第3話「最初の依頼にオーガなんて論外だ」
翌朝、目を覚ました俺は、しばらく天井を見上げたまま動かなかった。
……生きてる。
いや、そりゃ昨日から生きてはいるんだが、こうしてちゃんとした寝床で眠って、朝になって、まだ身体が痛くないというのが妙に不思議だった。
前世じゃ、朝ってもっと憂鬱なものだった気がする。目が覚めた瞬間から身体が重くて、息を吸うだけで嫌になっていた。だが今は違う。むしろ寝すぎたかと思うくらい、身体が軽い。
「んん……」
ぐっと伸びをすると、骨が小気味よく鳴った。
その音を聞いただけで、少し笑いそうになる。
昨日は色々ありすぎた。転生して、白髪の少女と出会って、黄泉に宿った危険性を知って、勢いで冒険者登録まで済ませた。
だが、現実問題として一番大事なのはそこじゃない。
「……金だよなあ」
生きていくには金がいる。飯も、寝床も、服も、いつか工房を持ちたいならなおさらだ。
問題は、俺の手元にある武器が《黄泉》しかないことだった。
あれじゃ、使い物にならないもんなぁ。
いや、使おうと思えば使えるのかもしれないが、そのたびに魂だの供物だの言われる刀を、日常的な依頼で振り回す気にはなれない。というか、普通に怖い。
「まずは別の武器が要るな……」
呟いたところで、ふと昨夜見たステータスを思い出した。
そういえば、スキルに《鍛冶》ってあったな。
名前からして、生産系だろうし。もしかすると、今の俺にとってかなり大事な情報かもしれない。
ベッドの上に腰を下ろしたまま、心の中で念じる。
ステータスオープン。
半透明の黒い板が、すぐに視界の前へ現れた。慣れないが、やっぱり便利ではある。
その中から《鍛冶》の項目に意識を向けると、文字が揺らぎ、別の説明文が浮かび上がった。
スキル《鍛冶》
周囲に存在する素材・資源を用いて、自身のイメージした物を作り上げることが出来る。
なお、スキルによって生み出されたものは基本的に一定時間で崩壊し、製作に使用した材料も同時に消失する。
「おー……」
思わず声が漏れた。なかなか便利そうだ。
けど、一定時間で崩壊って、つまりは使い捨てってことだよな?
いや、今はそれで良い。むしろ、今みたいに武器がない状況ならありがたいスキルだ。
だが、ずっとこれ頼りってわけにもいかない。近いうちに、どこかでちゃんとした武器は手に入れないと駄目だろう。
とはいえ、ないより百倍マシだ。
「よし。とりあえず今日を凌ぐ分には十分か」
「何を一人でぶつぶつ言うておる」
扉の方から声がして、俺は顔を上げた。
そこには、当たり前みたいな顔でティアが立っていた。
「……なんで普通に入ってきてるんだよ」
「朝じゃからな」
「答えになってねえ」
「細かいことを気にする男は嫌われるぞ」
「余計なお世話だ」
ティアは気にした様子もなく部屋の中へ入ってきて、窓辺に寄りかかった。朝の光を受けた白い髪がきらりと揺れる。見た目だけなら本当に絵みたいに綺麗なんだが、中身がこれだ。
「で、今日はどうするのじゃ」
「まずは依頼をこなして金を稼ぐかな。無一文だし」
「うむ、よい心がけじゃ」
「黄泉は使えないし、近いうちに別の武器が欲しいな」
「まぁ、その方が賢明じゃの」
ティアが珍しく素直に頷いた。
この反応を見る限り、やっぱり《黄泉》は相当まずい代物らしい。俺自身も、昨日の気持ち悪さを思い出すだけで勘弁してほしい気分になる。
「じゃが、今日の依頼はどうするつもりじゃ?」
「まあ、なんとかなるだろ。鍛冶スキルもあるしな」
「ほう?」
