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ファンタジーの世界

 そうして一分程走った後、前方からより明るい光が現れる。その場所自体が光り輝いているのか、ひときわ大きな灰色の石の台座が眼に映る。大きな台座が集まって手置きや背もたれのように見える所から形状は椅子に近い。背もたれにあたる部分は都会のビルと同じぐらい高い。横幅も高さの半分ぐらいはありそうだ。

 大きさに圧倒されていたが、座面にリベアが立っていた。また姿を見たら気絶してしまうのではないかと身構えたが、心臓の鼓動は落ち着いている。

「置いていってしまいましたね、でも、あなたが惚れないようにするために準備していたんです。許してくださいね」

「いえそんな、気に病む必要はないですよ。元々、僕が悪いのですから」

 どうやら、対策をしてくれたらしい。直接見ても心臓は落ち着いている。我慢する必要がなくなったら気が緩んだ。リベアはそんな僕のことを見て微笑んだ。

「では、世界へ案内しますね。どうぞこちらへ」

 リベアは椅子から降り、僕の手を引いて椅子の背後へと向かう。さっきまでは手を触れられるだけで死んでしまいそうな程、嬉しかった。だけど、今はもうときめかない。倒れてしまうぐらいならこれでもいいかと思っていたが、なんだか寂しい。随分と歩いた後で、ようやく石の景色から違うものが見えた。身長の倍ほどある土器で作られた器だ。魔女がかき回していそうな釜に近い。それは内部から色とりどりな光を放っていた。

「あの甕の中にあなたに紹介したい世界が入っています。どうぞ階段を上ってください」

 何を言っているかわからない。あんな入れ物の中に世界があるわけがない。そう思いながら階段を上る。甕になみなみと入っている光り輝く水はとても世界が入っているようには見えなかった。

「覗き込んでください。あなたが望む世界がありますよ」

 リベアに促されるように水の中に顔をつける。目の前には生きている世界があった。これまでの無機質な場所ではなく色づいた世界が。


 自分の体はなく、ただ世界を俯瞰していた。眼下には見渡す限りの自然がどこまでも広がっている。山がいくつも立ち並び、その全てが木々によって覆い尽くされて、凹凸のある緑の大地が広がっていた。こんな自然はテレビでしか見たことがない。言葉を失い、見とれていた。

「どうですか、綺麗な世界でしょう」

 突然、リベアの声が頭に響いた。辺りを確認するが姿は見えない。ふふふ、と上品な笑い声が聞こえる。

「私はまだ外にいますよ。あなたもいつも通り会話できますよ」

「えっ、あ、本当だ。水の中なのに」

 外で発音するときと同じように動かす。水が入ることはなく、口から空気が肺に送り込まれる。

「水の中と言っても中には世界がありますし、私とあなたの距離は変わってないですからね。魔法の力だと思ってください」

「いいですね。少し感動してます」

「まあ雑談は程々に、この世界のいい所を見せていきますね。まずは近づいていきましょうか」

 言うが早いか、視点はどんどん下がっていき森の中に入った。体は無いので枝にあたることなく広い空間に出た。辺りにはツリーハウスが高低差をつけて大量にある。一つの家に入っていくと、ファンタジー世界特有のエルフがいた。耳が尖り、どこか神秘的な何かを感じる体をしていた。魅力的ではあるがリベアを見た後だと全て霞んで見える。

「こんな風に人間のファンタジー作品に出てくる種族はこの世界に揃っています。人間はもちろん、ドワーフも亜人も魔族も、探せばなんでもいますよ」

「すごいです。ゲームの設定をそのまま持ってきたみたい」

 ファンタジー作品は元の世界に多数あったけど、こんなに無茶苦茶なのは初めてだ。興奮冷めやらぬまま視点は次の場所へと移動した。

 先ほどの自然とは打って変わり、中世ヨーロッパのような街並みになった。町の周囲は大きな壁に囲まれ、城のような雰囲気を覚える。町の中央に移動したようだが、剣を担いでいる人や杖を持った人、弓を持った人など、現代社会ではありえない風景があった。

「ここが人間の町の中で一番大きな場所ですね。転生させた場合、この町で生まれるようにする事もできますよ」

 この人達みたいに武器を持って、冒険ができるのはとても魅力的だ。安全な所から生まれるのもありがたい。

「それと、この世界には魔法があるので練習すれば使えるようになりますよ」

「本当ですか! やった!嬉しいです」

 ファンタジー世界には魔法が付き物だ。先ほどの杖を持って魔法を打つのだろうか。妄想を捗らせていると真面目な声が聞こえる。

「そして、ここからが本題になるのですが……」

 視点が移動する。今度は雨で前がほとんど見えない場所。雷は轟音を鳴らしながら地面を焦がす。台風の中に居るかのように横なぶりの雨が降り続ける。体がないから大丈夫なものの、ここを歩くには相当、苦労しそうだ。雨を超えると、目の前に歪な形の城があった。城の外壁を纏った生物と言ったほうが正確かもしれない。肉の部分が城からはみ出し、心臓のように動いている。それが山よりも高くそびえ立っている事が恐ろしくてたまらない。

