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死後の世界

 帰りの電車に揺らされながら、窓の外に流れる景色を意味もなく眺める。僕、前野優也は悩んでいた。

学校から配布された進路調査票。近いうちに進学か就職か決めなければならない。でも、進路を自分で決断することが怖い。

もしどちらかを選んで、後で後悔したら。考えると何もできなくなってしまう。ため息をつくと、車内のスピーカーから最寄りの駅名が告げられた。


 駅から出ると、高さを落とした太陽が、空を朱色に染めている。

家に向かう帰り道。半ば放心しながら歩いていた体と心は、ざわざわとした数人の言葉と踏切の五月蝿い電子音によって戻された。


そこには遮断機はすでに降りているのに一人の老婆が取り残されていた。線路の穴に手押し車の車輪がはまったのか、その場から動けずにいた。冷静に状況を確認していたが、周囲の人間は誰も動かない。携帯で撮影している人、自分も老人だからと何もせずに会話している人。なぜ誰も助けに行かないと言いながら自分は行かない人。結局誰も助けに行かない。


そんな人達を見て、僕の体は知らぬ間に動き出していた。非常ボタンを押し、お婆さんに駆け寄った。

「早く動いてください! 僕が運びますから! 」

 手押し車を指してそう伝えると、何か喚いて動かないでいる。このままだと轢かれてしまう。

老婆を抱えて動こうと思ったその時、急速に近づいてくる警笛が聞こえた。咄嗟に老婆を引っ張り、反対側へ放って足を蹴り出す。しかし、体が電車を避けることはできず、体全体にに強烈な痛みを感じる。瞬間、空中に飛んだ。周囲の時間は急速に落ち、体に感じる痛みが意識をどこかへやった。



 意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。一体何があったんだろう。体を起こしながらあたりを見回す。ぼんやりとした光がどこまでも続く地面は灰色のタイルを照らしている。どこを向いてもそれ以外は何もない。怪我をして運ばれたとしてもこんな場所に一人にはしないだろう。病院ではなさそうだ。


ふと腕を上げてみる。両腕とも問題なく動くし、立ち上がっても足や体に異常はない。電車にぶつかった時に何が起こったのか思い出す。最初は電車にぶつかった激痛。先ほどまで動かせていた体は突如として熱を帯びて痛みを起こす。

「いっ、ああああっ! 」

 燃えるような激痛と共に叫ぶ。意味もなく体を横に転がし、持ち上げて下ろす。繰り返している間にまた記憶が蘇る。電車に轢かれた時の感覚。意識が落ちた後の事は体が覚えていたようで、右の腕と足が体と分断されたことを知る。

それと同時に右半身に感覚がなくなり、代わりに腕と足の付け根から血が噴き出す痛みを得る。実際に触れても離れてはいないので、体の内部で血が噴き出しているようだった。

「ああ、ああ……」

 バランスを崩し顔面から地に当たる。もう叫ぶこともできない。あまりの痛みに口が動かない。冷たいタイルが体を冷やす。痛みを感じすぎた頭は無理やり意識を落とそうとしている。今度こそ意識をなくしたら死んでしまうんじゃないか、そんな予測が頭をよぎる。嫌だ、死にたくない。考えとは裏腹に意識は遠のいていく。さようなら。そうして意識を失った。



 もう意識は戻らないと自分でも思っていたが、なくした感覚が戻ってくる。左手は細かに震える柔らかな熱に包まれて、後頭部はまるで枕で寝ているように柔らかかった。顔には止まない雨が降り続き、頬を通って首筋に渡り、体を通して消えていく。体に痛みはないし、何が起きているのか。


目を開くと見上げる形で、女性を見ていた。全身白の服を身につけ、同年代のように見える風貌。しかし、これまで見たどんな女性よりも綺麗で可愛かった。穢れを知らない、透き通った白い肌。雪のように白く長い髪。目は蒼玉のように青く、涙が光を拡散しさらに輝く。長時間泣いていたのか、鼻や目の周りは赤い。だが、それさえも美術品の一部になっている。左手は体に寄せられて彼女の両手で包み込まれている。そして自分が置かれている状況を考えると、おそらく膝枕の形になっている。こんな美人に膝枕をされている恥ずかしさと興奮から顔が熱くなるのを感じる。意識を失ってからずっとここにいてくれたのだろうか。涙のせいか僕が意識を取り戻した事に気がついていないようだ。

