第9話「仲間の為に」
「どういうことだ?」
俺がそう問いかけると、カイルは周囲を気にするように視線を巡らせ、それから短く言った。
「歩きながら話す。会わせたい人がいるんだ」
そう言って、カイルはギルドを出る。
俺とティアは顔を見合わせ、そのあとに続いた。
昼下がりの街は、行き交う人々で賑わっていた。
露店の呼び声、荷馬車の軋む音、子どもの笑い声。そんな日常の中で、カイルだけがひどく浮いて見えた。足取りは速く、表情も硬い。
しばらく無言のまま歩いたあと、カイルがぽつりと話し始める。
「俺、前から気にかけてる奴がいるんだ」
その声音は、いつもの軽さがなかった。
「奴隷の女の子でな。名前はリナ。十八だ」
「奴隷……」
「一年前まで続いてた魔族との戦争で、両親を亡くしたらしい。働くあてもなく彷徨ってるところを、盗賊に攫われて奴隷落ちした」
俺は思わず顔をしかめる。ティアの表情も暗い。
さっき奴隷制度の話をしたばかりだというのに、いきなり現実を突きつけられた気分だった。
「けど、あいつの目は死んでなかった。普通なら、とっくに全部諦めててもおかしくないのに……それでも生きることを投げてなかったんだよ」
カイルは前を向いたまま、拳を握る。
「一目惚れ……だったのかもしれねえ。けど、それだけじゃない。あいつを買いたいんじゃなくて、助けたいと思った。自由にしてやりたいって、本気で思ったんだ」
その言葉には迷いがなかった。
冗談でも気の迷いでもない、ずっと抱えてきた本音なんだろう。
「なら、買って解放すればいいんじゃないのか?」
「それが簡単にいかねえんだよ」
苦々しく吐き捨てるように言って、カイルは続けた。
「奴隷解放ってのは、普通に買うよりずっと高い。倍近くかかることもある。それに、奴隷契約の術式のせいで、一度買ってから解放するって手も使えねえ」
「どういうことじゃ?」
ティアが眉を寄せる。
カイルは少し言いづらそうにしながらも説明した。
「奴隷に落ちると、まず奴隷紋を刻まれる。そのあと取れる選択肢は二つだけ。主従契約者の変更か、奴隷紋の解除。けど、あの術式は身体への負担がでかくて、人間じゃ二回までしか耐えられない。それ以上は死ぬ」
「……つまり」
言いながら、俺の背筋に冷たいものが走る。
「最初に刻まれて一回目。だから、その後にできるのは解除か主従契約者の変更のどっちか一回だけってことか」
「そういうことだ。変更してから解除しようとしたら三回目になる。耐えられねえ」
なんとも胸糞の悪い仕組みだ。
逃げ道があるように見せて、最初からほとんど潰されてる。
「で、なんでそんなに急いでおる?」
「……引き取り手が現れた」
俺とティアは、ほとんど同時に口を開いた。
「よかったじゃないか」
「それは喜ばしいことではないのか?」
だが、カイルは首を横に振った。
「それが、そうでもないんだよ」
表情が、さらに険しくなる。
「相手は好色で有名な貴族だ。特に女奴隷の扱いが酷いって、裏じゃ有名な話でな。あいつに引き取られたら、ろくな未来にならねえ」
言葉の端々に滲む嫌悪感で、十分だった。
詳しく聞かなくても、だいたい察せられる。
「引き取りが明後日の朝。だから、明日の夜までに全部揃えなきゃならねえ」
「全部って?」
「奴隷の購入費、解放金、それから予約を入れてる貴族に対して店が払う違約金。その三つだ」
カイルはそこで、一度だけ息を吐いた。
「合計で、金貨五十枚」
「ごじゅ……!?」
思わず変な声が出た。
金貨五十枚。あっちの世界でいうなら五十万円。俺の感覚でも、軽く笑えない額だ。
「そんなの無理だろ……」
「手持ちで四十枚はある」
「あるのかよ!?」
そこにも驚いた。
Dランク冒険者、思った以上に稼いでるな……いや、今はそこじゃない。
「残り十枚。普通なら無理だ。けど、この依頼なら届くかもしれねえ」
そう言って、カイルは懐から一枚の依頼書を取り出した。
俺とティアは覗き込む。
そこに書かれていた内容に、俺は顔を引きつらせた。
内容:オーガの討伐及び、魔核の提出。
場所:バーメニア大森林旧遺跡跡地 最深部。
報酬:条件達成で金貨十二枚。
受注ランク:Cランク、もしくはDランクを含む三人以上のパーティ。
備考:既に死傷者が五名出ています。次に依頼失敗があった場合、危険度が高いと判断し、受注ランクを推奨Bランク、最低Cランクに引き上げます。
「うげっ。まさかのオーガかよ……」
「なんじゃ、簡単ではないか」
「お前と俺で反応が真逆なんだよ!」
ティアは本気で不思議そうな顔をしている。
こっちは依頼書見ただけで胃が重いんだが。
カイルはそんな俺たちを見て、苦笑いを浮かべた。
「俺のランク帯で、今すぐまとまった金を稼ぐにはこれしかなかったんだ。それに次の失敗で受注ランクが吊り上げられたら、もう受けられなくなる。他の冒険者が受ける前に、どうしても押さえたかった」
「ルイスとグレンは?」
「別件で街を離れてる。だから、さっきみたいに受付で門前払いされてたってわけだ」
そういうことか。
確かにDランク含む三人以上の条件なら、普段のカイルたちなら問題なく受けられる。だが今は人数が足りない。
話しているうちに、人通りの少ない裏路地へ入っていた。
表通りの華やかさが嘘みたいに薄暗く、じめついた空気が漂っている。
