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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第三章

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第45話「リヴァイアサン」

 波が壁のように立ち上がる。


 その向こうで、無数のセイレーンが歌っていた。


 甘く、冷たく、耳の奥へ絡みついてくるような歌声。意味のある言葉には聞こえないのに、意識だけが勝手に引き寄せられそうになる。


「耳を貸すな! 気を抜けば持っていかれるぞ!」


 ティアの声が飛ぶ。


 その声で意識を繋ぎ止めながら、俺は揺れる甲板の上で黄泉の柄を握った。


 《海燕》は大きく傾き、船体が軋む音を立てている。バロンが舵を切るたびに船首が波を斜めに裂いていくが、セイレーンたちはまるでこちらの進路を読んでいるかのように、前方へ前方へと回り込んできた。


「くそっ、数が増えてやがる!」


 バロンが歯を食いしばる。


 最初は十体ほどに見えたセイレーンの影は、今や船の周囲を埋め尽くすほどになっていた。波間から顔を出し、青白い腕を伸ばし、笑うように歌いながら《海燕》へ近づいてくる。


 近づかれれば終わりだ。


 船腹に取りつかれるだけでも危ない。ましてや、この荒れた海で船を傾けられたら、俺たちは海へ放り出される。


「バロンさん、振り切れますか!」

「やってる! だが、こいつら波の中を泳ぐのが速すぎる!」


 バロンは舵を握ったまま叫ぶ。


 その額には汗が浮かんでいた。海を知る男がここまで余裕を失っている。それだけで、状況の悪さは十分に伝わってくる。


「ティア」

「分かっておる」


 ティアは船の中央で片手をかざし、黒紫の魔力を練り上げていた。だが、撃てない。セイレーンは船を囲むように散っていて、波も激しく揺れている。下手に大きな魔法を撃てば、敵ごと海面を爆ぜさせて、船まで巻き込みかねなかった。


「面倒じゃな。海の上では、本当にやりづらい」

「同感だ」


 俺も黄泉を抜ける体勢を取りながら、舌打ちしたくなる気持ちを抑える。


 居合なら、一瞬の斬撃で敵を断てる。


 だが、ここは揺れる船の上だ。踏み込みは安定しないし、斬った後に納刀するまでのわずかな隙も怖い。何より相手は波間を泳ぐセイレーンで、陸の魔物のように足場の上へ立っているわけではなかった。


 それでも、このまま囲まれ続ければ終わる。


「これ以上は無理だな」

「うむ。多少船が揺れても、数を減らすしかあるまい」


 ティアの声が低くなる。


 俺は頷き、黄泉の柄に指を添えた。


 次に波が下がった瞬間、右舷側のセイレーンを斬る。ティアは左舷側へ魔法を絞って撃つ。それで一瞬でも道が開けば、バロンが船を逃がせるはずだ。


「バロンさん、合図したら右へ切ってください!」

「分かった! やるなら早くしろ!」

「ティア!」

「いつでもよい!」


 俺は腰を落とす。


 船が大きく持ち上がる。


 波の頂点。

 次に落ちる。

 その瞬間を狙う。


 だが、俺が黄泉を抜こうとした、その時だった。


 海が爆ぜた。


 船の前方で、巨大な水柱が天へ向かって噴き上がる。


「うおっ!?」


 バロンが反射的に舵を切った。


 《海燕》が横へ流され、甲板に海水が叩きつけられる。俺は手すりを掴んで踏ん張り、ティアも魔力を散らさないように片足で体を支えた。


 水柱は、ただの波ではなかった。


 海そのものが意思を持って立ち上がったような、巨大な水の柱。渦を巻き、青白い光を帯び、周囲のセイレーンたちを押し退けるようにそびえ立っている。


「ん? この気配は……」


 ティアが目を細めた。


 その声には、驚きと、わずかな面倒くささが混じっていた。


「知ってるのか?」

「知っているというか……厄介なのが出てきたのう」

「厄介?」


 俺が聞き返す前に、水柱の中から人影が現れた。


 長身の女性だった。


 水色の髪が、濡れてもいないのに波のように揺れている。肌は白く、瞳は深い海を閉じ込めたような青。身にまとっている衣は、水で編まれた布のように淡く揺らめき、足元は海面に触れているにもかかわらず沈まない。


 美しい。


 だが、それ以上に得体が知れない。


 セイレーンとは違う。あれが魔物なら、魔物という言葉が急に薄っぺらく思えるほど、纏っている気配の格が違っていた。


 彼女が現れた瞬間、船を囲んでいたセイレーンたちの歌が止まった。

 まるで、上位者の前で息を潜めるように。

 

 女性はゆっくりとこちらへ視線を向けた。


「妙な気配がすると思えば、魔王の娘か」


 その声は静かだった。


 けれど、波音の中でもはっきりと届く。耳で聞いているというより、海そのものが言葉を運んでくるような声だった。


 ティアが腕を組む。


「今は妾が魔王じゃがな」

「はあ!? 魔王!?」


 バロンが悲鳴に近い声を上げた。


 今さらそこに反応するのか、と思ったが、普通は反応するよな。俺も初めて聞いた時は似たような反応をした気がする。


 だが、水色の髪の女性はバロンの驚きを完全に無視した。


「そうか」


 彼女はティアを見据えたまま、わずかに目を細める。


「ならば聞くが、何故貴様が神楽様(・・・)と共にいる」

「神楽……?」


 思わず声が漏れた。


 神楽様。


 それは、俺のことを言っているのだろうか。

 神楽の一族かもしれないとは言われたことはあるが。


 だが、様付けされるような覚えはない。少なくとも、海の上で突然現れた得体の知れない美女に跪かれるような人生は、前世にも今世にもなかったはずだ。


「成り行きじゃ」


 ティアはあっさり答えた。


「そもそも、おぬしもいちいち突っかかってくるでない。鬱陶しい。色々あったのは一昔前のことであろう?」

「一昔前、か。貴様ら魔族は都合よく過去を薄める」

「お主らも大概しつこいわ」


 ティアの声に少しだけ苛立ちが混じる。


 どうやら、完全な初対面ではないらしい。


 俺はティアと女性を交互に見る。


「ティア、あの得体の知れなさそうなのと知り合いなのか?」

「得体の知れなさそうな、はなかなか正しい表現じゃな。知り合いというか……」


 ティアが言いかけた、その時だった。


 水色の髪の女性が、海面の上でゆっくりと膝をついた。

 波が彼女の周囲だけ静まり、まるで床のように凪いでいる。


 彼女は俺に向かって、深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります、現代の神楽様(・・・)


 その声は、先ほどまでとは違っていた。

 冷たさは消え、敬意だけが残っている。


「私の名は、リヴァイアサンと申します」


 リヴァイアサン。


 その名を聞いた瞬間、バロンが息を呑む音がした。


 ティアも黙っている。

 俺は、ただその女性を見下ろすことしかできなかった。


 海面に跪く、美しい女。

 船を囲むセイレーンたちを黙らせた存在。

 そして、俺を神楽様(・・・)と呼ぶ者。


 リヴァイアサンは頭を下げたまま、静かに言った。


「貴方の力の一柱でございます」


「……俺の、力?」


 意味が分からなかった。


 神楽。

 リヴァイアサン。

 俺の力。


 言葉だけが頭の中に積み上がっていくのに、どれも繋がらない。


 俺は黄泉の柄から手を離せないまま、ただ立ち尽くしていた。


「いったい、どういうことだ……?」


 荒れていたはずの海が、いつの間にか静まり始めていた。


 けれど、俺の中だけは、さっきよりもずっと大きく波立っていた。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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