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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第二章

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第39話「戻らぬ者、残る者」

「ミラ……」

 

 ガルドが小さく、亡き娘の名を呼んだ。

 

 その声には、もう怒りの熱はなかった。何もかも燃え尽きた後に残る、冷えた灰のような響きだけがある。

 

 坑道の中には、崩れ落ちた大型ゴーレムの残骸が転がっていた。

 

 青白い光は消え、砕けた魔核の欠片が氷の粒をまとったまま地面に散らばっている。ついさっきまで暴れ回っていた怪物は、今やただの瓦礫でしかなかった。

 

 勝った。

 そのはずなのに、胸の奥に残っているのは、すっきりしたものではない。

 

 復讐のために作られた怪物。

 娘を失った父親。

 さらわれたチャロ。

 

 この場所には、あまりにも重たいものが積もりすぎていた。

 

「チャロ!」

 

 最初に動いたのは、エイネシアさんだった。

 白狼の精霊が消えた場所から駆け出し、ファウラーさんに支えられていたチャロへ駆け寄る。

 

「エイネ姉……」

「怪我は? 痛いところは? 気持ち悪くない? 変な薬とか飲まされてない?」

「一気に聞かないで……」

 

 チャロは弱々しく苦笑した。

 

 頬には汚れがつき、服もところどころ破れている。ひどく疲れているのは明らかだったが、その目にはちゃんと光が残っていた。

 

 生きている。

 それだけで、エイネシアさんの表情がわずかに緩む。

 

「遅くなってごめん」

「本当だよ。エイネ姉、昔から来るの遅いんだから」

「それ、今言う?」

「今だから言うの」

 

 チャロが小さく笑う。

 エイネシアさんも笑おうとしたが、うまく笑えなかったのか、代わりにチャロの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「生きててよかった」

「うん」

 

 短い言葉だった。

 けれど、その一言に全部が詰まっていた。

 

 俺はその光景を見て、少しだけ息を吐く。隣ではティアも静かに二人を見守っていた。

 

 いつものように茶化すことはしない。

 今だけは、それが正しいと思ったのだろう。

 

「ガルド」

 

 ファウラーさんが、低い声で名を呼んだ。

 

 ガルドは膝をついたまま、瓦礫を見つめている。肩と額からは血が流れていた。さっきチャロとファウラーさんを庇った時の傷だ。

 

 決して軽くはなさそうだが、本人は気にしていないようだった。

 

「あなたを拘束します」

 

 ファウラーさんの声には迷いがなかった。

 ガルドは顔を上げない。

 

「好きにしろ」

 

 ただ、それだけを言った。

 

「魔鉱石の横流し、チャロ様の誘拐、魔鉱石ゴーレムの製造。あなたのしたことは、到底見過ごせるものではありません」

「分かってる」

「国を壊そうとした。その罪も問われることになります」

「分かってるって言ってんだろ」

 

 ガルドは吐き捨てるように言った。

 だが、その声にさっきまでの勢いはない。怒鳴る力すら、もう残っていないように見えた。

 

「なら、どうして……」

 

 チャロが口を開いた。

 ファウラーさんに支えられながら、ゆっくりとガルドへ近づく。

 

「チャロ様」

「大丈夫です」

 

 チャロは短く答え、ガルドの前で足を止めた。

 

「どうして、さっき私たちを守ってくれたんですか」

 

 ガルドの肩がわずかに揺れる。

 

「知るか」

「でも、守ってくれました」

「違う。勝手に体が動いただけだ」

「それでもです」

 

 チャロはまっすぐにガルドを見た。さっきまで怯えていたはずなのに、今は逃げなかった。

 

「ガルドさんは、私を殺せたはずです。捕まえていた間も、殺そうと思えばできたはずです。でも、しませんでした」

「……黙れ」

「さっきも守ってくれました」

「黙れ」

「だから、ありがとうって言わせてください」

「黙れッ!」

 

 ガルドの叫びが、坑道に響いた。

 

 チャロは肩を震わせたが、それでも下がらない。

 ガルドは苦しそうに顔を歪める。

 

「礼なんざ言うな。俺はお前をさらった。利用した。殺そうとした。お前の親父を苦しめるために、お前を使った」

「それでも、私は生きています」

「俺が殺せなかっただけだ!」

 

 ガルドの声が震えた。

 

「お前が……ミラと同じ目をしていたからだ」

 

 その名が出た瞬間、空気が変わった。

 

 ミラ。

 ガルドの娘。

 

 第七坑道を任され、事故で命を落とした女坑夫。

 

「危ねぇと分かっていても、坑道の奥を見ようとする目だ。自分が見つけた違和感を放っておけねぇ目だ。あいつもそうだった」

 

 ガルドは片手で顔を覆った。

 指の隙間から、血と煤で汚れた顔が見える。

 

「俺は、止めればよかった。第七坑道を任されたって聞いた時、誇らしがるんじゃなかった。すごいじゃねぇかなんて、言うんじゃなかった」

 

 声が掠れていく。

 

「あいつは笑ってた。ロダン様に認められたって。自分の目が役に立ったって。坑道の連中が喜んでくれたって」

 

 ガルドの拳が震えた。

 

「俺も嬉しかった。娘が認められたことが、誇らしかった。だが、その仕事があいつを殺した」

 

 誰も、言葉を挟まなかった。

 ガルドは続ける。

 

「ロダンを恨んだ。この国を恨んだ。ガリアの槌音を聞くたびに、頭がおかしくなりそうだった。あの日からずっと、俺にはあの音が、ミラを奪った音にしか聞こえなかった」

 

 その言葉に、胸が重くなる。

 失ったものは戻らない。

 

