幕間6:クライネルト伯爵家次男、ランドルフ・フォン・クライネルト
――ガチャンッ!
「……ふぅ」
ボス部屋に入って扉を閉めると、気が抜けたのか思わず溜め息が漏れちまった。本当はスモールボアに気を向けなきゃならんのだが……今は、どうにもそんな気分になれんな。
……エリオス・ソリス、か。10歳で単剣銀翼章を叙勲されたっていうから、どんなやつかと思ってたが……ありゃあ、正しくバケモンだな。
まず、エリオスのそばに整然と並んだ青銅像みたいなものに目がいった。あれが王立魔法士学校の入学試験で実技満点を取ったという魔法、ゴーレム魔法か。少なくとも30体はいたと思うが、あれが連携して襲い掛かってきたら俺でも苦戦するかもしれねえな。
加えて強烈だったのは、無詠唱攻撃魔法か。ちょうどハルカが突っかかってったから、これ幸いと様子を見ていたのだが……無詠唱の魔法が、これほど恐ろしいもんだとは思いもしなかった。予兆も予備動作も一切無く、背後から急に生えてくる一撃にどう対処すればいいのやら。これでは憎きヘキサグラムも、一方的に打ちのめされて当然だろうさ。
しかも、だ。それをエリオスは、ゴーレムを待機させたまま繰り出してやがった。もし無詠唱攻撃魔法に対処されても、ゴーレムで時間を稼ぎながら次の手を打つことができるってわけだ。
ここまでくると、実は他にも隠し玉があるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
「………」
そして、1番とんでもないのはエリオス本人の優れた思考力だろう。これだけ高度な魔法を操りながら、同時に俺の意図を全て見抜いてくるくらいには観察力・洞察力にも優れてやがる。
……俺と初めて会ったやつは、ほとんどが俺のことを馬鹿な脳筋だと錯覚する。あえてそう思われるような振る舞いをしているのは確かだが……これが意外と、相手の裏を読むことに長けた百戦錬磨の上位貴族でも騙されることがあるのだ。
なにせ、貴族に俺たちのようなゴリマッチョはほぼ居ない。そういうのは大概が専業探索者や専業冒険者で、貴族とはある意味対極の立場に居る者たちばかりなのだ。ゆえに、俺みたいな見た目のやつがちょっと下品な振る舞いと言葉遣いをしただけで……わりと簡単に、愚かなやつだと思い込ませることができるってわけだ。
だが、エリオスは騙されなかった。去り際のあの顔を見るに、明らかに俺のことを『信用はするが、信頼するのは危険な人だ』と判断していた。どうやらハルカの性格を矯正しつつ、エリオスの実力を測る試金石にしたことも全て見抜かれていたらしい。
「……くはっ」
つい笑いが漏れる。面白いヤツじゃねえか、エリオス・ソリス。
こう見えて俺はまだ18歳、同い年のソリス家長男ランベルト・ソリスは剣の腕前こそ優れているが、頭の回転はイマイチなやつだった。だが、まさかその弟がこんなにも凄いやつだったなんてな。そのことを知れただけでも、今日このダンジョンへ来た甲斐があったってもんだ。
「「ブゴォォォォォ!!」」
「スモールボア、実体化しました!」
「お気を付けください、いつ突進してきてもおかしくありません!」
ソリス男爵家と同じく、我らがクライネルト伯爵家にも直属の私兵団がある。そこで若手のホープとして期待されているのが、このヨーゼフとユリアンの2人だ。
2人とも得意な得物は剣で、今も刃渡り90センチほどのロングソードを構えている。実戦経験もそこそこあり、既にオークと戦えるくらいのレベルはあるんだが……今日は連携の確認も兼ねて、スモールボアと戦うためにダンジョンへ来ている。スモールボアはモンスター……おっと、ダンジョンではレムレースか。レムレースとしての特性上、戦い方を工夫する必要があるので連携の練習には最適な相手なのだ。
「「ブゴォッ!!」」
――ガッ、ガッ!
スモールボア2体が、前脚で地面を掻くような挙動を見せる。この後に突進攻撃がくるわけだが、スモールボアの突進は小回りが利かないので、横に避けて弱点の脚をすれ違いざまに斬りつけるのが有効な戦い方になる。それを見据えて、今日はリーチの長い武器を用意してきたわけだ。
まあ、ハルカだけはいつもの刀を持ってきたから、俺らよりもリーチは短いんだけどな。本人曰く『手に馴染んだ得物以外、使うつもりは一切ありませんので』とのことだったが……エリオスに負けた今なら、少しは話を聞いてくれるかもしれんな。
「「ブゴォォォォッ!!」」
――ドドドドドドッ!!
