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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第二章

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第40話「ガリアの火」

 議事館へ戻る頃には、ガリアの街に夕暮れの色が落ち始めていた。

 

 洞窟都市に本当の夕焼けはない。けれど、魔鉱石の灯りが一つ、また一つと点り始めると、街全体が昼とは違う柔らかな色に包まれていく。

 

 俺たちはその光の中を、ゆっくりと歩いていた。

 先頭にはファウラー。その後ろに、縄をかけられたガルド。

 

 チャロはエイネシアの背に負われ、疲れ切った顔をしながらも、しっかりと目を開けている。

 ティアは俺の隣を歩いていた。白い髪に留まる金の薔薇が、魔鉱石の灯りを受けて小さく輝いている。

 誰も多くは喋らなかった。

 

 さっきまで響いていた戦闘音が嘘みたいに、周囲にはいつもの槌音が流れている。

 

 カン、カン、カン。

 

 火と鉄の音。

 ガリアが生きている音だった。

 

 議事館に着くと、衛兵たちが一斉に顔色を変えた。ガルドの姿を見たからだろう。だが、ファウラーが短く指示を出すと、彼らはすぐに道を開ける。

 

「ロダン様の部屋へ」

「はっ」

 

 硬い声が返ってくる。


 俺たちはそのまま奥の部屋へ向かった。

 扉の前に立ったところで、ガルドの足が止まる。

 

 縄を持っていた衛兵が振り返ったが、ファウラーは手で制した。

 

「逃げるつもりですか」

「……逃げるなら、坑道で逃げてる」

 

 ガルドは低く答えた。

 その声には、もう怒鳴るような勢いはない。ただ、何かを飲み込むような苦さだけがあった。

 

 ファウラーは静かに頷き、扉を開けさせた。

 

 部屋の中には、ロダンがいた。

 椅子に座ったまま、厚い布を膝にかけている。顔色は相変わらず悪い。けれど、俺たちが入った瞬間、その目に強い光が戻った。

 

「チャロ……!」

「お父様……」

 

 エイネシアがチャロを下ろす。

 チャロは足元がおぼつかないながらも、ゆっくりとロダンのもとへ歩いた。

 

 ロダンは震える手を伸ばす。

 チャロはその手を取った。

 

「ただいま、戻りました」

「よく……よく無事で……」

 

 ロダンの声が震える。

 長い髭の奥で、唇がかすかに歪んでいた。

 

 チャロは何も言わず、ロダンの手を両手で包む。エイネシアも隣に立ち、少し照れくさそうに目を逸らした。

 

「エイネシア……お前も、よく連れて戻ってくれた」

「僕だけじゃないよ。ユウマ君も、ティアちゃんも、ファウラーも頑張った」

「ちゃんを付けるでない」

 

 ティアが小さく反論する。

 その声に、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩んだ。

  

 けれど、その緩みは長く続かなかった。

 ロダンの視線が、ガルドへ向いたからだ。

 

「……ガルド」

 

 その名が部屋に落ちる。

 ガルドは黙っていた。

 

 縄をかけられた両手を前に出したまま、視線だけを床へ落としている。

 ロダンはしばらく彼を見つめていた。

 怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。いや、きっとそのどちらもなのだろう。

 

「お前が、チャロを」

「……ああ」

「魔鉱石を横流しし、ゴーレムを作ったのも」

「ああ」

「ガリアを壊そうとしたのも」

「俺だ」

 

 ガルドは短く答えた。

 言い訳はしなかった。

 ロダンの手が、膝の上で震える。

 

「なぜじゃ、ガルド」

「分かってるだろ」

 

 ガルドはようやく顔を上げた。

 その目は赤く、疲れ切っていた。

 

「ミラのこと忘れたとは言わさねぇぞ」

 

 部屋の空気が重くなる。

 ロダンは目を閉じた。

 

「……あの子のことは、忘れたことなどない」

「忘れてねぇなら、なんであんたはまだ生きてる」

 

 ガルドの声が震えた。

 

「なんで、ガリアはまだ槌を鳴らしてる。なんで、あの子だけが帰ってこねぇ」

 

 それは問いではなかった。

 答えのない叫びだった。

 ロダンさんは、静かにその声を受け止める。

 

「儂は、ミラの腕を信じていた」

「それが間違いだったんだよ」

「ああ」

 

 ロダンさんは頷いた。

 その答えに、ガルドの表情が揺れる。

 

「記録の上で、儂が無理な採掘を命じた事実はない。ミラも現場責任者として、自分の判断で進めていた。そう言い訳することはできる」


 ロダンの声は、ひどく静かだった。

 

「じゃが、それでも儂は長だった。あの坑道を開け、ミラに任せる判断をした者の一人だ。ミラが戻らなかった以上、その責任から逃げるつもりはない」

「だったら……!」

 

 ガルドが歯を食いしばる。

 

「だったら、俺は誰を恨めばよかったんだよ……!」

 

 その声は、怒鳴り声ではなかった。

 泣き声に近かった。

 

