第2話「ギルド登録と、異世界の飯」
森を抜けるまでのあいだ、俺は何度も腰の《黄泉》へ視線を落としていた。
刀は抜いていない。ほんのわずかに鞘から上げただけだ。
それなのに、魔物は死んだ。しかも俺の方まで、あの気持ち悪さに襲われた。
得体が知れないにもほどがある。
「何度も見るでない。気色の悪い刀じゃのう」
前を歩くティアが、振り返りもせずに言った。
「好きで見てるわけじゃない。気になるだけだ」
「その気になるを抑えられぬと、いずれ死ぬぞ」
ずいぶん物騒なことをさらっと言う。
だが、否定できないのが腹立たしい。さっき視界に出た黒い板も、不気味さに拍車をかけていた。
黄泉の使用を検知。
供物が不足している。
不足分は使用者の魂より徴収される。
思い返すだけで、胃の奥がじわりと重くなる。
「……供物、か」
「なんじゃ」
「さっき出た文字だよ。供物が足りないとか、不足分は使用者の魂から徴収するとか、そんなことが書いてあった」
そこでようやくティアが足を緩め、肩越しにこちらを見た。
「ほう。やはりそういう類か」
「そういう類って何だよ」
「呪物、魔具、神具……呼び方は色々あるがの。強い力を持つものほど、扱う側にも対価を求める。おぬしの刀は、その最たるものじゃろう」
言いながらティアは《黄泉》へ目をやる。その視線には、露骨な警戒が混じっていた。
「供物が足りねば使用者の魂を持っていく、と。ならば答えは簡単じゃ。使わぬ方がよい」
「簡単に言ってくれるな」
「簡単な話じゃ。少なくとも、何がどう削られるかも分からぬ代物を、軽々しく抜こうなど正気ではない」
ぐうの音も出ない。
実際、あの時は助けることしか頭になかったとはいえ、結果だけ見ればかなり危なかった。魔物だけでは済まなかった可能性だってある。
なんで、こんなことになっているんだ。
俺が打った刀だぞ。最高傑作だとは思っていたが、こんなろくでもない代物を打った覚えはない。
いや、死の間際に打った一振りだ。覚えがないだけで、何かおかしなものを叩き込んでしまったのかもしれない。そう考えると、背中が少し冷えた。
しばらく沈黙が続いたあと、ティアがふいに口を開いた。
「で、おぬしはどこからきた」
「わからない。死んだと思ったら、気が付けばあの森にいたんだ」
ティアが怪訝そうな表情を向けてくる。
「生まれ変わり……にしては、歳を重ねておるな。となると、渡り人か?」
渡り人?
初めて聞く単語だった。
「それはどういうものなんだ?」
「詳しくは知らんが、稀にこことは違う世界の人間が、死の間際にこの世界へ渡ることがあるらしい。その者らを“渡り人”と言うそうじゃ」
「なるほど。ならそうなのかもしれないな」
つまり、それって予想通り異世界に転生したってこと……だよな。
我ながら現実感のない話だが、若返って森の中で目覚め、知らない魔物と白髪の少女に遭遇している時点で、今さら何を言っても遅い。
「試しにステータスオープンと念じてみよ。渡り人であれば、そこに名前の横に異世界人という称号がついておるはずじゃ」
「……ほう?」
なんだそれ。急にアニメとかゲームみたいな話になってきたな。
だが、さっきの黒い板もある。今さらステータス程度で驚くのも違うか。
俺は半信半疑のまま、心の中で念じてみた。
ステータスオープン。
次の瞬間、視界の前に半透明の黒い板が開かれる。
おお、本当に出た。
思わず足を止め、まじまじと見つめてしまう。
――――★――――
黒鉄 悠真(異世界人)
所有スキル【アクティブ】:《鍛冶》
所有スキル【パッシブ】:《全ステータス向上》《精神干渉無効》《異世界・言語理解》
加護:《鍛冶神の加護》《剣神の加護》《女神の寵愛》
――――★――――
おお。これがステータスってやつか。
なんか色々書いてあるな。
スキルが《鍛冶》ってことは、何か作ることができるってことか? いや、そりゃ鍛冶師なんだからそうなんだろうけど。
しかも《全ステータス向上》だの《精神干渉無効》だの、文字だけ見ると妙に強そうなものまで付いている。最後の《異世界・言語理解》に至っては、たぶん今こうしてティアと普通に会話できてる理由がそれなんだろう。
そして加護。
鍛冶神は、まあ分かる。職業柄、それっぽい。
剣神も、刀を打ったからかもしれない。
でも、女神の寵愛って何だ?
