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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第二章

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第41話「海の向こうへ」

 ガリアでの騒動から、数日が過ぎた。

 

 街には、少しずつ以前の活気が戻り始めている。

 もちろん、すべてが元通りになったわけじゃない。魔鉱石の供給はまだ不安定で、職人たちの顔にも不安は残っていた。それでも、工房から響く槌音は以前より少しだけ力強く聞こえる。 

 壊れたものを、もう一度直そうとしている。

 そんな音だった。

 

 その日、ファウラーはガリアの民へ向けて、今回の一件を公表した。

 

 第七坑道で起きていた魔鉱石の横流し。

 魔鉱石ゴーレムの存在。

 チャロが調査中に拉致されていたこと。

 そして、それらにガルドが関わっていたこと。

 

 広場に集まったドワーフたちは、最初こそざわついていた。怒号もあったし、信じられないという声も聞こえた。けれど、ファウラーは逃げなかった。

 

 ただ、真正面から言葉を重ねていた。

 

「今回の件は、我々の管理体制の甘さが招いたものでもあります。二度と同じ悲劇を繰り返さぬよう、鉱山の安全確認、搬出記録の管理、魔鉱石の流通体制を根本から見直します」

 

 広場に響いたその声は、決して大きくはない。

 だが、不思議とよく通った。

 

「第七坑道で命を落とした者たちのことを、我々は忘れてはならない。ミラさんのような被害者を、二度と出してはならない。今回のような事件を起こさせないためにも、ガリアは変わります」

 

 ガルドの処遇については、まだ正式には明かされなかった。

 罪は罪として裁かれる。

 

 ただ、彼が知っている情報を聞き出す必要もあり、しばらくは厳重に拘束された上で取り調べが続くらしい。

 民の反応は様々だった。

 

 怒る者。

 黙り込む者。

 亡くなった者の名を聞いて、目を伏せる者。

 

 それでも最後には、誰かがぽつりと槌を鳴らした。

 カン、と一度。

 それに続くように、別の工房からも音が返る。

 カン、カン、カン。

 広場の空気が、少しずつ変わっていく。

 

 それは拍手ではなかった。

 けれど、ガリアの民なりの返事だったのかもしれない。

 

「不器用な国じゃのう」

 

 隣でティアが呟いた。

 彼女の白い髪には、今日も金の薔薇の髪飾りが留まっている。

 

「でも、悪くないだろ」

「そうじゃな」

 

 ティアは小さく頷いた。

 その横顔は、少しだけ穏やかだった。

 

 広場での報告が終わったあと、俺たちは議事館へ向かった。

 

 ファウラーとロダン、それからチャロへ出発の挨拶をするためだ。

 

 ロダンの体調は、まだ万全とは言えないらしい。それでも、チャロが戻ってからは顔色が少し良くなったように見えた。

 

「もう行くのか」

 

 ロダンが椅子に座ったまま、静かに言った。

 

「はい。そろそろ次に向かおうかと」

「そうか。お前さんたちには、本当に世話になった」

「いえ。俺たちだけじゃありません。エイネシアさんやファウラーさん、ティアもいましたし」

「妾もついでのように言うでない」

「ちゃんと言っただろ」

「順番が気に入らぬ」

「そこ?」

 

 ティアが不満そうに頬を膨らませると、チャロが小さく笑った。

 まだ疲れは残っているようだが、彼女も少しずつ元気を取り戻しているらしい。

 

「ユウマさん、ティアさん。本当にありがとうございました」

「元気そうでよかったです」

「はい。エイネ姉が毎食山盛りにするので、嫌でも元気になります」

「いいことじゃない」

 

 部屋の隅にいたエイネシアさんが、当然のように胸を張る。

 

「監禁されてた妹には栄養が必要です」

「量の問題を言ってるの!」

「食べれば治るって〜」

「エイネ姉、雑すぎ」

 

 チャロは呆れたように言ったが、嫌そうではなかった。

 エイネシアも、いつもの軽い調子に戻っている。

 

 けれど、その奥にはまだ冷たいものが残っていた。

 

 セルアレム公国。

 逃げた錬金術師ヴェルム。

 今回の事件に、その影があった可能性。

 それを考えれば、完全に気を抜けるはずもない。

 

「エイネシアさんは、これからどうするんですか?」

 

 俺が尋ねると、エイネシアさんは肩をすくめた。

 

「僕は一度、アストレアに戻るよ。今回の件を報告しないといけないし、セルアレム公国が関わってる可能性もあるからね」

 

 そこで、彼女の目が少しだけ細くなる。

 

「僕にとっても、セルアレムは因縁のある国だからね。もし、今回の件でセルアレムが関わっているなら放ってはおけない」

 

 いつもの軽い声。

 でも、その言葉の奥には重さがあった。

 

