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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第三章

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第43話「海獣と漁師」

 俺とティアの声が、受付所の中で綺麗に重なった。

 

 ファミート王国行きの船は、すべて欠航中。

 次の便も未定。

 早ければ数週間、悪ければ数か月は動かないかもしれない。

 

「どうする? これじゃ、ファミート王国には行けないぞ」

 

 俺が小声で言うと、ティアは腕を組んで眉を寄せた。

 さっきまで刺身のことで目を輝かせていたのに、今はその輝きがだいぶ曇っている。

 

「そもそも、なぜ欠航しておるのじゃ?」

 

 ティアが受付の女性へ問いかける。

 すると、女性は少し困ったように眉を下げた。

 

「最近、ファミート王国行きの航路に海獣が出るのさね」

「海獣か。また難儀じゃのう」

 

 ティアの表情が、分かりやすく曇った。

 さっきまでの食欲全開の顔ではない。

 警戒。

 それに近い色が、琥珀色の瞳に浮かんでいる。

 

「そんなに厄介なのか?」

 

 俺が聞くと、ティアは小さくため息を吐いた。

 

「海獣と言っても色々おる。小舟をひっくり返す程度のものから、島と見間違うほど巨大なものまでな。じゃが、共通しておるのは、一種の天災じゃということじゃ」

「天災……」

 

 地震や台風みたいな、自然の脅威ということだろうか。

 そう考えると、かなり厄介だ。

 

 生き物なら対処のしようがありそうにも思えるが、海の上では話が違う。足場は船で、逃げ場は限られている。相手の土俵で戦うことになる以上、ただ強ければどうにかなるというものでもない。

 

 受付の女性も、ティアの言葉に同意するように頷いた。

 

「お嬢ちゃんの言う通りさね。腕に覚えのある冒険者でも、海の上じゃ勝手が違う。大人しく待つのが一番だよ」

「そうですか……」

 

 俺は肩を落とした。

 

 ファミート王国。

 獣人の国。

 刺身。

 全部、目の前で遠ざかっていく。

 

「むぅ……サシミが……」

「そこなんだよな、問題は」

「重大問題じゃろうが」

「いや、まあ、俺も食べたいけど」

 

 そうは言っても、海獣が出る航路へ無理やり船を出せとは言えない。

 命あっての刺身だ。

 

 俺たちはひとまず受付所を出ることにした。

 外へ出ると、潮風が頬を撫でる。

 

 港では相変わらず人が行き交い、船乗りたちが縄を引いたり、荷を積み込んだりしていた。ただ、受付所の中で聞いた後だと、その活気の裏に少しだけ重いものが混じっているように感じる。

 

 ファミート王国行きの船が止まっているなら、この港にも影響は出ているはずだ。

 

 商人。

 船乗り。

 魚を扱う店。

 そして、海を渡れずに困っている人たち。

 

 欠航という一言の裏には、思った以上に多くの足止めがあるのだろう。

 

「さて、どうするか……」

「待つのは性に合わぬのう」

「だからって海獣に突っ込むのもな」

「妾は止めぬぞ?」

「止めてくれ」

 

 そんな話をしながら、俺たちは乗船場の近くで足を止めた。

 

 港の向こうには青い海が広がっている。

 太陽の光を受けて、波は穏やかに輝いていた。今見える範囲だけなら、とても天災と呼ばれるような怪物が潜んでいるとは思えない。

 

 だが、海は広い。

 見えているものだけがすべてではない。

 

「なぁ、あんたら」

 

 不意に、背後から声をかけられた。

 

 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 

 髪を後ろで一本に束ね、日に焼けた肌をしている。背は高く、肩幅も広い。服装は丈夫な布でできた船乗り風のもので、腕には縄の擦れた跡のようなものがあった。

 見るからに海の男だ。

 

「あんたら、ファミート王国に行きたいのか?」

「ああ、そうだけど……あんたは?」

「わりぃわりぃ。いきなり声をかけちまって。俺はバロン。漁師をやってるもんだ」

「俺はユウマ。こっちは連れのティアだ」

「妾がティアじゃ」

 

 俺たちは簡単に名乗り、バロンと握手を交わした。

 

 バロンの手は硬かった。

 厚い皮膚と、ところどころにできた古傷。毎日、網や舵や縄に触れている手だと分かる。

 

 バロンの視線が、俺の腰の黄泉へ向かう。

 それから、ティアへ。

 小柄な少女にしか見えないはずなのに、何かを感じ取ったのか、バロンは少しだけ目を細めた。

 

「あんたら、普通の旅人って感じじゃねぇな」

「まあ、多少は荒事にも慣れてます」

「そいつは助かる」

 

 バロンは周囲を軽く見回したあと、少し声を落とした。

 

「実はな、俺はファミート王国に住んでるんだ。漁師をしながら、向こうとこっちを行き来してる」

「ファミート王国の人なのか」

「ああ。けど、今はこっちに足止めされてる。娘が病気でな、薬を取りにグラハまで来てたんだが、海獣のせいで戻れなくなっちまった」

 

 バロンの表情が苦くなる。

 

「すぐ命に関わるような病気じゃねぇ。だが、薬が切れると悪くなる。あいつは小さい頃から体が強くなくてな。できるだけ早く帰ってやりてぇんだ」

「なるほど……」

 

 ティアが静かにバロンを見る。

 さっきまで刺身のことで騒いでいた時とは、少し違う顔だった。

 