知らん。そんなものに好かれた覚えはまったくない。
「どうじゃった?」
ティアの声で我に返る。
「あ、ああ。ついてたよ。どうやら俺は、渡り人らしい」
「なるほどのう。であれば、その刀も向こうのものか。どうりで気味が悪いわけじゃ」
散々な言われようだな。これ、俺の最高傑作なんだぞ。
抜刀して見せつけてやりたい気持ちはあった――が、すぐにやめた。むやみやたらに抜いて、またさっきみたいになったらたまったものじゃない。
というか、今は刀の格好良さより現実だ。
生きるためには、飯がいる。寝床もいる。職もいる。
異世界に来たからって、腹が減らなくなるわけじゃない。むしろ前より元気な身体になったせいか、もう腹の奥が空っぽみたいだった。
「なあ、この世界で生きていくには、やっぱり職がいるよな」
「当たり前じゃ。霞でも食って生きるつもりか?」
「俺は精霊かっ!」
「ん? 精霊はそんなもん食わぬぞ?」
いや、知らねーよっ!
精霊なんているかどうかも今初めて知ったわッ!
「俺は、向こうの世界で鍛冶師をやってたんだ。どっか良い工房は知らないか? それさえ分かれば職にはありつける気がする」
するとティアは少しだけ考えるように目を細め、それから肩をすくめた。
「残念じゃが、妾も余所者でな。職人どもの国なら知っておるが、方向が真逆じゃ。とりあえず、この先にあるアストレア王国の首都ヘンデルで冒険者にでもなってはどうじゃ? 妾も付き合うぞ?」
「冒険者、か」
口に出すと、なんだか急に異世界っぽい。
鍛冶師として工房に入れれば一番良かったが、伝手も何もない今の俺には贅沢な話だろう。とりあえずの稼ぎ口としては悪くないのかもしれない。
「なら、そうするよ」
「うむ。決まりじゃの」
ティアは満足げに頷いた。
付き合うぞ、と言ったが、こいつはこいつで勝手についてくる気満々らしい。まあ、この世界の常識を知らない俺にとっては助かる面もあるが。まさか、どこまでもついてくるつもり……では、ないよな?
そんなこんなで歩き続け、森を抜けた先でようやく街道へ出た。
さらにそこからしばらく進むと、遠くに高い城壁が見えてくる。
「……でかいな」
「首都じゃからの」
――アストレア王国、首都ヘンデル。
門前には人の出入りがあり、荷車を引く商人らしき男たちや、槍を持った衛兵までいる。もうそれだけで、異世界に来たんだという実感がじわじわ込み上げてきた。
門を通る時には簡単な確認だけで済んだ。ティアがやけに堂々としていたせいか、衛兵も深くは突っ込んでこなかった。あいつ、見た目は少女なのに態度だけは妙に貫禄がある。
街の中へ入った瞬間、俺は思わず立ち止まりそうになった。
石畳の道。立ち並ぶ木と石の建物。通りを行き交う人々。見たこともない服、見たこともない獣を引いた荷車、露店から漂う香ばしい匂い。
ファンタジーだ。
いや、本当に。
「なんじゃ、きょろきょろして」
「いや……まあ、その……すげえなって」
語彙が死ぬくらいには、普通にすごかった。
病室と工房の往復で終わりかけていた人生のあとに、こんな光景を見ることになるとは思っていない。
見知らぬ街並みが、ただ歩いているだけで新鮮だった。
「ほれ、まずはギルドじゃろ」
「あ、ああ。そうだな」
すれ違う人に道を聞き、ティアについていくがまま辿り着いたのは、いかにもそれっぽい大きな建物だった。
中へ入ると、ざわついた空気が一気に押し寄せてくる。酒の匂い、革の軋む音、誰かの笑い声。受付には列ができていて、壁には依頼書らしき紙がいくつも貼られていた。
異世界の冒険者ギルド。
なんかもう、そのままだな。
受付に並び、必要事項を説明される。名前、出身、年齢、得意分野。出身のところは少し困ったが、ティアが横から「訳ありの辺境育ちじゃ」と適当に補ってくれた。多分よくないが、今はそれで通すしかない。
手続きそのものは思ったより簡単だった。
登録証を受け取った時、ようやく少しだけ実感が湧く。