 亡命してきた国。

 ロダンさんに育てられる前の、エイネシアさんの過去。

 

 詳しいことはまだ分からない。

 けれど、今回の件は彼女にとっても他人事ではないのだろう。

 

「無理はしないでくださいね」

「それ、ユウマ君に言われると説得力ないなぁ」

「俺、そんな無茶してます?」

「してるじゃろ」

 

 ティアが即答した。

 

「迷いなく言うなよ」

「事実じゃ」

「うん。魔王ちゃんに同意かな」

「エイネシアさんまで」

 

 なぜか三対一になった。

 ファウラーさんまで少しだけ笑っている。

 味方がいない。

 

「まあ、君たちも気をつけてね。変な事件に巻き込まれそうな匂いがするし」

「それはエイネシアさんも人のこと言えないと思います」

「僕は自分から突っ込んでいくからね」

「もっと悪いですよ」

 

 エイネシアは楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て、チャロが少しだけ寂しそうな顔をする。

 

「エイネ姉、もう行くの?」

「うん。でもまた来るよ。じっちゃんの様子も見たいし、チャロがちゃんとご飯食べてるか確認しないと」

「だから、子供扱いしないで」

「妹はいつまでも妹です」

 

 エイネシアはそう言って、チャロの頭を軽く撫でた。

 チャロは少しむっとした顔をしたが、拒まなかった。

 

 その様子を見て、ロダンさんが静かに目を細める。

 戻ってきたものがある。

 完全ではない。

 失ったものも、傷ついたものも残っている。

 

 それでも、戻ってきたものは確かにあるのだと思った。

 

 議事館を出たあと、俺たちはロベリオの工房にも顔を出した。

 

 武器調達と装備の確認は、予定通り終わっていた。結局、大物を買うことはなかったが、黄泉を打ち直せた時点で、ガリアに来た意味は十分すぎるほどあった。

 

「もう行くのか」

 

 ロベリオは、相変わらず煤だらけの顔で言った。

 

「はい。お世話になりました」

「世話した覚えはあるが、礼を言われるほどでもねぇ」

「いや、かなり世話になりましたよ。黄泉の打ち直しも、髪飾りも」

「髪飾り?」

 

 ロベリオさんがちらりとティアを見る。

 ティアはぴくりと反応し、なぜか少しだけ胸を張った。

 

「な、なんじゃ」

「いや。似合ってるじゃねぇか」

「ふ、ふん。当然じゃ」

 

 そう言いながら、ティアは髪飾りにそっと手を添える。

 分かりやすい。

 ロベリオさんは鼻を鳴らして、俺に小さな革袋を投げてきた。

 

「持ってけ」

「これは?」

「簡単な工具と補修材だ。旅先で武器をいじる時に使え。黄泉みたいな化け物には役に立たねぇだろうが、普通の装備なら多少は見られる」

「いいんですか?」

「代金は次に来た時に払え」

「しっかりしてるなぁ」

「あたりめぇだ。まぁ、達者でな」

 

 俺は革袋を受け取り、頭を下げた。

 

「また来ます」

「炉を使いたくなったら来い」

「はい」

 

 ロベリオはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、俺たちが工房を出る直前に、背中越しに声をかけてきた。

 

「その刀に呑まれんなよ」

 

 俺は足を止める。

 腰の黄泉に手を添え、短く答えた。

 

「はい」

 

 その返事だけで十分だった。

 

 工房を出たあと、俺たちは宿へ戻り、荷物をまとめた。

 ガリアでの予定は終わった。

 

 武器や装備の調達。

 黄泉の打ち直し。

 魔鉱石不足の事件。

 

 思っていたよりずっと濃い滞在になってしまったが、そろそろ次の目的地を考える時期だ。

 

「さて、次はどこに行くかだな」

 

 宿の部屋で地図を広げながら、俺は呟いた。

 

 ティアは椅子に座り、足をぶらぶらさせながら地図を覗き込んでいる。

 

「山はしばらくよいのう」

「まあ、坑道はしばらく遠慮したいな」

「うむ。もっとこう、広くて、風が通って、美味いものがある場所がよい」

「最後が本音だろ」

「全部本音じゃ」

 

 ティアは真顔で言った。

 それから、ふと思い出したように顔を上げる。

 

「そうじゃ。久しぶりに、サシミを食べたいのう」

「……サシミ?」

 

 俺は思わず聞き返した。

 

「それって刺身のことか? 生魚を捌いた、あの?」

 

 ティアが目を丸くする。

 

「なんじゃ、知っておるのか」

「いや、知ってるも何も……俺のいた世界にもあった」

「ほう。なら話が早いのう」

 

 まさか、この世界にも刺身文化があるとは思わなかった。

 

 肉とパンとスープにはだいぶ慣れた。

 酒も美味い。

 

