第11話「抜いてはならない刀」
「うおおおおおっ!!」
カイルが飛び出した。
まるで自分を振るい立たせるような声と共に槍を振り抜き、オーガの大斧を横から弾き上げる。
さっき俺の大剣で一度受け止められていたせいか、あの凶悪な一撃は勢いを失っていた。槍の穂先が斧の柄を打ち、軌道が逸れる。
重い金属音が響く。
「ユウマ!」
俺はすぐに飛び退き、体勢を立て直す。
危ねぇ……!
まじで死ぬかと思った!
「二人とも離れるのじゃ! 高火力の魔法をそやつに放つ!」
ティアの声が広間に響く。
見ると、オーガの足元に蒼く輝く魔法陣が浮かび上がっていた。
幾重にも重なる円と文字が回転し、底の見えない青い光を放っている。
「下がれッ!」
「ああ!」
俺とカイルは反射的にオーガから距離を取る。
次の瞬間、ティアが指を鳴らした。
「消し炭になれ。《ヘル・フレイム》!」
轟音。
魔法陣から黒と蒼の炎が噴き上がり、巨大な柱となってオーガを呑み込んだ。
火じゃない。あれはもう、一種の災害だ。
「グォオオオオオオッ!!」
オーガの叫びが、熱気と一緒に叩きつけてくる。
あまりの熱と勢いに、思わず腕で顔を庇った。髪が煽られ、頬が焼けるように熱い。
おいおい、なんて火力してんだ……!
やがて炎が細り、魔法陣の光が消える。
そこに残っていたのは、全身を黒く焼かれたオーガの姿だった。
白目を剥き、筋肉の膨らんだ肉体からは煙が上がっている。
「……やった、のか?」
カイルが恐る恐る一歩踏み出す。
だが、その瞬間だった。
「まだじゃっ!」
ティアの声が飛ぶ。
黒焦げの巨体が、ぴくりと震えた。
白目を剥いたまま、意識のない肉体だけが生存本能で動き出す。ぎしぎしと不気味な音を立てながら大斧を持ち上げ、そのままカイルへ振り下ろした。
「っ!?」
カイルの足が止まる。
驚愕で身体が竦んだのが見えた。
「くそっ! 間に合えッ!」
俺は咄嗟に《黄泉》へと手をかけ、鯉口を押し上げた。
かち、と小さな音が鳴る。
――その瞬間、世界が暗転した。
空気が塗り潰され、肌を刺す冷たさでも、ただの殺気でもない。底なしの穴を覗き込んだ時みたいな、形のある死が一帯へ広がっていく。
息が詰まり、心臓を直接握られたみたいに、全身がこわばった。
『ふふっ……そう、あれは敵なのね?』
突然、女の声がした。知らない声だ。
それは、脳の内側へ直接響いてくる。
とても優しく、冷たい声。
「……は?」
次の瞬間、オーガの全身から、いきなり血が噴き出す。
「ゴ、ガ……!?」
肩、胸、腹、首。
見えない刃で内側から引き裂かれたみたいに、あちこちから赤黒い血が噴き上がる。さっきまで生存本能で動いていた巨体が、悲鳴のような叫びをあげながらその場に崩れ落ちた。
ずしん、と鈍い音。
幸い、カイルは巻き込まれずに済んだ。
下敷きにもなっていない。
だが、そんなことを確認するより先に、視界の端へ黒いウィンドウが浮かんだ。
【黄泉の使用を検知】
【供物が不足しています】
【不足分は使用者の魂より徴収されます】
「また、これ……っ!」
咄嗟に《黄泉》を納める。
だが遅い。
あの、どうしようもない気持ち悪さが全身を襲った。
「う、ぐっ……!」
膝が折れる。立っていられない。
「ユウマッ!」
ティアの声が遠い。
くっ……!
ダメだ、意識が……。
もっ、て……かれ、る……。
『大丈夫よ……。貴方の敵は、皆殺しにしてあげるわ……』
あの女の声が、薄れていく意識の中に溶け込んでくる。
そこで、俺の意識は途切れた。
◆
――どれくらい経っただろう。
深い海の底へ落ちていくような感覚の中に、俺はいた。
周囲には何もない。ただ暗く、冷たいだけの場所。音もなく、ただ沈んでいく感じだけが分かる。
ここは……どこだ……?
指一本動かせない。
身体の感覚も曖昧だ。
俺は、一体どこへ向かっているんだ。
「……マ、……さ……のじゃ!」
声がする。
遠い。
けれど、確かに聞こえる。
「ユ……、……かり……か!」
誰だ……?
