2−10:押しかけ娘の貴族事情
ヨハネス教授の部屋がザワザワしていたので、中に入ってみたら……いつの間にか、エリーゼ殿がヨハネス研究室に入っていたようだ。火属性魔法が1番得意だと聞いていたので、別の研究室に入ると思っていたから驚いてしまった。
そのエリーゼ殿が微笑みながら、鈴の音のような声で僕に話しかけてくる。
「実は私、どの研究室に入るか決めかねていたのです。確かに火属性魔法が1番得意なのですが、他属性もそこまで差が無いので選択肢が多すぎまして。
しかし昨日、エリオス様との魔法決闘に敗れたことで決心が付きました。私もヨハネス研究室に入ろうと考えて……」
「……あ〜、その前にちょっといいでしょうか、エリーゼ殿?」
エリーゼ殿の言葉を、申し訳ないが僕から遮って話しかけた。どうしても気になることがあったからだ。
「どうなさいましたか、エリオス様?」
「エリーゼ殿、僕に対してはその口調はやめにしましょう」
「……え? それは、どういう……?」
「ここが王立魔法士学校だからですよ」
王立魔法士学校とは、身分に囚われることなく魔法を探求し、国に貢献する魔法士を育成する場だ。学校敷地外なら身分差による配慮は必要だけど、敷地内で身分による区別や忖度を行うのはご法度になる。
……まあ実際問題、完全に無くすのはさすがに難しいんだけどね。それでも、減らす努力はしていかないといけないわけだ。
「エリーゼ殿も、普段はもっと砕けた口調で喋っているはずでしょう? 王立魔法士学校は身分に囚われない行動が求められる場所、まずはそこから始めてみませんか?
……それに、ヨハネス教授が認めたならエリーゼも研究室の仲間だからさ。貴族行儀な態度はお互いやめにしよう」
「………」
さっきのやり取りを聞いた限りでは、ヨハネス教授は既にエリーゼの研究室所属を認めている。それなら、堅苦しすぎる貴族口調なんてもはや要らない。
……僕が先に口調を変えることで、エリーゼも言葉遣いを変えやすくなる。そう考えて、あえて後半はいつも通りの口調に変えてみたけど……さて、エリーゼの反応はどうかな?
「……分かったわ。確かにちょっとだけ、貴族行儀な喋り方が窮屈だなって思ってたところだったのよ」
淑女然とした微笑みから、勝ち気そうな笑みへ。言葉と共に、エリーゼがスパッと切り替えた。
……うまく言えないけど、なんかこっちの方がエリーゼには似合ってるような気がする。取り繕っていないというか、立ち振る舞いが自然な感じというか……そういう意味でも、エリーゼはカペルマン子爵家の人らしくないな。
「でも、"エリオス様"と呼ぶのは続けさせてもらうわよ? 私が貴方の魔法技術に尊敬の念を抱いてるのは、嘘偽りの無い事実なんだから」
それでも、こういう律儀な所がカペルマン子爵家の人らしいな、とも思ったり。
「うん、それなら全然構わないよ」
僕もヨハネス教授に対しては、敬語を使っているからね。いくら身分に囚われない場とは言え、一定のマナーを守ることは大事だ。
遥か東方の国にも、『親しき仲にも礼儀あり』という格言があるくらいだからね。それが初対面に近い相手なら、なおさら礼儀やマナーというのは必要だろうさ。
「……とまあ、そういうわけでヨハネス研に入ることにしたのよ。エリオス様、これからよろしくね」
「うん、よろしくね、エリーゼ」
右手を差し出すと、エリーゼも右手で握手してくれた。
――パン、パン!
