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小さな世界

 霧状になった色とりどりの世界はいつの間にか消えて、元の暗闇に戻っていた。リベアはどこからかフラスコや長机など、知っている道具を取り出す。それを神の力か魔法かは分からないけれど、軽々と浮かばせて配置していく。

「神様ってすごいですね」

 ただ眺めていただけだったがつい声に出していた。

「神様じゃなくてリベアと呼んでください。前に言いましたよ。別に良いんですけどね」

 リベアはあからさまに不機嫌になった。

「ごめんなさい、忘れていました。どうにも呼び捨ては慣れないんです。だからリベアさんと呼ばせてもらっても良いですか」

「まぁ、今はそれでいいですよ。いつか呼んでくださいね」

 少し不満そうだが納得してくれたようで良かった。

「ところで、机を並べて何をするんですか。理科室みたいですけれど」

「理科室ですか。なかなか的を射てますね。私の研究所を簡易的に作ったんです。世界の生成のためには設備が必要だったので。興味ありますか? 」

 ないといったら嘘になる。神様が世界を生成しているなんて考えていなかったから気になる。それに、リベアを怒らせると怖いのはもう知っているから正直に答えようと決めた。

「とても気になります。教えてください」

「いい返事ですね。フラスコの中に世界の元となる物を入れます。物体の要素だけ集めた塊とでも思ってください。置いておくと液体になって溶け出します。これが世界の下地になる訳ですね。次の状態では溶け出した他の要素と混ぜ合わせて付加価値をつけていきます。その後に慣らす時間を挟んで世界を成長させます。そのための場所に移動して……」

 すらすらと解説を続けていくリベアだったが正直わからなかった。具体的にイメージができなかったからだ。それを読み取ったのか解説していた口が止まる。

「あまりピンと来ていないようですね。では、先ほどの世界を例にしてみましょう」

 話しながら空中に映像を出す。さっきまで見ていた自然豊かな森や町、魔王のいた場所が別々に表示される。

「大神様が作った世界なんですがどんな要素があると思いますか」

 突然の問題に少し戸惑う。要素とはなんだろう。世界にあって普通のものだろうか。映像を見直して基本となりそうなものを挙げて見る。

「地面や水、植物や生き物でしょうか」

「おお、着眼点はとてもいいです。ただもっと細かく考えてください。一言で地面と言っても中には土や砂利、粘土や石など物質がたくさんあるでしょう。まだまだ小さく出来ますがその一つの要素がフラスコの中に入っているんです」

 丁寧な説明で少しずつわかってきた。完全に理解するにはもう少しかかりそうだ。

「まぁ一度、過程は置いておいて最終的な話をしますか。あの世界に優也は興奮しましたよね? 」

「とてもワクワクしました。ファンタジー作品が好きだったからかもしれませんが、望んでいた世界がそのまま出てきた嬉しさもありました」

「そうですよね、良い印象を持つ人は望んであの世界に転生するのです。嫌な人や気に入らない人には別の世界を見せて反応を見る。とまあ、こんな風に世界を決めて転生させていくのが私たち案内人の仕事です」

 僕が納得するまでいろいろな世界を見せてくれるのか。死んだ僕にさえ優しい対応をしてくれる神様がありがたく思える。

「ふふっ、理解してくれたようで良かったです。さて、これからの話をしていきましょうか」

 これから僕はどうやって過ごせばいいのか。リベアの言う通りに動こう。

「優也が満足する世界に出会えるまで、私は世界を作ります。作っている間、時間がかかるので優也は待っていてください。必要なものがあれば私が用意します。食事は死んでいるので必要ありませんがおいしいものを食べたい時は食事を用意します。特に禁止するものもないので適当に過ごして構いません」

 思っていたよりも雑な指示で少し驚く。

「基本的にはどこに行っても、何をしてもいいですよ。ただ空間はどこまでも広がっているんで迷ったら私を呼んでください。あと人間は時間に縛られる生き物なのだと聞いています。ここでは時間を気にせずに自由にしてください。何か質問はありますか? 」

