表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/47

第32話「新生黄泉」

 ロベリオの声は低かった。

 

 さっきまでのぶっきらぼうな職人の声ではない。目の前に置かれた《黄泉》を見て、何かを見抜いた者の声だった。

 

「……一応、刀のつもりですけど」

「つもり、ねぇ」

 

 ロベリオは鼻を鳴らすと、作業台に置かれた黄泉をじっと見下ろした。

 

 黒い鞘に収まったままの刀。

 見た目だけなら、少し不気味な黒刀に見えなくもない。

 

 けれど、こいつの本質はそんな生易しいものじゃない。

 

 ロベリオは指先で鞘に触れようとして、すぐに手を止めた。

 

「……触る前から嫌な感じがしやがる」

「分かるんですか?」

「分かるも何も、こいつは隠す気がねぇ。鞘に収まってるのに、奥から冷たいもんが漏れてる。こりゃ刀というより、形だけ刃物にした何かだな」


 ロベリオは魔鉱石の欠片を一つ手に取ると、黄泉の横に置いた。

 

 青白い魔鉱石の光と、黄泉の黒。

 その二つが作業台の上で並ぶと、鍛冶場の熱が少しだけ遠のいたような気がした。

 

「手紙には軽く書いてあったが、もう一度聞くぞ。こいつは抜くとどうなる?」

「死の気配が漏れます。弱い魔物なら、それだけで魂を喰われると思います」

「物騒にも程があんだろ」

「俺もそう思います」

「こりゃ、妖刀……だな」

 

 ロベリオは眉間に皺を寄せ、しばらく黙った。

 それから、黄泉と魔鉱石を交互に見る。

 

「魔鉱石には、魔力や呪いの流れを受け流す性質がある。正しく加工すれば、外に漏れる力を抑えることもできる」

「じゃあ、黄泉の死の気配も?」

「可能性はある」

 

 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 

「ただし、勘違いすんなよ? 呪いを消すわけじゃねぇ。死の気配そのものを消すわけでもねぇ。あくまで、刀身の中に押し留めるだけだ」

「押し留める……」

「ああ。抜いても漏れ出さないようにする。その代わり、刀身の中に閉じ込め続けるには力がいる。おそらく、抜刀している間は使用者の魔力を吸い続けることになる」

 

 抜いている間、魔力を吸われ続ける。

 それは決して軽い条件ではない。

 

 だが、抜いただけで周囲に死の気配が漏れる今よりは、よほど扱いやすい。

 

「死の気配を使う時は?」

「そいつは別だ」

 

 ロベリオは即答した。

 

「刀の中に閉じ込めたものを、お前さんの意思で外に出すなら、その分の代償は当然発生する。手紙にも書いてあったが、この刀はただの呪物じゃねぇ。もっと深いところで理を食ってる。魔鉱石程度で、そいつの根っこまでは変えられねぇ」

「つまり、普通に抜くことはできるようになる。でも、本気で死の気配を使えば今まで通り代償がある」

「そういうことだ。便利な刀になるわけじゃねぇ。危ねぇ刀を、少しだけまともに握れる形にするだけだ」

 

 それで十分だった。 

 いや、それだけでも大きい。

 

 今までの黄泉は、抜くこと自体に危険があった。

 

 けれど、もし普通に抜刀できるなら。

 

 死の気配を解放しなくても、黒刀として戦えるなら。

 それだけで、あの魔鉱石ゴーレム相手にも取れる手は増える。

 

「お願いします」

 

 俺が頭を下げると、ロベリオは面倒くさそうに肩を鳴らした。

 

「言われなくてもやる。エイネシアの手紙とロダンのおじきの名前を出されちゃ、無視はできねぇ」

 

 そう言うと、ロベリオは火箸を手に取り、慎重に黄泉を挟んだ。

 鞘からわずかに刀身を引き抜く。

 

 ほんの数寸。

 

