2−19:思わぬ逸材
――よっし、討伐完了!
――だいぶ余裕で倒せるようになったね〜
――これならDランクのボスも楽勝だな
固く閉ざされた扉の向こうから、勝利をものにした探索者パーティの歓喜の声が聞こえてくる。勝利を得てだいぶ機嫌が良いのか、フラグにしか聞こえない言葉を言い放っている人までいた。
……確かに、スモールボア4体は強敵だ。第10階層のボスであるオーク2体よりも、第9階層のボスであるスモールボア4体の方が手強いと言う探索者もいる。個の強さではオークが勝っていても、スモールボアの方が数が多いのだからある意味では当たり前のことかもしれない。
なにせ、人は複数のことになかなか注意を向けられない生き物だ。多数のスモールボアに縦横無尽に走り回られれば、注意力が分散して致命打を食らう危険性が増すのは当然だろう。スモールボア自体が決して無視できるような相手じゃないし、どうしても注意を向けざるを得ないわけだからね。
……けど、だからと言って、スモールボアに勝てればDランクの相手にも余裕で勝てるわけじゃない。
そも、Eランクの敵でさえ直接的な戦闘力は低くとも、搦め手や厄介な特性でもって探索者を苦しめる連中は存在する。後の階層に出現するフォレストスパイダーやホーネットといったレムレースは、特定部位に毒を持っていて攻撃されれば毒に侵されてしまうこともあるし……ダンジョンには出てこないネルスラッグというモンスターは、斬撃以外の物理攻撃を無効化してくるという。これらの敵は対応を1つ間違えれば、いたずらに被害を拡大させることにつながりかねないのだ。
――ガチャッ!
「……ん? おお、君たちもボス部屋に挑戦かい? 随分と珍しいな」
扉が開き、中から男性3名・女性2名の計5名の探索者が出てきた。その先頭にいたリーダーと思しき男性が、僕たちに向けて話しかけてくる。
……うん、典型的なリーダー気質の人だね。人当たりが良さそうで、なんとなく人が付いてきそうな辺りがまさにそんな感じだ。
「はい、そのつもりです。
……僕たちもびっくりしましたよ。スモールボアって経験値以外はあまり美味しくない相手なのに、第6階層、第7階層とボス部屋に挑戦する方が居たので」
「そうかそうか、確かにそうだよな。普通はホブゴブリンか、オークの方に行くもんな。絶対にポーションを落とすから怪我してもある程度リカバリーが利くし、上手くいけばそこそこ稼ぎも得られるしな」
「はは、そうですね」
……ただ、やはりと言うべきか侮れない人でもあった。ボス部屋でどんなレムレースが出てくるのかをしっかり覚えているし、ホブゴブリンやオークがポーションを確定ドロップすることも知っている。ランドルフ殿は脳筋そうに見えて油断ならない人だったけど、こちらは朗らかそうに見えて油断ならない人のようだ。
「……え、すごい」
「……ん?」
ふと、リーダーの男性のすぐ後ろにいた黒髪の少女が呟く。僕より少しだけ背が小さく、さらに前髪で目が隠れていて、目線がどちらを向いているのかは分からなかったけど……顔は明らかにブロンズゴーレムの方を向いている。
そして、僕の【魔眼】はしっかりと捉えている。目隠れ少女からじわじわと湧き出る、茶色と青色の微弱な魔力波を。
「どうしたんだい、パウラ?」
「……その重装備の方々、人ではありませんよね? それどころか、生き物ですらないのでは?」
「えっ、そうなのか?」
「……うん、マックス兄さん。人のように滑らかに動いてるんだけど、なんか違和感があるの。あれは人じゃないよ」
リーダーの男性――マックスは驚いているけど、目隠れ少女――パウラはブロンズゴーレムを見据えて、はっきりとそう言い切った。
……へえ、見ただけで分かるんだね。これほどの重装備を着込んでいると、普通に重装騎士だと思う人も居るというのに……このパウラという子は、一目でブロンズゴーレムが人ではないと見抜いてきた。一応は確認するような聞き方だったけど、既に確信を持っているはずだ。
どうやって判別したのかな? ずっと【魔眼】で見ていても、特に魔法を使った形跡は見受けられなかったけど……まさか、勘で当てたとか?