 正直とても困る。ただでさえ何をしたらいいかわからないのに選択肢がたくさんありすぎる。せめていくつかに絞って欲しい。

「本当に何をしてもいいんですか。だったらリベアさんを手伝いたいんですけれど」

「あー、それはダメですね。危ない作業ですし、優也はお客様ですよ。手伝わせるわけにはいきません」

 ここで良いと言ってくれたらどれだけ楽だったか。また選択肢が増えてしまう。物を頼むのも申し訳ない。だからと言って暇な時間を過ごしたくはない。

「なら、リベアさんがやって欲しいことはありますか。僕は何もないのでリベアさんの言うように動きますよ」

「だから言っているじゃないですか。お客様に仕事をさせる訳にはいかないでしょう。優也は好きにしてください。必要なものがあれば出すと言っているでしょう」

 顔には出ていないが同じ話を何度もするなと言われたような気がした。そこまで言うなら欲しい物を考えてみる。暇をつぶすゲームやテレビ、スマホが浮ぶ。でも付属品だけで何度も頼まないといけなさそうだからだめだ。本や漫画も考えたがいずれ飽きる。様々な考えが浮かんでは自分で否定する。優柔不断な性格が死んでからも邪魔をするとは。すぐに考えがまとまりそうにない。

「やっぱりいいです。椅子の前で適当に過ごします」

 その場から離れようとする。

「そうですか……欲しい物はいつでも出せますから、決まったら教えてくださいね」

 リベアは止めるわけでもなく、ただ見送ってくれただけだった。

 椅子の前についたけれどやることがない。別に欲しいものもない。頼むほどではないものばかりだった。一応、体の疲れは感じるみたいだ。今日一日は激動だったから流石に疲れた。気が抜けてタイルの上に寝転がる。硬いが今はそれでいい。横になるだけで少しは楽になった。

 リベアは時間を気にしなくて良いと言っていたがそう簡単に思考は変えられない。何もしていないから時間の流れも遅く感じる。朝も昼も夜もないと大体の時間もわからない。でも今はもういいや。今日はもう考えるのはやめよう。眠気に誘われて目を閉じると簡単に意識は夢の中へ落ちた。

 目が覚めて今まで全部夢だった、なんてのはなかった。タイルの上で寝たせいか体が痛い。体を動かすのも辛い痛みだったが数分で痛みは引いていった。リベアの治療の残りがあったのか。死んでいるからなのか。それとも他の何かのせいなのか。とにかく便利だ。

 寝たからか思考も冴え渡ってこれからの行動の案が思い浮かんだ。今の痛みが治ったのはなぜなのか知りたい。それだけじゃない。神であり案内人なリベアも、リベアが作る世界も、死んでからあった全てが知りたい。子供の頃に感じた好奇心が体の中から湧いてきた。当分は好奇心に任せて行動してみよう。

 まずは痛みがすぐ治った謎からだ。どれくらいの痛みから治すようになるのか。知るためには自分の体を痛めつける必要がある。今できるのは物がないから限られている。自分の体だけでできる筋トレを試してみよう。


 適当に腕立て伏せや腹筋をしてみたが痛くなるほど続かない。先に体の疲れや倦怠感が出てくる。そういえば痛みは治ったけれど疲れは寝るまで解消されなかった。おかげですんなり眠りにつけたわけだが。体が傷ついたら治るけれど疲れは取れない。何かしらの方法で体を休める必要がある。それが睡眠だったのだろうか。まだまだ数が足りない。そう思うとさらに筋トレを続ける理由になった。

 筋トレなんて最近は全然していなかった。運動部ではあったが惰性だったし、必要性を感じなかった。でも、今は良さがわかった気がする。かいた汗や達成感。続けたい。ただの好奇心からだったが目的を見つけられた。選択ができた。ただひたすらに嬉しかった。