 それだけで、鍛冶場の空気が変わった。

 

 炉の火が揺れる。

 熱があるはずなのに、足元から冷たいものが這い上がってくる。

 

「……っ」

 

 ロベリオの顔が険しくなる。

 だが、彼はそのまま黄泉を金床の上へ置いた。

 魔鉱石の欠片を砕き、粉に近い形へと整える。さらに別の薬剤らしきものを混ぜ、青白い粒子を刃の周囲に散らした。

 

「魔鉱石はな、ただ熱を入れて叩けばいいってもんじゃねぇ。熱を入れすぎれば中のマナが逃げる。弱すぎれば馴染まねぇ。流れを読んで、刃に沿わせる必要がある」

「流れを読む……」

「見て覚えろ。説明だけで分かるもんじゃねぇ」

 

 ロベリオは炉の火を調整し、金床の横へ立つ。

 そして、金槌を握った。

 

 一撃。

 

 澄んだ音が鍛冶場に響く。

 けれど、次の瞬間、ロベリオの腕が弾かれた。

 

「ぐっ……!」

 

 黄泉の刀身から、黒い気配が立ち上がる。

 

 死の匂い。

 

 それが魔鉱石の粉を呑み込もうとするようにうねった。

 ロベリオは歯を食いしばり、もう一度槌を振るう。

 

 二撃目。

 三撃目。

 

 だが、そのたびに刃は拒むように震え、魔鉱石の光が散っていく。

 

「っく! なんてじゃじゃ馬だ! これじゃ、触れねぇ!」

 

 ロベリオが吐き捨てる。

 

 額には汗が浮かんでいた。

 ただ熱いからではない。黄泉に触れているだけで、神経を削られているのだろう。

 

 俺はその様子を見て、胸の奥に引っかかりを覚えた。

 

 違う。そうじゃない。

 ロベリオの腕が悪いわけじゃない。

 

 技術も判断も、俺なんかよりずっと上だと思う。 

 けれど、黄泉はそういう打ち方を受け入れない。

 

「ロベリオさん」

「あ?」

「なんていうんですかね……。黄泉はもっとこう、深い所に潜っていくような感じで打たないとダメなんです」

 

 自分で言っていて、ずいぶん曖昧だと思った。 

 だが、それ以外に言いようがなかった。

 

 黄泉は普通の刀じゃない。

 表面を叩くものじゃない。

 

 刃の奥にある暗い井戸へ、火と槌を沈めていくように打つ。

 

 そんな感覚が必要だった。

 

 ロベリオが目を細める。

 

「お前さん、打てるのか?」

「一応、それ打ったの俺なんで」

 

 鍛冶場が、一瞬静まり返った。

 炉の火が爆ぜる音だけが聞こえる。

 

「……は?」

 

 ロベリオが俺を見る。それから黄泉を見る。もう一度、俺を見る。

 

「お前さんが、これを?」

「ええ、一応……」

「この、封じ損ねた災厄みてぇな刀を?」

「表現は嫌ですけど、まあ、俺です」

「……若造が?」

 

 ロベリオは低く唸った。

 

 怒っているのかと思ったが、少し違う。

 その目には、悔しさと興味が混ざっていた。

 

 職人として、理解できないものを前にした時の目だ。

 

「くそ。腹は立つが、納得もいく。こいつは作った奴にしか触らせねぇ顔をしてやがる」

 

 ロベリオは金槌を俺へ差し出した。

 

「なら、お前さんが打ってみろ」

「俺が?」

「魔鉱石の扱い方は教えてやる。火加減も見る。だが、こいつを触れるのがお前さんだけだっていうなら、槌を振るうのはお前さんだ」

 

 差し出された金槌を見つめる。

 

 重そうな槌だった。

 前世で使っていたものとは違う。柄の長さも、頭の重さも、微妙に違う。

 

 けれど、不思議と手に取ることに迷いはなかった。

 

「分かりました」

 