「あんたを恨まなきゃ、俺は立っていられなかった。ガリアを恨まなきゃ、あの日から一歩も動けなかった。ミラが死んだのは事故だったなんて、そんな理屈で納得できるわけねぇだろ……!」

 

 ガルドは膝から崩れ落ちた。

 衛兵が動こうとしたが、ファウラーが手で止める。

 

 ガルドは床に額がつきそうなほど項垂れたまま、絞り出すように言った。

 

「俺は、あの子が認められたことが嬉しかったんだ。自慢だったんだ。なのに、今さらそれを認めたら……俺がミラを送り出したみたいじゃねぇか……」

 

 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 ガルドが本当に憎んでいたもの。

 それはロダンだけではない。

 ガリアだけでもない。

 娘を誇らしく思い、送り出した自分自身だったのだろう。

 

「ガルド」

 

 ロダンさんが、ゆっくりと口を開いた。

 

「儂を恨め」

 

 ガルドが顔を上げる。

 

「儂で足りぬなら、この国を恨んでもよい。お前が抱えてきた怒りを、なかったことにはせぬ。ミラを失った痛みを、忘れろとも言わぬ」

 

 ロダンさんの手が、椅子の肘掛けを強く握った。

 

「じゃが、生きている者を壊すことだけは許せぬ。チャロを傷つけ、ガリアの者たちを巻き込み、ミラの名を復讐の理由にすることだけは、絶対に許せぬ」

 

 ガルドは言葉を失った。

 

「ミラは、そんなことを望む娘だったか」

 

 その一言に、ガルドの顔が崩れた。

 大きな体が震える。

 

 拳を握り、歯を食いしばり、それでも止められないものが喉の奥から漏れた。

 

「……違う」

 

 掠れた声だった。

 

「あいつは、そんなこと……望まねぇ……」

 

 ガルドは床に額をつけた。

 

「俺は……何をしてたんだ……」

 

 その声は、部屋の中に静かに落ちた。

 チャロがロダンの手を握る力を強くする。


 エイネシアは何も言わず、ただその光景を見ていた。許したわけではない。けれど、見届けることから逃げる気もないのだろう。

 

 ファウラーが一歩前へ出た。

 

「ガルド。あなたの罪は、正式に裁かれます」

「ああ」

「魔鉱石の横流し、チャロ様の誘拐、魔鉱石ゴーレムの製造と起動。どれも軽い罪ではありません」

「分かってる」

「ですが、あなたが話すべきことはまだあります。協力した錬金術師についてです」

 

 その言葉に、ガルドはゆっくりと顔を上げた。

 

「……あいつはもういない」

「逃げたのですね」

「ああ。ゴーレムが起動した時点で、姿を消した。最初から俺を使い捨てるつもりだったんだろうよ」

 

 ガルドは乾いた笑いをこぼす。

 

「外の国の錬金術師だった。名はヴェルムと名乗っていたが、本名かどうかは知らねぇ。魔鉱石を使えば、魔法にも物理にも耐えるゴーレムが作れると言った。俺はそれに乗った」

「どこの者です」

「はっきりとは知らねぇ。ただ、持っていた道具や印に、セルアレム公国のものらしき紋があった」

 

 その瞬間、エイネシアの表情がわずかに変わった。

 ほんの一瞬だ。

 

 けれど、俺には見えた。

 セルアレム公国。

 エイネシアが亡命してきたという国。

 

「エイネシアさん」

「大丈夫」

 

 彼女は軽い声で答えた。

 けれど、その目は笑っていなかった。

 

「今はチャロとガリアの話が先」

 

 ファウラーは頷き、衛兵に指示を出す。

 

「隠し工房をすぐに調べてください。残された資料、道具、紋章、魔鉱石の流通記録、すべて押収を。ヴェルムという錬金術師の行方も追います」

「はっ」

 

 衛兵たちが慌ただしく動き出す。

 ファウラーは深く息を吐いた。

 

「魔鉱石の横流し経路は、これで大部分が判明しました。ガルドの名義で小口に分けられた搬出、旧搬出路、隠し工房。記録を洗えば、協力者も見つかるでしょう」

「魔鉱石不足は、少しずつ戻りますか?」

 

 俺が尋ねると、ファウラーは頷いた。

 

「すぐに元通りとはいきません。ですが、流れを止めていた原因が見えた以上、手は打てます。まずは鉱山と流通の管理を見直し、職人たちへ正確な状況を伝えるつもりです」

「隠していたことは、責められるかもしれぬぞ」

 

 ティアが言うと、ファウラーは苦笑した。

 

「覚悟しています。長とは、都合のいい時だけ名乗るものではありませんから」

 

 その言葉に、ロダンがわずかに目を細めた。

 

「ファウラー」

「はい」

「ガリアを頼む」

 

 短い言葉だった。

 けれど、ファウラーの表情がはっきりと引き締まる。

 

「必ず」

 

 その返事には迷いがなかった。

 ガルドはそのやり取りを黙って聞いていた。

 やがて、小さく呟く。

 

「……ミラは、この国が好きだった」

 

