませんが、頑張ってください!」
「ふふ、ありがとう、ティアナ」
――ガシャンッ!
「タロスもよろしくね」
誰から見ても文句の付けようが無い、ちゃんとした発表をしなければ。
……ちなみに、ずっとミスリルゴーレムと呼ぶのはなんだかさみしいので、彼 (?)のことは"タロス"と名付けることにした。金属の体を持ち、弱き者を守護する神の兵士……その名にあやかって名付けさせてもらった次第だ。
……ということで、王立魔法士学校の敷地内にある発表会の開催場所まで4人 (3人と1体?)で移動した。途中でティアナとヨハネス教授とは別れ、僕はタロスと共に発表者控室までやってくる。
実際の発表会場は、数百人がまとめて入れる大ホールになる。その舞台脇にある控室に、扉を開けてそっと入っていった。
「………」
「……水の……循環を……」
――トントントン……
控室の中は、凄まじい緊張感に包まれていた。メモにジッと目を落とす人、発表の文言を小声で暗唱している人、指で椅子の肘掛けをタップしている人……どの人も他人のことなど眼中に無いようで、互いに不干渉を貫いている。タロスの存在に気付かないのだから、相当余裕が無いことはよく伝わってきた。
……自身を推薦してくれた人たちの、メンツというものがあるからね。仮に発表でミスがあったとして、そのミスが度を超えて無様であれば翌年以降の推薦が貰えなくなってしまう。それだけは皆、避けたいのだろう。
「………」
他の人の邪魔をしないよう、僕も控室の端に置かれた椅子に座る。事前にしたためたメモを取り出し、それを見ながら発表の流れを脳内でシミュレートしていった。
「……ふむ、皆揃っているようだな。それではこれより、研究成果発表会を始める」
僕が控室へ入って、およそ15分後。発表者控室の中に、豊かな白ひげを蓄えた老齢の人物が入ってきた。どうやらこの方が案内役のようだ。
……この方、ただ者ではないね。僕のタロスを見ても、眉1つ動かさない。控室には発表者本人しか入れず、加えてタロスはぱっと見で重装騎士にも見えるデザインにしているのだけど……それを注意しないということは、タロスが魔法によって造られたものだということにこの方は気付いているわけだ。
「まずはアハッツ・マンフレートよ、こちらへ来なさい」
「は、はい!」
「マンフレートの発表が終わり次第、また1人呼びに来るので全員控室にて待機するように。名前を呼ばれた時に控室に居なければ、その場で即失格とする」
そして、発表順は名前を呼ばれるまで分からないらしい。参加者全員に等しく緊張感をもたせるため、なんだろうか。
……僕は何番目になるんだろう。できれば早い方がいいんだけどね、聞く方も時間が後になるほど疲れてくるから、ちゃんと聞いてくれないことも多いし……。
まあ、そこをひっくり返すのが発表者の腕の見せ所でもあるんだけどね。
「なお、他の者は控室から出なければ何をしていてもよい。発表会場の様子はこちらのモニターに映しておくので、見ていても構わない」
――コトン……
モニターなる箱状の物体を机の上に置いた後、案内役の方はマンフレート殿と一緒に控室を出ていった。
……そして、モニターの一面が光り始める。最初は全て真っ白だったものが、徐々にその輪郭をハッキリさせていき……やがて、大勢の人たちをそこに映し出した。
「……あ」
そのモニターの中に、先ほど控室を出ていったばかりのマンフレート殿の姿が映る。どうやら、これから発表に入るようだけど……。
「すごいな。これが王国最先端のマジックツールか……」
離れた場所の光景を映し出すマジックツール、モニター。あまり遠くは映せないみたいだし、魔力消費量もそこそこ多いみたいだけど……これは、とても素晴らしいものだ。
ただ、【魔眼】で見るとモニターには地属性魔法と……なんと、光属性魔法が使われているみたいだ。ティアナはともかく、僕にはちょっと作れないかな……。
「よし、それではアハッツ・マンフレートよ。研究成果発表を始めなさい」
「は、はい」
「………」
モニターの中で、マンフレート殿が緊張の面持ちで発表を始めた。
……って、あれ? なんで研究成果発表会の場にグライスナー学長が来ているんだろう? 学長は研究成果発表会には参加しないのが、これまでの慣例となっているはずなのだけど……よほど学長自身が見たい発表でもあるのかな?