「あの……」

 次の言葉を言う前に彼女はさらに涙を流し、体を斜めにやって、いろんな部位を触り始めた。

「ああ……良かった、本当に……良かった……」

 膝に置かれていた頭は角度がついていき、終いには落ちた。後頭部に痛みが走る。彼女はあたふたとしたまま僕の体を起こして、そのまま抱きついてきた。女性特有の柔らかさをこの身に感じる。これまで女性にされた事が無かったため、どんな反応をしていいかわからなかった。だから何も言えずに硬直してしまった。しかし、目的は違うようで、彼女は爪先立ちになり、後頭部を触って何か呟く。すると、頭を打った痛みが瞬時に消えた。

「これで痛くないですか? ごめんなさい、優也さんの意識が戻ってくれたのが嬉しくってつい……」

 彼女の透き通るような声に魅了される。何も言葉を返す事が出来ない。顔を背けて彼女の顔を見ないようにするが、何も言わない僕の顔を見るためにさらに強く抱きしめられる。一切の汚れなく、精巧に作られた人形のような彼女が美しさの暴力を振るう。他に何も考えられなくなるほどの美貌に、頭は理解が追いつかず、限界を超えた。今回は幸せな意識の失い方だった。


 再度意識が戻る。一度見たことのある景色だった。泣いている彼女の姿、膝枕されている状況。今回は両手とも取って握っているようだがそれ以外は変わったところはない。また同じようになるのは良くない。今度こそは意識しないようにしようと腹をくくる。すぐさま頭を膝から起こし立ち上がる。

「なんかごめんなさい。とりあえず、落ち着いてください」

「いえ……こっちこそ、生き返ったと興奮してしまって」

 顔を見ないようにして謝ったが、心臓が暴れ回る。彼女の綺麗な声と、脳裏に焼きついた感触が残っていた。平静を装っているが、またいつ限界を迎えてもおかしくはない。

「あの、大丈夫ですか。先ほどから顔を真っ赤にして。もしかして、怒っていますか? 」

 どうやら平静は装えていなかったようだ。顔を見せないようにしてもわかるぐらい赤くなっていたようだ。顔に熱がある事すら気がつかないほど昔の感覚に夢中だった。とりあえず誤解を解かなければ。

「いやっ、怒ってないです。むしろ状況としては嬉しいのですが、自分でも恥ずかしいです……」

 声が上ずった。その後の言葉はどんどん尻すぼみになって、さらに恥ずかしくなる。

「でも、その顔の赤さは異常ですよ。もしかして、まだ直せていないのかも! 」

 彼女は無邪気に疑問と問題を解消しようと近づいてくる。この状態でまた近づかれるとまずい。

「待ってください。この距離感でいてくれたら、悪化することはないと思うのですが! これ以上近づかれると、きっとまた倒れてしまいますんで、近づかないでください! 」

 まくし立てるように言ってしまった。最後の一言も必要なかった。彼女を傷つけたかもしれない。彼女の顔は見えないが、距離をとったまま何か呟いている。事例とか魅了など聞こえる単語はあったが何と言っているかは聞き取れない。

「わかりました、少し不便ですがこのまま説明しちゃいましょう」

 そう言って、事態の説明を始めた。

「ここは優也さんを含めた人間たちから死後の世界と呼ばれている場所です。優也さんには次に生きたい世界、つまり転生先を決めてもらいます」

 特に驚きはしなかった。あの痛みを体で感じた後だとわかる。電車に轢かれたら死ぬのは当たり前だと納得していた。でも、転生については少し興奮している。物語で読んだ楽しそうな世界に転生できたら。考えるだけでワクワクしてきた。

「私は優也さんのお手伝いをする案内人のリベアです。案内人とは言っていますが一応神です。そのせいで今も迷惑をかけています。ごめんなさい。もう少し我慢してくださいね」

「女神様だったのですね。なんか納得しました。こんな場所も、死んだはずなのに生きているのも」

「女神様なんて、そこまで硬くならなくていいですよ。リベアでお願いします」

 そんな友達感覚で呼べる訳がないと思っていたが話は進んでいく。

「最低限の知識はあるみたいなので、後は実際に見てもらった方が早いかもしれませんね。こちらに来てもらっていいですか」

 リベアの声は遠ざかっていく。顔を見ないように下げていた顔をあげる。リベアがいなくなったからか周囲に闇が満ちてくる。

「ちょっと待ってくださいよ。置いて行かないでください!」

 リベアの体が光り輝いているので位置は見失わないだろう。この距離では心臓は落ち着いている。ホッとしながらも距離は離れていくので、走って向かった。

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