「もしも、あなたをこの世界に転生させた場合、勇者としてこの魔王を倒してもらいたいんです」

 これが魔王だったのか。勇者になったらこれと戦うことになるのは怖い。

「あなたの最期はとても勇敢なものでした。だからこそ頼みたいのです。もちろん悪いようにはしません。あなたの記憶を持ったまま、望む力や富、魅力的な異性も用意して共に冒険ができます。あなたにとっても悪い条件ではないでしょう」

 リベアが僕のことを価値のある人間と認めてくれたようで嬉しかった。ここに転生させて欲しいと言おうとした時、どこからか声が聞こえてくる。遠くからなのか不明瞭で聞き取れない。

「リベアさん、何か話しましたか?」

「いえ何も。何か聞こえますか」

「……すみません、僕の聞き違いだったようです。気にしないでください」

 どうやらリベアには聞こえていないらしい。話している間も近づいてくる声に恐怖を覚える。

「や……、や……ろ」

 近づいてきているのはわかるのだが周囲を見回してもどこにも姿はない。リベアと同じように外から話しかけているとも思えない。

「やめろ」

 突然の声に驚いてしまう。一体何なのだろうか。それから声は聞こえなくなったが不安は残る。。もちろんこんな夢のような世界に誘われて断る利点はない。でも、それ以上に胸がモヤモヤとする。あの声を聞いてからこの世界はだめだと心の隅で思っている。どうすればいいんだろう。

 こんなことは初めてだ。いつもなら絶対に楽な方を選ぶか、他人に選択を任せる。なのに、今は断る理由を探している。正直自分でもおかしいと思う。全部あの声のせいだ。


 水面から顔を上げようとすると元の場所に戻ってきた。リベアはすぐ隣にいた。僕に藍色の瞳を合わせてくる。切り出しづらい雰囲気だったが、覚悟を決めて切り込んだ。

「とても言いづらいのですが……僕はこの世界に転生したくありません。理由はわからないけど、どうしてもこの世界は嫌なんです。ごめんなさい」

 深々と頭を下げた。必要ならばなんでもするつもりだった。しかし、いつまで待ってもリベアからの返事はない。思い切って頭を戻す。リベアがいた場所にあったのは美術品のように固まった女神の姿だった。その姿は先程までの温厚な顔とは変わり、目を大きく開き、殺そうとするばかりに怒り狂っていた。数秒したら僕の首はどこかへ行ったであろう位置に腕が伸び、跳躍する一歩前で動かないでいる。やっぱり断ったのがいけなかったのか。後悔しながらも、なんでリベアは動かないんだ、と疑問に思う。触れようとした直後、固まったリベアの後ろから同じ姿をした女神が現れた。

「優也さん危ないですよ。それ、偽物なのですから」

 女神は固まったリベアに触れて、一瞬で粉々にした。恐怖が身体中を駆け回る。しかし、それも女神の姿を見た途端、別の感情に覆い尽くされる。また心臓が暴れ出したのだ。あのときと同じ、恋をした時のようなそれは、恐怖の感情を消し去った。リベアの一挙手一投足から目が離せない。

「ああっ、忘れていました。この薬を飲んでください。私のことを見ても気絶することはなくなると思うので! 」

 リベアの手からガラスの入れ物を受け取る。中は紫色の液体が入っていて、体に悪そうな色をしている。しかし、この状態が終わるならと一気に口に流し込む。案の定、飲みこめない程辛い苦味が襲いかかる。気合を入れてなんとか喉を通すと、暴れまわっていた心臓が一度止まる。正常なリズムで動き出す。

「うまくいったみたいですね、良かったぁ」

 安堵しているリベアを見ても、心臓は一定のリズムを刻み続ける。確かに気絶することはなくなった。でも、すでに心はリベアの虜になっていて、目を離すことはできても離したくない。