学長の目に留まるようなレベルの研究成果があれば、その学生はほぼ100%卒業試験へ進める。卒業試験の時は必ず学長が参加するので、見るならその時でもいいはずだ。それでも学長が発表会に姿を見せたのは、学長の両隣に座っている人――モニタ画面が少し粗くて、顔がよく見えない――を案内するためだろうか?
「それでは、私は"水属性魔法を活用した農作業効率の上昇"について発表いたします、よろしくお願いいたします」
――パチパチパチパチ……
僕が首を傾げて考えている間に、マンフレート殿の発表が始まる。今日の発表者は僕含めて全部で10人、1人あたりの持ち時間は25分 (発表10分、質問15分)だから……発表者の交代・準備時間と昼休憩時間、あとは時間オーバーしがちな例年の傾向を加味すれば、だいたい5時間半から6時間くらいで全員が発表を終えることになるかな。
僕の出番がくるまでは、他の人の発表をしっかりと見ておこう。闇属性魔法に関わる発表もあるらしいし、今後役に立つこともあるかもしれないからね。
◇
「……これにて発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」
――パチパチパチパチ……
これで、9人目の発表がようやく終わった。続く質問時間が終われば、次はいよいよ僕の出番だ。
……まさかの、僕が大トリだった。しかも僕の予想通り、持ち時間をオーバーする発表者が続出した。10分という時間内に発表が収まらなかったり、質問で滅多打ちにされて15分で質問時間が終わらなかったり……壊滅的なミスをした人は居なかったけど、やや準備不足なところが目立つ発表が多かったように思う。
こういうのは慣れの部分もあるけれど、それよりは事前の準備がものを言うからね。段取り八分という東方の格言の通り、発表の出来栄えは準備でほぼ決まるものなのだ。
「……それでは最後に、エリオス・ソリスよ。発表会場まできなさい」
「はい、分かりました」
モニターの向こうで9人目の質問時間が終わり、案内役の方が僕を呼びに来る。よし、いよいよ僕の出番だ。
「お、来たぞ神童が」
「史上初、10歳で王立魔法士学校に合格した鬼才……そんで、そのまま研究成果発表会かぁ」
「そんなのどうでもいいよ……あ〜、疲れたなぁ。早く終わってくれないかなぁ」
壇上に立ち、会場を見渡す。
……皆さん、結構お疲れの様子だ。さすがに6時間ともなれば、間に休憩を挟んだとて疲労感は否めないからね。
とても面白いショーを見るのでさえ、6時間もの間見続けるはすごく大変なのに……ここで発表されているのは、各人が積み上げた魔法研究の集大成だ。内容も非常に高度なものばかりで、それを評価する側にも当然ながら相当な負荷がかかってくる。それで6時間も経てば、強い疲労感を覚えるのも無理はないと思う。
「………」
ふと、グライスナー学長が僕のことをジッと見ていることに気付く。その口は僅かに弧を描き、どこか楽しげな様子に見えた。
……ふふ、なるほどね。このどんよりした空気を変えてみせろってことかな。それなら、当初予定を少し変更してプランBでいこう。
それならば、貴女の両隣に座っている男性にも楽しんでもらえるはずだ。壇上に立って、直接お顔を拝見してようやく正体に気付けたよ……。
「……それでは皆さま、ヨハネス研究室所属のエリオス・ソリスです。最後の発表となりますが、どうか最後までよろしくお願いいたします」
――パチパチパチパチ……
疎らな拍手の中、壇上で僕は口を開いた。
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