「一時的なものらしいが、周りの素材で武器を作れるらしい」
ティアは少し驚いた後に、興味津々な表情を浮かべる。
「それは便利じゃな!」
「だろ?」
「使い潰し前提でなければの」
「そこは言うな」
さっそく俺たちは、朝飯を軽く腹に入れてから、ギルドへ向かった。
昨日も来た場所だが、朝のギルドはまた少し空気が違った。掲示板に張られた依頼書の前に人が集まり、受付には朝一番から列ができている。やる気があるのか、生活がかかってるのか、その両方か。
俺は掲示板の前に立ち、依頼書を端から見ていった。
薬草採取。荷物運び。街道の見回り。畑荒らしの駆除。いかにも駆け出し向けの仕事が並んでいる。
「まずは簡単なのがいいよな……」
黄泉は使えない。だから無理はしない。今の俺にはまず、この世界の戦い方に慣れる必要がある。
そう思って見つけたのが、ちょうどよさそうな依頼だった。
フォレストウルフ三体討伐。
森の浅い区域に出る魔物らしい。ランクも低い。駆け出し向けと書かれているし、報酬も最初の仕事としては悪くない。
「これだな」
そう呟いた瞬間、横から別の依頼書がぬっと差し出された。
「こっちにしようぞ」
見れば、ティアが得意げな顔で一枚の紙を突きつけてくる。
そこに書かれていた文字を見て、俺は思わず目を剥いた。
――オーガの討伐。
「お前バカなの!?」
「ばっ、なんじゃとっ! 報酬も高く、こっちの方がよいではないかっ!」
「いきなりそんなやつ倒せるかッ」
「妾がおるではないか」
どういう基準だよ。
仮にこいつがそれなりに強かったとしても、俺はそんな博打みたいな依頼の受け方をするつもりはない。というか、今日が実質初仕事だぞ。初仕事でオーガ討伐とか、死にに行くようなもんだろ。
それに――。
「お前、それCランク以上じゃないと受けられないぞ? 俺たちは冒険者になったばっかで、Fランクな?」
「なに!?」
ティアが依頼書を引っくり返す勢いで見直した。
「たかがオーガごときの討伐も受けられんとは……。人族の基準は、厳しいのう」
人族の基準って……妙な言い回しをするやつだな。
そもそも、オーガってあの鬼みたいなやつだろ? あんなのをピクニック感覚で倒しに行ける新人冒険者がいてたまるか。
「というわけで却下。今日はフォレストウルフだ」
「嫌じゃ嫌じゃっ! そんなんつまらんではないか!」
「つまらんとか言うな。こちとら命がかかってんだ」
「大げさじゃのう」
「お前が軽すぎるんだ!」
受付で依頼を受けると、案内役の受付嬢がにこやかに補足してくれた。
「フォレストウルフは連携してきますから、油断しないでくださいね。森の浅い場所に出ますけど、追い込みすぎて奥には入らないように」
「分かりました」
「あと、討伐証明は牙三本で大丈夫です」
「了解です」
隣でティアが、まだ未練たらしくオーガ討伐の依頼書を見ていた。ほんとに何なんだこいつ。
ギルドを出たあと、俺たちはそのまま近くの森へ向かった。
昨日目を覚ました森とは別方向らしいが、街の外れから少し歩くだけで、すぐ木々の匂いが濃くなってくる。人の気配が薄れ、土の匂いと草の青臭さが強くなっていく感じは嫌いじゃない。
「で、武器はどうするのじゃ」
「……今やる」
俺は足を止め、周囲を見回した。
落ちているのは、手頃な枝、石、乾いた蔓、あとは地面に半ば埋もれた鉄くずみたいな破片くらいだ。綺麗な素材とは言えないが、贅沢は言っていられない。
深く息を吸う。
そして、意識の中でスキルを使う感覚を探った。
《鍛冶》。
