第13話「魔王の願い」
「いつまで寝ておるのじゃ!」
ばんばんと布団を叩かれ、俺は眠気の底から無理やり引きずり上げられた。
「うるさ……っ、なんだよ朝から……」
重たい瞼をこじ開けると、腰に手を当てたティアが仁王立ちしていた。
こいつ、また勝手に人の部屋に入ってきやがったな。
窓から差し込む光は、思ったより高い位置から伸びている。
寝過ごしたらしい。とはいえ、せいぜい八時くらいだろう。俺からすれば普通に朝だ。これで「いつまで寝ておるのじゃ」と怒られるのは、なんだか理不尽な気がする。
たまにはこういう日があってもいいだろ。
そもそも昨日はオーガとの戦闘もあって、ずっと緊張しっぱなしだったんだ。これくらいは許してほしい。
「俺からしたら、なんでお前はそんな元気なのかの方が疑問だよ。あと毎回言うけど、勝手に俺の部屋に入ってくるな」
そう言いながら目をこすると、ティアはふんと鼻を鳴らした。
「なにを言っておる。こんな良い天気の日に寝てるなど勿体ない。……ん? なんだか外が騒がしいのう」
「はあ? 外?」
言われてみれば、確かに人の声がする。
いつもの街の喧噪とは違う。ざわざわと、落ち着かないざわめきだった。
俺はベッドから起き上がり、窓の外を覗き込むティアの隣に並ぶ。
「なんだか向こうの方に人だかりが出来ておるのう」
「そうだな」
視線の先には、人々が一箇所へ集まっているのが見えた。
衛兵たちまで慌ただしくそこへ駆け込んでいく。こんな光景、この街に来てから初めてだ。
「ユウマ、妾たちもいくぞ」
「え、ちょっ! せめて着替えさせてくれっ!」
ティアに急かされながら服を整え、宿を飛び出す。
朝の空気は冷えていたが、人混みの方へ近づくにつれ、嫌な熱気を帯びていく気がした。
「おい、見たか? 殺しだってよ」
「ああ……まだ若いのになぁ」
向かう途中、そんな声が耳に入ってくる。
殺し?
こんな街中で?
酔っ払い同士の喧嘩でもこじれたのかと思ったが、周囲の空気はそんな軽さじゃない。
俺とティアは人混みをかき分けて奥へ進む。
そして、その先の光景に思わず言葉を失った。
「おいおい……まじか……」
「う、嘘じゃ……。こんなの、なにかの間違いに決まっとる……!」
ティアが震える声で取り乱す。
流石の俺も、目の前の光景から目を逸らせなかった。
なにせ、そこに転がっていたのは、見慣れた顔だったからだ。
カイル。
そして、リナ。
石畳の上に倒れ伏した二人は、もう二度と動かない。
昨夜あれほど嬉しそうに笑っていた顔は、血に汚れ、冷たく固まっていた。
胸の奥が、冷たくなる。
分かっていたような気もする。嫌な予感は、ずっとあった。
それでも、実際に死体を前にすると、腹の底がひっくり返るみたいな感覚を止められなかった。
「せっかく……せっかく幸せを掴んだというのに……! 何故、この二人が殺されねばならんのじゃ……!」
ティアの声は怒りより、悲鳴に近かった。
俺はしばらく黙ったあと、低く言った。
「報復、だろうな……」
「ほう、ふく……じゃと?」
「自分が予約していたのを横取りされて、貴族としての顔を潰されたんだ。腹が立たないわけがない」
ティアの唇が震える。
俺は視線を死体から外さずに続けた。
「それに相手が貴族なら、衛兵だって簡単には動けない。このまま有耶無耶にされて終わりだろうな」
ティアはしばらく声を失っていた。
やがて、絞り出すように問いかける。
「気づいておったのか……?」
「確証はなかったが、なんとなく……な」
「何故、言わなんだ……?」
「言っただろ」
ティアの視線が揺れる。
「今夜のうちに街を離れろって。でも、聞かなかった」
正確には、聞けなかったんだろう。
助かったと思いたかった。
終わったと思いたかった。
今夜くらいは、幸福の中で息をつきたかった。
その気持ちを責める気にはなれない。
「何を言ったところで、たぶん結果は大きく変わらなかった」
俺は静かに続けた。
「仮に金が揃わなかったとしても、カイルはリナを助けに行った。貴族へ頭を下げても、金を積んでも、あるいは乗り込んでも、どのみちどこかで同じ壁にぶつかったはずだ」
「それでもッ……!」
ティアが声を上げる。
「それでもッ……何か方法はあったのではないのか……!?」
