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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第二章

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第33話「金の薔薇と琥珀石」

 打ち直した《黄泉》を腰に戻したあとも、しばらく俺はその場から動けずにいた。


 鍛冶場の熱が肌を叩いている。


 炉の火は赤々と燃え、金床には先ほどまで黄泉を打っていた余熱が残っていた。


 身体が重い。魔力を持っていかれたせいだろう。

 立っているだけなのに、疲れが全身を襲う。


 けれど、不思議と気分は悪くなかった。


 黄泉は静かだった。

 前よりもずっと。

 もちろん、危険がなくなったわけじゃない。


 死の気配は、今も刀身の奥に眠っている。抜いている間は俺の魔力を吸い続けるし、その力を解放すれば代償も発生する。

 それでも、普通に抜けるようにはなった。

 

 それが俺にとってはとても大きい意味を持つ。


「どうした。まだ何かあんのか?」


 作業台の上を片づけていたロベリオが、こちらを見て眉をひそめた。


「あ、いえ……」


 そこで俺は、ふと工房の奥へ視線を向ける。


 火の入った炉。

 並べられた工具。

 金床。

 細かな金属片。


 鍛冶師にとって、これ以上ないほど魅力的な空間だった。


 そして、頭の中に一つの光景が浮かんだ。


 昨日、街で見たアクセサリー店。

 店先に並んでいた、琥珀色の石を使った髪飾り。

 それをじっと見つめていたティアの横顔。


 欲しいとは言わなかった。

 いらない、とも言った。

 

 けれど、あの時の視線はまだ覚えている。


「ロベリオさん」

「あ?」

「工房、もう少しだけ借りてもいいですか?」


 ロベリオは露骨に嫌そうな顔をした。


「お前さん、さっきまであんなじゃじゃ馬打ってたんだぞ。まだ何かやる気か」

「はい。ちょっと作りたいものがあって」

「武器か?」

「いえ。髪飾りを作りたくて」

「はあ? 髪飾り?」


 ロベリオの目が半分になった。


 黄泉を打った直後に髪飾りと言われたら、そういう顔にもなるだろう。


「何だってまた」

「世話になってるやつに、贈り物をしようかと思って」

「女か」

「まあ、そうですね」

「ほう」


 ロベリオの口元がわずかに歪む。


「違いますよ。そういうんじゃなくて」

「俺は何も言ってねぇ」

「顔が言ってます」

「職人は目で語るもんだ」

「そういう時だけ便利な職人気質を出さないでください」


 ロベリオは鼻を鳴らすと、鍛冶場の端を顎で示した。


「あっちの炉なら使っていい。細工用の工具もその棚にある。ただし壊すなよ。壊したら弁償だ」

「ありがとうございます」

「あと、材料はタダじゃねぇ」

「もちろん払います」

「ならいい」


 ロベリオはそう言うと、棚から小さな箱を一つ取り出した。


 中には、細かな金属片や小さな石がいくつか入っている。


「髪飾りなら、武器用の金属じゃ重すぎる。こっちを使え。金は少量でいい。宝石は加工しないと、大きいかもな。琥珀石は……ちょうど小ぶりなのがある」


 ロベリオは箱の中から、透き通った琥珀色の石を一つつまみ上げた。


 炉の光を受けて、石の内側が柔らかく輝く。

 その色を見た瞬間、ティアの白い髪が頭に浮かんだ。


「それ、売ってもらえますか?」

「ああ。値はまけねぇぞ」

「分かってます」


 俺は代金を支払い、琥珀石と金を受け取った。

 手のひらに乗るほどの小さな材料。

 

 けれど、何を作るかは決まっていた。


 薔薇だ。


 金で花弁を作り、その中央に琥珀石を埋め込む。

 派手すぎず、でもティアの白い髪に映えるもの。


 あいつは口では「妾に装飾品など不要じゃ」と言いそうだ。


 でも、たぶん似合う。

 

 いや、絶対に似合う。


「にやけてんぞ」

「にやけてません」

「いーや、にやけてる」

「集中します」

「そうしろ。細工物は浮ついた手で触ると歪むぞ」


 そっちが意識するようなこと言うからだろ。

 