 俺は金槌を受け取り、手にずしりとした重さが乗る。

 その瞬間、胸の奥に火が入る。

 

 鍛冶師としての感覚が、ゆっくりと目を覚ました。

 

「まず覚えろ。魔鉱石は力任せに叩くな。砕ける。マナの流れを刃に沿わせるように入れろ」

「はい」

「火は入れすぎるな。黄泉の方が勝手に熱を食う。炉の火だけを見てたら失敗するぞ。刃の色じゃなく、気配を見ろ」

「気配を」

「できるんだろうな?」

「やってみます」

「やってみます、で触る代物じゃねぇんだがな」

 

 ロベリオは呆れたように言ったが、炉の調整を始めた。

 

 俺は黄泉の前に立つ。

 黒い刀身。

 そこから滲む死の気配。

 

 普通なら、恐れるべきものだ。

 だが、俺にとっては違う。

 

 これは俺が打った刀だ。

 

 俺の人生最期に生まれ、俺と共にこの世界へ来たもの。

 危険で、重くて、どうしようもなく扱いづらい。

 

 けれど、間違いなく俺の刀だった。

 

「……いくぞ、黄泉」

 

 小さく呟き、俺は槌を振り上げた。

 

 一撃目。

 金属音が鳴る。

 

 だが、ロベリオの時とは違った。

 刃が俺を拒まない。

 

 代わりに、足元が沈むような感覚がした。

 

 深い。

 暗い。

 

 まるで黒い水の底へ潜っていくような感覚。

 俺はそこへ、魔鉱石の青白い光を流し込む。

 

 二撃目。

 魔鉱石の粒子が、刃の表面で砕けずに沈んだ。

 

 黒い刀身の奥へ、細い光の筋が吸い込まれていく。

 

「……本当に入れやがった」

 

 ロベリオが低く呟いた。

 だが、俺に返事をする余裕はない。

 

 《鍛冶》を発動する。

 視界の端に、黒いウィンドウが浮かび上がった。

 

【対象:黄泉】

【追加素材:魔鉱石】

【加工目的:死の気配の封入】

【警告:対象の性質が極めて不安定です】

 

 分かってる。

 そんなことは、最初から分かっている。

 

 俺はさらに槌を振るう。

 

 三撃。

 四撃。

 五撃。

 

 打つたびに、黄泉の奥で何かがうねる。

 死の気配が外へ出ようとするのがわかった。

 

 魔鉱石の光がそれを押し留める。

 だが、力で押さえつけるだけではダメだ。

 黄泉は押さえつければ反発する。

 

 なら、流れを作る。

 死の気配が外へ漏れないように、刀身の中で巡らせる。

 魔鉱石を壁にするのではなく、流れを整える道にする。

 

「深く……もっと深く……」

 

 槌を振るう。

 槌を握る手から血が滴り、刀身に落ちる。 

 黒い刃の奥に、青白い光が細く走る。

 炉の火が揺れ、鍛冶場の空気がさらに重くなっていく。

 

 身体の内側から、少しずつ魔力が引き出されていくのを感じた。

 

 黄泉が、俺の魔力を、血を吸っている。


 早い。もう始まっているのか。

 

 勝手に魂を喰おうとしているわけではない。死の気配を刀身の中へ留めるために、俺の魔力を芯として使っている。

 

 これなら、いける。

 

「ロベリオさん、次の魔鉱石を」

「おう!」

 

 ロベリオが魔鉱石の欠片を砕き、炉の熱で状態を整える。

 

 それを俺が刃へ打ち込む。

 職人としての経験はロベリオが上だ。

 

 魔鉱石の扱いも、火の読み方も、俺とは比べ物にならない。

 けれど、黄泉の奥へ潜る感覚だけは、俺にしか分からない。

 だから、二人で打つ。

 

 ロベリオが道具と素材を整え、俺が黄泉へ沈める。

 気づけば、鍛冶場には槌音だけが響いていた。

 

