第25話「魔鉱石の行方」
翌朝。
目を覚ました俺は、しばらく天井を見上げたまま動けずにいた。
理由は単純だ。
昨日の温泉と酒と飯が、思った以上に身体へ染みていたからである。
「……旅先で飲む酒って、なんであんなに美味いんだろうな」
ぽつりと呟いたところで、隣の部屋からどたどたと足音が聞こえてきた。
「ユウマ! 起きておるか!」
「朝から元気だな、お前……」
「今日は鍛冶屋巡りをするのであろう? ならば早う行くぞ!」
どうやら、俺より楽しみにしていたやつがいたらしい。
顔を洗い、軽く朝食を済ませた俺たちは、さっそくガリアの街へ繰り出した。
昨日は温泉と酒場を優先したせいで、街の中をじっくり見る余裕はなかった。けれど、改めて歩いてみると、この国が鍛冶の国と呼ばれる理由がよく分かる。
通りの両側には、武器屋、防具屋、工房、工具店、素材屋がずらりと並んでいた。
店先には剣や斧、槍、鎧、盾が所狭しと飾られている。どれも作りが丁寧で、ただ並べてあるだけなのに妙な迫力があった。
「……すげえな」
思わず足が止まる。
剣の刃はよく磨かれていて、光の反射に曇りがない。柄の巻き方も丁寧で、握った時に手へ馴染むよう考えられているのが分かる。防具も同じだ。見た目の派手さだけじゃなく、可動域や重量の配分まで計算されている。
職人の仕事だ。そう感じるものばかりだった。
「目が輝いておるぞ、ユウマ」
「仕方ないだろ。こんなの見せられたら、鍛冶師なら誰だってこうなる」
「まったく。昨日からずっと子供のようじゃな」
「昨日のお前も飯を前にして似たような顔してたぞ」
「妾はよいのじゃ」
「ずるい理屈だな」
そんなやり取りをしながら通りを進んでいく。
武具だけではない。細工物の店も多かった。
金属で作られた置物、細かな模様が刻まれた杯、魔石をはめ込んだ灯り、髪留め、指輪、腕輪、首飾り。
どれも工芸品としての完成度が高い。
「武器だけじゃなくて、こういうものも強いのか」
「ドワーフは細工も得意じゃからのう。力任せに槌を振るうだけが鍛冶ではないということじゃ」
「なるほどな」
ふと、隣を歩いていたティアの足が止まった。
視線の先には、小さなアクセサリー店がある。
店先に並んでいたのは、琥珀色の石を使った髪飾りだった。金属の細工で小さな花のような形が作られていて、中央に透き通った石がはめ込まれている。
ティアはそれをじっと見つめていた。
「気になるのか?」
「む? いや、別にそういうわけではない」
そう言いながらも、ティアの視線はまだ髪飾りに残っている。
珍しい反応だった。
普段なら肉だ酒だ温泉だと騒ぐくせに、こういう時だけ妙に静かになる。
「欲しいなら見ていけばいいだろ」
「いらぬ。妾に装飾品など不要じゃ」
「そうか?」
「そうじゃ。ほれ、行くぞ」
ティアは少しだけ早足になって店の前を離れた。
俺はもう一度、店先の髪飾りへ目を向ける。
透き通った琥珀色の石。
白い髪には、たぶんよく映える。
「……覚えておくか」
「何か言うたか?」
「いや、なんでもない」
俺はそう答えて、ティアの後を追った。
しばらく街を見て回ったあと、俺たちは一軒の武器屋へ入ることにした。
外から見ても分かるほど大きな店で、店内には剣、槍、斧、短剣、弓、盾、鎧が整然と並べられている。壁には一級品らしい武器が飾られており、奥ではドワーフの店主が腕を組んでこちらを見ていた。
「いらっしゃい。冷やかしか?」
「失礼な出迎えだな」
「ここに来る旅人の半分は値札を見て帰るからな。先に言っとくが、うちは安くねぇぞ」
「見るだけでもいいか?」
「壊さねぇなら好きにしな」
店主はぶっきらぼうに言い、また椅子へ腰を下ろした。
俺は近くにあった剣を眺める。
片手剣だ。刃渡りは標準的で、重心も悪くない。装飾は控えめだが、その分、実戦向きに作られている。鍔の処理も丁寧で、柄も握りやすそうだった。
「いい剣だな」
感心しながら値札を見る。
そして、固まった。
「……百二十金貨?」
思わず二度見する。
百二十金貨。
俺の知っている感覚で言えば、かなりの大金だ。冒険者が普段使いする武器として考えるには、なかなか胃にくる値段である。
「こっちは……九十八金貨。こっちは百五十金貨……」
並んでいる武器は、どれも百金貨前後。中には二百金貨を超えるものまであった。
たしかに品質は高い。
高いのだが、それでも値段が跳ねすぎている気がする。
「随分高いのう」
隣でティアも値札を見ながら呟いた。
「これが普通なのか?」
俺が店主に尋ねると、ドワーフの店主は苦い顔で鼻を鳴らした。
「普通なわけあるか。こっちだって好きでこんな値をつけてるんじゃねぇよ」
「じゃあ、なんでこんなに高いんだ?」
「材料だよ。最近、魔鉱石が全然入ってこねぇんだ。一級品を打つための上物ともなると、材料だけで三百金貨を超えることもある」
「材料だけで三百……?」
それはもう、武器の値段が高いとかいう話ではなかった。