 だが、刺身。

 生魚。

 醤油のようなものがあるかは分からないが、その言葉を聞いただけで、胃の奥が妙に反応した。

  

 異世界に来てから、完全に諦めていた味だ。

 

「どこにあるんだ、その刺身文化」

「有名なのは海を渡った先にある、ファミート王国じゃの。獣人たちの国でのう、漁業が盛んで魚料理がうまい。中でもサシミはなかなかのものじゃぞ」

「獣人の国……海……刺身……」

 

 情報が一気に押し寄せてくる。

 獣人。

 海。

 魚料理。

 刺身。

 これはもう、行く理由として十分すぎる。

 

「決まりだな」

「早いのう」

「お前が言い出したんだろ」

「妾はサシミが食べたいと言っただけじゃ。行くと決めたのはおぬしじゃぞ」

「刺身って聞いたら仕方ないだろ」

「ふふん。ならば次はファミート王国じゃな」

 

 ティアは満足そうに笑った。

 地図を見ると、ファミート王国はガリア共和国からさらに西へ進み、港町から船で海を渡った先にあるらしい。

 

 山と鉄の国から、海と獣人の国へ。 

 景色も空気も、きっとがらりと変わるだろう。

 

 翌朝。

 俺たちはガリア共和国の門へ向かった。

 

 見送りには、ファウラー、チャロ、ロベリオ、そしてエイネシアが来てくれていた。

 ロダンは体調の都合で来られなかったが、チャロから小さな手紙を預かった。

 

「父からです。無理をせず、またガリアへ来てほしいと」

「ありがとうございます」

「あと、ティアさんへ。今度来た時は、ガリア料理をもっと用意するそうです」

「ほう。よい心がけじゃ」

「そこは普通に礼を言え」


 俺が後ろから、軽く頭にチョップをいれる。

 

「うぅ、感謝しておる……」

 

 ティアが少し涙目になりながら礼を言うと、チャロが笑う。

 ファウラーは俺たちへ深く頭を下げる。

 

「本当にありがとうございました。ガリアは、まだ多くの課題を抱えています。ですが、必ず今よりもっと良い国にしてみせます」

「ファウラーさんなら大丈夫だと思います」

「そう言っていただけると、少しだけ肩が軽くなります」


 ファウラーは苦笑した。

 

 その顔には疲れもある。 

 けれど、最初に会った時よりもずっと芯が通って見えた。

 

 エイネシアは、チャロの隣で軽く手を振る。

 

「ユウマ君、魔王ちゃん。またね」

「ちゃんを付けるなと言っておろう」

「偉大なる魔王様?」

「思ってもないこと言うでない」

「難しいなぁ」

「お前たち、最後までそれか」

 

 俺が呆れると、エイネシアは楽しそうに笑った。

 それから、少しだけ真面目な顔になる。

 

「ファミート王国に行くんだっけ。海路は天候が荒れることもあるから気をつけてね」

「分かりました」

「それと、もしセルアレム関係で何か見つけたら、無理に首を突っ込まないこと」

「それ、エイネシアさんに言われると説得力が……」

「僕はいいの」

「便利な理屈が多すぎる」

 

 ティアが小さく笑う。

 エイネシアは最後に、チャロの肩を軽く叩いた。

 

「僕もそろそろ行くよ。アストレアに戻って報告しないと」

「エイネ姉」

「ん?」

「ちゃんとまた来てね」

 

 チャロが言うと、エイネシアさんは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、いつもの笑みに戻る。

 

「もちろん。妹の食生活を監視しないといけないからね」

「それはもういい」

「よくない」

 

 二人のやり取りに、ロベリオが呆れたように息を吐く。

 

「賑やかな連中だな」

「そうですね」

 

 俺は笑いながら頷いた。

 

 ガリアの門を抜ける。

 背後から、槌音が響いている。

 

 カン、カン、カン。

 

 俺は一度だけ振り返る。 

 山の内側に作られた鍛冶の国。

 火と鉄と魔鉱石の国。

 

 そこで起きた事件は、簡単に忘れられるものではない。

 けれど、この国はまだ動いている。

 

 壊れたものを打ち直すように、少しずつ前へ進んでいくのだろう。

 

「ユウマ、早う行くぞ」

 

 ティアが前から呼ぶ。

 

「サシミが妾を待っておる」

「まだだいぶ先だけどな」

「待たせてはならぬ」

「まぁ今回は、同意見だな」

 

 いつものやり取りをしながら、俺たちは歩き出す。

 

 目指すは、海の向こう。

 獣人たちの国、ファミート王国。

 

 山と鉄の国を後にして、俺たちの旅はまた次の景色へ向かっていく。

 

 背後で響く槌音は、しばらくの間、俺たちの背中を見送るように鳴り続けていた。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


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評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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