 それからがむしゃらに一日中筋トレを続けて疲れたら眠る。何時間かわからないけれど一日はこの長さで良いと思った。一応、リベアにこれからの方針と時間について話しておいた。

「良いんじゃないですか。時間を気にしないで良いとは言いましたが必要であれば指標を作っても良いでしょう。私に時間は関係ないですし、優也の好きなようにしてください」

 あっさり答えられた。本当に自由というか興味がなさそうな感じだ。

ここにはリベアと僕しかいないんだから迷惑をかけるわけでもない。今日も筋トレをしよう。

 それから何日か経った。今日は椅子の周りを走っていた。疲れては休み、また動けるようになったら走る。ただそれだけだったが、疲れが溜まるたび今では快感になっていた。何十周か忘れるほど走っていたら、リベアが前で手を振っていた。

「お疲れ様です、優也。世界が完成したので呼びに来ました」

 手に持ったタオルを渡される。リベアがわざわざ用意してくれたのだろうか。

「ありがとうございます。タオルなんて、僕なんかに気を使わなくても良いんですよ」

「いえいえ、魔法で簡単にできますから。それこそ気を使わなくて良いですよ」

 笑顔と共に温かい言葉をかけられる。部活のマネージャーにいてくれたらきっと大人気だっただろう。

「それよりも、世界が完成したって本当ですか。もっと時間がかかると思っていたのですが」

「優也に説明をしていた時から実はほとんど完成していて、最後の調整をしていました。私の最高傑作ですので大船に乗った気持ちでいてください」

 ずいぶんとハードルを上げるので期待も高まる。そのままリベアに連れられて研究所に着いた。前に見た光景と対して変わりはないが大きな甕は存在感を残している。左右に伸びた階段に足を向けるとリベアが肩を持ち止める。

「いえ、今回は甕ではなくてこっちです」

 指を刺した方を見ると、足元に模様も何もなく、ひざの高さほどしかない口の大きな土器があった。

「小さいと思いましたか。世界の大きさに比例して水の量も増えるんです。今回はたまたま小さな世界だっただけです。最高傑作というのは変わりませんよ」

 僕の疑問が見えていたかのように答える。

「ごめんなさい、そんな風には思ってません。ちょっと驚いただけで……」

「まぁ良いですよ、全然気にしてませんから。早く世界を行きましょう」

 少し怒った口調で急かしてくる。これ以上、何を言っても逆効果だろう。流れのまま水の中へと逃げるように頭をつけた。



 視界が泡から鮮明としたものに変わる。家の中だろうか。部屋の端が霞むほど大きな部屋だ。高さも人二人か三人分ほどある。オレンジ色の光で照らされた木製のフローリング。長机や椅子、棚など、他の家具も木製で統一されていて落ち着いた雰囲気だ。その上、素人から見ても一つ一つの家具が高級そうに見える。

 何に使う部屋なのだろうと考えていたら家の主と思われる人たちが背後にあった扉を開けて入ってきた。男性と女性が一人ずつ。両方とも美男美女である。とても羨ましい。年齢は二十代前半のように見えるがもっと若いかもしれない。身につけている衣服は僕の文化と同じようだ。一般の家庭と少し違うのはワゴンに食事を乗せて移動している所だろうか。雰囲気から豪邸に住んでいる夫婦だろう。堂々と二人を眺めていて不審者と通報されるか不安になったが、僕には目もくれず食事をしている。気がついていないようだ。

