第37話「神楽流抜刀術」
次の瞬間、ゴーレムの胸部が眩く輝いた。
魔核を中心に、膨大な魔力が収束していく。
空気が震える。
肌が焼けつくような圧力に、背筋がぞくりとした。
まずい。
そう思った時には、すでに遅かった。
ゴーレムの胸から、高密度の魔力光線が放たれる。
「ユウマ!? 何をしておる! 早く避けるのじゃッ!」
ティアの叫びが耳に届く。
そうだよな。普通なら避ける。
あるいは同等以上の魔法をぶつけて相殺するべきだ。
真正面から受けるような攻撃じゃない。
まともに食らえば、人間の身体なんて跡形もなく消し飛ぶだろう。
だけど。
俺の手は、黄泉の柄に添えられていた。
逃げろ、ではない。
受けろ、でもない。
黄泉が俺に語りかけてくる。
まるで、自分の使い方を伝えるように。
斬れ、と。
俺は深く息を吸った。
肺の奥まで冷たい空気を入れ、ゆっくりと吐き出す。
腰を低く落とす。
余計な力を抜き、肩から指先までを静かに緩めた。
脱力。
けれど、意識だけは研ぎ澄ませる。
迫り来る魔力光線に視界が白く染まる。
その光が俺を飲み込もうとした瞬間、俺は柄を握った。
「神楽流抜刀術――壱ノ型《新月》」
ほんの一瞬。
黄泉を鞘から抜き放つ。
音も衝撃もない。
ただ、世界だけが暗転する。
まるで夜そのものが、坑道の中へ落ちてきたかのようだった。
魔力光線の轟きも、崩れる石の音も、誰かの息遣いさえも遠ざかる。
時が止まった。
そう錯覚するほどの静寂。
その中で、黄泉の刃だけが薄く光を引いた。
俺は斬り終えた姿勢のまま、静かに息を吐く。
そして、黄泉を鞘へ戻す。
ちん、と小さな納刀音が響いた。
次の瞬間、世界に色が戻ると俺へ迫っていた魔力光線が、左右に割れて霧散する。
その奥にいたゴーレムの巨体もまた、胸部から斜めに裂けていた。
高純度の魔鉱石を含んだ外殻ごと。
まるで、そこに最初から切れ目があったかのように。
上半身と下半身がわずかにずれ、轟音を立てて崩れ落ちる。
「なっ!?」
誰かが息を呑んだ。
「わーお! 凄い一撃! 全然太刀筋が見えなかったよ」
エイネシアさんが軽い調子で言う。
けれど、その声には明らかな驚きが混じっていた。
ティアも目を見開いている。
ファウラーやチャロに至っては、何が起きたのか理解できていないようだった。
だが、俺だけは歓声を上げる気になれなかった。
黄泉の柄から手を離さず、崩れたゴーレムを見据える。
「すみません」
俺は静かに言った。
「倒し損ねました」
その言葉と同時に、ゴーレムの中心部に埋まった魔核が強く光った。
崩れた岩片が震え出す。
砕けた外殻が、磁力に引かれる鉄粉みたいに集まっていく。
裂けた胴体が接合され、剥がれ落ちた腕が繋がり、失われた胸部が再構築されていく。
「こやつ、再生持ちかッ!」
ティアが舌打ちする。
「魔核を直接どうにかしないとヤバいな」
俺は眉をひそめた。
斬れなかったわけじゃない。
外殻も、魔鉱石も、確かに切断した。
けれど、魔核そのものには届いていなかった。
「あの魔核を狙うのは、骨が折れるだろうなぁ〜」
エイネシアさんが、いつもの軽い声で言った。
だが、その目は笑っていない。
その通りだ。
ゴーレムの魔核は、高純度の魔鉱石に包まれている。
さらにその外側を、硬質な岩の外殻が何層にも覆っていた。
並大抵の攻撃じゃ、貫通できやしない。
仮に外殻を剥がしても、魔鉱石の層を砕く必要がある。
しかも、相手は再生する。
時間をかければかけるほど不利だ。
再生を終えたゴーレムが、ゆっくりと動き出した。
重い腕が持ち上がる。
次はまた光線か。
そう身構えた直後、ゴーレムは予想外の動きをした。
崩れ落ちていた自分の身体の一部を掴み上げたのだ。
「……は?」
ゴーレムはそれを握り潰し、投げ飛ばしてきた。
砕けた石片が、散弾みたいにこちらへ飛来する。
「はあ!? ありかよそれッ!」
「言っとる場合かッ! こんな場所じゃ妾は役に立たんぞ!」