 その痛みは、きっと外から見て分かるものではない。理屈で割り切れるものでもなければ、補償や謝罪で完全に埋まるものでもないのだろう。

 

 けれど。

 

「失った者は戻らぬ」

 

 ティアが静かに口を開いた。

 その声は、不思議と坑道の奥まで通った。

 

「じゃが、残った者まで壊してよい理由にはならぬ」

 

 ガルドは顔を上げる。

 ティアは腕を組み、まっすぐに彼を見ていた。

 

「おぬしの悲しみは本物なのじゃろう。娘を失った痛みも、消えぬのじゃろう。じゃが、その痛みでチャロを傷つけ、ロダンを苦しめ、ガリアを壊そうとした。そこに正しさはない」

「他人に説教されるとはな……」

「他人だからこそ言えることもある。壊すのは簡単じゃ。怒りに任せて火を放てばよい。じゃが、一度燃えたものは戻らぬ。残るのは灰だけじゃ」

 

 ガルドは何も言わなかった。

 ただ、崩れたゴーレムの瓦礫を見つめる。復讐のために作った怪物は、今まさに灰のように沈黙していた。

 

「僕は、あなたを許さないよ」

 

 エイネシアさんが言った。

 

 その声は静かだった。怒鳴るわけでも、責め立てるわけでもない。

 けれど、いつもの軽さはどこにもなかった。

 

「チャロをさらった。じっちゃんを苦しめた。この国を壊そうとした。そこは絶対に許せない」

 

 ガルドは目を伏せる。

 

「……ああ」

「でも、チャロを殺さなかったことと、さっき守ったことは覚えておく」

 

 エイネシアさんは、チャロの肩に手を置いた。

 

「それだけは、あんたの中にまだ残ってたものだと思うから」

 

 ガルドの喉が小さく鳴った。

 泣いているのか。

 怒っているのか。

 それとも、ただ息が詰まっただけなのか。

 俺には分からなかった。

 

 けれど、もう彼に抵抗する気はなさそうだった。

 ファウラーさんが近づき、腰に下げた縄を取り出してガルドの手を縛る。

 

 ガルドは黙ってそれを受け入れた。

 

「怪我の手当ても必要です」

「いらねぇ」

「必要です。あなたには、まだ話してもらわなければならないことがある」

「……好きにしろ」

 

 ファウラーは短く頷いた。

 その表情は厳しい。けれど、ただの怒りだけではなかった。

 

 長としての責任。

 国を守る者としての覚悟。 

 そして、目の前の男を裁かなければならない苦さ。

 それらが混ざっているように見えた。

 

「チャロ様。歩けますか」

「少しなら」

「無理はしないで。僕が背負うよ」

 

 エイネシアさんが当然のようにしゃがみ込む。

 

「えっ、でも」

「でもじゃない。妹は姉に甘えるものです」

「エイネ姉、そういう時だけ姉ぶる」

「こういう時に姉ぶらずに、いつぶるの」

 

 チャロは少しだけ困った顔をしたあと、素直にエイネシアさんの背に身を預けた。

 エイネシアさんは軽々と立ち上がる。

 

「軽いね。ちゃんと食べてる?」

「監禁されてた人に言うこと?」

「帰ったらご飯食べよう。じっちゃんにも顔見せないと」

「……うん」

 

 チャロの返事は小さかった。

 けれど、その声には安堵がある。

 

 俺たちは坑道を出る準備を始めた。

 

 瓦礫の中には、砕けた魔鉱石の欠片や、見慣れない金属部品が混じっている。ファウラーさんはそれを確認し、眉をひそめた。

 

「これは……ガリアの技術だけではありませんね」

「他国の錬金術師と繋がってたって話、本当みたいですね」

「ええ。後で詳しく調べます。おそらく、協力者はまだ外にいる」

 

 問題は終わっていない。

 魔鉱石ゴーレムを作る技術を持ち込んだ者。ガルドを利用した者。

 

 そいつはまだ、どこかにいる。

 

 だが、今はまずチャロを連れて帰るべきだ。そして、ガルドをロダンの前に連れていかなければならない。

 

 旧搬出路を戻る道中、誰もあまり喋らなかった。

 

 足音だけが、坑道の中に響いている。

 

 ガルドはファウラーさんに縄を持たれ、黙って歩いていた。その背中は、以前見た時よりもずっと小さく見える。

 やがて第七坑道の外へ出ると、冷たい坑道の空気から一転して、ガリアの街の熱が肌に触れた。

 

 遠くから、槌音が聞こえる。

 カン、カン、カン。

 いつもと同じ音。

 この街を支えてきた音。

 そして、ガルドが長い間、憎み続けてきた音だ。

 

 ガルドが足を止める。

 

「まだ、鳴ってやがるんだな」

 

 誰に言うでもなく、彼は呟いた。

 

「……あの日からずっと、俺には恨めしい音だった」

 

 チャロがエイネシアさんの背中から、静かに顔を上げる。

 

「でも、あの音があるから、ガリアは生きています」

 

 ガルドは何も答えなかった。

 

 ただ唇を噛み、槌音のする方へ目を向けている。その顔に浮かんでいたのは、怒りでも憎しみでもない。長い時間、見ないようにしていたものを、ようやく見つめ直しているような表情だった。

 

 ファウラーが静かに言う。

 

「ロダン様のもとへ行きましょう」

 

 その名に、ガルドの肩がわずかに揺れた。

 けれど、彼は逃げなかった。

 俺たちはガリアの街へ戻る。

 

 槌音が響く道を、ゆっくりと進んでいく。

 

 失った者は戻らない。

 けれど、残った者まで壊していい理由にはならない。

 

 その言葉が、胸の奥にずっと残っていた。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


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評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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