第27話「廃坑のその先へ」
少年の言葉を聞いた瞬間、ギルドの空気が一気に張り詰めた。
さっきまで酒を飲んでいた冒険者たちも、坑夫らしきドワーフたちも、全員が顔を上げている。
それだけで分かった。
第七坑道という場所は、この街の人間にとって、軽々しく口にするような場所ではないのだ。
「落ち着いて。何があったのか、順番に話しなさい」
受付嬢が少年の肩を支えながら声をかける。
少年は荒い息を整えようとしていたが、顔は青ざめたままだった。片腕に巻かれた布には、じわじわと血がにじんでいる。
「親方たちと、古い坑道の近くを見に行ったんだ。最近、夜に荷車の音がするって噂があって……でも、中に入ったら急に変な音がして、それで……」
「変な音?」
「岩が動くみたいな音だ。けど、落盤じゃなかった。もっと重くて、ずるずるって……それで親方が奥を見に行って、戻ってこなくなった」
ギルドの中にざわめきが走り、俺はティアと顔を見合わせた。
どう考えても、ただの事故ではなさそうだった。
「緊急依頼として出せますか?」
俺が受付嬢に尋ねると、彼女は一瞬驚いたようにこちらを見た。
「受けてくださるんですか?」
「この流れで放っておけとは言えないだろ」
「妾も行くぞ。困っておる者を見捨てる趣味はない」
ティアが当然のように言う。
その顔には、いつもの軽い笑みはなかった。
受付嬢はすぐに頷き、カウンターの奥へ声をかける。
「第七坑道付近で行方不明者発生! 緊急救助依頼として処理します!」
その言葉に、ギルド内の何人かが立ち上がった。
だが、すぐに別のドワーフが渋い顔で首を振る。
「あそこは危ねぇぞ。崩れやすい上に、道も古い。下手に人数を入れると二次被害が出る」
「だが、見捨てるわけにもいかねぇだろ!」
「分かっとるわ。だから少数で行くべきだ。坑道に慣れた案内役と、腕の立つ冒険者。それで十分だ」
ドワーフたちは意見をぶつけ合っていたが、話はすぐにまとまった。
案内役として同行することになったのは、さっき酒場で話を聞いた坑夫の男だった。名はダグロというらしい。
最初は露骨に嫌そうな顔をしていたが、少年を見ると深くため息をついて立ち上がった。
少年にも案内役として入口まで同行してもらうことになった。もちろん、中へは入れない。
「余所者に任せて知らん顔もできねぇか」
「ありがとう。助かる」
「勘違いすんな。案内するのは入口までだ。奥までは行かねぇ」
「それで十分だ」
受付で簡単な手続きを済ませる。
緊急依頼。
目的は、行方不明になった坑夫たちの救助。
場所は、第七坑道周辺。
依頼書にサインをしたところで、ティアが小さく鼻を鳴らした。
「正面から行ける理由ができたのう」
「そういう言い方をすると、急に悪巧みに聞こえるからやめろ」
「事実じゃろ」
「まあ、そうだけどさ」
準備を整えた俺たちは、すぐに第七坑道へ向かった。
ガリアの街は山の内側に作られているため、坑道へ続く道は街の奥へ伸びていた。
通りを抜け、工房街を過ぎ、荷車用の広い道を進む。
奥へ行くほど人の姿は減り、代わりに岩肌の冷たさと、湿った空気が濃くなっていった。
「ここから先が第七坑道の区域だ」
ダグロが足を止める。
目の前には、古びた坑道の入口があった。
木で組まれた支柱は黒ずみ、入口の上には古い鉄板が打ち付けられている。
そこには掠れた文字で、第七坑道と刻まれていた。
本来なら封鎖されているはずの場所なのだろう。
だが、入口には新しい足跡があった。
それだけではない。
地面には、荷車の轍が残っている。
「……誰も入らないはずの場所なのに、ずいぶん新しい車輪の跡がある」
「ああ、これは明らかに変だ。俺らでもここには立ち寄らねぇ」
ダグロが苦々しく呟く。
ティアがしゃがみ込み、地面に落ちていた小さな欠片を拾い上げた。
「魔鉱石の欠片じゃな」
「ここで採れたものか?」
「分からぬ。じゃが、落ちてまだそう時間は経っておらぬ」
欠片は淡く青白い光を帯びていた。
まるで、石の内側に小さな星が閉じ込められているみたいだ。
綺麗だ。
だが、今はそれが妙に不気味に見えた。
「親方たちはこの奥に?」
