第7話「勝利の宴」
ゴブリンの巣を掃討し、首都ヘンデルへ戻った頃には、すっかり夜も更けていた。
それでもギルドの中は妙に活気づいていた。合同作戦から帰ってきた冒険者たちが次々と報告を上げ、受付では素材の確認や討伐数の集計が慌ただしく進められている。
俺たちもその列に並び、討伐したゴブリンの武器や上位種の証明部位を提出した。
やがて集計が終わり、受付嬢がにこやかに告げる。
「お待たせしました。今回のレイド報酬ですが、お一人あたり金貨四枚になります」
「……金貨、四枚!?」
「はい。参加報酬、通常個体の討伐分、上位個体の討伐分を合わせて、その額ですね」
差し出された金貨を見て、俺はしばらく固まった。
金貨四枚。
つまり、四万円。
前回まで地道に貯めていた額を、一晩で軽々と上回ったことになる。
「おお……」
「ほう。なかなか悪くないの」
隣でティアが満足げに頷く。
いや、悪くないどころじゃないだろ、これ。
「一気に大金持ちだな……」
「大げさじゃの。とはいえ、これでしばらくは懐も温かい」
「お前、さっきまで金の匂いがするとか言ってたくせに、こうして実物を見ると案外落ち着いてるな」
「妾を誰だと思うておる。これしきで浮かれるほど安い女ではないぞ」
「見た目はどう見ても子供だけどな」
「……今ここで消し炭にされたいか?」
こわっ。笑ってるのに目が笑ってない。
でも、なんだか機嫌は良さそうだ。
そんなふうに金貨を眺めていたところで、後ろから軽い声が飛んできた。
「よう、ユウマ」
振り返ると、カイルが片手を上げていた。ルイスとグレンも一緒だ。三人とも大きな怪我はないようで、顔つきにもどこか気の緩んだ明るさがあった。
「無事にたんまり稼げたみたいだな」
「そっちもな」
「まあな。で、参加したメンバーで打ち上げやるんだが、お前らも来るか?」
打ち上げ。
その言葉に、思わず少しだけ目を瞬く。
確かに、あれだけの戦いを終えたあとだ。誰かが言い出しても不思議じゃない。むしろ自然な流れか。
「どうするかな……」
そう言いかけた瞬間。
「仕方なく、参加してやろう! もちろんユウマも参加じゃ」
「お前が決めるなよっ」
即答したのは、なぜかティアだった。
しかも、やけに胸を張っている。お前は何様だ。いや、普段から何様みたいな態度だけども。
カイルが吹き出す。
「ははっ、相変わらず息ぴったりだな」
「ぴったりじゃない。こいつが勝手なだけだ」
「なんじゃ、嫌なのか?」
「嫌とは言ってないだろ。ただ、せめて一言ぐらい確認をだな」
「では確認しよう。ユウマ、打ち上げに行くぞ」
「もう答え決まってるやつじゃねえか!」
ルイスが小さく笑い、グレンですら口元を緩めていた。
くそ、なんか俺だけが振り回されてるみたいじゃないか。
「場所はいつもの酒場だ。またあとで来てくれ」
「分かった」
「遅れるなよ? 新人」
「そう言うなら、飯は残しといてくれよ」
「保証は出来ないな」
カイルはそう言って笑い手を振ると、仲間たちと先にギルドを出ていった。
その背中を見送った直後だった。
「では、さっそくいくぞ! ユウマ!」
「……お前、いく気満々だな」
「当然じゃ。勝利の宴というやつじゃろう?」
「道、分かるのか?」
俺が問いかけると、ティアの目が泳ぎ出し、しまいには口笛を吹き始めた。
「……前にティアが奢ってくれた店の真向かいだよ」
「お、おお! あそこじゃろ? うんうん、わかっておったぞ?」
いや、絶対わかってなかったろ。
「はぁ。迷子になるなよ?」
「なるかっ! 妾を何歳だと思っておる!」
「その容姿じゃ説得力がないんでな」
「人は、外見だけで決めつけるべきではないぞ?」
「ああ、すまん。言葉が足りなかった。内面含めて説得力がないんでな」
「っ! まったく失礼なやつじゃ!」
ぷんすか怒りながらも、ティアはずんずん前を歩いていく。
その足取りが妙に軽いあたり、本当に機嫌がいいらしい。
俺は小さく笑いながら、その後を追った。
向かった先は、以前一度入ったことのある酒場だった。
扉を開けた瞬間、熱気と喧騒が一気に押し寄せてくる。
「おお、来たか!」
「こっちだ、ユウマ!」
すでにレイド参加者の多くが集まっていたらしく、酒場の中は大賑わいだった。
長机の上には肉料理や焼きたてのパン、大皿に盛られた芋料理が並び、あちこちでジョッキがぶつかる音が響いている。
