第14話「重なる嫌な予感」
宿へ戻る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
昼に見た光景が、まだ頭の奥にこびりついて離れない。
石畳に広がった血。冷たくなったカイルとリナの顔。ティアの震える声。
宿の食堂に降りても、いつもの気安い空気はなかった。
俺もティアもほとんど口を利かず、出された料理を黙って口へ運ぶだけだった。
味が分からないわけじゃない。
けれど、美味いとか不味いとか、そういう感想が出てこない。
向かいに座るティアも同じだった。
普段なら一口食べるごとに何かしら言うくせに、今日は妙に静かだ。皿の上の料理をつつきながら、ときおりぼんやりと窓の外へ視線を流している。
「……大丈夫か?」
そう聞くと、ティアは少しだけ目を動かした。
「平気じゃ」
「そうは見えないけどな」
「おぬしも人のことを言えぬじゃろう」
その返しに、俺はそれ以上何も言えなくなった。
確かにその通りだ。
俺だって、全然平気じゃない。
昼の出来事を思い出すたびに胸が重くなるし、それ以上に気味が悪いのは、自分の記憶の抜け落ちだ。
カイルとリナのこと。助けようとした理由。そこへ至るまでの感情。
断片は分かるのに、芯になる部分だけが妙に曖昧で、指先から零れる水みたいに掴めない。
《黄泉》の代償。
あれが、俺の中の何かを持っていった。
そうとしか思えなかった。
食事を終え、俺たちは二階の部屋へ戻る。
廊下の途中でティアが立ち止まった。
「ユウマ」
「ん?」
「……今日はもう、早く休め」
「お前もな」
短いやり取りだった。
けれど、それだけで今日は十分だった気がする。
ティアはそれ以上何も言わず、自分の部屋へ入っていく。
俺も部屋の扉を閉め、ベッドへ腰を下ろした。
静かだ。
窓の外から街の喧噪は聞こえる。酒場の笑い声も、荷を引く音も、どこか遠くにはある。
なのに、この部屋だけ妙に切り離されたみたいに静かだった。
腰の《黄泉》へ視線を落とす。
黒い鞘は相変わらず何も語らない。
まるで最初から、すべて知っているくせに黙っているみたいだった。
「お前は、俺の味方……だよな」
自分に言い聞かせるように呟き、俺はそのままベッドへ倒れ込んだ。
疲れていたはずなのに、すぐには眠れなかった。
閉じた瞼の裏に、血塗れの石畳が浮かぶ。
カイルの笑い声が、リナの礼の言葉が、妙に遠くて、もう思い出せない誰かの記憶みたいにぼやけていた。
実に嫌な夜だった。
◆
「いつまで寝ておるのじゃ!」
ばんばんと布団を叩かれ、俺は眠気の底から無理やり引きずり上げられた。
「うるさ……っ、またかよ……」
重たい瞼をこじ開ける。
だが、そこにいるはずの白髪の少女の姿はなかった。
「……あれ?」
部屋は静かだった。
窓から差し込む光は明るい。どうやら昨日の疲れが残っていたらしく、夢をみていたようだ。
けど、問題はそこじゃない。
ティアがいない。
気づけば、もう九時を回っていた。いつもなら勝手に部屋へ入ってきて、人の安眠をぶち壊してくるくせに、今日は何もない。
「……昨日のこと、引きずってんのか?」
そう呟きつつ顔を洗い、身支度を整える。
食堂へ降りて簡単に朝食を済ませても、やっぱりティアは来なかった。
あいつが寝坊するとも思えないし、食堂に顔を出さないのも珍しい。
少しだけ胸の奥がざわつく。
俺は二階へ戻り、ティアの部屋の前へ立った。
「おい、ティア。いるか?」
返事はない。
軽く扉を叩く。
やはり反応はない。
「入るぞ」
扉を開けると、部屋は綺麗に整っていた。
荒らされた形跡はない。けれど、そこにいるはずの人物だけが、ぽっかり抜け落ちている。
「……なんだよ」
窓際も、ベッド脇も、どこにもいない。
本当にいない。
まあ、部屋にいないならギルドか、その辺をぶらついてるだけかもしれない。
昨日のことを引きずって、一人になりたいのかもしれないしな。
そう自分に言い聞かせ、俺は宿を出た。
ギルドへ向かう。
道中、露店の並ぶ通りも、いつもの広場も、ちらりと目を配る。けれどティアの姿は見当たらない。
ギルドの中へ入っても同じだった。
掲示板の前にも、酒場側にも、受付の近くにもいない。
「なぁ、連れを見なかったか? 白髪でこれくらいの身長の」
「ん? いや、今日は見てないな」
顔見知りの冒険者に聞いても、首を振られるだけだった。
「どこ行ったんだ、あいつ……」
ギルドを出たあと、俺は街を歩き回った。
前に一緒に飯を食った店、露店の並ぶ通り、門の近く、宿の裏手。少し外れの路地まで覗いてみたが、どこにもいない。
最初は「そのうち戻るだろ」と思っていた。
だが、昼を過ぎても見つからず、日が傾き始める頃には、その楽観も消えていた。
おかしい。
ティアがふらっと一人で動くこと自体は珍しくない。
けど、何の手がかりも残さず、丸一日近く姿を消すようなやつじゃない。少なくとも、俺が知る限りでは。
昨日のことがある。
だから余計に嫌な想像が浮かんでしまう。
「……まさか、何かあったんじゃねえだろうな」
そう呟いた時、自分の声が思った以上に硬いことに気づいた。
夕方。
宿へ戻っても、やはりティアの姿はなかった。
食堂を覗く。いない。
二階へ上がる。部屋も空のまま。
廊下の窓から見える空は、すでに橙から群青へ変わり始めていた。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感が、だんだん形を持ち始めていた。
その時だった。
どたどたと慌ただしい足音が階段を駆け上がってくる。
「ユウマ!」
聞き覚えのある声に、俺は振り返った。
そこにいたのは、ルイスとグレンだった。
二人とも息を切らし、顔色を変えている。とてもただ事じゃない表情だった。
「やっと見つけた……!」
「ルイス、グレン……。カイルのこと、すまない……」
「その話は今はいい! その様子だと、まだティアちゃんは戻ってきてないのか!?」
その言葉に、俺の心臓が嫌な音を立てた。
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
続きが気になると思ったら、
評価、ブックマーク、リアクション等
よろしくお願いします!
――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――