怒りじゃなかった。
祈りに近い叫びだった。
そうあってほしかった。
そう信じたい。
そうでなければ、あまりにやりきれない。
そんな声だった。
俺はしばらく黙ったあと、短く息を吐く。
「……あったかもしれない」
「っ……」
ティアが顔を上げる。
「でも、全部を拾い切れるほど、俺たちは強くない」
「……」
「助けることはできても、その後まで守り切る力はなかった。俺たちは神様じゃない。全部を思い通りにはできない」
ティアは歯を食いしばり、やがて小さく震える声で言った。
「……分かっておるっ……」
そう言って外套を深くかぶる。
フードの奥から零れた声は、泣くのを堪えてすらいなかった。
「分かっておる……そんなことは……」
これ以上ここにいるべきじゃない。
俺はティアの肩を軽く叩き、人混みの外へ促した。
◆
しばらく歩き、喧騒から離れた裏通りへ入ったところで、ティアはようやく足を止めた。
壁際へ背を預け、フードの奥で俯いている。
肩が小さく震えていた。
俺は少し距離を空けたまま、黙って立つ。
慰める言葉なんて、持っていない。
下手なことを言えば、余計に薄っぺらくなる気がした。
しばらくして、ティアがぽつりと呟く。
「……妾は、魔王じゃ」
俺はほとんど間を置かずに答えた。
「そうか」
「驚かぬのか?」
フードの奥で、かすかに顔が上がる。
「今さらだしな。散々自分で言ってたろ」
オーガとの戦闘で見たあの力は、素人目に見ても明らかに別次元だった。
散々「設定だ」「厨二病だ」なんて言ってきたが、ここまで来ると逆に納得できる。
思い返せば変なところはいくつもあった。
見た目に反して、やたらと肝が据わっていること。
高火力の魔法を平然と振るうこと。
場数をこなしていないとできない立ち回りを、当たり前みたいにやること。
普通なら、ついこの前まで人と争っていた魔族側の王だなんて、軽々しく口にできないはずだ。
けれどティアは何度も言っていた。
つまり、あれは誇張でも虚勢でもなく、ただの事実だったんだろう。
「……やはり、おぬしは変なやつじゃのう」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてはおらぬ」
かすれた声だった。
ティアは少しだけ間を置き、それから続ける。
「妾は、長年続いておる人と魔族の争いを終わらせたい」
声色は弱い。
だが、その奥にある芯だけはぶれていなかった。
「代替わりして、妾が魔王になってから、休戦の形まで持ってはいった。じゃが、それだけでは足りぬ。人の世を知らねば、本当に分かり合い、共存することなど出来ぬと思うた。だから、こうして人の街を見て回っておったのじゃ……」
フードの下で、ぎゅっと拳が握られる。
「じゃが……妾は、何も知らなんだ」
その言葉は、ぽろりと零れたガラス片みたいだった。
「助けたいと思うだけでは足りぬ。解放すれば終わりでもない。善意だけでは誰も守れぬ……妾は、そんなことすら分かっておらなんだ」
ティアの肩がまた震える。
これまで一緒に過ごしてきて、分かったことがある。
こいつはたぶん、誰よりも優しい。
普段は偉そうで、よく喋って、妙なところでずれている。
けれど、本当に大事なところでは自分の損得なんて考えず、人を助けようとする。
そういうやつだ。
「魔王でありながら、目の前の二人すら救えぬのじゃな……」
俺は少しだけ考え、それから歩み寄った。
「知らなかったのなら、これから知ればいい」
「……」
ティアがゆっくりと顔を上げる。
「もう二度と助けたいと思ったものを失わないように、この経験を糧にするんだ。俺もお前も、な」
「そう、じゃな……」
その返事は小さかったが、はっきりしていた。
やがて、フードの奥で琥珀の瞳が細くなる。
「今回のこと、決して忘れぬ」
「そうか」
「胸に刻んで、妾も前に進もう。次は助けた後のことまで見据えられるように」
「そうだな」
それだけ言葉を交わすと、ティアはまた俯く。
顔見知りが亡くなるというのは、そう簡単に割り切れるものでもない。
何とも言えない気持ちを抱えながら、俺たちは帰路についた。
あとがき
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