「………」
「ランドルフ様!?」
「スモールボアが来ています、構えてください!」
「ランドルフ様!? ちょっと、武器を構えなさいよ!?」
スモールボアが突進攻撃を繰り出してきた。狙いはどうやら俺のようで、時間差で交差するようなタイミングで2体のスモールボアが迫ってくる。しかもヨーゼフやユリアン、ハルカが立っている場所からは少し離れた場所を通過するようで、3人の迎撃はおそらく間に合わない。
3人が武器を構えて待ち受ける中、俺だけが武器も構えずに腕を組んでたからな。それをスモールボアが見咎めたのだろうよ。
……まったく、舐められたものだ。クライネルト伯爵家の男は、皆筋骨隆々の肉体を持つが……それは、決して伊達ではないのだ。
「「ブゴォォォォッ!」」
「はぁっ!!」
――ドゴォッ!!
――ズザザザ……
スモールボア2体の突進を、片手ずつ使って両方とも受け止める。さすがに突進の勢いに押されて地面を滑っていくが、すぐに俺の体は止まった。
そして、ダメージはほぼ無い。俺の全身を覆うハーフミスリルの防具は、スモールボアの突進ごときでどうにかなるほどヤワなものではないのだ。
「「ブゴォッ!?」」
「ふん、俺にその程度の攻撃が通じるとでも思っているのか?」
驚くスモールボアに、いつもの口調で怒りをぶつける。
……レムレースに人の言葉が理解できるとは思っていないが、それでも俺の怒りの感情が伝わったのだろう。気圧されたように、その動きを完全に止めた。
その隙を逃す俺ではない。
――ギチギチギチ……
「「ブギィッ!?」」
スモールボアはどうにか俺から逃れようともがいているが、俺が顔に指を食い込ませているので逃れることができないでいる。
……俺の指や腕に相応の負荷がかかっているが、この程度なら普段の筋トレよりも軽いものだ。スモールボアごとき、力比べで負けはせん。
「……っ!!」
――ドシュッ!!
「「ブッギャァッ!?」」
更に深く、スモールボアの顔に指を食い込ませる。強まる痛みから死を予感したか、スモールボアの抵抗も一段と強まっていくが……俺の拘束から逃れるには、圧倒的にパワーが足りんな。
さて、そろそろ終わりにしよう。
「……ぐぉぉぉぉおおおおああああっ!!」
――グググ……
「「ブギャァ!?!?」」
スモールボア2体を片手ずつで持ち上げる。
……ふん、さすがに屋敷で使っているダンベルよりは重いな。これは筋トレにちょうど良さそうだ。
「らぁっ!!」
――ドゴォッ!!
――バギッ!
「「ブギィッ!?」」
スモールボアを真上まで持ち上げた後、そのまま勢いよく脚から地面へと叩き付けた。何かが砕けるような音が聞こえたが、おそらくスモールボアの脚が負荷に耐えきれなかったのだろう。
「「ブギィ……」」
事実、スモールボアはもはや立ち上がれないでいる。倒せるほどのダメージにはならなかったようだが、脚をやられてもう動けないようだ。
「……ヨーゼフ、ユリアン、ハルカ」
「「は、はい!」」
お、3人の声が揃うのは珍しいな。いつもはハルカだけズレて返事が来るんだがな。
……ああ、そうか。俺が険しい顔をしているから、そういう反応なのか。別にヨーゼフやユリアン、ハルカに対して怒ってるわけじゃないんだけどな。
むしろ、俺は俺に対して怒っている。俺より8つも歳下のやつに先を越されて、自分の情けなさに腹が立ってんだよ。
「普段は絶対にやらんがよ、スモールボア相手に100回組手でもやってみようと思う。お前たちも来るか?」
もはや2体では相手にならんからな。もう少ししたら数を増やして、スモールボア3体相手に連戦してみるか。
「「はい、ランドルフ様にお供します!」」
「え゛っ、本気でやるんですか?」
予想通り、ヨーゼフとユリアンはやる気満々だが……ハルカは凄く嫌そうだ。
「当然だ。それくらいやらなければ、すぐにエリオス・ソリスに追い抜かれる……いや、もう追い抜かれているか? いずれにせよ、何もせず黙って見ているわけにはいかんのだ」
俺にも、軍事系貴族家の一員としてのプライドがあるのでな。簡単に負けを認めるわけにはいかんのだ。
……さあ、エリオス・ソリスよ。醜い足の引っ張り合いではなく、互いに高め合い健全な競走をしようではないか。くくく、これからが楽しみだな。
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