「あのーうまくいっているんですよね。返事してくれませんか。ずっと見られていると恥ずかしいんですけど」

 リベアの声にハッとなって深呼吸する。心はそれでも落ち着かないが話さないと不安にさせてしまう。

「……大丈夫です。まだちょっと落ち着かないだけで」

「そうですか。まぁ確かに、何が起きたかわからないですよね。ごめんなさい」

 違う意味に解釈してくれたようでホッとした。少し肩の力も抜けた。体も心も落ち着いたところで話を聞く。

「いえ、お気遣いありがとうございます。それよりも、粉々になったのは何だったのですか? 偽物と言っていましたけど」

「あれは私に似せて、姿を変えられた違う神なのです。今まで優也さんと話していた私は私じゃなかったのです」

 確かに、変化に何一つ気づかないほど同じだった。

「優也さんと離れてしまった時があったじゃないですか。その時に大神様に連れ去られて別の場所にいたのです」

「大神様というのは誰ですか」

「大神様は私より上位の神様です。何というか……優也さんと私で遊んでいただけなのです。私たちをただの遊び道具としか思われていないので」

 身勝手な神様だ。全ての神様がリベアみたいに優しいわけではないのか。

「優也さんがあの世界を断ったおかげで、大神様が私の拘束を解いたのです。後は知っての通りです。でも、あの子も命令されて殺さざるを得なかった状態だったのです。なので、許してあげてください」

 命令されていたとしてもこちらは殺されかけていた。簡単に許すことはできない。それでも義務的に許しておいた方がいいだろうと思い、声を出す。

「そうだったんですか……それなら仕方がないですね」

 少しだけリベアの顔が曇ったように見えた。しかし、何事もなかったかのように話を続ける。

「次はこちらからいいですか。なんであの世界を断ったのですか。悪い条件ではなかったはずです。断ってくれたのは嬉しいのですけど、優也さんの思考がわからないので」

 しまった。何となく嫌だった、なんて言ったら幻滅される。どうすればいいんだろうか。頭をフル回転させて理由を探す。

「そうですね……死ぬのが怖かったからです。あの世界で勇者になったとしても、戦闘があってその度に死ぬ危険がある。これが嫌だったからやめました。それから……」

 次から次に言い訳の理由が浮かんでくる。それをそのまま口から出して納得させる。これまで生活でずっとやってきた行動がこんな風に役に立つとは思っていなかった。

「もういいです。わかりました」

 リベアは突然背を向ける。なびいた髪は冷たい言葉と同じように僕の心を冷やす。

「あなたがそんな人間だとは思いませんでした。嘘で固めたあなたはもう、違うのですね」

 先程までの穏やかな口調はなくなり、淡々と厳しい言葉を告げられる。どうすれば良かったんだ。違うって、一体何と違うんだ。後悔と絶望が押し寄せる。今からでも弁解すれば聞いてくれるだろうか。嘘で隠さずに本当のことを。藁にもすがる思いで本当のことを言ってみる。

「ごめんなさい、確かに嘘をつきました。僕自身も何で断ったのかわからなかったからなんです」

「……続けてください」

 未だに冷たい声で言われる。

「僕だって説明できるならしたいです。でも、胸の中でなんか、こう、もやもやとした気持ち悪さが気になって、断りました。それと、理解できない理由で断ったことを隠したかったから嘘をつきました。これが本当の理由です」

 理由になっているかもわからない言葉を言い終わる。正直、見捨てられても仕方がないと思っていた。数秒の静寂が続いた後、笑いが起こる。

「ふふ、ははは、わからないって。その理由の方がわからないですよ」

 元の優しい顔に戻ったリベアがそう言った。身体中の力が抜け、安堵のため息をついた。正直、ずっと怖かった。それでも元のリベアに戻ってくれて嬉しかった。笑いがひと段落ついた後、

「先ほどは強く当たってしまいましたね。ごめんなさい。でも、私、嘘は大嫌いなのです。これからは嘘、つかないでくださいね」

「そうします。身に沁みて感じました」

 本心からの言葉だった。リベアを怒らせると怖すぎる。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 そんな思いを知らずにリベアは感謝の言葉を言ってくれる。

「この後はどうすればいいんですか。僕は転生できないままなんですか」

「いえ、転生する世界は選んでもらいます。でもその前に、この世界はもういりませんね」

 リベアは手を挙げると、呼応するかのように甕の中の水が全て上空に浮かんだ。覗いていた世界はこんなにも美しいものだったのか。虹よりも多い色彩を持つ水は夢の中にいるような雰囲気を作り出す。すると、リベアは空気を掴み、両手で引っ張り始める。腕が離れていく度に浮かんだ水は面積を増やしていき、リベアが腕を広げ切った時には高さも横幅もわからない程だった。あまりのことに声が上がらない。リベアが勢いよく手を合わせる。パン、と音が鳴ると同時に水は急激に小さくなり、辺り一面に霧状になって飛び散った。ほとんど色がなかった世界に彩りが生まれる。

「絶対に満足する世界を作り上げてみせます。だから、それまでよろしくお願いしますね、優也」

 世界のかけら達が辺りに舞う中、リベアは微笑みながらそう言った。

感想、ブクマ、評価よろしくお願いします。

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