第10話「旧遺跡跡地のボスとの戦い」
翌朝早く。
俺たちは無事に依頼を受けると、再びバーメニア大森林の旧遺跡跡地へ向かっていた。
朝の森はまだ薄暗く、足元の土も夜露を含んでしっとりとしている。
だが、空気は妙に重かった。
理由はたぶん、前を歩くカイルだ。
昨日のうちに覚悟を決めたとはいえ、今日の夜までに金を用意しなければならない状況は何も変わっていない。焦るなという方が無理な話だろう。実際、カイルの表情には余裕がなく、足取りもどこかせかせかしていた。
「カイル、大丈夫か? あんまり寝れてないんだろ?」
「えっ、あ、ああ……。大丈夫だ」
そう答えたカイルの目元には、はっきりと隈ができていた。
全然大丈夫そうに見えない。
睡眠不足だと判断も鈍るし、注意も散漫になる。今回の相手は、あのオーガだ。正直、万全の状態で挑まないと普通に危ない。
「たかがオーガじゃ。心配せんでも勝てる」
「お前が勝てても、カイルになんかあったら意味ないだろ」
「おっと、そうじゃった。しっかりやるのじゃぞ、カイル」
「その言い方で気が楽になるやついないだろ」
思わず突っ込むと、ティアは「おるかもしれんじゃろ」と悪びれもなく返してきた。
相変わらずだな、こいつは。
けど、俺も今回はさすがに緊張している。だからこそ、こういう平常運転のやつが隣にいるのはありがたかった。
ランクで言えば二つ上の相手。
しかもオーガといえば、勝手なイメージだが力も耐久も高い。まともに一撃食らえば、それだけで終わる可能性すらある。
攻撃を受け流すならまだしも、直撃だけは絶対に避けないと。
そんなことを考えているうちに、俺たちは目的地へ辿り着いていた。
見覚えのある旧遺跡跡地。
前回のレイドで荒れた痕跡は残っているが、朝の光の下で見ると、あの時とはまた違う不気味さがある。
俺たちは揃って深呼吸した。
「いくぞ」
「ああ……」
「うむ」
前回は夜の乱戦だったせいで気づかなかったが、最奥の広場の奥には崩れた壁の陰に隠れるように通路が続いていた。
おそらく、そこがさらに下へと繋がっている。
俺たちは足音を殺しながら、その先へ進んだ。
通路は狭く、古い石壁には蔦の枯れた跡がこびりついている。下へ降りるにつれて空気がひんやりしていき、代わりに別の嫌な感覚が肌へまとわりつき始めた。
「……なんだか、ここ湿っぽい感じがするな」
「そうか、これぐらい濃くなってくると、おぬしも気付くか」
「最深部に近付くにつれて魔素濃度が濃くなるのは定番だからな。ユウマは、こういう場所に入るのが初めてなんだな」
カイルが振り返らずに言う。
「なるほど、これが魔素ってやつなのか。どうりで気持ち悪い感じがすると思った」
たしかに、肌に貼りつく感じは雨上がりの湿気に似ていた。だがもっと重く、息を吸うたび肺の奥に薄い膜が張るような不快さがある。
奥へ進むほど壁の崩れは酷くなり、床にも亀裂や瓦礫が増えていった。
ここで走り回るのは無理そうだな。
そして、ようやく辿り着く――最深部。
そこはまるで闘技場みたいな空間だった。
円形に近い広間。崩れた観客席のような段差。中央には大きく開けた土の地面。
その中心で、冒険者だったものと思われる肉塊を貪り食っている巨体があった。
オーガだ。
体長は二メートルをゆうに超え、赤褐色の肌の下には丸太みたいな筋肉が隆起している。頭には短く曲がった角。口元からは血と肉片を垂らし、獣みたいな唸り声を漏らしていた。
近くには、大斧が地面へ深々と突き刺さっている。
「……でけえな」
「うむ。でかいの」
「あれは結構、人喰ってるな。纏ってる魔素が通常のオーガより段違いだ」
カイルの声も硬い。
無理もない。俺だって、あんなのが本気で襲ってきたら無事でいられる気がしない。
オーガがぐちゃりと肉片を噛み砕き、ゆっくりとこちらを振り向いた。
黄色く濁った眼が、俺たちを捉える。
その瞬間、全身の毛が逆立つ。
「来るぞ!」
カイルの声と同時に、オーガが叫び声をあげ大斧を引き抜いた。
地面から土と石片が弾け飛ぶ。
次の瞬間には、化け物じみた脚力でこちらへ踏み込んできた。
「っ!」
想像していたより、ずっと速い。
