第29話「ガリアの長」
救助した坑夫たちを連れ、第七坑道の外へ出ると、待っていた少年が真っ先に駆け寄ってきた。
「親方!」
泥と煤で汚れた少年の顔が、泣きそうに歪む。
担がれていたドワーフの一人が、うっすらと目を開けた。
「……騒ぐな。頭に響く」
「よかった……!」
少年はその場にへたり込みそうになったが、ダグロが肩を掴んで支えた。
「泣くのはあとにしろ。まずは医者だ」
「あ、ああ!」
俺たちは怪我人を連れ、急いで街へ戻った。
ギルドに着く頃には、すでに騒ぎを聞きつけた者たちが集まっていた。担架が用意され、坑夫たちは奥の治療室へ運ばれていく。
全員、命に別状はないらしい。
それを聞いて、俺はようやく息を吐いた。
「ひとまず、救助は成功だな」
「うむ。あのゴーレムには肝を冷やしたがのう」
ティアが腕を組んで言う。
その隣では、エイネシアが砕けたゴーレムの破片を片手で転がしていた。
青白い光を帯びた魔鉱石が、割れた岩の断面に混じっている。
綺麗な光だ。だが、今は不気味な光でもあった。
「これ、ギルドに報告した方がいいですよね」
「もちろん。というか、報告しないと後で面倒事になっちゃうよ」
そう言うと、エイネシアは楽しげに笑った。
「それは……嫌ですね」
「ユウマ君、面倒事に巻き込まれる才能ありそうだもんね」
「誤解です、俺にそんな特性ないですよ。こっちのちっちゃいのが面倒事を持ち帰ってくるだけです」
「誰がちっちゃいのじゃっ!」
俺とティアのやりとりにエイネシアは軽く笑うと、受付の方へ歩いていった。
俺たちもそれに続く。
受付嬢は、俺たちが差し出したゴーレムの破片を見た瞬間、表情を強張らせた。
「これは……魔鉱石、ですか?」
「ゴーレムの身体に混ざってたものです」
「えっ、ゴーレムに……?」
受付嬢の声がわずかに震えた。
周囲にいた冒険者や坑夫たちも、その言葉にざわつき始める。
「第七坑道にゴーレムだと?」
「しかも魔鉱石が混ざってるって……」
「まさか、最近石が入ってこねぇのと関係してるんじゃねぇだろうな」
誰かが小さく呟いた。
その言葉に、俺は思わず反応する。
そう、そこが問題だ。
魔鉱石が不足しているって時に、その魔鉱石を混ぜ込まれたゴーレムが廃坑にいた。
偶然で片づけるには、あまりにも都合がよすぎる。
俺は受付から少し離れ、エイネシアに声をかけた。
「エイネシアさん。少しいいですか?」
「うん。だいたい聞きたいことは分かるよ」
エイネシアは、いつもの軽い調子のまま答えた。
けれど、目だけは真剣だった。
「今あちこちで、魔鉱石の供給がかなり不足してるみたいなんです」
「やっぱりね」
「知ってたんですか?」
「完全に知ってたわけじゃないよ。でも、通りかかった店の商品が軒並み値上がりしてたからね」
どうやら、エイネシアも高騰していることに疑問は持っていたらしい。
「それに僕がこの国に来た理由でもあるんだけど、もう一個の問題の方も厄介なんだ」
「もう一個?」
俺が聞き返すと、エイネシアは懐から一通の手紙を取り出した。
封蝋は割られている。
だが、紙自体は丁寧に扱われていた。
「少し前、ガリアの長――正しくは先代の長から手紙が届いたんだ」
「先代の長から?」
「そっ。どうやら、娘さんが行方不明らしいんだよね〜。しかも、その娘さんは失踪する前に、なにやら魔鉱石について調べていたらしい」
エイネシアは手紙を見下ろしながら続ける。
「捜査依頼……では、あるんだけど。この一通以降、連絡が取れないんだ」
「じゃあ、その手紙は……」
「本人が出したものだとは思うんだけど……。なんだか違和感があって、誰かが先代の名を使ったものかもしれないって疑ってるんだ。だから、まずは今の長に会って確かめるつもり」
「それで街に?」
「うん。そしたら、ギルドで第七坑道の騒ぎが聞こえてさ。場所も内容も気になったから、先に救援へ向かったんだよ」
なるほど。
エイネシアがあの場に現れたのは偶然ではなかった。
この国の異変を追っていたからこそ、第七坑道の騒ぎに反応できたのだ。
「小娘の話と、あのゴーレムのことを合わせれば、やはり一度ガリアの長に会うべきじゃな」
ティアが静かに言った。
エイネシアがにこりと笑う。