ティアが叫びながら魔法陣を展開する。
坑道内で大規模魔法を使えば、こっちまで巻き込まれる。
天井を崩せば全員生き埋めだ。
だからこそ、ティアは本来の火力を出せない。
「ぷぷぅ、魔王ちゃん。強いくせに、そういうとこはポンコツだよね〜?」
エイネシアがからかうように笑った。
「小娘が言ってくれるッ!」
ティアの額に青筋が浮かぶ。
次の瞬間、二人の周囲に無数の魔法陣が展開された。
ティアの魔法陣からは黒紫の魔力弾。
エイネシアさんの魔法陣からは青白い光弾。
まるで張り合うように放たれた弾幕が、飛来する石片を次々と撃ち落としていく。
爆ぜる石。
飛び散る粉塵。
坑道の中に、乾いた破裂音が連続して響いた。
それでも、数が多すぎる。
二人が撃ち落としきれなかった破片を、俺が黄泉で斬り落としていく。
一つ。
二つ。
三つ。
斬っても斬っても、石片は雨みたいに降ってくる。
くっそ、流石に防ぎきれない。
そう思った矢先だった。
大きな破片の一つが、俺たちの横を抜けた。
向かう先にいたのは、チャロとファウラーさん。
チャロは足がすくんだのか、動けていない。
ファウラーさんも彼女を庇おうとしていたが、間に合わない。
「チャロ!」
誰かが叫んだ。
俺も踏み出そうとした。
だが、距離がある。
ティアもエイネシアも、別の石片への対応で手が塞がっていた。
間に合わない。
誰もがそう悟った、その時。
「うぐッ!」
鈍い音が響いた。
チャロとファウラーさんの前に、ガルドが立っていた。
その背中が、二人を隠している。
飛んできた破片は、ガルドの額を掠めて砕け散っていた。
血が流れる。
額から頬へ。
赤い筋が落ちていく。
ガルドは苦しげに顔を歪め、その場に膝をついた。
「ガルド……どうしてあなたが……」
ファウラーは、信じられないものを見るように呟いた。
「知るか……」
ガルドは乱暴に吐き捨てる。
「気付いたら身体が勝手に動いてやがっただけだ……」
そう言って、額を押さえながら二人から目を逸らした。
強がっている。
それは誰の目にも明らかだった。
チャロが、おずおずとガルドに近づく。
そして、震える手で彼の手を握った。
「ガルドさん」
小さな声だった。
「守ってくれて……ありがとう」
「ッ!」
ガルドの肩が震えた。
その顔は見えない。
けれど、俺にはなんとなくわかった。
きっと今、チャロの姿を娘のミラと重ねている。
失ったもの。
守れなかったもの。
その痛みが、あいつの中でまだ生きているのだろう。
だからこそ、身体が勝手に動いた。
理由なんて、それだけで十分だった。
ゴーレムが再び腕を振り上げる。
長くは感傷に浸らせてくれないらしい。
俺は黄泉を握り直した。
「決着つけるぞ」
「うむ」
「そうだね、終わりにしよう!」
ティアが隣に並ぶ。
エイネシアさんも軽く肩を回し、背中の大剣を抜くと口元に笑みを浮かべた。
けれど、その瞳は鋭い。
俺はゴーレムの胸部を見据える。
狙うべきは魔核。
そのためには、まず外殻を剥がす。
次に、魔核を包んでいる魔鉱石の層を露出させる。
そこまでやれば、エイネシアさんなら届かせられるはずだ。
「エイネシアさん」
「なにかな?」
「俺とティアで、なんとか魔核を包んでる魔鉱石まで剥がします。トドメ、お願いできますか?」
「うん! 任せてよ!」
即答だった。
軽い。軽すぎるほどの返事。だが、不思議と頼もしい。
この人ならやれる。
そう思わせるだけの何かがあった。
俺は小さく息を吐く。
黄泉の柄に手を添え、腰を落とした。
隣ではティアが魔力を練り上げている。
坑道内の空気が重く震えた。
「いきます!」
俺とティアは同時に地を蹴った。
再生を続ける魔鉱石の巨人へ向かって、真正面から突っ込んでいく。
今度こそ。
あの魔核を、引きずり出す。
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