「さて、2人の話もまとまったところで……さあ、みんなで自己紹介タイムに移ろうか」
「あれ? 私、皆さんのことは先ほど伺いましたよ? エリオス様のことも知ってますし……」
「ヨハネス研の皆が揃ったからね、ここで仕切り直しってやつだよ」
おお、なるほどね。こうやってヨハネス教授は、研究室の皆に一体感を出そうと考えてるのか。
確かに、さっきまでは僕とティアナがこの場に居なかった。それに……。
「だからね、エリーゼ君。キミのお付きの人も、ここに呼んでもらいたいな」
「お付きの人、ですか?」
「そ、昨日の人。近くに居るんでしょ?」
「ええ、まあ……」
ヨハネス教授が言うお付きの人とは、昨日見たエリーゼの護衛のことだろう。僕でも気配を察知できなかったし、今も近くに居るはずなのに居場所が全く分からないので、相当な手練れなのは間違いない。少なくともヘキサグラムよりは上……いや、あんな魔法頼りの二流工作員なんかとは、比べるのもおこがましいほど圧倒的な差がある。
……もしかして、噂に聞く"王家の影"と呼ばれる超一流の隠密だったりして。アルカディア王家に絶対の忠誠を誓い、名を捨て番号でのみ呼ばれる闇夜の徒……上位貴族家や軍事系貴族家の者はその存在を知らされているけれど、僕は今まで会ったことは無いな。
「……ドライ様、出てきて頂いてよろしいでしょうか?」
――スゥッ
「………」
エリーゼが虚空へと敬語で呼びかけると、エリーゼのすぐ横に全身黒ずくめの人が現れる……何の予兆も無く、まるで何も無い空間から急にポップしてきたかのように。
実際、この目で存在を視認するまで、僕は一切の気配を感じ取れなかった。もしこれが戦いの場だったら、今頃僕はこの世に居なかっただろう。
「「「「!?」」」」
エリーゼを除く全員が、突如として現れた人物を見て驚愕している。
それにしても、ドライか……古アルカディア語で"3"を意味する言葉だね。半ば冗談のつもりだったけど、これはもしかしなくても当たりかな?
「………」
ふと、ドライ殿が横目で僕の方を見る。目元以外は全て黒い布に覆われているので、性別も年齢も判然としないのだけど……その鋭い眼光には、何やら強い感情が乗っているように僕には感じた。
「……これは、びっくりしたなぁ。エリーゼ君、キミのお付きの人は凄い人だね」
「はい、ドライ様は凄い方です」
「………」
僕から目線を外したドライ殿が、直立不動でエリーゼの横に立っている。その目にはもう既に、一切の感情は乗っていなかった。
「さて、それじゃあ僕から自己紹介しようかな。僕はヨハネス――」
◇
「――私はティアナと申します。エリオス様の専属メイドを務めております、皆様どうぞよろしくお願いいたします」
「「「「よろしくお願いします」」」」
ティアナが最後に自己紹介をして、これで全員が自己紹介を終えた。
……ちなみに、ドライ殿は『……ドライ、よろしく』とだけ語ったけど、その声質からして女性っぽい印象を受けた。声は確かに低かったのだけど、元々声の高い人が意図的に声を低くしたような、そんな感じがあったのだ。
「さて、このメンバーで研究を進めていくわけだけど……早速、皆には試して欲しい新しい魔法があるんだ」
「新しい魔法ですか……それは、どのような魔法ですか?」
すかさずルッツ先輩が聞く。昨日会った時は、落ち着いた雰囲気の眼鏡の男性という印象を受けたけど……この人も王立魔法士学校の厳しい入試をくぐり抜けた実力者だから、新しい魔法と聞いてつい目を輝かせてしまうのだろう。
ルッツ先輩の食い気味の言葉に、ヨハネス教授は得意気な笑みを浮かべながら答えた。
「高純度オリハルコン精錬魔法だよ」
「「「「……え?」」」」
「ちなみに、昨日の時点で僕は純度95%オリハルコンができたよ。ほら、これ」
「「「「……はい?」」」」
ヨハネス教授が広げた右手のひら。その上で黄金色に輝く、見るからに高純度なオリハルコン塊に……なんとドライ殿までが気の抜けた声を漏らしていた。ヨハネス教授が与えた衝撃は、それほどのものだったようだ。
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