なんだか、懐かしい声。
聞き慣れているのに、今はひどく遠い。
暗闇の中へ、一筋の光が差し込んだ。
白い光だ。
それがゆっくりと広がり、俺を包み込む。
暗闇に亀裂が走る。
「ユウマっ! もどってこいっ!」
その声と同時に、視界が真っ白に染まった。
思わず目を閉じる。
次に目を開けた時、そこには俺を抱きしめるティアと、心配そうに覗き込むカイルの姿があった。
「……あ、れ。俺、いったい……」
「ユウマ!? この……っ、大馬鹿者ッ! あれほど、抜くなと言うたじゃろが!」
怒鳴る声が、少しだけ震えていた。
ティアは本気で怒っている。
いや、怒ってるだけじゃない。怖がっていたんだと、その抱きしめる腕の強さで分かった。
「わ、悪い……」
「悪いで済むかっ! おぬし、急に意識を失って、そのまま息まで浅くなって……っ」
言葉の途中で、ティアはぐっと唇を噛む。
珍しい。こんなふうに取り乱すなんて。
「……ごめん」
「今度やったら、本当に承知せぬぞ」
そう言いながらも、ティアはしばらく俺を放さなかった。
ようやく身体を起こす。
頭はまだ少し重いが、意識ははっきりしてきていた。
広間の中央には、完全に動かなくなったオーガの死体が転がっている。黒焦げた肉からは焦げ臭い煙が立ち、胸元には裂けたような傷が無数に走っていた。
あれを倒したのは、ティアの魔法……だけじゃない。
最後に《黄泉》が何かをした。
あの声はなんだったんだ。
「助かったよ、ユウマ」
カイルが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「俺が寝不足で凡ミスなんかしなきゃ、お前を危険な目に遭わせずに済んだのに……」
「いや、気にすんな。無事だったならそれでいい。俺も助けられたんだ」
「でも……」
「その代わり、次からはちゃんと寝ろ。格上相手に隈つきで来るのは禁止だ」
「……返す言葉もねえ」
カイルは苦く笑った。
その顔を見て、俺も少しだけ肩の力が抜ける。
とりあえず、誰も死んでない。それが一番だ。
「オーガの魔核は回収済みじゃ」
ティアがようやく離れ、代わりに足元の革袋を指差した。
「おぬしが倒れたあと、カイルが取り出した。依頼達成の証拠は揃っておるぞ」
「そうか……」
「じゃから、さっさと帰るぞ。おぬしは今、万全とは程遠い」
「珍しく正論しか言わないな」
「いつも正論じゃ」
「え、どの口が?」
「その元気があるなら歩けるな?」
……うん、心配してたのはやっぱり一瞬だったかもしれない。
とはいえ、助かったのは事実だ。
ティアの高火力魔法がなければ削れなかったし、ティアの声がなければ俺はあの暗闇から戻れなかった気がする。
「ティア」
「なんじゃ」
「ありがとな」
「……当然のことをしたまでじゃ」
そっぽを向く声は、少しだけ小さかった。
俺たちはオーガの死体をあとにし、来た道を戻り始める。
行きはあれほど重く感じた魔素の湿気も、今は少し薄れたように思えた。
最深部を抜け、崩れた通路を上がり、旧遺跡跡地の広場まで戻る頃には、外の光がやけに眩しかった。
朝に入ったはずなのに、もう日はかなり傾いている。思った以上に時間を食っていたらしい。
「急げば、今日中に金は間に合う」
カイルが魔核の入った袋を握りしめる。
「リナを……助けられる」
「ん? リナって、誰だ?」
俺の言葉にカイルとティアが振り返り驚いた表情を浮かべる。
「おぬし……なにを言っておる……?」
「ほら、俺が一目惚れした奴隷の女の子だよ!」
一目惚れ? 奴隷?
言葉の意味は分かる。なのに、話が噛み合わない。
俺には二人の言っている意味が理解できなかった。
カイルが依頼を受けるのにルイスやグレンが居ないから困ってて、それを手伝っただけで。
ん? でも、あの時、なんでカイルはあんなに必死だったんだ。
「あれ……。なんで俺たち、こんな無理して頑張って、オーガに挑んだんだ……」
「ユウマ、おぬし……記憶が……」
まるで、そこだけ綺麗に削り取られたみたいだった。
俺の中には、確かに空白ができていた。
あとがき
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