第38話「白狼の氷槍」
ゴーレムの胸部では、先ほど斬り裂いた外殻が青白い光を帯びながら塞がろうとしていた。
魔鉱石の層がうねり、岩の外殻が上から覆い被さっていく。
遅い。だが、確実に修復している。
時間をかければ、また振り出しに戻される。
「ティア!」
「分かっておる!」
ティアが両手を前へ突き出した。
彼女の周囲に展開された魔法陣が、一斉に回転する。
黒紫の魔力弾が雨のように放たれ、ゴーレムの胸部へ叩き込まれた。
だが、正面から撃っても魔鉱石に受け流される。
狙うのは、俺が斬った裂け目だ。
黄泉によって作られた切断面。
そこだけは、魔鉱石の流れが乱れている。
ティアの魔力が、その隙間へ食い込んだ。
「そこじゃ、ユウマ!」
「ああ!」
俺は腰を落とす。
黄泉の柄に指を添え、息を止める。
「神楽流抜刀術――壱ノ型《新月》」
抜刀。
赤黒い刃が走り、胸部の外殻を斜めに裂いた。
即座に納刀。
魔鉱石の装甲に、深い切れ込みが刻まれる。
そこへティアの魔力が流れ込む。
内部で爆ぜた魔力が、外殻の一部を吹き飛ばした。
「よし、効いてる!」
「調子に乗るでない! 来るぞ!」
ゴーレムが腕を振り上げる。
巨大な拳が、俺たちをまとめて叩き潰そうと落ちてきた。
避けるには遅い。
俺は黄泉に手をかける。
だが、その前にエイネシアが横から飛び込んできた。
「せーのっ!」
軽い掛け声。
けれど、放たれた斬撃は冗談みたいな威力だった。
エイネシアの大剣から放たれた斬撃が、ゴーレムの手首へ叩き込まれ、軌道をずらす。
巨腕は俺たちのすぐ横を通り過ぎ、地面を砕いた。
「助かりました!」
「いいよいいよ! でも長くは止められないから、急いでね!」
「十分です!」
砕けた地面を蹴り、俺はさらに前へ出る。
魔核までは、まだ届かない。
外殻。
魔鉱石の層。
その奥に魔核。
何重にも守られた中心部を、少しずつ剥がしていくしかない。
「もう一度!」
「うむ!」
俺は二度目の《新月》を放つ。
今度は横一文字。
黄泉の刃が魔鉱石の装甲を削り、ティアの魔法がそこへ入り込む。
青白い光が乱れた。
ゴーレムの再生が、一瞬だけ止まる。
「そこじゃ!」
ティアが放った魔法が、内部の魔鉱石を押し広げるように爆ぜる。
ぱきり、と嫌な音がした。
胸部の装甲に大きな亀裂が走る。
奥に、青白く輝く魔核を包む結晶層が見えた。
「見えた!」
「まだじゃ! あれを剥がさねば小娘の攻撃も届かぬ!」
「分かってる!」
ゴーレムが怒ったように全身を震わせた。
周囲の魔鉱石片が浮き上がり、俺たちへ殺到する。
ティアが舌打ちし、魔法陣を展開する。
「邪魔じゃ!」
黒紫の魔力弾が石片を撃ち落とす。
だが、すべては防ぎきれない。
俺は飛来する破片を黄泉で斬り払いながら前へ進む。
斬るたびに、身体の奥が少しずつ重くなる。
けれど、ここで止まるわけにはいかない。
視界の端で、チャロとファウラーさんを守るようにガルドが立っているのが見えた。
額から流れる血を拭いもせず、彼はただ呆然とこちらを見ている。
さっきまでガリアを壊そうとしていた男。
けれど、その身体はチャロを守るために動いた。
なら、まだ終わっていない。
あいつの中にも、まだ残っているものがある。
「ティア、合わせろ!」
「いつでもよい!」
俺は大きく踏み込んだ。
狙うは胸部中央。
魔核を包む高純度の魔鉱石層。
黄泉を抜く。
「神楽流抜刀術――壱ノ型《新月》」
赤黒い刃が、結晶層の表面を深く裂いた。
そこへ、ティアが両手を突き出す。
「その傷、押し広げてやるわ!」
黒紫の魔力が、刃の切れ目にねじ込まれる。