この店に並んでいる武器は、まだ以前に確保した素材や、品質を少し落とした素材で打ったものなのだろう。新しく一級品を作ろうとすれば、今の値段では到底済まない。
「弟子が打ったやつでも七十金貨はする。安くしたくてもできねぇんだよ。鍛冶屋だって霞を食って生きてるわけじゃねぇ」
「資源不足で高騰しているのか。なら仕方がない……のか?」
そう言いかけたところで、ティアが小さく眉を寄せた。
「資源不足じゃと? おかしなことを言う」
「あ?」
店主が鋭い目を向ける。
ティアは気にした様子もなく、店の外に見える山の方へ視線を向けた。
「魔鉱石は自国産じゃろ。このガリアを囲む山々は、古くから魔鉱石の産地であったはずじゃ」
「ティア、そうなのか?」
「うむ。魔鉱石とは、ただの鉄や鋼とは違う。マナが長い年月をかけて周囲の鉱物に浸透し、結晶化したものじゃ。とくにこの地の山脈はマナの巡りが濃く、良質な魔鉱石が採れることで知られておる」
マナが鉱物に浸透して結晶化したもの。
つまり、魔鉱石は単なる鉱石ではなく、土地そのものの力を受けて生まれる素材ということか。
俺は改めて店の外を見る。
ガリアを囲む山々は、遠目に見ても巨大だった。
これだけの山脈群だ。そこから採れる魔鉱石が、急に不足するなんてことがあり得るのだろうか。
採掘量が落ちたのか。
流通が止まっているのか。
あるいは、どこかで誰かがせき止めているのか。
「そんなこと、俺たちが一番聞きてぇよ」
店主が吐き捨てるように言った。
怒っているというより、疲れ切っている声だった。
「鉱山はある。職人もいる。工房だって止まっちゃいねぇ。なのに石が回ってこねぇんだ。先代の長の頃じゃ、こんなこと考えられなかった」
「前任……?」
前にエイネシアが言っていた件か。
気にはなったが、今それを聞ける雰囲気ではない。
「理由は分からないのか?」
「分かってたら苦労してねぇよ。こっちは客に高いと言われ、職人には素材がないと怒鳴られ、上からは値を崩すなと釘を刺される。まったく、やってられねぇ」
店主は苛立たしげに頭をかいた。
「悪いが、買わねぇなら出てってくれ。こっちも暇じゃねぇんだ」
「あ、ああ。邪魔したな」
「ふん」
半ば追い出されるような形で、俺たちは武器屋を後にした。
外へ出ると、相変わらず通りには槌の音が響いている。
けれど、さっきまで胸を躍らせていたその音が、今は少しだけ違って聞こえた。
「……どう思う?」
俺が聞くと、ティアは腕を組んで首を傾げた。
「妙じゃな」
「やっぱりか」
「うむ。魔鉱石が希少で高価なのは間違いない。じゃが、この国でここまで不足するというのは不自然じゃ。山が枯れたと言うには、話が急すぎる」
「鉱山で何か起きたとか?」
「それなら噂になっておるはずじゃ。事故か、魔物か、落盤か。どれにせよ、職人たちの耳に入らぬとは考えにくい」
「じゃあ、流通か」
「その可能性はあるのう」
俺たちはその後も、いくつかの店を回った。
防具屋でも、同じように値段は上がっていた。
鎧の価格は以前の倍近くになっているらしく、店主は「冒険者が修理だけで済ませようとするから、新品が売れねぇ」と頭を抱えていた。
工具店では、鍛冶に使う金槌や鑢、金床まで値が上がっていると聞いた。魔鉱石を扱うには、それに耐えられるだけの道具が必要になるらしい。素材そのものが高騰すれば、加工するための道具にも影響が出るというわけだ。
アクセサリー店でも状況は似ていた。
魔石や魔鉱石を使った装飾品は値上がりし、安価な金属細工へ切り替える客が増えているという。
「うちはまだ信用で買ってもらえてるけどねぇ」
年配のドワーフの女性店主が、ため息混じりに言った。
「ガリアの品なら間違いない。そう言ってくれる客がいるから、なんとか店を開けられてるのさ。でも、このまま値が上がり続けたら分からないよ。いくら信用があっても、財布には底があるからね」
その言葉は妙に重かった。
品質は高い。
技術もある。
職人もいる。
けれど、材料がない。
材料がなければ、どれだけ腕のいい職人がいても何も作れない。鍛冶師にとって、それは火のない炉の前に立たされるようなものだ。
「……嫌な感じだな」
店を出た俺は、通りの真ん中で足を止めた。
周囲では、相変わらず槌音が響いている。
カン、カン、カン。
昨日はあれほど心地よく聞こえた音だ。
だが今は、その音の裏側に無理や焦りが混じっているような気がした。
「鍛冶の国ガリア。魔鉱石に恵まれた国。なのに、その魔鉱石が足りない」
「しかも、理由が見えぬ」
ティアが静かに続ける。
俺は山々を見上げた。
巨大な岩壁。その奥に伸びる無数の坑道。そこからこの国の技術と富は生まれてきたはずだ。
それが今、どこかで詰まっている。
まるで、血管の途中を何者かに押さえつけられているみたいに。
「いったい、この国で何が起きてるんだ?」
俺の呟きは、槌の音にかき消された。
けれどその日から、ガリアの街に響く音は、ただの鍛冶の音には聞こえなくなった。
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