 誰も遮らなかった。

 

「坑道の石を見るのが好きで、職人がそれを武器や道具に変えるのを見るのが好きだった。ガリアの槌音を、綺麗な音だって言ってた」

 

 ガルドは自分の手を見下ろす。

 

「俺は、その音を恨んだ。あいつが好きだった音を、ずっと恨んでた」

「今からでも、向き合うしかありません」

 

 チャロが静かに言った。

 

「私たちも、ガリアも、たぶんすぐには戻れません。でも、残ったものを直すことはできます」

 

 ガルドはチャロを見た。

 しばらく黙ったあと、目を伏せる。

 

「……お前は、やっぱりミラに似てる」

「私はチャロです」

「分かってる」

 

 ガルドはかすかに笑った。

 笑ったというより、泣きそこねた顔に近かった。

 

「分かってるんだ」

 

 その後、ガルドは衛兵に連れていかれた。

 抵抗はしなかった。

 部屋を出る直前、彼は一度だけロダンを振り返る。

 

「ロダン」

「なんじゃ」

「……すまなかった」

 

 それだけだった。

 ロダンはすぐには答えなかった。

 ただ、静かに目を閉じる。

 

「その言葉は、儂ではなく、これからお前が傷つけた者たちへ返していけ」

「……ああ」

 

 ガルドは小さく頷き、衛兵に連れられて部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 その音が、やけに重く響いた。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 やがて、チャロがロダンの椅子のそばに膝をつく。

 

「お父様」

「チャロ……」

「心配をかけました」

「本当にじゃ」

 

 ロダンは震える手で、チャロの頭に触れた。

 エイネシアがそれを見て、ようやくいつもの調子を少し取り戻す。

「僕にも心配かけたよ。姉をもっと大事にしなさい」

「エイネ姉は昔から大げさ」

「ひどい。救出したのに」

「そこは感謝してる」

「そこだけ?」

「そこ以外は、あとで考える」

「チャロ、結構辛口になったね」

 

 軽いやり取りに、部屋の空気が少しだけ緩む。

 ティアが小さく息を吐いた。

 

「ひとまず、帰るべき者は帰ったというわけじゃな」

「そうだな」

 

 すべてが解決したわけではない。

 

 逃げた錬金術師ヴェルム。

 セルアレム公国の影。

 魔鉱石不足の後始末。

 ガルドの裁き。

 

 残された問題は、まだいくつもある。

 

 それでも、チャロは戻った。

 大型ゴーレムは止まった。

 ガリアを壊そうとしていた火種は、ひとまず消えた。

 

 それだけは確かだった。

 

 その日の夜。

 俺たちはファウラーの厚意で、議事館の食堂に招かれた。

 

 豪華というほどではない。温かいスープと、焼きたてのパン、燻製肉、じゃがいもの料理。それから、ドワーフたちが好む濃い酒が並んでいる。

 

 ティアは当然のように目を輝かせた。

 

「うむ。やはり食事は大事じゃな」

「さっきまでの重い空気を返せ」

「腹が減っては余韻も味わえぬ」

「そういうものか?」

「そういうものじゃ」

 

 妙に堂々と言うので、反論する気が少し失せた。

 エイネシアさんはチャロの皿に次々と料理を乗せている。

 

「食べ痩せすぎ! もっと食べなさい」

「そんなに乗せないで」

「駄目です。妹は姉の言うことを聞くものです」

「また姉ぶってる」

「姉ですぅ」

 

 チャロは困ったように笑いながらも、少しずつ料理を口に運んでいた。

 その様子を見て、ロダンの表情が穏やかに緩む。

 

 ファウラーは疲れた顔をしていたが、それでもどこか安堵しているようだった。

 

 俺はスープを口に運びながら、ふと窓の外を見る。

 ガリアの街には、まだ槌音が響いていた。

 

 カン、カン、カン。

 変わらない音。

 けれど、今は少し違って聞こえる。

 

 ただ鉄を打つ音ではない。

 壊れたものを、もう一度形にしようとする音だ。

 

「ユウマ」

 

 隣からティアが呼ぶ。

 

「なんだ?」

「肉を取ってくれ」

「自分で取れるだろ」

「遠い」

「近いだろ」

「妾は今日、頑張った」

「はいはい、そうだな」

 

 皿を渡すと、ティアは満足そうに燻製肉を受け取った。

 

 白い髪に留まった金の薔薇が、食堂の灯りを受けて小さく輝いている。

 その光を見て、少しだけ胸が温かくなった。

 

 失ったものは戻らない。

 それでも、残ったものを守ることはできる。

 壊れたものを、もう一度打ち直すこともできる。

 鍛冶と同じだ。

 

 折れたなら、溶かし直す。

 欠けたなら、補い直す。

 傷が残っても、それごと形にしていけばいい。

 

 ガリアの火は、まだ消えていない。

 なら、この国はきっと大丈夫だ。

 

 槌音が響く。

 

 その音に包まれながら、俺たちはようやく、長い一日の終わりを迎えた。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


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よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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