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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第二章

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第31話「黄泉と魔鉱石」

 翌日。


 俺は久しぶりに早起きをした。

 まだ街が本格的に動き出す前の時間だ。窓の外は薄暗く、ガリアの洞窟都市には、夜明け前の静けさが残っている。


 いつもなら、もう少し寝ていてもいい。昨日は第七坑道で魔鉱石を混ぜ込まれたゴーレムと戦い、その後はロダンやファウラーから話を聞いた。普通に考えれば、身体を休めるべきところだ。

 けれど、どうにも眠りが浅かった。


 理由は分かっている。

 あのゴーレムだ。


 物理耐性に、魔法耐性。攻撃の威力も高い。動きが比較的ゆっくりだったのが救いだが、それでもこちらの攻撃が通りづらい相手というのは厄介でしかない。


 あれが一体だけならまだいい。


 だが、もし複数いるなら。

 あるいは、もっと完成度の高いものがいるなら。


 こちらも手を考えないといけない。


「せめて、黄泉が使えたら……」


 ぽつりと呟く。


 机の横に立てかけてある黒い刀へ視線を向けた。


 《黄泉》。


 俺が前世の最期に打ち上げ、この世界へ共に渡ってきた刀。


 力だけで言えば、間違いなく切り札だ。

 けれど、その力はあまりにも危うい。


 ただ抜くだけで死の気配が漏れ出し、弱い魔物ならそれだけで魂を喰われる。さらに、本格的に力を使おうとすれば、供物として大量の魂を要求される。


 足りなければ、俺自身から代償を取る。

 感情。記憶。あるいは、それに近い何か。


 そんなものを気軽に使えるはずがなかった。


 昨日の帰り道、俺はティアとそのことを話していた。

 もし、またあの手のゴーレムと接敵した場合どうするか。


 ティアの魔法は魔鉱石に受け流される。俺の《鍛冶》で作った武器も、通るには通るが決定打にはなりづらい。エイネシアのような規格外の火力があれば別だが、毎回都合よく居合わせてくれるとは限らない。

 

 ティア自身もより高火力の魔法は使えるらしいが、今度は威力が高すぎて街が消し飛ぶらしい。

 そんな魔法を打たせてたまるか。


 そんな話をしていた時だった。


「その刀じゃダメなのかい?」


 そう言ったのは、エイネシアだった。

 ちょうど俺たちの話を聞いていたらしい。


「見たところ、妖刀か神具の類かと思ったんだけど」


 軽い調子で言っていたが、その目は冗談ではなかった。

 さすがというべきか、エイネシアは黄泉を一目見て、ただの武器ではないと見抜いていた。


 俺は黄泉について、話せる範囲で説明した。


 死の気配が漏れること。

 抜刀そのものが危険なこと。

 強力だが、代償が重すぎて簡単には使えないこと。


 話を聞いたエイネシアは、少しだけ考え込んだあと、ゴーレムから回収した魔鉱石をいくつかと、一通の手紙を俺に渡してきた。


「僕の知り合いに、腕のいい鍛冶師がいる。ロベリオっていう、口は悪いけど腕は確かなドワーフだよ」

「鍛冶師、ですか」

「うん。魔鉱石の扱いなら、この国でもかなり上の方だと思う。魔鉱石には、加工次第で魔力や呪いの流れを受け流す性質がある。上手くいけば、その刀から漏れ出す力を抑えられるかもしれない」