次の瞬間、足元の素材がふっと浮かび上がる。
「おお……」
思わず声が漏れた。
枝と鉄片が、見えない手で捏ねられるみたいにイメージに沿って形を変えていく。組み合わさり、削られ、圧縮され、ほどなくして一本の粗末な槍が俺の手の中に収まった。
見た目は決して立派じゃない。即席の武器だ。だが、重心は悪くないし、握った感触もちゃんとしている。
「ほう、便利ではないか」
「だな。それに使い方さえ分かればもっと応用も出来そうな気がする」
「いかにも壊れそうな見た目じゃがな」
「そこはまあ……言うな」
俺は槍を軽く振ってみる。
いける。少なくとも素手よりはずっといい。
それに《剣神の加護》のおかげか、不思議と武器の扱い方や身体の動かし方が分かるのは大きい。
少し進んだところで、茂みの奥から低い唸り声がした。
来た。フォレストウルフだ。
灰色の毛並みの狼型魔物が、三匹。木々の隙間からこちらを窺っている。昨日の魔物ほど禍々しくはないが、普通に怖い。牙も爪も、食らえば無事じゃ済まなそうだ。
「三体。ちょうどよいの」
「ちょうどよくねえよ。普通に怖いわ」
「なんじゃ、怖いのか?」
「こちとら、まともな実戦はこれが初めてなんでね」
言い終わる前に、一匹が飛びかかってきた。
「っ!」
反射で槍を突き出す。
手応え。浅い。だが、勢いは逸らせた。横から回り込もうとした二匹目に、ティアが軽く指を向ける。赤黒い光が弾け、魔物が地面を転がった。
「加減しろ! 討伐証明が消し飛んだらどうすんだ!」
「細かい男じゃのう」
「だからそこ大事なんだって!」
叫びながら、俺は一匹目へ踏み込んだ。
前世の俺なら有り得ない動きだった。身体が軽い。視界が広い。足がちゃんと前へ出る。その感覚に少しだけ驚きながらも、槍を横薙ぎに振るう。
フォレストウルフの肩口を打ち、体勢を崩したところへもう一撃。喉元へ突き込むと、短い悲鳴を上げて倒れた。
残る二匹。
一匹はティアの魔法で怯み、もう一匹は俺を睨んで低く唸る。
「来るぞ、ユウマ」
「見りゃ分かる!」
飛び出してきた二匹目を紙一重でかわし、その背へ槍を叩き込む。鈍い音。手の中の槍が少し軋んだ。やっぱり長持ちはしなそうだ。
「使い捨てってのは本当らしいな……!」
「文句を言うておる暇があるのか?」
「あるわけないだろ!」
最後の一匹が飛びかかる。
俺は半歩引いて躱し、すれ違いざまに槍の穂先を脇腹へねじ込んだ。血が散り、魔物はそのまま地面を転がり、やがて動かなくなった。
静かになった森の中で、俺は大きく息を吐く。
「ふぅ……終わったか」
「終わったのう」
ティアは服の裾を払いながら、いかにも物足りなさそうに言った。
「どうじゃ。オーガでもよかったじゃろう」
「よくねえよ」
俺は迷わず即答する。
討伐証明用に牙を回収していると、手の中の槍がふっと砂のように崩れ始めた。枝も鉄片も、最後には何も残らず消えていく。
「おお、ほんとに消えた」
「便利ではあるが、不便じゃの」
「ちゃんとした武器を早く手に入れないとな」
とはいえ、最初の依頼としては悪くなかった。黄泉に頼らず戦えたし、スキルの感覚も少し掴めた。何より、この身体ならちゃんとやっていけるかもしれないと思えた。
俺は回収した牙を見下ろし、小さく笑う。
「まあ……悪くないスタートだな」
「うむ。では次はオーガじゃな」
「行かねえよッ!」
森の中に、俺の即答が響いた。
あとがき
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