表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/47

第44話「波間の歌声」

 《海燕》は、ゆっくりと港を離れていく。

 帆が風を受け、船体がぎしりと音を立てる。波に押されるようにして進み出した船の上で、俺は思わず甲板の手すりを掴んだ。


 足元が揺れる。

 地面ではない。


 当然だが、船の床は常に小さく動いている。最初はその感覚が妙に落ち着かず、体の重心がどこにあるのか分からなくなりそうだった。


「大丈夫か?」


 舵の近くに立つバロンが、こちらを見て笑う。


「初めての船か?」

「この手の船は初めてですね」

「なら最初はそんなもんだ。遠くを見ると楽になる。足元ばかり見てると酔うぞ」

「覚えておきます」


 俺は頷き、港の方へ視線を向けた。


 グラハの町が、少しずつ遠ざかっていく。坂道に並ぶ建物、港に停泊している船、こちらを見送るように揺れる旗。それらがだんだん小さくなり、代わりに視界のほとんどを青い海が占め始めた。


 風が気持ちいい。


 潮の匂いが混じった空気は、山や工房街のものとはまるで違う。ガリアの火と鉄の熱気から離れたせいか、胸の奥まで少し軽くなるようだった。


「ふむ。これはなかなかよいのう」


 ティアは船の縁に手をかけ、身を乗り出すように海面を覗き込んでいた。

 白い髪が潮風に揺れ、金の薔薇の髪飾りが陽の光を受けて小さく光っている。


「ティア、そんな風に下ばかり見てると酔うぞ」

「妾がこの程度で酔うわけなかろう」

「いや、船酔いって強さとか関係ないと思うけど」

「妾は魔王じゃぞ?」

「魔王でも三半規管はあるだろ」

「さんはん……? よく分からぬが、妾に弱点などない」


 そう言い切るティアの横顔は、妙に自信満々だった。


 まあ、本人がそう言うなら好きにさせておくか。


 そう思っていたのだが。


 数十分後。


「……海とは、卑怯なものじゃな」


 ティアは甲板の端で座り込み、明らかに顔色を悪くしていた。

 さっきまで楽しそうに海を覗き込んでいた面影はない。片手で口元を押さえ、もう片方の手で船縁を掴んでいる。


「だから言ったのに」

「うるさい……妾は負けておらぬ……」

「完全に負けてる顔してるぞ」

「これは戦略的休息じゃ」

「船酔いに戦略とかあるのか?」


 ティアは恨めしそうに俺を睨んだが、すぐに小さく(うめ)いて海の方へ顔を向けた。

 さすがに少し可哀想になってきたので、俺はバロンからもらった水筒を差し出す。


「水、飲めるか?」

「……飲む」

「遠くを見ろってさ。海面じゃなくて、水平線の方」

「むぅ……」


 ティアは渋々と顔を上げ、遠くの海を見た。


 魔王でも船酔いはする。

 そう思うと、少しだけ安心した。いや、本人に言ったら確実に怒られるので、もちろん口には出さない。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


 バロンが舵を取りながら声をかけてくる。


「問題ない……妾は平気じゃ……」

「無理して喋ると余計に来るぞ」

「分かっておる……」


 全然分かっていなさそうな声で答えた。


 それでもしばらくすると、ティアの顔色は少しずつ戻っていった。船の揺れに慣れてきたのか、それとも意地で押さえ込んだのかは分からないが、少なくとも倒れるほどではなさそうだ。


 海は穏やかだった。

 空はよく晴れ、太陽の光が水面をきらきらと照らしている。船の周囲を小さな魚が跳ね、遠くでは海鳥が鳴きながら飛んでいた。


 バロンは慣れた様子で帆と舵を操っている。


 その動きには無駄がなかった。風向きを見て帆を調整し、波の角度に合わせて船首を少しずつ変える。俺には何を基準にしているのか分からないが、この人にとって海は道のようなものなのだろう。