「聞こえますか。聞こえてますよね。もし、優也がこの世界に転生したいと言ったら、この女性が母親になりますよ」

 前のときと同じように、頭の中からリベアの声が聞こえる。たしかに女性の腹部は膨らみ妊娠しているように見える。

「そうなんですか。なかなか魅力的な条件ですね」

 美男美女の子供に生まれるとしたらきっと将来も明るいだろう。自分の顔に自信を持てるのがどれだけ良いか。今だからこそ分かる重要な判断基準だ。

「優也が気に入ってくれて嬉しいです。ところでなんでその場に留まっているんですか。自由に動いて構いませんよ」

 言われて体を動かそうとする。前の世界では動けなかったのに足を動かそうとしただけで視点が前に動いた。足があるのかと下を向いても自分の体はない。

「体はありませんよ。世界を見るだけなんですから必要ないでしょう。それよりも早く見て行ってくださいよ」

 言われるがままに部屋の中を移動する。体はないがドアには触れられるようだ。木製の扉を開けると、幅が広く雪のように白い絨毯が隙間なく敷かれている真っ白な廊下に出た。無機質で怖さもあるが統一感があって幻想的でもあった。リビングは真ん中の部屋だったようで右にも左にも廊下が続いている。

 右手の方から進んでいくと左右交互に扉が五部屋分あった。その中は物置や書斎、厨房、トイレ、浴場と様々な用途で使われていた。扉の装飾は部屋の中に沿っているようで物置は引き戸で扉自体が大きかったり、浴場は中が見えないように模様の入ったガラス扉だった。おしゃれで使い心地も良かった。トイレを含めて部屋一つが学校の運動場より大きい。物置と書斎はほこりをかぶっていてほとんど使われていなさそうだ。部屋の中にある一つ一つのものが高級そうな意匠や宝石が施されていた。二人で住むには大きすぎるし、持て余すほど大豪邸だ。

 最後に見た部屋は廊下の一番奥、鉄の扉の厨房だった。ホテルの厨房のような巨大な空間にコンロやシンクが所狭しと並んでいる。冷蔵庫や食器棚など普通の家具もあったが壁一面を隠すほどの大きさだった。また入り口近くの壁一面に集中線のように矢印を向けられたボタンがある。興味本位で押すと食材や包丁が勝手に動いて調理を初めた。ワゴンも厨房の中に戻って行き、数分で先ほど見た料理と同じものがワゴンに入った。

「そのボタンを押すと自動で料理をしてくれるんです。すごいでしょう」

「便利なのはいいんですけど、なんでこんなに矢印があるんですか? 」

「まぁなんと言うか……そうですね。なかなか気付いてもらえなかったので強調する必要があったんですよね。仕方なくです」

 慌てふためいたようにしてリベアは話した。回答を考えていなかったのだろう。これ以上問い詰めるのもかわいそうだと思ったので質問攻めにするのはやめておこう。

「反対側も見に行きますか? 今すぐに転生しても良いんですよ」

 まだはいとは言えなかった。何かこの世界には威圧感や圧迫感のようなものがある。原因が何かわかるまでもう少し時間が欲しい。

「もう少し見てもいいですか。反対側も見に行きたいです」

「そうですか、納得するまで見ていってください」

 来た道を戻りながら、改めて廊下の長さを再確認する。ずっと直線状に歩いて三分ほどでリビングのある扉の前まで戻ってきた。そのまま続きを見ていく。

 最初にあった扉は青い木製の扉だった。部屋に入ると、ベッドの上に先ほどの男性が寝転んでいる。大きさは他の部屋と変わらない大きな部屋だった。しかし、家具はベッドと机と棚だけしかない。大量の空間を余らせた殺風景な部屋だ。物置から何か持ってくれば良いのにと思った。男性は空いた空間に何も思わないのだろうか。部屋にいてもこれ以上何もないので次の扉に向かう。

 次の部屋は女性の部屋だった。扉は赤と桃色の間ぐらいだろうか。中は男性の部屋とほぼ同じだった。一つ違うのは女性が机に向かって楽しそうに何かを書いている所だけだ。女性が描いていたものは顔から腕が生えている謎の化け物。僕からすれば幼稚な絵を描いているようにしか見えない。見た目は大人でも中身は子供並みという恐ろしさかある。それともこの世界の人間は狂っているのが普通なのだろうか。怖くなって廊下に出る。次の部屋はまともであって欲しいと願いながら白い扉を開けた。