魔鉱石の層が内側から膨れ上がり、限界を迎えたように砕けた。
青白い破片が宙へ舞う。
その奥。
ついに、魔核が露出した。
脈打つ巨大な結晶。
大型ゴーレムの命そのもの。
「エイネシアさん!」
「待ってました!」
エイネシアが前へ出る。
だが、今度は大剣を振るわなかった。
彼女はゴーレムの目前で足を止め、片手を静かに前へかざす。
その足元に、白い魔法陣が広がった。
空気が凍る。
坑道の熱が一瞬で奪われ、砕けた魔鉱石の欠片に霜が降りていく。
エイネシアの表情から、いつもの軽さが消えた。
「おいで、白狼」
その声に応えるように、魔法陣の奥から白銀の狼が姿を現した。
透き通るような体毛。
氷の粒子をまとった四肢。
青白く輝く瞳。
それは魔物ではない。
もっと澄んだ、もっと古い気配を持つ存在だった。
隣でティアが目を細める。
「白狼の精霊か。小娘、なかなか面白いものを隠しておったのう」
「切り札は、ここぞって時に使うものでしょ」
エイネシアは白狼の頭にそっと触れた。
白狼が低く唸る。
次の瞬間、周囲の冷気が一点へ集まり始めた。
白狼の前方に、巨大な氷槍が形作られていく。
ただの氷ではない。
精霊の冷気と魔力が極限まで圧縮され、槍の先端が青白く鋭く輝いていた。
大型ゴーレムの魔核が、最後の抵抗のように光を放つ。
胸部から魔力が膨れ上がり、また光線を撃とうとしている。
だが、もう遅い。
エイネシアは退かなかった。
「ロダンのじっちゃんも、チャロも、ガリアも」
その瞳が、氷よりも鋭くなる。
「お前の復讐にくれてやるものじゃないんだよ」
白狼が咆哮し氷槍が放たれる。
白い軌跡が坑道の闇を貫き、露出した魔核へ一直線に突き進む。
轟音。
氷槍が魔核へ突き刺さった。
青白い結晶に、無数の亀裂が走る。
しかし、ゴーレムの魔核はまだ砕けない。
魔核が激しく脈打ち、氷槍を押し返そうとする。
「まだ……!」
エイネシアが歯を食いしばる。
白狼がさらに咆哮した。
氷槍の内部で、圧縮された冷気が爆ぜる。
魔核を包んでいた青白い光が凍りつき、亀裂が一気に広がっていく。
「砕けろ」
エイネシアの声が、静かに響いた。
次の瞬間、魔核が砕け散る。
青白い光が弾け、氷の粒子となって坑道に舞う。
大型ゴーレムの全身から光が消えていく。
巨体が揺らいだ。
一度。
二度。
そして、崩れ落ちる。
岩と金属の塊が地面へ落ち、坑道全体が大きく震えた。
粉塵が舞い上がり、視界が白く濁る。
その中で、エイネシアは白狼の精霊と並んで立っていた。
いつもの軽い笑みはない。
ただ、静かに崩れたゴーレムを見つめている。
「チャロは、返してもらうよ」
その言葉は、誰に向けたものだったのか。
ガルドへか。
ゴーレムへか。
それとも、過去に向けたものだったのか。
俺には分からなかった。
けれど、その背中は確かに、誰かの姉のものだった。
やがて、白狼の精霊が静かに姿を薄れさせる。
坑道の冷気も、少しずつ消えていった。
「……終わった、か」
ティアがぽつりと呟く。
「ああ。たぶん」
俺は崩れたゴーレムを見つめる。
もう、魔核の光はない。
再生する気配もなかった。
ガルドは、膝をついたまま瓦礫を見つめている。
復讐のために作った怪物。
ガリアを壊すはずだった魔鉱石ゴーレム。
それは今、ただの瓦礫になっていた。
「ミラ……」
ガルドが小さく、亡き娘の名を呼ぶ。
その声には、もう怒りの熱はなかった。
ただ、何もかも燃え尽きた後の灰のような響きだけが残っていた。
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