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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第一章

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第1話「死んだはずの俺は、森で白髪の少女と出会った」

 最初に感じたのは、空気だった。


 ひどく()んでいて、肺の奥までまっすぐ入り込んでくる。息を吸っても痛みがない。喉は焼けつかず、胸の内側を()びた刃で引っかかれるような不快感もなかった。


 それがあまりに不思議で、俺はしばらく目を閉じたまま呼吸を繰り返していた。


 吸う。


 吐く。


 また吸う。


 たったそれだけのことが、信じられないくらい楽だった。

 目を開けると、頭上には青空があった。雲が流れ、枝葉が風に揺れ、鳥の鳴き声が遠くから届いてくる。


「……は?」


 思わず声が漏れる。

 工房じゃない。病室でもない。そもそも屋内ですらなかった。


 どこだ、ここ……。見たこともない景色。

 死後……の世界にしては、どうにも生々しいな。


 俺はゆっくりと身を起こす。背中に触れる地面は少し湿っていて、服の(すそ)には草が絡んでいた。どう見ても本物の森の中だ。

 困惑した次の瞬間、今度は身体の違和感に気づく。

 

 軽い。呼吸も、腕も、脚も、全部が軽い。

 立ち上がってもふらつかない。息を吸っても、吐いても、あの嫌な咳が出ない。


 肺の奥に巣食っていた鈍痛も、熱に浮かされたような倦怠感(けんたいかん)も、何もかも消えていた。


 俺は自分の両手を見つめる。

 血色がいい。痩せこけた骨ばった手じゃない。肌には張りがあり、指先にもちゃんと力が入る。試しに拳を握って開いてみると、関節は軽やかに動いた。


 本当に、俺……なのか?

 

 これが自分の身体だとは、とても思えなかった。


 その時、ふと水の流れる音が耳に入る。

 俺は導かれるようにそちらへ歩き、木々の間を抜けた先で小さな川を見つけた。()んだ水面を覗き込んだ瞬間、思わず眉をひそめる。


「……うそ、だろ」


 映っていたのは、若い男の顔だった。

 見覚えがないわけじゃない。面影はある。


 確かに俺だ。だが、死にかけのやつれた鍛冶師の顔じゃない。頬はこけておらず、肌色も悪くない。せいぜい十代の終わりか、二十歳そこそこ。そんな顔だった。


 俺は死んだはず――。

 工房で《黄泉》を打ち上げ、そこで意識は途切れた。なのに今は、知らない森で若返って生き返っている。


「まさか……転生ってやつ、なのか?」


 口にしてから、自分で何を言ってるんだと思った。だが、それ以外に説明がつかない。

 ふと、川の(かたわ)らに黒い(さや)が落ちているのが目に入る。


 手を伸ばして拾い上げる。ずしりとした重み。見慣れた(さや)(つば)の形も手に馴染む感触も、間違えようがない。


《黄泉》だ。


「お前まで……」


 ますます意味が分からない。

 死んだはずなのに若返っていて、しかも知らない森にいる。その上、前世で打った最後の刀まで手元にある。


 そこまで考えたところで、腹の底に響くような爆発音が森を揺らした。


 ――ドンッ!!


 地面がわずかに震え、枝に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。


「今のは……!」


 反射的に顔を上げる。

 雷じゃない。もっと近い。何かがぶつかり、弾けたような音だった。


 警戒すべきだと頭では分かっていた。目が覚めたばかりで、状況は何一つ分かっていない。なのに、俺の足はもう音のした方へ向かっていた。


 病に(むしば)まれていた頃では考えられないくらい身体が軽い。木の根を飛び越え、枝葉をかき分け、斜面を駆け下りる。風が頬を打ち、肺に新鮮な空気が流れ込む。そのたびに、今の身体が本当に自分のものなのか分からなくなった。