「それで、俺たちに声を?」

「ああ。さっき、あんたらがファミート王国に行きたいって話してるのが聞こえてな」

 

 バロンは頭をかいた。

 

「定期船は出せねぇ。けど、俺の船なら出せる。もちろん、定期船ほど大きくはねぇし、海獣に見つかったら逃げ切れる保証もない。正直、危ない橋だ」

「それでも出るのか?」

「娘が待ってるからな」

 

 その一言に、変な飾りはなかった。

 だからこそ、重かった。

 

「もし、あんたらが護衛をやってくれるってんなら、俺の船に乗らないか? ファミート王国まで送る。俺は帰れる。あんたらも向こうに行ける。悪い話じゃないと思うんだが」

 

 俺はティアと顔を見合わせた。

 答えは、言うまでもない。

 

 危険はある。

 海獣という不安もある。

 

 けれど、このまま何週間も港で待っているわけにはいかない。何より、目の前には娘の薬を持って帰りたい父親がいる。

 

 見捨てる理由はなかった。

 

「是非頼む!」

「任せるのじゃ!」

 

 俺とティアは、ほとんど同時に答えた。

 バロンは一瞬だけ目を丸くし、それから大きく笑う。

 

「即答かよ。ありがてぇ」

「ただし、できるだけ海獣とは出会わない方向でお願いします」

「そりゃ俺も同じだ。海獣とやり合いたくて船を出す漁師なんざ、ろくなもんじゃねぇ」

「そう聞いて安心しました」

 

 隣でティアが腕を組む。

 

「腕が鳴るのう」

「お前、今の話聞いてたか?」

「聞いておる。できれば避ける。じゃが、出たなら仕方ない。叩く」

「できるだけ戦わない方向で行こうな?」

「むぅ。つまらぬ」

「海獣を娯楽扱いするな」

 

 なんでこんなにやる気満々なのか分からないが、天災と呼ばれているものに、できるなら関わりたくはない。

 

 少なくとも、船の上で戦うのは嫌だ。

 足場は揺れるし、逃げ場はないし、海に落ちたらそれだけでかなりまずい。

 

 黄泉がどれだけ斬れる刀になったとしても、海そのものを相手にできるわけではない。

 

「じゃあ、こっちだ。船を見せる」

 

 バロンはそう言って歩き出した。

 

 俺たちはその後についていく。

 

 港の奥へ進むにつれて、大きな商船は少なくなり、代わりに漁船や小型の船が増えていった。網が干され、樽が積まれ、魚の匂いが濃くなる。船乗りたちがこちらをちらりと見たが、バロンを見ると何かを察したように視線を逸らした。

 

 たぶん、彼が船を出そうとしていることを知っているのだろう。

 やがて、バロンは一隻の船の前で足を止めた。

 

「これが俺の船だ」

 

 そこにあったのは、定期船と比べればずっと小さな漁船だった。

 

 ただ、小さいと言っても二、三人しか乗れないようなものではない。帆もあり、荷を積む場所もある。手入れは行き届いていて、古びてはいるが、きちんと使い込まれた船という印象だった。

 

「名前は《海燕》だ。速さだけなら、そこらの船には負けねぇ」

「へえ……」

 

 俺は船体を眺める。

 木材の継ぎ目はしっかりしているし、縄や帆の状態も悪くなさそうだ。素人目だが、バロンがこの船を大事にしていることは分かった。

 

「いい船だな」

「分かるか?」

「鍛冶師だから船は専門外だけど、大事に使われてる道具かどうかくらいは分かる」

「ははっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 バロンは満足そうに船体を叩いた。

 その音は乾いていて、しっかりしている。

 

「出発は?」

「準備ができ次第だ。薬と最低限の積み荷はもう積んである。あんたらが乗るなら、水と食料を少し増やすくらいで済む」

「早いな」

「長居してる余裕がねぇからな」

 

 バロンの声に、父親としての焦りが滲む。

 俺は頷いた。

 

「分かった。俺たちもすぐ乗れる」

「よし。なら日が高いうちに出るぞ。夜の海は余計に危ねぇ」

「海獣は夜に出やすいのか?」

「分からねぇ。けど、見えねぇ海ほど怖いもんはない」

 

 その言葉は、妙に説得力があった。

 海を知っている人間の言葉だ。

 

 俺は改めて沖合へ視線を向ける。

 港から見る海は穏やかだった。

 青く、広く、眩しい。

 けれど、そのどこかに海獣がいる。

 

 天災と呼ばれる存在が。

 

「ユウマ」

 

 ティアが隣に立つ。

 

「なんだ?」

「サシミへの道は険しいのう」

「そこに戻るのかよ」

「当然じゃ。大事なことじゃろう」

「まあ、たしかに大事だけど」

 

 俺は苦笑した。

 一時はどうなることかと思ったが、どうにかなりそうだ。

 

 海獣の存在は気になる。

 危険なのも分かっている。

 

 けれど、この機会を逃せば、次にいつファミート王国へ渡れるか分からない。

 それに、バロンの娘の薬もある。

 行く理由は十分だった。

 

 バロンが船の上から手招きする。

 

「おーい、乗ってくれ。出航の準備を始めるぞ」

「ああ、今行く」

「うむ!」

 

 俺たちは荷物を抱え、《海燕》へと乗り込んだ。

 木の甲板が、足元でかすかに揺れる。

 

 潮風が吹き抜け、帆が小さく鳴った。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


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評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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