2−9:理想の魔法士像
「……無詠唱魔法とは、初めて拝見いたしました。大変恐れ入りました……」
鋼鉄の棘を引っ込めると、エリーゼ殿がその場で深く頭を下げる。これにて、僕の魔法決闘における勝利が確定したわけだ。
……もっとも、だからと言ってエリーゼ殿の魔法士としての格が下がるかといえば、決してそんなことはないけどね。初見での無詠唱魔法攻撃は、どんなに熟達した魔法士でも回避不可能……それこそ【魔眼】持ちでもない限り、察知すら困難を極めるからだ。
一流の魔法士は魔力の流れを読むことができるけど、同時に魔力の流れをうまく制御することができる。だからこそ、魔法士同士の戦いでは詠唱やその他の挙動を見て魔法の発動を察知するのだけど……前世の僕は無詠唱で魔法を発動する技術を持っており、それを僕も継承している。その時点で僕は、対魔法士戦においては非常に有利な立場を獲得することができているわけだ。
だからこそ、もし無詠唱魔法攻撃を破られるようなことがあれば……今の僕にとっては、すなわち敗北に等しい。
……そう、今の僕にとっては、ね。僕の目指す魔法士の姿とは、まだまだこんなものではない。
「いえ、これを防がれたら僕に次はありませんでした。まだまだ僕には地力が不足していますから、更なる鍛錬が必要だと考えています」
「……これでまだ、完成形ではないと?」
「当然です。まだまだ、僕の目指す姿は遙か遠くにあります。果たしてこの人生の間に、たどり着けるかどうか……」
「そうですか……」
僕の言葉を、エリーゼ殿がどう受け取ったのかは分からない。しかし、僕の目からは……エリーゼ殿に落ち込んだり、諦めたりしたような様子は全く見受けられない。むしろ喜んでいるようにも見える。
……なにせ、エリーゼ殿の魔力のオーラがだいぶ揺れ動いているからね。その動き方も、怒りや動揺で魔力が揺らいでいるというよりは……魔力のオーラが大きく膨らみ、より力強くなっているような印象を受けるのだ。これは、強い喜びの気持ちを抱いた時によく見られる現象らしい。
表情はあまり変わらないけど、エリーゼ殿は魔力面ではとても感情豊かな人だ。そのことは、ここまでの短いやり取りの中でもよく分かった。
「……参考にお聞かせください。エリオス様の目指す姿とは、具体的にどのような魔法士なのでしょうか?」
「僕の目指す魔法士、か……」
改めて聞かれると、言葉で表すのは少し難しいな。まあ、強いて言うのであれば……。
「僕がそこに居るかもしれない。そういう情報が流れるだけで、相手が恐れて手を出してこなくなるような。戦わずして、血を流さずして勝つ魔法士……それが僕の理想ですかね」
「戦わずして勝つ……」
別にこれは、戦う相手を慮って言っているわけじゃない。アルカディア王国がより繁栄するためには、戦いで失われる命は極力少ない方が良いと僕は考えているだけだ。
……1度戦いが起きてしまえば、多かれ少なかれ互いに血が流れてしまう。それは絶対に避けられない。その流れる血を、僕は少しでも減らしたいのだ。
そのためには、そもそも戦いにまで至らないのが理想で……それでも戦いになってしまったなら、絶対に勝つ。そこで辛勝ではなく、圧勝なら更に良いね。
辛勝ということは、力が拮抗しているということ。勝つため互いに多くの血を流し、ボロボロになるまで戦っているのだ。それが良いことだとは、僕は思えない。
「なにかの参考となればよいのですが……」
「いえ、とても参考になりました。
……今日はありがとうございました、エリオス様。エリオス様のおかげで、自身の立ち位置や未熟さを改めて認識することができました。また明日、よろしくお願いいたしますね」
それだけを言って、エリーゼ殿は正門の方へと歩いていく。そんな彼女の横に、どこからともなく護衛っぽい人が現れて付いていったのは……まあ、財務系貴族家の重鎮のご息女だから当然かな。正直、エリーゼ殿をどうこうできるような暴漢がそうそう居るとは思えないけどね。
……って、あれ、え、また明日?
「あの……」
ふと疑問に思って、意図を聞こうとした時には……既にエリーゼ殿は、闇夜の向こうに姿を消していた。
「うーん、ちょっと気になるけど……まあ、明日になったら分かるか。僕たちも屋敷に帰ろうか、ティアナ」
「はい。今日は1日お疲れ様でした、エリオス様」
「ああ、お疲れ様、ティアナ。ヨハネス教授も、今日はありがとうございました」
「うん、こちらとしても非常に充実した1日になったよ。ありがとう、今日は帰ってゆっくり体を休めてね」
エリーゼ殿が言い残した言葉が気になりつつも、既に夜はかなり深まりつつあった。いくら魔法士学校の学生とは言え、まだ10歳の未成年でしかない僕が遅く帰るのはあまりよろしくない。
正門の前まで来たところで、ヨハネス教授と別れる。そうしてから、屋敷に向けて歩き始めた。
……馬車を手配しても良かったけど、王立魔法士学校では徒歩通学が推奨されている。貴族家当主がメンツのために移動するとかであればともかく、将来王国の魔法士集団の中枢を担うべきエリートが、自分の足で移動できないような惰弱では困る……ということらしい。だから僕も、通学は基本的に徒歩で考えている。
工作員や暴漢が怖くて、軍事系貴族家の一員は名乗れないからね。勲章まで貰ったのだから、僕は堂々と歩いて帰ってやるさ。もちろん、ティアナをしっかりと守りながらね。
◇
「……うん? なんか教授室が騒がしいね?」
「どうしたのでしょうか?」
翌日、僕がティアナを伴ってヨハネス研に顔を出すと……なにやら、教授室の方がザワザワとしている。一体何があったのだろうか?
……もしかして、ヨハネス教授がもう高純度オリハルコンの精錬に成功したのだろうか? 昨日は僕と同じ時間に帰ったはずだけど、まさか朝早くから来て魔法に没頭していたとか?
……ヨハネス教授ならあり得るね。なんなら1度帰った後、研究を進めたくてうずうずしてしまって、結局研究室に戻ってきたりしていそうだ。前世の僕がまさにそんな感じだったし。
――ガチャ……
それを確認するために、扉を開けて教授室に入る。
「おはようございます、ヨハネスきょ――」
「――エリーゼ・カペルマンと申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「あはは……よろしくね、エリーゼ君」
教授室用の、やや大きめな応接セットのソファ。そこに座っていたのは、昨日も見た後ろ姿だった。
まっすぐ長い黒髪を風に揺らめかせながら、ヨハネス教授に深々と頭を下げる少女……【魔眼】を通して見れば、赤青茶緑の4色のオーラを体に纏わせている。名前はしっかり聞こえたけど、仮に聞こえなくともそんな人物を僕は1人しか知らない。
「え、エリーゼ殿?」
「あ、エリオス様、おはようございます。今朝は随分とゆっくりなのですね?」
振り返ったエリーゼ殿は、ふんわりと僕に笑いかけてきた。
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