「バロンさん、ファミート王国まではどれくらいなんですか?」

「本来なら半日ちょいってところだな。風が良けりゃ日が落ちる前には近くまで行ける。だが、今はなるべく海獣が出るって噂の海域を避けて進んでるから、もう少しかかる」

「やっぱり海獣は避けるんですね」

「当たり前だ。腕に覚えがあるやつほど、海の怖さを知ってる。海獣とやり合うなんざ、最後の最後だ」


 バロンの言葉は淡々としていた。

 それが逆に、海獣という存在の厄介さを物語っている。


「天災、か」

「ティア嬢ちゃんが言ってたやつだな。まあ、そう思っておいた方がいい。海じゃ、人は小さい。どれだけ強くても、船を沈められたら終わりだ」


 それはそうだ。


 俺が黄泉で何かを斬れるとしても、海に落ちれば話は変わる。足場もなければ、自由に動くこともできない。ティアの魔法も、船や海を巻き込むような大技は使いづらいだろう。


 戦う場所が変わるだけで、できることがこんなにも変わる。


 それを思うと、ガリアの坑道とはまた別の緊張感があった。


「しかし、魚の匂いが近づいてきた気がするのう」


 少し復活したティアが、鼻をひくつかせながら言う。


「本当に食べ物のことになると元気だな」

「食は命じゃからな」

「船酔いしてた人の言葉とは思えないな」


 そんなやり取りをしている間にも、《海燕》は海を進んでいった。


 時間が流れる。


 太陽は少しずつ傾き、青かった空に薄い橙色が混じり始める。海面も昼間の眩しさとは違う色になり、波の一つ一つが夕日を受けて赤く揺れていた。


 綺麗な景色だった。

 このまま何事もなくファミート王国に着けるなら、それが一番いい。


 そう思った直後。


 風が変わった。


「……ん?」


 俺は顔を上げる。


 さっきまで穏やかだった風が、急に冷たくなった気がした。帆がばたつき、船体が大きく揺れる。

 空を見ると、いつの間にか西の方から黒い雲が流れ込んできていた。


 早い。

 明らかに早すぎる。


 つい少し前まで快晴だった空が、みるみるうちに暗くなっていく。


「バロンさん」

「分かってる」


 バロンの声が低くなった。

 彼は舵を握り直し、鋭い目で海を見ている。


 波が高くなり始めていた。

 船体が持ち上げられ、落ちる。甲板の木がきしみ、帆が強く鳴った。


「ティア」

「うむ。妙じゃな」


 ティアも船酔いどころではなくなったのか、真剣な表情で海を見ていた。


「ただの天候悪化ではないのう。魔力の流れが、海の下から乱れておる」

「海の下から?」

「何かがおる」


 その言葉とほぼ同時だった。


 バロンが叫ぶ。


「来やがったかッ! 帆を絞る! お前ら、何かに掴まってろ!」


 海が盛り上がった。

 船の右舷側、少し離れた水面が不自然に膨らみ、白い泡が渦を巻く。次の瞬間、波間から黒い影が浮かび上がった。


 一つではない。

 二つ。

 三つ。


 さらに奥にも影がある。


「バロンさん、あれは?」

「セイレーンだ!」


 バロンは歯を食いしばりながら舵を切る。


「群れで来やがった。くそっ、よりによってこいつらか!」


 セイレーン。

 波間に浮かび上がったそれらは、上半身だけなら人に近い姿をしていた。


 長い髪。

 青白い肌。

 女のような顔立ち。


 だが、その腕には薄い膜があり、下半身は魚とも蛇ともつかない滑らかな鱗に覆われている。美しさと不気味さを無理やり混ぜ合わせたような姿だった。


「なんじゃ、セイレーンか」


 ティアが眉をひそめる。


「知ってるのか?」


「うむ。歌で人を惑わせ、船を海へ引きずり込む厄介な海獣じゃ」

「歌?」


 俺が聞き返した瞬間、声が聞こえた。


 歌だった。

 甘い。

 冷たい。


 耳の奥に絡みつくような声が、波音に混じって響いてくる。


 それは言葉になっているようで、なっていない。意味は分からないのに、なぜか聞き入ってしまいそうになる。


「耳を貸すな!」


 ティアが叫んだ。

 その声で、俺は我に返る。


 まずい。


 一瞬、意識が引っ張られた。

 

 海の方へ。

 波の向こうへ。

 歌声のする場所へ。


「ユウマ、ぼんやりするでない!」

「悪い!」


 俺は黄泉の柄に手を添え、意識を無理やり引き戻す。


 歌声はまだ続いている。


 しかも、周囲を見ればセイレーンの数はさらに増えていた。船の前方、左右、後方。まるで追いかけるように波間から姿を現し、《海燕》を取り囲んでいく。


「囲まれてるぞ!」

「分かってる! だが、今無理に突っ切れば船腹をやられる!」


 バロンが舵を握りながら叫ぶ。

 荒れた波が船を揺らし、甲板に海水が叩きつけられた。


 ティアが魔力を練る。

 だが、すぐには撃たない。いや、撃てないでいた。

 

 船の周囲に敵が多すぎる上に、波も荒れている。下手に大きな魔法を放てば、船ごと巻き込みかねない。


「相変わらず海とは面倒じゃのう」

「船酔いしてる場合じゃなくなったな」

「その話は忘れよ」


 軽口を叩きながらも、ティアの目は鋭かった。


 俺も黄泉に手をかける。

 足元は揺れている。


 風は強い。


 波は荒れ、歌声は耳の奥にまとわりついてくる。

 陸の上とは何もかも違う。


 セイレーンたちは、船を囲んだままゆっくりと近づいてくる。

 その瞳が、こちらを見ていた。


 人のように笑っている。

 獲物を見つけた獣のように。

 そして、波間からまた歌声が重なった。


 甘く、冷たく、深い海の底へ誘うような声。


 バロンが舵を握りしめる。


「振り落とされるなよ! ここからが本番だ!」


 《海燕》が大きく揺れた。

 目の前の波が、壁のように立ち上がる。


 その向こうで、無数のセイレーンが歌っていた。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