 と、言いたい気持ちを押し込めて、ロベリオの言葉に、俺は背筋を伸ばした。


 細工用の炉の前に立つ。


 刀を打つ時とは、まるで勝手が違った。

 武器は強度と重心、刃の入り方、扱いやすさを考える。

 だが、装飾品は全く別の世界。


 軽さ。繊細さ。

 身につけた時の角度。

 髪に留めた時、どう見えるか。


 手に取った時、痛くないか。

 金具が引っかからないか。


 考えることが細かい。


 力任せに打てば形は潰れる。熱を入れすぎれば金は柔らかくなりすぎる。琥珀石も、扱いを間違えれば割れてしまう。


「まず花弁を作るなら、薄く伸ばせ。だが薄くしすぎるな。髪飾りは身につけるもんだ。見た目だけ綺麗でも、すぐ曲がるようじゃ話にならねぇ」

「はい」

「刀鍛冶の手つきで細工物を触るな。潰すぞ」

「……難しいですね」

「あたりめぇだ。小さいものほど、雑な腕が目立つ」


 ロベリオの指示を受けながら、俺は金を慎重に熱する。

 赤く染まりすぎないように、炉の温度を見ながら少しずつ形を整えた。


 花弁を一枚。

 また一枚。


 金を薄く伸ばし、(やすり)で縁を整え、わずかに曲げる。


 大きすぎても駄目だ。

 小さすぎても、薔薇には見えない。


 花びらが重なった時、自然に見える角度を探す。


 何度も何度も、失敗した。

 少し力を入れすぎて歪んだものもある。

 熱を入れすぎて形が甘くなったものもあった。


 そのたびにロベリオが横から口を出す。


「違う。そこは押すんじゃねぇ。逃がすんだ」

「逃がす?」

「金属の行き場を作れ。力を全部ぶつけりゃいいってもんじゃねぇ。細工物は叩いて作るんじゃなく、誘導して形にするんだ」

「誘導……」

「相手を見ろ。素材がどう曲がりたがってるか考えろ」


 武器作りとは別物だ。

 けれど、根っこは同じなのかもしれない。

 

 素材を見て、火を見て、形を考える。

 こちらの都合だけを押しつければ、歪む。

 相手の性質を読み、その上で形へ導く。


 鍛冶とは、そういうものなのだろう。


 気づけば、俺は夢中になっていた。

 黄泉を打った時とは違う集中。

 