やがて、カイルは一軒の店の前で足を止めた。
入口の上には、人材斡旋所と書かれた看板。
だがその文字面とは裏腹に、建物全体から漂う雰囲気はどこか胡散臭い。窓は薄暗く、外壁もくすんでいる。
「ここだ」
短く言って、カイルは中へ入った。
俺たちもあとに続く。
店の中は煙草の臭いがきつかった。
カウンターの向こうには、ガタイのいいスキンヘッドの男が座っている。腕を組み、椅子を軋ませながら、いかにも面倒臭そうにカイルを見た。
「なんだ、また来たのか。いい加減諦めろ。Dランクの冒険者如きにどうこう出来る金額じゃねえ」
煙を吐きながら、吐き捨てるように言う。
「それはなんとかする。すまないが、顔を見ていっていいか?」
「……ちっ」
店主は露骨に不機嫌そうな顔をしたが、やがて顎をしゃくって奥を示した。
「勝手にしろ」
店の奥へ進むと、空気が一気に冷たくなった。
そこには鉄格子の並んだ部屋があり、何人もの奴隷が中にいた。
男も、女も、子どもまでいる。
皆が皆ぼろぼろというわけじゃない。だが、目の奥に沈んだ疲れや諦めは隠しきれていなかった。
カイルはその中の一角で足を止める。
そこにいたのは、一人の女性だった。
年は俺たちとそう変わらないくらいか。ややくすんだ亜麻色の髪を肩口で揃え、華奢な身体を簡素な服に包んでいる。痩せてはいるが、不健康な感じはない。けれど首には、やはり鈍い色の首輪が嵌められていた。
「……リナ」
カイルが呼ぶと、彼女は顔を上げた。
「カイルさん……」
声は細いが、確かに生きた響きがあった。
カイルが言っていた通りだ。目が死んでいない。疲れはあっても、まだ何かを諦めきっていない目だった。
「また来てくれたんですね」
「ああ」
カイルは鉄格子越しに彼女を見つめる。
「無理はするなよ」
「それは、こっちの台詞ですよ」
リナは少しだけ困ったように笑った。
「もう、十分です。私なんかのために、そんな顔しないでください」
「十分なわけあるか」
「でも……」
「俺は諦めねえよ」
カイルの声は低かったが、揺らがなかった。
「絶対に助ける。だから、それまで待っててくれ」
「……っ」
リナの唇がわずかに震える。
泣きそうなのを、必死に堪えているように見えた。
「……はい」
その返事は、か細いのに妙に強かった。
俺とティアは、そのやり取りを黙って見ていた。
茶化す気には、とてもなれない。
しばらくして店を出ると、外の空気がやけに軽く感じた。
裏路地の薄暗さは変わらないのに、さっきまで胸の中にあった重さだけが妙に増している。
カイルは拳を握りしめたまま、悔しそうに俯いていた。
「……悪い。付き合わせちまって」
「いや、事情は分かった」
そう答えた時だった。
「ユウマ」
ティアが、不意に真面目な声で俺を呼んだ。
見ると、その表情にはいつもの冗談めいた色がない。
「このオーガ狩り、手を貸そう」
「……は?」
俺とカイルが同時に目を瞬く。
「いや、受注ランクが足りないだろ」
「何を言うておる。Dランクを“含む”三人以上のパーティなら受けられる、と書いてあったじゃろ。どこにも全員がDランクとは書いておらん」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
だが、理解した途端、俺もカイルも揃って依頼書を見返す。
……確かにそうだ。
カイルがDランク。
俺とティアが加われば、三人。
条件は満たしている。
「受けられる……のか」
「そうじゃ」
カイルの顔に、驚きと希望が同時に浮かぶ。
だが俺の胸の中には、それと同じだけ別の感情も湧き上がっていた。
オーガ。
推奨Cランク。
死傷者五名。
言葉にするだけで、胃の奥が重くなる。
嫌な予感しかしない。危険だ。怖い。
正直、できるならば避けたい。
そんな俺を見て、ティアがいきなり声を張り上げた。
「ええい、もうっ。シャキッとせんか! おぬしらしくない!」
「ティア……」
「仲間が困っておるのじゃ。こんな時こそ即断即決してこそのユウマじゃろ?」
その言葉に、胸の奥を殴られたみたいな気分になった。
何を迷ってるんだ、俺は。
確かに危険だ。怖い。
だが、それは皆同じだ。
カイルだって怖くないわけがない。それでも助けたい相手がいて、無茶だと分かっていても動こうとしている。
だったら、俺がするべきことはなんだ。
困っている仲間に、手を差し伸べることだろ。
最悪、俺には《黄泉》もある。
あれはできれば使いたくない。二度と軽々しく抜くものじゃないとも分かってる。
それでも、本当にいざとなれば――。
覚悟を決めるしかない。
「カイル」
覚悟を決めて顔を上げる。
驚いたようにカイルがこちらを見る。
「俺たちが、その依頼に協力するよ」
数秒の沈黙。
そのあと、ティアが満足そうに微笑んだ。
カイルは目を見開き、それから泣きそうになるのを堪えるみたいに、ぎゅっと拳を握る。
「……っ、恩に着る。ほんとに、助かる!」
かすれた声で、ようやくそれだけを絞り出した。
まさか、こんな形で本当にオーガと戦うことになるなんて思ってなかった。
けど、やるなら本気だ。
夕日が、裏路地の向こうを赤く染めていた。
その光を背に、俺は静かに覚悟を決めた。
あとがき
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