 これまでの部屋よりは小さかったがそれでも教室と同じぐらい広い。一面白く発光する部屋だが蛍光灯があるわけではない。部屋の中にあったのは中央に置かれた子供用のベッドだけだった。きっと生まれる赤ちゃん用の部屋なのだろう。それにしては殺風景で不吉な部屋だ。不思議に思いながら部屋を後にする。

 それから同じ子供部屋が3つあって廊下が終わった。結局全て見ていったが、良いと思える所は少なかった。最初に感じた圧迫感の原因も何と無くだがわかったような気がする。もし合っているならば、あの世界は根底からおかしかった。その世界を作り、最高と勧めてくるリベアもおかしいのかもしれない。

 顔を上げる動作をすると視点が元に戻る。リベアはすぐ隣にいた。

「どうでしたか優也。最高の世界じゃないですか? 」

 さっき考えた恐ろしい考えが頭をよぎる。当たっていて欲しくない。少しだけ言うかどうか迷ったが言葉はするりと出てきた。

「一つ聞いてもいいですか。あの場所から外に出れませんよね。外はどうなっているんですか」

 これまで見てきた部屋と廊下全てに窓や外を見る手段がなかった。玄関や外に出る扉もない。さらにテレビやスマホ、パソコン、新聞などの情報を知る手段もない。考えられるのは時代が見た目以上に進んでいない。もしくは必要がなかったと考えた。

「優也は鋭いですね。あの世界は家だけが存在している世界です。外なんてものはありません。生きていく上で必要ないでしょう」

 当たり前のようにあっさりと言われた。外がないなんて考えられない。

「……そうですか。あまり言いたくはないのですが、僕はこの世界を好きになれないです」

 リベアの顔が笑顔から無表情に変わっていく。

「なぜですか。人間の死亡原因を限りなく排除したこの世界の何がいけないのですか。外がなければ車や電車に轢かれる心配もありません。栄養が偏った食事が出ませんし、健康でいられる年齢が増えます。死をできる限り遠ざけたこの世界は人間の幸せに最も近いのではないんですか」

 間違いではないかもしれない。でも、幸せではないと思う。

「確かに死ぬのは怖いです。だけどそれ以上にこの世界の方が怖いです。外がないのは他に人間がいない証明でもありますよね。同年代の友人がいないのは考えられませんし、読書以外の娯楽がないのも耐えられません」

 リベアは何か納得した顔でうなずいた。

「間違ってませんが一つだけ。言い忘れていたのが悪いのですが、優也は記憶を保持しなくても良いんです。前の私が嘘を言ったから知らなかったんでしょう。でも忘れても良いんです。優也は外の世界を知っているからこそ怖いと思うのでしょう。忘れたらきっと大丈夫ですよ」

 記憶を忘れられたとしても今の僕は絶対に嫌だ。出口のない家の中に閉じ込められるのを喜ぶ人はいないだろう。

「嫌です。絶対楽しくありません。仮に記憶を消してこの世界に転生しても今の僕を恨むでしょう」

 強く言い放った言葉にリベアは何も言えないようだ。少し言い過ぎてしまっただろうか。罪悪感を覚えるとリベアは違う方向から攻めてきた。

「二人の夫婦は楽しそうに生きていましたよね。他人の幸福は否定できないのではないですか」

 確かにそうだ。二人は楽しそうに生きていた。でも種としては同じ人間とは思えないほど弱い。知能を落とされているとしか思えないような行動の数々。全部を見たわけではないからわからない。それでも人間としては行き止まりにずっといるように思えた。

「あれでは家畜と変わりません。僕はそんな風にはなりたくないです」

 強気の言葉を発してリベアの目をじっと見る。威圧のつもりだったが僕もリベアも目を背けない。目を背けたら負ける気がした。ずっと見ていると宝石のような目に吸い込まれてしまいそうだ。