俺が少年に聞くと、少年は震えながら頷いた。
「たぶん……奥の広い場所。古い採掘場のところだと思う」
「分かった。ここからは俺たちが行く」
「俺も行く!」
「だめだ」
少年が一歩前へ出ようとしたところを、俺は止めた。
「怪我してるだろ。中で倒れられると、助ける人数が増える」
「でも!」
「親方を助けたいなら、ここで待ってろ。俺たちが連れて帰る」
少年は悔しそうに唇を噛んだ。
それでも、ダグロが肩を掴むと、ようやく小さく頷いた。
「頼む……親方を、助けてくれ」
「ああ」
俺は短く答え、坑道の中へ足を踏み入れた。
中は薄暗く、ひんやりとしていた。
壁には古いランタンがいくつか掛けられていたが、火は入っていない。ティアが指先に小さな赤黒い火を灯すと、湿った岩壁がぼんやりと浮かび上がった。
「空気が悪いのう。いや、どちらかというとマナの流れかのう」
「分かるのか?」
「うむ。マナが淀んでおる。古い坑道なら多少は仕方ないが……これは少し妙じゃ」
足元には、ところどころ新しい靴跡があった。
坑夫たちのものだろう。
だが、それに混じって、妙な跡もある。
地面を重い何かが引きずったような跡。幅は広く、ところどころ岩が削れていた。
「これ、何の跡だ?」
「さてのう。荷車にしては不規則じゃな」
奥へ進むほど、その跡ははっきりしていった。
やがて、坑道の奥から低い音が聞こえてくる。
ずず……ずず……。
何かが岩を擦るような音。
少年が言っていた変な音とは、これのことかもしれない。
「近いな」
「うむ」
俺は《鍛冶》を発動する。
視界の端に、見慣れた黒いウィンドウが浮かび上がった。
【周辺素材を確認しました】
【粗鉄片】
【劣化鋼材】
【魔鉱石片】
【硬木材】
【折れた支柱】
【錆びた鎖】
材料は十分にある。
俺は周囲に散らばっていた鉄片や鎖、折れた支柱の金具を引き寄せた。
赤熱した素材が空中で形を変え、俺の手の中に一本の片手斧が生まれる。
坑道内で大剣は振りにくい。
なら、短く重い武器の方がいい。
「いつ見ても便利なものじゃな」
「まぁな。でも、斧なんて使い慣れてないし、使わずに済むことを祈るよ」
「瞬殺すればよかろう?」
「簡単に言ってくれる」
その時だった。
「う、うう……」
奥から呻き声が聞こえた。
俺たちは足を速める。
坑道が開けた先に、広い空間があった。古い採掘場らしく、壁には掘削の跡が残っている。
その片隅に、数人のドワーフが倒れていた。
「いた!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間、ティアが腕を伸ばして俺を止めた。
「待て」
次の瞬間、広場の奥で岩が動いた。
――いや、違う。
それは岩ではなかった。人の形をした巨大な塊。
身の丈は三メートル近くある。太い腕、重い胴体、短い脚。全身は岩と金属が混じったような質感で、ところどころに青白い光が脈打っていた。
「ゴーレム……?」
俺が呟くと、そいつの頭部らしき部分がゆっくりとこちらを向いた。
目のような窪みに、鈍い光が灯る。
ずずん、と重い足音が響いた。
「来るぞ!」
ゴーレムの腕が振り下ろされる。
俺は倒れている坑夫たちの前へ飛び込み、斧を構えた。
まともに受ければ潰される。
そう判断して、横へ弾くように斧を叩きつけると、大きな衝撃と金属音が坑道に響き渡った。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
重い。硬い。
ただの岩の塊とは思えないほど、密度がある。
斧の刃は、ゴーレムの表面を浅く削っただけで止まっていた。
「なんだよ、こいつ……!」
俺の呟きに応えるように、ゴーレムの胸元で青白い光が脈打った。
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
続きが気になると思ったら、
評価、ブックマーク、リアクション等
よろしくお願いします!
――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――