カイルが槍を繰り出し、牽制するようにオーガの顔面を狙う。だが、オーガはそれを腕で弾き、横殴りに大斧を振るった。
風圧だけで頬が軋む。
「危ねえッ!」
俺たちは左右へ飛んで躱す。
直後、さっきまで立っていた場所の石床が粉砕された。もしまともに食らっていたら、人間なんて原形すら残らないだろう。
「やっぱり、たかがじゃねえだろ!」
「少し元気なだけじゃ」
「近所のガキ相手みたいに言うな!」
言い返しながら、俺は意識を《鍛冶》へ向けた。
今回使うのは、普通の鉄だけじゃ心許ない。
視界の端に素材一覧が浮かぶ。
【鉄鉱石】
【銀鉱石】
【劣化鋼材】
【硬質岩】
【魔石片】
【……】
銀鉱石。
これだ。
銀の性質がどこまで武器に乗るのかは分からない。けど、魔力を帯びた場所なら相性がいい気がした。
鉄で骨格を作り、銀を混ぜて刃の通りを補う。重さはあるが、振り抜ける大剣。
「こい……!」
地面に眠っていた鉱石と散らばる鉄片が音を立てて浮かび上がる。
赤く灯り、溶け、混ざり合い、俺の前で一本の大剣へ形を成した。
鉄の鈍い色の中に、銀の筋が稲妻みたいに走る。
重厚なのに、どこか鋭い光を持つ大剣だった。
「頼むから、出来るだけもってくれよ」
「ユウマ、仕掛けるぞっ!」
ティアが叫ぶと同時に、赤黒い魔力弾を三発放つ。
オーガの肩と脇腹に直撃。爆ぜた衝撃で巨体がわずかに揺れた。
だが、止まらない。
「ちっ、硬いの」
「俺がこっちで止める!」
カイルが横へ走り、オーガの膝裏を狙って槍を突き込む。
さすがにDランクだ。眠そうな顔をしていても動きそのものは鋭い。
槍が深く刺さり、オーガが唸る。
「今だ、ユウマ!」
「ああ!」
俺は正面から踏み込んだ。
銀鉄の大剣を肩越しに振りかぶり、胴を狙って全力で叩き込む。
鈍い衝撃が腕へ返ってくるが、刃は浅い。だが確かに肉を裂き、血を噴かせた。
オーガが怒声を上げ、拳を振り上げる。
「ユウマ、下がれ!」
ティアの声。
直後、赤黒い魔法陣がオーガの足元で弾け、炎混じりの衝撃が下から突き上げた。
巨体が大きくのけぞる。
「助かった!」
「貸し一つじゃぞ?」
「高くつきそうで嫌だな!」
軽口を叩きながら、俺たちは位置を変える。
正面で受けるのはまずい。カイルが撹乱し、ティアが隙を作り、俺が叩く。それが一番形になっていた。
オーガは大斧を乱暴に振るい、床ごと薙ぎ払ってくる。
石が砕け、破片が頬を掠めた。
重い一撃だが、動き自体は単純だ。
見切れない速さじゃない。問題は、一度の判断ミスが即死に繋がることだけだ。
「右じゃ!」
「分かってる!」
ティアの声に合わせて身を沈め、大斧の下を潜る。
振り抜いた大剣がオーガの脇腹を裂き、カイルの槍が続けざまに肩口を穿った。
ぐらり、と巨体が揺れる。
「押せる……!」
「まだじゃ、油断するでない!」
ティアの言葉通りだった。
オーガは血走った眼でこちらを睨み、大きく息を吸い込むと、獣みたいな咆哮を上げた。
空気が震える。鼓膜がびりっと痺れ、足が一瞬だけ止まりそうになる。
その瞬間、カイルの動きがわずかに遅れた。
「っ、カイル!」
寝不足のせいか、足元の瓦礫に気づくのが一歩遅れた。
靴裏が石を踏み、体勢が崩れる。
それを、オーガが見逃すはずがない。
ぎょろりと視線がカイルを捉えると同時に、大斧が横薙ぎに唸った。
「しまっ……!」
間に合わない。
カイルの顔から血の気が引くのが見えた。
考えるより先に、俺の身体は飛び出していた。
「代われッ!」
カイルの肩を掴み、全力で横へ突き飛ばす。
同時に、銀鉄の大剣を両手で構えて大斧へ叩きつけた。
激突。
耳を潰すような金属音。
衝撃が腕から肩へ、肩から背骨へと突き抜ける。
「くっ……!」
重すぎる。
受け切れない。
大剣の刀身にひびが走るのが見えた。
次の瞬間、銀鉄の刃が悲鳴みたいな音を立てて砕け散る。
まずい。
そう思った時にはもう遅かった。
砕けた勢いのまま、大斧の刃が俺の目前まで迫っていた。
避けきれない。
「ユウマッ!!」
ティアの叫びが、最深部に響いた。
あとがき
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