「黄泉の力を、抑える……」

「完全に安全になるとは思わない方がいい。でも、抜いただけで周りに死の気配が漏れるような状態よりはマシにできるかもね」


 その言葉が、ずっと頭に残っていた。


 俺は机の上に置いた小さな灯りをつける。

 淡い光が、魔鉱石の欠片を照らした。


 青白く透き通った結晶。

 見た目は綺麗だ。


 けれど、昨日のゴーレムを思い出すと、手放しで綺麗だとは思えない。

 俺はその魔鉱石と、エイネシアから預かった手紙をじっと見つめた。


「もし、これで黄泉を普通に抜けるようになるなら……間違いなく即戦力になるんだけどな」


 ただし、不安もある。

 黄泉はただの刀じゃない。


 あれは、俺が打った最高傑作であり、同時にこの世界でおそらく最も危険なものの一つだ。


 下手に手を加えていいものなのか。

 そもそも、他の鍛冶師が触れられるのか。


 そんな疑問はいくつもあった。

 けれど、何もしなければ変わらない。


 チャロの行方も、魔鉱石の流れも、魔鉱石ゴーレムを作った誰かの正体も、まだ分かっていない。

 この先、またあのゴーレムと戦う可能性は高い。

 だったら、今できることはやっておくべきだ。


「……行くか」


 俺は魔鉱石と手紙を懐にしまい、黄泉を腰に差した。


 まだ眠っているティアを起こすことも考えたが、すぐにやめた。


 昨日あれだけ食べて飲んで、さらに事件の話まで聞かされたのだ。今ぐらいは寝かせておいてやってもいいだろう。

 もっとも、起きたら起きたで「なぜ妾を置いていった」と文句を言いそうではあるが。


 それはその時考える。


 俺は静かに部屋を出た。


 ガリアの街は、すでに少しずつ目覚め始めていた。

 この国の朝は早いらしい。


 まだ通りに人影は少ないが、あちこちの工房からは火を入れる音が聞こえている。炉に空気を送り込む音。金属を運ぶ音。低く交わされる職人たちの声。


 空気には、昨日よりも濃い鉄と炭の匂いが混じっていた。


「……いいな」


 思わず呟く。


 この匂いを嗅ぐと、どうしても胸の奥が騒ぐ。


 前世の工房を思い出す。


 朝早くに火を入れ、鉄が赤く染まるのを待つ時間。

 誰も喋らない。

 ただ、炉の熱と、金属の気配だけがそこにある。


 そういう時間が、俺は好きだった。


 エイネシアから渡された簡単な地図を頼りに、俺は通りを進んでいく。


 ロベリオの工房は、街の中心から少し外れた場所にあるらしい。大通りから一本逸れ、さらに細い路地へ入る。

 観光客向けの店が並ぶ場所ではない。


 むしろ、職人が本気で仕事をするための区域といった雰囲気だった。


 派手な看板はない。

 だが、通りの奥から聞こえる槌音は、どれも力強い。


 しばらく歩くと、地図に描かれていた目印の古い石橋が見えた。その先に、小さな工房がある。

 看板には、飾り気のない文字でこう書かれていた。


 ロベリオ鍛冶工房。


 店先に商品はほとんど並んでいない。一般客向けというより、注文を受けて作る職人の店なのだろう。

 幸い、中には灯りが点いていた。

 炉の明かりだ。


「やってる……よな」


 この時間でも、大抵の鍛冶屋は働き始めている。営業しているかは別として、職人本人は起きているはずだ。


 俺は軽く息を整え、工房の扉を開けた。


 中へ入ると、すぐに熱が頬を撫でた。


 店内は狭く、壁際には工具や金属の棒、いくつかの未完成品が並べられている。奥には鍛冶場へ続く扉があり、そこから赤い光が漏れていた。


「すみません、誰かいますか?」


 俺が呼びかけると、奥の鍛冶場から一人のドワーフが顔を覗かせた。

 

 背は低いが、肩幅が広い。

 腕は太く、顔には(すす)がついている。髭は短めに整えられていたが、目つきは鋭い。


「んだぁ? こんな朝早くに。まだ営業はしてねえぞ。八時以降に出直しな」


 いかにも職人気質という声だった。


 ドワーフはそう言うと、さっさと鍛冶場に戻ろうとする。


「あっ、いや、エイネシアさんの紹介でここを訪ねるように言われて……」


 その名前を出した瞬間、ドワーフの動きが止まった。

 ゆっくりとこちらを振り返る。


「……エイネシアだと?」

「はい。手紙も預かってます」

「はあ? どういうことだ。あいつが朝っぱらから人を寄越すなんざ、ろくな話じゃねえぞ」


 不機嫌そうに言いながらも、ドワーフはこちらへ戻ってきた。

 俺は懐から手紙を取り出し、差し出す。

 

 ドワーフはそれを受け取ると、封を確認することもなく開いた。どうやら、エイネシアの字に見覚えがあるらしい。

 しばらく黙って手紙を読んでいたが、途中で眉間の皺が深くなる。


「……なるほどな。ロダンのおじきも絡んでんのか」

「ロダンさんをご存じなんですか?」

「この国の鍛冶師で、ロダンのおじきを知らねえ奴はいねえよ。あの人は、俺たちみたいな偏屈職人にも筋を通してくれる人だった」


 ドワーフは手紙を折りたたみ、俺をじろりと見る。


「お前さん、名は?」

「ユウマっていいます」

「そうか。俺はロベリオだ。事情は分かった。こっちに来な」


 思ったよりもすんなり通された。

 エイネシアとロダンの名前は、それほど効くらしい。


 ロベリオに案内され、俺は奥の鍛冶場へ入った。


 瞬間、熱が全身を包む。


 そこには火の入った炉がいくつもあり、赤々とした光が石壁を照らしていた。壁には大小さまざまな金槌、(やすり)、火箸、金床が並び、床には細かな鉄粉が残っている。


 鍛冶場特有の熱。

 鉄と炭と油の匂い。

 耳に届く、炉の低い唸り。


 懐かしい。

 

 そう思った瞬間、自分でも分かるほど胸が高鳴った。

 まるで、実家に帰ってきたような感覚だった。


 世界は違う。


 道具も素材も違う。


 けれど、ここは鍛冶場だ。


 火を扱い、鉄を扱い、形のないものに形を与える場所。

 それだけは、どの世界でも変わらない。


「……いい鍛冶場ですね」


 思わず口から出た。


 ロベリオが片眉を上げる。


「分かるのか?」

「少しだけなら」

「ふん。口だけかどうかは見りゃ分かる」


 そう言いながらも、ロベリオの声にはほんの少しだけ機嫌のよさが混じったように聞こえた。

 職人にとって、工房を褒められるのは悪い気がしないのだろう。


「さっそくだが、魔鉱石と得物を見せてみろ」

「はい」


 俺は作業台の前へ進み、懐から魔鉱石を取り出した。

 青白く光る欠片を、いくつか並べる。


 それから、腰の《黄泉》を外した。

 黒い鞘に収まったままの刀を、慎重に作業台へ置く。


 空気が、少しだけ変わった気がした。

 まだ抜いていない。


 それなのに、鍛冶場の熱の中に、冷たいものが一筋混ざる。


 ロベリオは最初、魔鉱石の方を見ていた。

 だが、《黄泉》に視線を向けた瞬間、その目つきが変わった。


 さっきまでの眠そうな不機嫌さが消える。


 代わりに、職人の目になった。


 鋭く、深く、獲物の傷ではなく、素材の奥を覗き込むような目。


「……おい、坊主」


 ロベリオの声が低くなる。


「お前さん、これを本当に刀として扱ってんのか?」

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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