2−15:その男、中身まで脳筋とは限らない
「……ま、参りました……」
――カラン、カラン……
刀を落とし、両手を上げてハルカが降参の意思を示す。その表情には、悔しげな様子がありありと浮かんでいた。
……それでも、ちゃんと降参の意を表せる程度には分別があったらしい。それをしてくれないと話が進まないから、僕としては助かったよ。
「うん、分かったよ」
――スルスル……
アルカディア王国において、降参した相手にいつまでも武器を向け続けたり、追い討ちを仕掛けるのは臆病者がする恥ずべき行動だとされている。だから僕は、ハルカの降参の意思を確認してすぐアイアンスパイクを引っ込めた。
……もっとも、ヴィルヘルム帝国が相手の場合は除くけどね。その場合は投降の意思を確認しても、有無を言わさず全員倒すことを推奨されている。むしろ見逃す方が恥ずべき行動だと見なされるのだ。
そう特別扱いされるほど、アルカディア王国にとってヴィルヘルム帝国は不倶戴天の怨敵、というわけだね。実際にそれで許した結果、不意打ちを食らったことがあるからその対策という側面もあるのだとか。
「………」
降参したハルカは少し目線を落とし、唇を噛み締めてその場に立っている。落とした刀を拾うだけの、心の余裕すら今は無いみたいだ。少し追い詰めすぎたかな?
でも、あのままいっていればハルカは遠からず命を落としてたと思う。周囲に居る人たちを巻き込んで、ね。
こういう戦いの場に立つ者にとって、自分の能力に自信のある考え無しほど危険な存在は無い。自分だけでなく、周囲に居る人をも窮地に陥れる可能性があるからだ。しかも本人が考え無しだから、そのことに一切気付かないのがさらに厄介なところだ。
そして、ハルカはまさしくその類の人だった。戦う者にとって、これ以上に致命的な弱点は無いだろう。
「がっははははっ! ハルカよ、子供だからと相手を侮ってしまったようだなっ! これで分かったろう、上には上が世の中には居るとっ!」
「……っ」
そう言って窘めるランドルフ殿だけど、彼は当然ハルカの性格を分かってたんだろうな。僕は会ってまだ十数分しか経ってないけど、それでもハルカに直情径行があることがすぐ分かったくらいだし。
そして僕も軍事系貴族家の一員だから、他家や他国に舐められるような行動は絶対に取れない。こうしてハルカに絡まれれば、多少は実力を見せつける必要がある。今回はゴーレムを使っていないので、手の内を全て晒したわけじゃないけどね。
加えて、僕はハルカを害するわけにはいかない。僕は男爵家の三男で、ランドルフ殿は伯爵家の次男……貴族としての格はランドルフ殿の方が上だ。その上位貴族の連れであるハルカを下位貴族の僕が害しては、たちまち貴族家間の問題になってしまう。
……おそらくだけど、ランドルフ殿はそこまで考えてたと思う。ハルカの性格上言っても聞かないと思うし、立場も実力も見るからに格上だと分かるランドルフ殿に負けても言い訳ができてしまう。だから、荒療治として僕と決闘紛いのことをさせ……そして、ハルカが負けた。僕が理性的に動く人だと分かっているから、上位貴族の連れであるハルカを傷付けたりはしないと確信していたわけだ。
効率良く僕の情報を集め、ハルカの矯正も同時に行う。ランドルフ殿にとっては一石二鳥のムーブだったわけだ。唯一、上位貴族家の連れが下位貴族家の一員に負けたという汚点は残るけど……おそらくハルカは食客みたいな立場だと思うから、それが負けたところでクライネルト伯爵家の威信にはほとんど傷は付かないだろう。
……うん、信用はできるけど信頼するのは危険な人だね、ランドルフ殿は。全く、見た目も喋りも脳筋っぽいのにホント食えない人だ。
「……ところで、根本的な話をしてもいいか、ハルカ?」
「……なんでしょうか?」
敗者に対し、敬語や"殿"は不要だ。遠慮なく呼び捨てでいかせてもらうよ。
「そもそもちゃんと自己紹介もできてないのに、なんでいきなり喧嘩腰なんだい? 僕、君がハルカという名前だということしか知らないんだけど?」
「うっ……」
ハルカという名前も、食客だというのも、東方の国出身だというのも……全ては僕の推測でしかない。ランドルフ殿の言動や態度から、おそらくそうだろうと考えているに過ぎないのだ。
なんせ僕たち、まだハルカから自己紹介すらされてないからね。名前でさえランドルフ殿が呼んでいたのを聞いただけなのだから、ほとんど何も知らないのと同じなのだ。
「……大変申し遅れました、皆さま。私はタイチ・ハルカと申します。東方の国アシハラナカツよりやって参りました。現在はランドルフ様のもとでお世話になっている身でございます。どうか、よろしくお願いいたします」
思っていたよりも綺麗な所作で、ハルカが頭を下げる。とても深い教養を感じる所作だけど、それならもう少し心に余裕を持って欲しいところ。アシハラナカツでは、そういう教育はしていないのだろうか?