一流魔法士の勘は、意外とバカにできないものだからね。この小さな少女も、実は凄い実力を持った魔法士なのかもしれないね。
「う〜ん、なかなかやるね。その通りだよパウラさん、これは全部僕が魔法で作ったゴーレムなんだよ」
「……そうなんですね。ところで、あの、私まだ10歳なんです。ですから、その……パウラ、と呼び捨てにして頂ければ」
「えっ!?」
見た目よりずっと歳上なのかと思っていたら、なんと僕と同じ10歳だと言う。そうなると、魔法は使わないんじゃなくて使えなかったわけか……これは、とんでもない逸材なんじゃないか?
王国法により、10歳になるまでは何人たりとも魔法を使うことはできない。例え王族でも、上位貴族であってもだ。僕のような特殊な事情でも無い限り、10歳の時点で魔法を使えるようになるのは難しいことなのだ。
だと言うのに、パウラは僕の魔法を一目で見抜いてきた。言動を聞くに【魔眼】持ちではないようだけど、既に一流魔法士に匹敵するレベルの魔力感知能力を持っているのは間違い無い。
「僕も10歳だよ? だから同い年だね」
「……えっ、うそ……」
「嘘じゃないよ? その証拠に、ほら」
探索者証をパウラに見せる。それを見たであろうパウラが、ボソリと呟くように言葉を紡いだ。
「……お貴族様って、すごいんですね」
「へ? お貴族様?」
「……はい、兄さん。この方がお持ちの剣の鞘に、ソリス男爵家の家紋が付いています」
「……ホントだ」
まさか、剣に小さく彫られた家紋にまで気が付くとはね。とても落ち着いていて周りがよく見えているし、知識量も凄い。僕でも全貴族家の家紋を覚えているかと聞かれれば、首を縦には振れないのに……。
ただ、パウラの一言で向こうの4人に緊張が走ったのが見てとれた。平民が貴族を相手にするのは、時に命懸けなこともあるからね……そこはまあ、身構えられても仕方ないかな。
重ねて驚きなのは、パウラがまるで動じていないことだ。
「これは、大変な失礼を致しました」
「いえ、マックスさん。ダンジョンの中では平民も貴族も関係ありませんよ。ほら、こっちのゼルマも平民だけど、僕にへりくだったりはしてないでしょう?」
「……え、もしかして私、礼儀も知らない野猿みたいに扱われてるっすか? エリオス様、後で覚えておくことっすね」
「おお、怖い怖い。そんな意図は微塵も無いからさ、安心してよ」
「むぅ……」
僕がからかい、ゼルマがやや膨れっ面になる。その気安いやり取りを見て、マックスたちはいくぶんか警戒を解いてくれたらしい。
「……どうやら、まともな方のお貴族様みたいだな」
「所詮は男爵家の三男坊ですからね、偉ぶったって仕方ありませんよ。どうせそのうち、平民として自力で生きていかなければならなくなるので」
「へぇ……」
マックスさんには、あまりピンときていない様子だった。
……まあ、貴族家の慣習なんて分かるわけないよね、興味も無いだろうし。これが由緒正しき伯爵家以上の家系であれば、三男以下の男子にも貴族的な観点での価値があるんだけど……男爵家にそんなものは無いからね。いくら父上のおかげで発言力が強いとは言っても、下位貴族であることに変わりはないのだから。
「その時に備えて、僕たちは地力を身に付けているところなんです。ダンジョンに潜るのは、それが1番の早道だと思いましてね」
「なるほどね。それで、そのゴーレム軍団を使ってスモールボアを蹂躙してるってわけか」
蹂躙って……確かにその通りなんだけど、もうちょっと柔らかい言葉にして欲しいかな。ほら、"席巻する"とか"圧倒する"とかさ。
「……まあ、俺らもそろそろオークと戦ってみようかなって考えてたところだしな。ちょうど良いタイミングだし、この階層のボス部屋は君らに譲るよ」
「助かりますよ、オークと戦うのはまだ不安だったので」
「……そうか。いや、まあ、他パーティの探索方針にとやかく言うつもりは無いんだけどな……オーク2体くらいなら、そのゴーレム軍団で軽く押し潰せると思うぞ?」
「その辺は、自分の中で勝利の確信が持ててからにしますよ」
もちろん、今日中に1回は挑戦してみるつもりだけどね。その時の戦況を見てから、連戦を前提にした戦略を組んでいこうと考えている。
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