「これで今日から冒険者じゃな」
「鍛冶師なんだけどな、俺」
「細かいことは気にするでない」
細かいことかなあ、そこ。
だが、今は食い扶持を得るのが先だ。鍛冶一本で食っていくにしても、まずはこの世界での足場がいる。
手続きを終えた俺たちは、ティアがご馳走してくれるというので、そのまま近くの食堂へ入った。
俺の腹が、もう限界だった。
この世界に来て、まだなにも口にしていない。
席につき、適当に薦められた料理を頼む。しばらくして運ばれてきたのは、大皿に盛られた肉料理と、香草の匂いが立つスープ、それから焼きたてのパンだった。
見た目だけでもう美味そうだ。
「なんじゃ、そんな顔をして」
「いや……久しぶりに、ちゃんと飯って感じがして」
前世では、食事すら苦痛だった時期が長かった。食べても吐く。食欲はない。味もよく分からない。あれを飯と呼ぶには、あまりにも惨めだった。
だから、今、こうして温かい料理を前にしているだけで、少し変な気分になる。
俺はスープを一口すする。
「……っ」
言葉が出なかった。
――うまい。
いや、うますぎる。出汁の効いた塩気がすっと身体に染みていく。肉も柔らかい。パンは外が香ばしくて、中がふわっとしていた。
なんだこれ。
異世界の飯、めちゃくちゃうまいな!
「おぬし、妙に大げさな反応じゃのう」
「いや……、これは本当に美味い!」
そう返しながら、もう一口食う。
熱い。うまい。ちゃんと味がする。ちゃんと腹に落ちていく。
ああ、そうか。
俺、こういうのがしたかったんだな。
ただ働いて、ただ病に削られて終わるんじゃなくて。好きな時に好きな場所へ行って、美味いものを食って、見たい景色を見て、もう少し自由に生きたかった。
湯気の向こうで、ティアがじっとこちらを見ていた。
「……なんじゃ」
「いや」
俺はパンをちぎって、少しだけ笑う。
「ふと思ったんだ。この世界では、好きに生きようってさ」
「ほう?」
「美味いもん食って、色んな景色見て、気ままに旅でもして。そのうち、また自分の工房を持てたら最高だなって」
口に出してみると、不思議としっくりきた。
さっきまで何も分からなかったのに、今は少しだけ輪郭が見えた気がする。
今世でどう生きたいか。
その答えは、案外単純だった。
自由に生きたい。それだけだ。
ティアは数秒黙って、それから小さく鼻を鳴らした。
「ささやかじゃのう」
「悪いかよ」
「んや、悪くはない。変な野心家よりは信用も出来る。それに妾も元より旅が目的じゃ。ならば、しばらくは同行しようかの」
「え、ついてくんの?」
おごってもらっておいて言える立場ではないが、正直一人で自由気ままにってのがしたい。人が増えると気も使うだろうし。
それにコイツの素性を何も知らない。なんなら、嫌な予感しかしない。
「別に問題なかろう? おぬしはこの世界に不慣れ。妾は人の街を見て回りたい。ならば、一緒の方が都合がよい」
確かに、それはそうだ。
俺はまだこの世界のことをほとんど知らない。常識も、土地勘も、仕事の流れも何もかもだ。一方ティアは怪しいし、妙に偉そうだし、とんでもない事とか言い出しそうな雰囲気はあるが、少なくとも俺よりはこの世界に詳しい。
それに、あの森で別れたところで、どうせまた何かに巻き込まれる気しかしなかった。
「……まあ、しばらくはいいか」
「うむ。決まりじゃな」
ティアは満足げに頷く。
その顔を見て、少しだけ嫌な予感もした。だが同時に、一人じゃないことへの妙な安心感もあった。
異世界に転生して俺は冒険者になり、異世界の飯のうまさを知り、そして今世をどう生きたいかをようやく決めた。
自由に旅をして、美味いものを食って、色んなものを見て回る。
その先で、いつかまた自分の工房を持つ。
……まさか、その時まで隣にこの白髪の少女が当然みたいな顔で座っているわけ……ないよな?
あとがき
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