 やがて森が少し開けた場所へ出る。

 そこで俺は、目の前の光景に足を止めた。


「なんだ、あれ」


 白髪の少女が、魔物と戦っていた。

 歳は中学生くらいに見える。腰まで届く白い髪が揺れ、整った顔立ちは人形みたいに綺麗だった。だが、その姿はあまりにも場違いだった。


 彼女の周囲には、ぴりぴりと張り詰めた空気が渦巻いていた。そこに立っているだけで、周囲の温度が変わったように感じる。見た目は華奢(きゃしゃ)な少女でしかないのに、(まと)っている気配だけが異様だった。


 一方、少女を囲んでいるのは三匹の魔物だ。


 狼に似てはいる。だが二回りは大きい。黒ずんだ毛並みは泥でも浴びたみたいに濁り、赤黒い目はぎらぎらと光っていた。口元から垂れる(よだれ)は紫がかっていて、地面に落ちた草がじわりと腐っていく。


 なんだあの生き物……。

 少なくとも、日本にはいない。やっぱり、ここは――


鬱陶(うっとう)しいのう」


 少女が軽く片手を振るった。

 瞬間、赤黒い光が空中に走る。火球のようでいて、もっと重たく禍々しい何かだった。それが一匹の魔物を吹き飛ばし、近くの木へ叩きつける。


 だが、残り二匹は怯まず左右から飛びかかった。

 危ない。そう思うより先に、俺の身体は動いていた。


「おい!」


 叫びながら駆け出す。

 少女がこちらを見る。その一瞬で、魔物の爪が喉元へ迫った。


 俺は考える前に、《黄泉》へ手をかける。

 抜けば届く。助けられる。そう思った、その瞬間だった。


「よせっ!」


 少女の鋭い声が飛ぶ。だが、その制止より先に、俺の親指が鯉口(こいくち)を押し上げていた。

 かち、と小さな音がする。


 刃は、ほんの一瞬だけ。

 (さや)からわずかに覗いただけだった。


 それだけで、一帯の空気が塗り潰されたように変わった。


 ぞわり、と背筋を撫でるような悪寒が走る。

 冷たい、なんて生易しいものじゃない。底の見えない井戸の中を覗き込んだ時みたいな、引きずり込まれそうな寒気だった。(さや)の隙間から()れ出たものは、ただの殺気でも、圧でもない。


 死だ。


 もっと濃く、もっと禍々(まがまが)しい、形のある死が、そこにあった。


 な……ん、だ。これ……ッ!


 飛びかかっていた魔物たちの動きが止まる。

 赤黒い目を見開き、喉の奥から引きつったような声を漏らしたかと思うと、次の瞬間には三匹とも糸が切れた操り人形のように地面へ崩れ落ちた。


 すぐさま、刀を納めなおすも魔物たちは、ぴくりとも動かない。

 この一瞬で死んだらしい。


「……っ!?」


 次の瞬間、何が起きたのか理解するより先に、俺の全身を凄まじい不快感が襲う。


 胃の中を素手で掴まれて()き回されるような吐き気。頭の内側に泥水(でいすい)を流し込まれたような眩暈(めまい)。胸の奥を直接握り潰されるような息苦しさに、俺はその場へ膝をついた。


