第8話「聞き覚えのある声」
俺たちは、いつものように依頼を終えてギルドへ向かっていた。
今日受けていたのは、一角兎の討伐依頼だ。
一角兎は見た目こそ少し大きめの兎だが、額から伸びた鋭い角を武器に突進してくる魔物で、油断すると足を貫かれることもあるらしい。もっとも、本当に価値があるのはその角の方だ。
なんでも一角兎の角は、解毒薬や回復薬の調合にも使われるらしく、中でも万能薬の素材にもなるとかで買い取り価格が高い。
おかげで依頼報酬そのものはそこそこでも、素材込みなら割と実入りがいい。
「いやあ、うまい依頼だったな」
「うむ。一角兎は弱いくせに金になる。実に素晴らしい獲物じゃ」
「お前、言い方が完全に金目当てなんだよ」
「実際そうじゃろう? 旅をするにも、飯を食うにも金がいるのじゃ」
「それはそうだけどさ」
ティアの言葉に苦笑しつつ、俺は肩に提げた袋を軽く揺らした。
中には討伐証明用の角が入っている。今回の分だけでも、結構な額になるはずだ。
レイド以降、俺たちは前より少しだけ依頼選びが上手くなっていた。
危険すぎず、実入りは悪くないもの。そういう仕事を見極めながら受けるようになった結果、路銀も着実に増えてきている。
この調子で貯めていけば、そう遠くないうちに旅立ちも見えてくるかもしれない。
そんなことを考えながら街を歩いていた時だった。
ふと、前方を通り過ぎていく一団が目に留まる。
高そうな服に身を包んだ男が一人。
その後ろを、従者らしき男が静かについて歩いている。
最初はそれだけだった。
だが次の瞬間、俺は思わず目を細める。
「……なあ、ティア」
「なんじゃ」
「なんであの人、首輪なんかしてんだ?」
従者の男の首には、鈍い鉄色の首輪が嵌められていた。
装い自体はそこまで汚れていない。顔色も悪くないし、痩せ細っているようにも見えない。けれど、首輪だけがやけに異様だった。
ティアは俺の視線の先を一瞥し、あっさりと言う。
「ん? あぁ、恐らく奴隷……じゃろな」
「は? 奴隷!?」
思わず声が大きくなりかけて、慌てて抑える。
奴隷。
その単語の重さに、頭の中が少しだけざわついた。
この世界には、奴隷が当たり前のようにいるのか。
いや、異世界なんだからいても不思議じゃない……のか? でも、俺が思っていた奴隷のイメージとは少し違う気がする。
「奴隷なんぞ、どこにでもおるじゃろ。妾は、あまり好かんがの」
「俺も制度自体は抵抗あるな。ただ、俺の知ってるイメージだと、奴隷ってもっと小汚くて、ぼろぼろで、生気のない目をしてる感じというか」
「まぁ大半はそうじゃろな。ただ、さっきの男のように引き取られた先が良き所であれば、待遇も違うのじゃろう」
なるほど。つまり、ご主人様ガチャってことか。いや、全然なるほどではないんだけど。
なんというか、なんとも後味の悪い納得だった。
それにしても、さっきの男。
あの着飾り方と、従者を連れて歩いてる感じからして……。
「ん? ってことは、さっきのは貴族ってことか」
「うむ。じゃが、奴隷を買う者は、なにも貴族に限った話ではないぞ?」
「え、そうなのか?」
「奴隷には、主に三つの枠があるのじゃ。一つは労働奴隷。もう一つは戦闘奴隷。最後は性奴隷。それぞれ目的が違うから買い手も変わる。冒険者でさえ、奴隷を買って戦力としてパーティに入れる者もおる」
あー……そうか。報酬の折半は不要。命令も通る。
少なくとも、普通の仲間よりは裏切られる心配が少ない……と考えるやつは多いんだろう。
ある程度稼げるソロ冒険者なら、奴隷を雇う……いや買うのか。そういう形で戦力を増やすのも、一つの手ではあるわけだ。
「買い切りの傭兵みたいな感じか」
「おお! よい例えじゃ! まさにそんな感じじゃの」
ティアが珍しく感心したように頷く。
褒められてるのか何なのか、よく分からないが。
「でもまあ、俺は嫌だな」
「ほう?」
「金で縛った相手と背中預けて戦うのって、なんか落ち着かない気がする」
「ふむ。おぬしらしいの」
それが褒め言葉なのかどうかは、やっぱりよく分からなかった。
そんな話をしながら歩いているうちに、いつの間にかギルドへ着いていた。
扉を開けると、昼時を少し過ぎたギルドはそこそこの賑わいを見せていた。
依頼掲示板の前で唸っている冒険者、受付に並ぶ者、酒場側で早くも一杯やっている連中。見慣れた光景だ。
俺たちは受付へ向かい、一角兎の討伐証明を提出する。
「はい、確認しました。一角兎の討伐報酬と素材買い取り分、合わせてこちらになります」
「ありがとうございます」
袋越しに受け取った硬貨の重みを確かめる。
うん、悪くない。今日もちゃんと稼げた。
だが、その時だった。
「だから頼むって言ってるだろ! 一回だけでいいんだ!」
不意に、少し離れた別の受付の方から苛立った声が響く。
思わずそちらへ目を向けると、一人の冒険者がカウンターへ食い下がっていた。
受付嬢は困ったように眉を寄せている。
「規約ですので、受理できません」
「そんな……!」
男は今にも身を乗り出しそうな勢いで訴えた。
「そこをなんとか出来ないか?」
「この依頼はCランク相当の危険度が見込まれています。最低でも三名以上、もしくはCランク以上の冒険者を含む編成でなければ許可できません」
「そんなの分かってる! でも、仲間は皆出払っていて他に受けてくれる奴がいないんだよ!」
机に手をついたまま、男は食い下がる。
「少しでも実入りのいい仕事じゃなきゃ駄目なんだ。もう時間がないんだよ……!」
その声には、ただの虚勢じゃない切迫が滲んでいた。
「なんだか、訳ありって感じじゃのう」
「ああ。そうだな。ただ、この声どっかで……」
聞き覚えがある。
たぶん最近聞いた。何度か耳にした声のはずだ。
でもすぐには思い出せない。
俺とティアは掲示板を見るふりをしながら、その受付の近くへ寄る。
すると、相手の横顔を見たティアがあっさり言った。
「なんじゃ、カイルではないか」
その一言で、男がはっと振り返る。
「ユウマにティアじゃないか!」
「おー、カイルだったか。受付嬢のナンパも程々にしとかないと、出禁になるぞ?」
「そんなんじゃねぇよッ!」
即座に返ってきた声に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
受付嬢も困り顔のまま、小さく息を吐いている。
まあ、カイルの性格からして、わざわざギルドで受付を困らせるような真似をする男じゃないのは分かってる。
あれだけ必死になっていたってことは、何か事情があるんだろう。
「冗談だって。で、いったいどうしたってんだよ」
俺が問いかけると、カイルの表情は一気に暗くなった。
「実は……明日の夜までに、まとまった金が必要なんだ」
あとがき
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