……あ、もしかするとハルカはそれに馴染めなかったからこそ、国を出てアルカディア王国まで来たのかもしれないね。あまり深くは聞かないし、そこまで興味も無いけどね。
「ちなみに、名前はタイチのほう? それともハルカのほう?」
「アシハラナカツでは、家名・名前の順に名乗ります。なので、私の名前はハルカになります」
「なるほどね」
僕たちは家名を最後に名乗るから、アルカディア王国とは逆ってことだね。
……さて、自己紹介してくれたのであればこちらもちゃんと返さなければならない。そこを怠っては礼を失したことになってしまうからね。
「僕はエリオス・ソリス、ソリス男爵家の三男だ。今はこちらの3人と共にパーティを組んで、ダンジョン探索をしているところだね」
「ティアナと言います」
「ゼルマでっす」
「……フランクです」
3人とも『よろしくお願いします』とは言わなかった。まあ、あの態度じゃ当然不信感を抱くよね。第1印象が悪すぎるもん。
「がはははははっ! 本当に申し訳ないエリオス殿っ! どうかここは、俺の顔に免じてハルカを許してやってはもらえないかっ!?」
ここで、そうランドルフ殿が口にした。
……やはり、ランドルフ殿は頭が回るね。あの時のポンコツ三男坊の家はともかくとして、クライネルト伯爵家は軍事系貴族家の重鎮……貴族社会における存在感は非常に大きい。そこに関してはソリス男爵家も負けてはいないのだけど、家格という観点からどうしても1歩劣ってしまうのだ。
そして、立場上上位の貴族から謝罪が来たら、下位側の貴族はそれを絶対に受け入れなければならない。禍根は残れど、その場では手打ちにせざるを得ないわけだ。
……まあ、今回は別にこちらに被害が出たわけじゃないからね。単に僕の方が実力的に上だと示しただけなので、謝罪を受け入れない理由がそもそも無い。
「分かりました、謝罪を受け入れましょう。ハルカ、君の粗相はクライネルト伯爵家の恥に繋がる可能性があることを肝に銘じて、今後は行動して欲しい」
「……はい、分かりました」
よし、これで全て手打ちだな。ハルカだけが色んな意味で痛い目をみているのは、まあ全て自業自得ということで……。
「では、僕たちは第7階層まで行きますので、この辺りで失礼しますね」
「おうっ、頑張ってなっ!」
やたらと大きいランドルフ殿の声を背に、僕たちは階段を下りていく。ランドルフ殿のチームは再びボス部屋に入っていったので、しばらくスモールボア2体を相手に戦うのだろう。
……さて、僕たちも第7階層へ向けて移動開始だね。余計なところで時間を取られてしまったけど、まだ想定の範囲内だから大丈夫だ。無理せず気を付けて進んでいこう。
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