カイルたちのいる席へ向かうと、周囲の冒険者たちがこちらへ視線を向けた。
「お、例の新人か」
「最後の方、結構派手に暴れてたよな」
「でかい剣ぶん回してたやつだろ?」
思ったより見られていたらしい。少し照れくさいな。
「いや、まあ……周りが強かったから何とかなっただけで」
「新人にしては上出来だろ」
「ジェネラル吹っ飛ばしてたじゃねえか」
「ティアちゃんも魔法やばかったしな」
あちこちから褒めてもらえて、なんだか嬉しいな。大人になってからは、褒められることも少なくなってたし、少し新鮮な感じがする。
その隣でティアはふふんと胸を張っていた。
「当然じゃ。妾は強いからの」
「お前、自分のことになると遠慮がないな」
「事実を述べて何が悪い」
その返しに、周りの何人かがどっと笑う。
やがて誰かが音頭を取り、打ち上げが始まった。
「レイド成功と、生きて帰れたことに感謝して!」
「乾杯ッ!!」
酒場中に声が響き、ジョッキが一斉に掲げられる。
俺も受け取った飲み物を軽く持ち上げ、それを口にした。
果実の香りがする薄い酒らしい。強すぎず、喉を通る感じが心地いい。
「どうじゃ?」
「うまいな」
「じゃろう?」
なんでお前が誇らしげなんだ。
そこから先は、もうひたすら騒がしかった。
誰かが武勇伝を語り出せば、別の誰かがそれを盛りすぎだと笑い飛ばす。
カイルは上機嫌で戦闘中の話をしていたし、ルイスも普段より柔らかい表情で相槌を打っていた。グレンは口数こそ少ないものの、酒場の大皿料理を黙々と平らげている。
俺も勧められるままに飯を食い、話を聞き、時々自分のことも話した。
「で、その大剣はスキルで作ったんだろ?」
「ああ。一時的なものだけどな」
「便利すぎないか?」
「壊れるのが早いから、そこまで都合よくもないぞ」
「いや、十分便利だろ」
そんなふうに笑い合うのが、なんだか妙に楽しかった。
前世じゃ、こういう時間とは無縁だった。
仕事をして、身体を削って、それで終わり。
誰かとこうして飯を食って、酒場で騒いで、今日の戦いを笑って話すなんてこと、ほとんどなかった気がする。
「ユウマ」
ふいに、隣から小さな声で呼ばれる。
見れば、ティアがこちらをじっと見ていた。
「なんだよ」
「……今日のおぬし、悪くなかったぞ」
「なんだその上から目線」
「事実を言ったまでじゃ。初めてのレイドで足を引っ張らず、それどころかきちんと働いておった。褒めてやっておるのじゃ」
そう言って、ティアは少しだけ視線を逸らした。
「おぬしがおると、退屈せぬしの」
一瞬、言葉の意味が頭の中で遅れて転がる。
「……それ、褒めてるのか?」
「褒めておる」
「へえ」
「なんじゃ、その反応は」
「いや、素直に言えるんだなって」
「たまには言う。たまには、な」
そう言って、ティアは手元の果汁入りのグラスに口をつけた。
頬が少しだけ緩んでいるように見えて、俺はなんとなく笑ってしまう。
「なんじゃ」
「別に?」
「気持ち悪い笑い方をするでない」
「言い方ひでえな」
でも、不思議と悪い気はしなかった。
気付けば、酒場の騒ぎはますます大きくなっていた。
誰かが歌い出し、別の誰かが机を叩いて調子を合わせる。もう何人かは完全に出来上がっている。カイルなんて、いつの間にか別卓の冒険者と腕相撲を始めていた。
「元気だな、みんな」
「生き残った日の宴だからの。そりゃ騒ぎもするじゃろう」
ティアの言葉に、俺は小さく頷いた。
そうだ。
たぶん、こういうのがいいんだ。
危ない目に遭って、無事に帰ってきて、それで飯を食って笑って騒ぐ。
そんな当たり前みたいな時間が、今の俺にはひどく眩しく思えた。
いいなぁ、こういうの。
生きてるって気がする。
前世では遠かったものが、今はちゃんと手の届くところにある。
美味い飯があって、騒がしい酒場があって、隣にはティアが座っている。
……ああ、悪くない。こういう日がずっと続けばいいのにな。
そのために明日からも、頑張らないとな。
そんなことを考えながら、俺はもう一口だけグラスを傾けた。
夜はまだ終わりそうになく、酒場の喧騒も朝まで続きそうだった。
あとがき
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
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