 命を削るような緊張ではない。


 誰かのことを考えながら、少しずつ形を作っていく時間。

 それは、穏やかなのに熱を持っていた。


「その嬢ちゃん、どんなやつなんだ」


 ふと、ロベリオが聞いてきた。


「嬢ちゃん?」

「髪飾りを贈る相手だよ」

「ああ……」


 俺は少し考える。

 ティアを一言で説明するのは、なかなか難しい。


「偉そうで、よく食べて、すぐ人をからかって、たまに物騒で、でも困ってる人を放っておけないやつ……ですかね」

「褒めてんのか、それ」

「褒めてますよ、一応」

「そうかい」


 ロベリオは短く笑った。


「なら、雑に作れねぇな」

「はい」


 俺は花弁を重ねていく。


 金の薔薇。

 中央には、琥珀石を置く。


 石を留めるための爪を作るのが、一番難しかった。

 強く押さえれば石が割れる。

 弱ければ外れる。


 爪の角度、厚み、曲げる力。

 すべてを慎重に調整する必要がある。


「そこは息を止めるな」

「え?」

「細工物に集中しすぎると息を止める奴がいる。手が硬くなる。呼吸しろ」

「……はい」


 言われて、初めて息を詰めていたことに気づいた。


 ゆっくり息を吐く。

 手の力を抜く。

 琥珀石を包むように、金の爪を曲げていく。


 かちり、と小さな感触があった。

 石が収まる。


 ロベリオが覗き込み、ふんと鼻を鳴らした。


「悪くねぇ」

「本当ですか?」

「ああ、良い感じだ」


 俺は安堵しながら、最後の仕上げに入った。


 薔薇の縁を磨く。

 金具の角を落とす。


 髪に差した時に痛くならないよう、留め具の内側を滑らかにする。


 俺は作業に没頭して時間を忘れていた。

 気づけば、工房の外は暗くなり始めている。


 朝に来たはずなのに、いつの間にか一日が過ぎていた。


 最後に柔らかな布で全体を磨く。

 金の薔薇が、炉の光を受けて淡く輝いた。

 中央の琥珀石は、温かい光を抱いている。


 派手ではない。

 けれど、白い髪にはきっと映える。


「できた……」


 思わず呟いた。


 手のひらの上に、小さな髪飾りがある。

 金で作った薔薇。

 その中心に収まる琥珀石。


 ロベリオが横から見て、静かに頷いた。


「初めてにしちゃ上出来だ」

「ありがとうございます」

「だが、まだ荒い。花弁の厚みが少し揃ってねぇし、留め具も少し硬い。次に作るならそこを直せ」

「はい」


 容赦ない評価だった。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 むしろ、ちゃんと見てくれているのが分かる。


「琥珀石にはな」


 ロベリオがふと口を開いた。


「心を包み込む優しさ、なんて意味があるらしい」

「……それ、知ってたんですか」

「石を扱う職人なら、多少はな。まあ、石言葉なんざ信じるかどうかは人それぞれだが」


 俺は手の中の髪飾りを見つめる。


 心を包み込む優しさ。


 その言葉は、意外なほどティアに合っている気がした。

 

 あいつは魔王だ。

 口は悪いし、態度は偉そうで、すぐ調子に乗る。

 

 でも、困っている人を見捨てない。

 

 坑夫の救助にも迷わず向かった。

 ロダンやチャロの話にも、まっすぐ向き合った。


 昨日だって、義妹を探すエイネシアと、弱った爺様と、困った国があると言っていた。


 本人は意識していないのかもしれない。

 けれど、あいつにはそういうところがある。


「色だけじゃなくて、意味もあいつに合ってますね」

「なら、渡してやんな」

「はい」

「ただし、渡し方まで俺に聞くなよ。そこは専門外だ」

「いやいや、流石にそこまでは聞きませんよ」

「どうだかな」


 ロベリオは面白そうに笑った。


 俺は髪飾りを布で包み、慎重に小箱へ入れる。

 壊れないように懐へしまうと、ようやく一日の疲れがどっと押し寄せてきた。


 黄泉の打ち直し。

 髪飾り作り。


 さすがに一日で詰め込みすぎたかもしれない。


「今日はありがとうございました」


 俺が頭を下げると、ロベリオは手をひらひらと振った。


「礼はいい。代金はもらった」

「それでも、助かりました」

「……また何か作りたくなったら来い。炉が空いてりゃ貸してやる」

「いいんですか?」

「ただし有料だがな」

「そこはしっかりしてますね」

「あたりめぇだ。じゃなきゃ、職人なんてやってらんねーよ」


 どこかで聞いたような台詞に、俺は思わず笑った。

 

 ロベリオにもう一度礼を言い、俺は工房を出る。

 外へ出ると、ガリアの街はすっかり夜の色に染まっていた。


 魔鉱石を使った街灯の灯りが点々と輝いている。通りにはまだ工房の火が残り、遠くから槌音がかすかに聞こえていた。


 朝とは違う、静かな熱を帯びた街。

 

 俺は懐の小箱にそっと触れる。

 中には、金の薔薇と琥珀石の髪飾り。


 ティアが見つめていたものとは違う。

 けれど、あいつのために作ったものだ。


「喜んでくれたらいいな」


 小さく呟く。

 

 たぶん、素直には喜ばないだろう。

 偉そうに腕を組んで、別に欲しかったわけではないとか言うかもしれない。


 それでも、少しくらいは笑ってくれるといい。


 そんなことを考えながら、俺は暗くなったガリアの街を歩き出した。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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