「はぁ……っ、はぁ……!」


 呼吸はできる。なのに気持ち悪い。全身に嫌な汗がにじみ、視界の端がじわじわと暗くなっていく。


 足音が近づいてくる。

 顔を上げると、白髪の少女が呆れたように俺を見下ろしていた。


「まったく、おぬしは何を考えておるのじゃ。そのような得体の知れないものを持ち歩くだけじゃなく、抜刀しようなどと正気の沙汰ではないぞ」

「……はぁ、はぁ。こいつは……俺が打った刀だ」


 息を整えながら、なんとかそれだけ絞り出す。


 すると少女は、眉をぴくりと動かした。


「はあ? 自分で打ったじゃと!? 呆れた……。おぬし、この世界を壊すつもりか?」

「……そっちこそ、何を言ってんだ。そもそもここはどこなんだ」


 言い返した途端、少女の表情がわずかに変わる。驚いたように目を細め、それきり数秒だけ沈黙が落ちた。

 森を吹き抜ける風の音だけが、その場を通り過ぎていく。


「……おぬし、さてはわけありじゃな?」


 やがて少女がそう言った。


「話を聞こう……にも、ここじゃ都合が悪いの。どれ、少し歩くぞ」


 そう言って、彼女はくるりと背を向ける。


 怪しい。どう考えても怪しい。得体の知れない力で魔物と戦っていた上に、言葉遣いまで妙に偉そうだ。今の会話だけで信用しろと言う方が無理だろう。だが、俺にはこの世界の常識がない。

 ここがどこかも分からないし、《黄泉》に何が起きたのかも分からない。なら、今はこの少女に付いていくしかなかった。


「……ああ」


 立ち上がると、少女はこちらを振り返りもせずに歩き出す。


「そういえば名乗っておらなんだの。(わらわ)は、“魔王”ティアじゃ」


 ……は? いま魔王って言ったか……?

 いやいや、流石に設定かなんかだろ。喋り方も変だし、見た目も中学生だし。

 

 それに魔王がこんなところにいるわけない。これは厨二病(こじ)らせて信じ込んでるパターンだな。 


「俺は……ユウマだ」

「ユウマ、か。変なやつじゃが、名は悪くないのう」

「そりゃどうも」

「礼を言われるほど褒めてはおらぬ」

「……お前、余計な一言って知ってる?」

「はて、知らんな」


 そんな調子で会話を交わしながら、俺はティアの後を追った。


 森の中は思ったより深い。木漏れ日がまだらに落ちる地面を踏みしめるたび、腰に差した《黄泉》がやけに重く感じられた。

 

 しばらく歩いたところで、さっきの異質な気配を思い出す。


 あれは明らかに普通じゃなかった。そもそも魔物が一瞬で死んだのも意味が分からない。俺はちゃんと抜いてすらいない。ほんのわずかに(さや)を鳴らしただけだ。


「……なあ」

「なんじゃ」

「さっきの、何だったんだ」

「知るか」

「は?」

(わらわ)が知っておるのは、おぬしの刀がろくでもない代物じゃということだけじゃ。それほど濃い死の気配を(まと)うなど、そうそうあるものではない」

「死の気配って……」

「少なくとも、軽々しく抜いてよいものではない。分かったら二度と迂闊(うかつ)に触るでないぞ」

「自分で打った刀なんだけどな……」

「それが信じられぬと言うておる」


 ティアは肩越しにちらりと俺を見た。


「まあ、おぬしが本当に何も知らぬ顔をしておるのは分かった。だから話を聞くと言うておるのじゃ」


 そこで言葉が切れる。

 同時に、俺は無意識に腰の《黄泉》へ視線を落としていた。

 

 その瞬間だった。


 視界の中央に、何の前触れもなく半透明の黒い板が浮かび上がる。


【黄泉の使用を検知】

供物(くもつ)が不足しています】

【不足分は使用者の魂より徴収(ちょうしゅう)されます】


「……は?」


 思わず足が止まった。

 黒地に白い文字。感情のない、事務的な文面だった。まるで役所の通知か何かみたいに淡々としているのが、逆に不気味だった。


「どうした」


 前を歩いていたティアが振り返る。


 俺は《黄泉》から目を離せないまま、乾いた唇を舐めた。


「……いや。ちょっと、意味の分からねえもんが見えた」


 供物(くもつ)

 魂。

 徴収(ちょうしゅう)


 嫌な単語ばかりが頭の中でこだまする。

 

 異世界に転生した初日。健康な若い身体を手に入れた俺は、得体の知れない白髪の少女と、得体の知れない刀を抱えて森を歩いていた。


 どう考えても、平穏な始まりじゃなかった。

あとがき


見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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