 カン。

 カン。

 カン。

 

 その音は、前世の工房を思い出させた。

 けれど、今打っているのはただの鋼ではない。

 

 死の気配を宿した刀。

 それを、この世界の魔鉱石で繋ぎ直している。

 

 何度目かの一撃で、黄泉が低く震えた。

 

 刀身の奥で、黒い気配が深く沈む。

 外へ漏れ出していた冷たさが、すっと引いていく。

 ロベリオが息を呑んだ。

 

「……収まった」

 

 俺は槌を下ろした。

 肩で息をする。

 想像以上に魔力を持っていかれていた。立っているだけなのに、身体が少し重い。

 だが、目の前の黄泉は静かだった。

 黒い刀身は以前よりも赤みを帯び深い色をしている。

 その奥に、かすかな青白い筋が流れていた。

 光というより、底の見えない水脈のようなものだ。

 

「使ってみろ」

 

 ロベリオが言った。

 俺は頷き、慎重に黄泉を手に取る。

 

 柄に触れた瞬間、身体の奥から細く魔力が吸い始める。

 嫌な気配を放つこともなく黄泉が静かに、俺の魔力を啜っている。

 

 俺は息を整え、刀を握りしめる。

 

 赤黒い刃が、鍛冶場の灯りを吸い込む。

 死の気配は、漏れなかった。

 以前なら、抜いただけで空気が沈み、周囲を凍らせるような気配が広がっていた。

 

 だが、今は違う。

 冷たさはある。

 恐ろしさもある。

 けれど、それは刀身の中に深く閉じ込められていた。

 

「……不快感がない」

 

 思わず呟く。

 普通に。普通に、黄泉を扱えている。

 

「成功だな」

 

 ロベリオが腕を組んで言う。

 

「ただし、気を付けろよ。抜いてる間は、お前さんの魔力を食い続ける。長く振り回せば、それだけ消耗する」

「そうですね……」

「それと、能力を解放するのは別問題だ。今は刀身に閉じ込めただけだ。お前さんの意思で外へ出せば、代償は今まで通り発生する」

「はい」

「そこを間違えんな。これは安全な刀になったわけじゃねぇ」

 

 ロベリオは黄泉を睨むように見た。

 

「危ねぇもんを、危ねぇと分かった上で握れる形にしただけだ。こんなじゃじゃ馬を使おうなんて気が知れねぇがな」

 

 その言葉は重かった。

 けれど、正しい。

 

 黄泉は安全になったわけじゃない。

 死の気配は消えていない。 

 ただ、俺の意思で扱う余地が生まれただけだ。

 

 俺は黄泉を鞘に収める。

 

 鍛冶場の空気が、ようやく少し軽くなった。

 

「ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、ロベリオはふんと鼻を鳴らした。

 

「礼を言うなら、死なずに使いこなしてからにしろ」

「それ、なかなか難しい注文ですね」

「難しいから言ってんだよ」

 

 ロベリオはそう言うと、作業台の上を片づけ始めた。

 ぶっきらぼうだが、その横顔には少しだけ満足げな色がある。

 

 俺は腰に戻した黄泉へ手を添えた。

 前よりも静かだ。

 

 けれど、奥には確かに死の気配が眠っている。 

 深く、深く。

 黒い刃の底に沈むように。

 

「これなら、あのゴーレムにも届くかもしれない」

 

 そう呟いた瞬間、黄泉がわずかに震えた気がした。

 まるで、応えるように。

 俺は小さく息を吐く。

 

 切り札は、ようやく鞘の中から出せるようになった。 

 だが、それは希望であると同時に、危険でもある。

 

 ならば、使いどころを間違えないことだ。

 

 ガリアの火種が燃え上がる前に、俺もこの黒い刃の扱い方を覚えなければならない。


 俺の意思に黄泉は応えてくれた。

 なら、次は俺が応える番だ。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