 しばらく睨み合いが続いていたがリベアの目が輝き始める。涙が目を濡らして反射させていたのだ。

「ごめんなさい。少し言いすぎてしまいましたね。諦めます」

 ずっと強く言い張っていたリベアが急に折れた。表情は戻り、膝から折れてその場に座り込んだ。

「優也が違和感を見つけてしまった時点でこの世界には転生しないでしょう。なのに、無理やり受け入れさせようとするなんて……案内人失格です。」

 急に泣き出したリベアに、何をしたらいいかわからずパニックになる。リベアは泣きながら話し始めた。

「今まで隠していてごめんなさい。世界を案内するのは優也が初めてなんです。だから、どうすればいいかわからなくて。とにかく世界を強気に押してみたのですが……失敗でしたね」

 初めてとは思えない。説明が必要なところはすぐにしてくれたし、安心感もあった。それにもう少しで押し切られる所だったのだから。

「私には人間の感情はあっても、何を望んでいるかがわからないんです。だから、優也さんの満足いく世界が作れないんです。ほんと、私ってダメですよね」

「そんな、リベアさんはすごいですよ。あんなに完成度の高い家を作ってしまうんですから。自分を責めないでください」

 普通の人間には世界を作るなんてできる訳が無いし、家の内装や雰囲気も完璧だった。自分を責める必要はないと言っているのに、僕の言葉を聞いてまた涙をこぼしている。演技かもしれないが悪い神には見えない。

 何か僕にも手伝えないだろうか。思い浮かぶ方法はあるが、提案しても良いのだろうか。自惚れすぎているのではないか。それに、リベアの底の見えない力が怖い。今は普通に話せているが、もし、リベアを怒らせてしまえば僕はどうなるのだろうか。どうしてもあと一歩が踏み出せない。

 落ち着いたリベアが僕の方を見て首を傾げている。なんでもないと断ろうとしたときにリベアが持っていたタオルが目に入った。人間の望みがわからないとは言っていたが全部わからない訳ではない。人を思いやる気持ちがあるならば得体の知れないものではない。もし失敗したとしても一度死んだ命ならば最悪死んでも構わない。

「もしよければ、僕も一緒に人間が何を望んでいるのか考えます。そうすればリベアさんは人間の望む世界が作れますし、僕も望む世界に行ける。ただ待っているだけじゃ嫌なんです。リベアさんの力になりたいんです」

 リベアは少し驚いていた。僕から提案を受けるとは思っていなかったのだろう。

「確かに、私も優也も好都合ですね。でも良いのですか。優也はお客様です。働かせたくはありません。それに私は優也を騙そうとしていたのですよ」

「いいえ、騙そうとはしていなかったじゃないですか。世界の良いところを伝えるために言い方が少し強くなってしまっただけです。リベアさんはやり方が分からなくて混乱しただけなのでしょう。悪いとは思っていません。あとお客様っていうのもあまり慣れなくて。何かここで過ごす日々に目的が欲しいからこんな提案をしてるんです」

 何にも言わずに真剣に見つめてくるリベアに素直な気持ちを伝える。どうすれば信用してくれるだろう。

「リベアさんに言うのもあれですが、賢い人は同じ過ちを犯さないようにするんです。リベアさんは人ではないですけど反省している姿も見ていますし、神様は賢いと思います。だから信用するんです。優柔不断で馬鹿な僕ですけど、リベアさんも僕を頼ってください」

 親からの受け売りだったが、今の状況にぴったりの言葉だ。神様に対して上からものを言うようになってしまったが怒らせていないだろうか。

「ふふっ、本当に優しいですね。優也が力を貸してくれるなら私もそれに乗りましょう。これから協力お願いしますね」

 リベアが頭を下げる。神様に頭を下げさせてしまうなんて良くない。

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 僕も頭を下げる。少し経って頭を上げるとリベアも同時に上げた。あまりにも同じだったからつい笑ってしまったがリベアも同じだったようだ。うまくやっていけるかもしれない。心の底からそう思った。


 そうして僕は望みの世界を見つけるために。リベアは人間の心を理解するために。リベアと僕、神様と人間の不釣り合いな協力関係が誕生したのだった。

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