第12話「欠けた記憶のその先で」
「ああ、リナちゃんね! そうだそうだ、早く助けにいこう」
自分でも白々しいと思うくらい、わざとらしい声。
しかしカイルは焦りの方が勝っていたのか、そこには触れなかった。
けれど、ティアだけは細く目を眇める。
それでも何も言わず、その場は流してくれた。
俺たちはそのまま街へ戻り、ギルドで依頼の報告を済ませる。
受付嬢はオーガの魔核を確認し、俺たちを見てどこかほっとしたように息をつく。
「確認できました。オーガ討伐及び魔核提出、達成です。報酬に討伐素材の買い取り分を加えて、お一人あたり金貨十五枚になります」
「金貨十五枚……!」
カイルが小さく呟く。
その声には、安堵と興奮が入り混じっていた。
俺の手元にも、ずしりとした重みが渡される。
金貨十五枚。これまでの依頼とは比べものにならない額だ。普通なら喜ぶところなんだろう。けど今の俺は、その実感より先に、頭の奥に引っかかる違和感の方が大きかった。
「これなら……っ!」
カイルは金貨を握りしめ、踵を返す。
「急がないと!」
「おい、カイル!」
呼び止めても、足は止まらない。
俺はティアと顔を見合わせ、そのまま後を追う。
向かった先は、昨日も来たあの人材斡旋所だった。
相変わらず薄暗く、煙草と埃の臭いが鼻につく。カウンターの向こうには、あのスキンヘッドの店主がいて、俺たちを見るなり嫌な笑みを浮かべた。
「おう、本当に持ってきやがったか」
「金は揃えた。約束通り、リナを解放してくれ」
カイルが袋をカウンターへ置くと、店主は中身を改め、金貨を一枚ずつ数えていく。
その間、俺は妙に落ち着かない気分で周囲を見回していた。
何かが、おかしい。
でも、その“何か”が綺麗に掴めない。
「確かに。購入費、解放金、それに違約金も込みで足りてる」
店主はそう言って金貨を回収し、それから肩をすくめた。
「ただし、正式な解放は明日だ」
「……は?」
「奴隷紋の解除には専門の術者が必要だ。夜にやるもんでもねえし、呼んでもこねえ。書類の処理もあるしな。今日は所有権の移動だけだ。解除は明日、術者が来てからになる。いいな?」
カイルの顔が強張る。
「今すぐはできないのか!?」
「できるならとっくにやってる。術式解除は下手すりゃ命に関わる。こっちも商売だ、適当にはやれねえよ」
口ではもっともらしいことを言っている。
けれど、口元に浮かんだ薄ら笑いが、どうにも気に障った。
「……くそ」
「まあ安心しな。金は受け取った。とりあえず連れていくといいさ」
本当に安心していいのか?
その違和感だけが、胸の奥に棘みたいに残る。
ともかく、俺たちは奥へ通され、リナと対面した。
牢から出された彼女は、昨日見た時より少しだけ顔色が良かった。
首輪はまだついたままだ。けれど、カイルの顔を見た瞬間、その目に灯る色が変わる。
「……カイルさん?」
「ああ。間に合った」
それだけ言って、カイルは彼女を強く抱きしめた。
リナも震える手でカイルの背中へ腕を回す。
「よかった……っ、本当に……」
「もう大丈夫だ。もう、貴族の所には行かなくていい」
涙声が重なる。
ずっと張り詰めていたものが、一気にほどけていくようだった。
「二人とも、よかったのう……」
横を見ると、ティアが目元を押さえていた。
こいつ、泣いてるのか。
「なに感動してんだって顔をするな。よいものは、よいのじゃ」
「いや、別に何も言ってねえけど」
そう返しながらも、俺は笑えなかった。
目の前の光景は、たしかに救われた場面のはずだった。
カイルは必死に金を集めた。リナは助かった。ティアも感動している。
なのに――。
俺だけが、その中心から外れているような感覚があった。
リナの顔を見ても、胸の奥がざわつくだけで、はっきりとは思い出せない。
奴隷。解放。好色貴族。カイルの必死な顔。
断片だけが、濁った水の底に沈んでいるみたいに見える。
掬おうとしても、指の隙間からこぼれ落ちていく。
でも、状況は読み取れる。
カイルには助けたい奴隷がいた。
それがリナだ。
たちの悪い貴族に買われる前に、資金を集めて解放しようとしていた。
そのために、俺たちはオーガ討伐の依頼に協力した。
そこまでは、たぶん合ってる。
その時、ふと一つのことに気づいた。
「カイル、このあとはどうするつもりなんだ?」
「ん? どうするって?」
そうか。
こいつ、まだ気づいてないのか。
「このあとの当てはあるのかってことだよ。貴族ってのは、プライドの塊みたいなやつだろ? 横やりを入れられたんだ。一時的にでもいい。いったんこの街を離れるべきだろ」
「え……」
カイルは少し驚いた顔をして、それから隣のリナを見る。
「……まあ、金は払ったんだ。大丈夫、だと思う」
「そうじゃぞ、ユウマ。今はあまり水を差すでない」
ティアまでそう言う。
「そうか……」
誰も分かっていないのか。
今の状況。
あの奴隷商人の薄ら笑い。
そして、奴隷紋がまだ残っているという事実。
目の前の幸せに目が眩んで、誰も違和感にすら気づいていない。
今がどれだけ危うい状態なのかってことを。
「そうだ! 手伝ってもらったお礼もしたいし、このまま皆で飯でもどうだ?」
「あ、いいですね! 久しぶりの外のご飯、楽しみです!」
カイルは明らかに上機嫌で、リナも嬉しそうに笑う。
ティアもすぐに乗った。
「おお! それはよい! ユウマ、いくじゃろ?」
「悪いが、俺は遠慮しておく。ティアは行ってくるといい」
「なんじゃ、付き合い悪いのう」
そう言いつつも、ティアは一瞬だけ俺の顔を見た。
たぶん、俺が本気で疲れていることにも、さっきの誤魔化しにも気づいている。
「……まあよい。ほれ、カイル。リナ。妾たちだけでいこうぞ! おぬしは宿に戻って休んでおれ」
最後の一言は、俺にだけ聞こえるような小さな声だった。
「お、おう。ユウマ、またな!」
「カイル。くどいかもしれないが、ちゃんと今日この街を離れろよ?」
「分かってるって! 心配しすぎだ」
「助けてくれて、本当にありがとうございました!」
三人はそのまま街の中へ消えていく。
疑念も不安も残る。
けれど、ティアもついているし、とりあえずは大丈夫だろう。
俺も俺で、正直頭の中がぐちゃぐちゃだった。
早く宿へ戻って、静かな場所で考えたい。
そう思いながら、《黄泉》へ視線を落とす。
腰に差した刀は、何事もなかったみたいに静かだった。
そっと手を添える。
冷たい感触。
――お前が持っていったのか?
問いかけても、答えるものはいない。
すっかり暗くなった夜道を街灯が照らしている。
まだ街の喧噪は残っていたが、そのどれもが今日はやけに遠く感じた。
俺は一人、宿へ向かって足を進める。
胸の奥に残る空白だけを抱えたまま――。
あとがき
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手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
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