「小娘って僕のこと?」
「ほかに誰がおる」
「魔王ちゃんの方がちっちゃいじゃん!」
「かかっ! 面白い冗談を言う。消し炭にするぞ」
「やめなさい」
今にも魔法を放ちそうなティアの頭に、後ろから軽くチョップを入れる。
「痛っ!? 何故じゃ!? 今のは妾は悪くないじゃろ!」
「すぐ武力行使に移ろうとするのが悪い」
「因果応報ではないか!」
「俺からしたら五十歩百歩だよ」
緊張感のある話をしているはずなのに、どうにもティアが混ざると場の気が緩む。
だが、今はそれに少し救われた気もした。
「まぁ、僕も魔王ちゃんの意見に賛成かな。状況も含めて色々確認した方がいいと思う」
「決まりじゃな」
その言葉にエイネシアは手紙を懐に戻した。
俺たちはギルドへ簡単に事情を伝え、ゴーレムの破片を証拠として一部預ける。
残りの破片は、エイネシアが持っていくことになった。ガリアの長に会うなら、証拠はあった方がいいだろう。
ガリアの長がいる場所は、街の中心にあった。
山の内側を大きく削って作られた広場。その奥に、重厚な石造りの建物が建っている。
議事館、と呼ぶべきだろうか。
入口には、分厚い鎧を身につけたドワーフの衛兵が立っていた。工房街の熱気とは違う、固い空気が漂っている。
「止まれ。何用だ」
衛兵が低い声で問いかける。
エイネシアは一歩前へ出ると、手紙を見せた。
「先代の長から調査依頼を受けて来た。今の長に面会したい。それと、第七坑道で異常なゴーレムを確認している。それについての報告も兼ねて通してもらいたい」
衛兵の眉がぴくりと動く。
「少々待て」
そう言って、一人が建物の中へ入っていった。
待っている間、ティアが小さく呟く。
「衛兵が多いのう」
「そうなのか?」
「うむ。長のいる場所なら警備は当然じゃが、これは少し物々しい」
言われてみれば、入口だけではない。
建物の窓辺や通路の奥にも、衛兵の姿が見える。
外敵を警戒しているというより、何かを必死に守っているような雰囲気だった。
しばらくして、先ほどの衛兵が戻ってくる。
「面会を許可する。ついてこい」
俺たちは衛兵に案内され、建物の中へ入った。
中はひんやりとしていた。
磨かれた石の床に、壁には歴代の長らしき肖像画が並んでいる。どの顔も髭が立派で、誰が誰だか一瞬分からなくなる。
廊下を進むたび、衛兵の視線がこちらに向けられた。
歓迎されている感じはしない。
やがて、大きな扉の前で足が止まる。
「中で失礼のないように」
「僕はいつも礼儀正しいよ」
エイネシアが笑顔で答えると、衛兵は何とも言えない顔をした。全然、信用されていない。
扉が開かれ、俺たちは部屋の中へ足を踏み入れた。
中は思っていたよりもずっと広く、中央には大きな机があり、壁際には鉱山の地図がいくつも貼られている。
魔鉱石らしき結晶を使った灯りが、青白く室内を照らしていた。
その奥に、一人のドワーフが立っていた。
まだ壮年といった年頃で、髭は綺麗に整えられている。身につけている衣服も上等で、胸元には長を示すものらしい紋章があった。
「ようこそ、ガリアへ」
男は穏やかに笑う。
「私が現在のガリアの長である、ファウラーだ。遠路はるばる、よく来てくれた」
丁寧な声だった。
だが、俺の意識はその男ではなく、部屋の奥にある椅子へ向いていた。
いや、誰もがそちらに目を奪われていた。
そこに、もう一人のドワーフが座っていたからだ。
白く長い髭。深く刻まれた皺。
けれど、その目だけは妙に鋭く、俺たちの方をじっと見ていた。
エイネシアの表情が、一気に変わる。
「……じっちゃん!?」
え? じっちゃんって……え?
思わず言葉を失う。俺とティアは互いに顔を見合わせた。
その光景を見て現長が笑みを浮かべたまま言う。
「ああ、紹介が遅れたね。こちらは先代の長、ロダン様だ。今は体調を崩されていて、表にはほとんど出ておられないが」
先代の長。その言葉に、俺は息を呑んだ。
エイネシアに手紙を送った人物。
その先代が、今、目の前にいる。
だが、椅子に沈んだその姿は、どう見ても自由に動けるようには見えなかった。
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